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 なんとなくがっかりした様子のタッドはオレの肩を抱くと「帰ろうか」と言った。帰りに露店で温かいスープと串に刺さった肉を二人分買い込んだ。

 家に帰ると買ってきた食物をダイニングに置いた後、一階の客間をタッドに案内した。


「色々と支度があるだろうから、落ち着いたら夕食にしよう。まっすぐ行ったところにダイニングがあるから」

 

「うん、ありがとう。じゃあ少し荷物整理をしたら向かうよ」


 そう言ってタッドは笑って、ドアを閉めた。オレは夕食の準備をするためにーーとは言っても買ってきたものを並べてワインを出すだけだーーいち早くダイニングに向かった。テーブルにワインと買ってきたパンとスープ、それから肉を並べた。少し肌寒く感じたので、暖炉に火も入れた。準備が終わった頃にタッドはダイニングにやってきた。

 うまそう、とタッドは笑って早速鶏肉のサンドイッチに手を伸ばして、うまい、と笑った。食事を楽しみながらワインを飲んだ。そうしたら昨日同様、色々と盛り上がった。


「なんだか夢みたいな二日間だったね。ヴェラさんもシアさんもすごい人だったよね、もっとお近づきになりたかった」


「うん、なんだか人間離れした二人だったな」


「うん、特にヴェラさん、綺麗だった。あんなに綺麗な人、見たことない……いや」


 ワインに酔ったのか、それともヴェラさんにずっと酔ったままだったのかタッドはうっとりとした様子で発言した後に何か思い出したのか口をつぐんだ。


「どうした?」


「あぁ、いや、ヴェラさん、どこかで見たことがある気がしてて…、随分昔のことなんだけどさ」


「随分昔?まさか前世でとか……」


「冗談きついよ、フィン。そうじゃなくてさ、古い絵だよ。

 昼間も言ったけどさ。親父も行商人で、子供の頃、親父に連れられてランクール地方に行ったんだ。その時に王の寵姫だって言われてる絵を父の取引相手から見せて貰ったんだけど、それがヴェラさんにそっくりだったんだ」


「ランクール?ゼバルドじゃなくて?」


「なんでゼバルドが出てきたか知らないけど、ラングールだよ。有名な興盛王アーロンの寵姫だって話だったと思う。すごく綺麗な女性が描かれててさ、実は恥ずかしながら僕の初恋だった。ヴェラさんが笑ってくれたらそのものじゃないかな。子供の頃のことなんだけど、ものすごく印象に残ってる。

 まぁ興盛王なんて何百年も前の人物だから、その絵が本物かどうかはわからないんだけど」


 そう言いながら、照れくさそうにタッドは笑った。ひとしきりタッドのラングールでの話を聞いた後、話が一瞬途切れた。タッドはふうっと息をついた後、ぽつりと溢した。


「それにしても広い家だね、維持も大変そうだ。一人暮らしなら寂しいんじゃないか?」


「うん、まぁね。けれど売れなくてさ」


「へぇ?」


「昼にも話したけどさ、オレの親父は議員だったんだ。身内贔屓になるんだけど、結構力があった人でさ、町民からの人気もあったんだ。だけど、なんだかまずいことに手を染めていたらしいって嫌疑をかけられたんだ」


 タッドは何も言わずにオレの言葉を待ってくれているので、オレが黙ると室内に響くのは、暖炉から溢れるぱちぱちという音だけとなった。


「親父と母さんは耐えられなくて…、毒を飲んで…、その後に冤罪だって、わかったんだ。本当は思い出の詰まったこの家に住み続けるのは辛い。でも、当主夫妻が自殺した家だろう?売りに出したけど、買い手はつかなかった」


「うん、そうか。陥れた相手はわかったのかい?」


「探さなかったよ」


「どうして?真実を明かそうと思わなかったのかい?復讐しようとか…」


「復讐とか、考えなかったな。復讐できるほど、オレは立派な人間じゃない」


「立派って?」


「復讐する人間って、怖いと思わないんだろうか?

 うまく言えないんだけどさ、…オレも誰かを陥れているかもしれないじゃないか。人を呪わば穴二つって言うし、誰かを陥れたらオレも誰かに陥れられるかもしれない」


 タッドはじっとオレの話を待っていてくれた。なんだか胸につっかえていたものを吐き出したくて、オレは言葉を続けた。


「何か犯罪があった時ってさ、犯人はその事件で一番得した人間を疑えって言うじゃないか。

 その考え方で行くと、親父を陥れたのはライアンの父親、現在の町長なんじゃないかと思うんだ。オレは幼馴染にーーライアンに何かしたいと思えなかった」


 ふうっとオレはため息をついた。オレはワインをぐびっと煽る様に飲んだ。


「それにさ、そう長くもない人生をかけて誰かに復讐するより、オレは明日を見たかった。

 復讐なんて面白いもんじゃないし、復讐しようとする人間がいたら止めてやりたいって思うんだ。

 その、止めてやれなくて破滅した人間を知っているからこそ、そう思う」


「破滅した人?」


 タッドもワインを飲みながら、首を傾げた。オレは頷くと言葉を続ける。


「ライアンにはさ、実は親が決めた婚約者がいたんだ。結構力のある町会議員の娘だった。けれどライアンはリンデの手を取ったんだ。

 婚約者はリンデに意地悪をしたらしくってライアンに追放されたんだ。実家も潰された。

 その娘はそれを恨んで、ライアンに復讐しようとして返り討ちにあったんだ。

 復讐なんてするもんじゃないって言ってやればよかった。その女性もオレは幼い頃から知っていたんだ。どんな気性の女性かも知っていたのに…」


「その女性は…」


「安心してくれ、死んではいないよ。ただ、家族とは縁を切られてしまって、今はどこかで身を売ってるって噂だ。でも、オレは直接は確かめてない」


 「そっか」と言って、タッドは俺の背中を優しく叩いてくれた。なんだか久々に人の温かさを感じた。

 しかし、酒のせいか、タッドの性格のせいかわからないけれど話し過ぎた気がする。オレがタッドに向かって口を開こうとしたら、タッドはウィンクして言った。


「大丈夫、僕は口は硬いんだ」


 それからもう少し飲んだ後、オレたちは解散した。自分の部屋に帰ってベッドに横になる。ふうっと吐いた息はとんでもなく酒臭かった。 

 ここからはタッドの気配なんて全く感じないけれど、それでも誰かが家にいてくれるのは嬉しいことだと思った。オレはずっと一人で寂しくて、怖かったのだろう。

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