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98 迷宮に行く前に


 私とコハクは冒険者ギルドの2階にある椅子に腰掛け、2人で……いや、私1人でアスクレピオス迷宮に関する書物を読んでいた。

 ちなみにコハクは私が本を読むのに集中して構ってあげられなかったせいか、退屈になったようで私に寄りかかってスヤスヤと寝息を立てて居眠りをしている。


 そんなコハクに癒されつつ書物を読み進めて分かったことは、アスクレピオス迷宮が発見されたのは今から約200年程前のこと。

 ある日、突如として出現した迷宮らしく、発見当時は冒険者や国の騎士団で攻略隊が組まれ、迷宮を攻略しようと躍起になったらしい。

 記載されているのは第一階層に発生する魔物はゴブリンという情報。

 しかしゴブリンを討伐していった先にある大きな扉を開けると、第一階層守護者としてケルベロスという魔物が存在するみたいだ。

 ケルベロスはとても凶悪な魔物であり、何人もの冒険者や騎士団が犠牲となり何とか討伐をしたが、第二階層への扉が開かず再度ケルベロスが出現したらしい。

 その後も犠牲を払いつつ、ケルベロスを討伐し続けたが、何度も再召喚されたみたいで攻略を諦めたのだとか。

 そのため第二階層がどうなっているのか、またどのような魔物がいるのかも書物には記載されていない。


「え、無理じゃない……?」


 全て読み終えての感想としては絶望的な内容だと感じた。

 ケルベロスについても魔物図鑑から引用すると犬のような体型で頭が三つある魔物らしい。

 この魔物についても200年以上前に発見されて以降、その後は生存が確認出来ていないとのこと。

 このケルベロスに幾多の挑戦者達が立ち向かい、犠牲になっているということは弱い魔物ではないというのが分かる。

 さらには倒しても倒しても何度も出現するというループ。

 もしかしたら、ある一定の数を討伐することによって第二階層への扉が開かれるのか。

 それとも別の条件が必要なのか……。


 兎に角、今の状況で分かることは攻略がかなり難しいということだ。

 でも疑問に思ったこともある。この書物には明らかに攻略した様子は記載されていない。もし、誰か1人でも攻略をしていたら迷宮の情報がもっと詳細に書かれているはずだ。それなのに記載されているのは第一階層のみ。

 でも私が教会で読んだ書物には、最下層に蘇生の宝珠があるというものだ。

 そう考えると、どうやって蘇生の宝珠の存在について分かったのかという疑問が生じる。実は誰かが攻略をしたことがあるが、教会で秘匿されているとか、隠しルートがあって最下層まで直接行くことができたが何らかの理由で情報が伏せられているとか。

 蘇生の宝珠については冒険者ギルドで借りた書物には記載されていないため、教会でのみ知ることができた情報だ。でもこれしか情報がないなら、どちらの情報が正しいのか不明のため蘇生の宝珠の存在も怪しくなってくる。


 ……色々考えすぎて頭が混乱してくる。

 でも情報を得るという目的は達した。それにこの情報だけ読んでやっぱり危険そうだし行くのは止めようかな……なんて思わない。

 何の根拠がなくても、蘇生の宝珠があるという書物がある限りそれを信じるしかない。

 シャルが生き返る可能性があるならアスクレピオス迷宮に挑戦するべきなのは明確だ。


「ヒナタ、何か分かったか?」


 気が付くとカレンが私の目の前にいた。

 1人であれこれ考えていたからか、全く気が付かなかった。


「……うん。カレンはどうだった?」

「冒険者に聞いてみたけど、情報はなかったな。あの迷宮に行くのは自殺志願者だけだって言う噂が広まっているせいで、少なくとも数十年は誰も行っていないみたいだ」

「やっぱりそうなんだ。私はこの書物で何とか情報を得られたよ。でも……噂通りかなり危険そうな迷宮だね。第一階層を攻略することすら難しいほどに……」

「マジかよ……。ちょっと読ませてくれ!」


 カレンは私から書物を取り上げ読み始めた。

 しばらくすると、落胆した顔で俯き始めた。


「……ヒナタ。シャルを助けることって本当に出来るんだよな……?」

「……分からない。でもこれを読んだからってカレンはシャルを諦めるの? 私は絶対諦めないよ。カレンが行かないなら私1人でも行くつもりだよ」


 カレンが弱気になってしまったため、少し厳しめに言う。

 でもカレンの気持ちも分からなくもない。

 難易度の高い迷宮に挑むということは危険が伴うからだ。もしかしたらまた誰かが死ぬ可能性もある。そんなことを考えてしまうと、躊躇してしまう気持ちも分かる。


「……そうだよな。悪いヒナタ! ちょっと怖気付いちまった。あたし達3人なら大丈夫だよな」

「うん。私達ならきっと大丈夫。さくっと最下層まで攻略して、シャルを生き返らせよう!」

「ああ! やってやろうぜ!」


 カレンが私に拳を突き出してきた。また少年漫画の展開だ。

 カレンはこの拳と拳で友情を確かめるのが気に入ったらしい。

 まぁ、もしかしたらシャルとは頻繁にやっていたのかもしれないけど。

 私に求めてきたのはこれで2回目。でも嫌ではないから私もカレンに拳を突き出す。


「なら早速、迷宮に行こうか」

「そうだな!」

 

 ……あ、コハクを起こさないといけなかった。

 静かにすやすやと眠っていたから忘れていた。


「ほら、コハク起きて」

「う〜ん……ママ、それはオークステーキじゃないから食べちゃダメだよ……」


 どんな夢を見ているのか分からないが、コハクの夢に私が出てきているみたいだ。

 そして私はオークステーキと間違えて何を食べているのか……気になる。

 って違う違う。


「コハク、今日の夜はオークステーキだよ」

「ほんと!?」


 コハクが勢いよく顔を上げた。

 さっきまで寝ていたのに大好物のオークステーキと聞いてここまで早く目が覚めるのか。

 恐るべしコハクの食い意地。


「コハク、そろそろ迷宮に行くけど大丈夫?」

「え……オークステーキは?」

「今日の夜に作ってあげるからそれまで我慢して。もう出発するから」

「……はーい」


 さて、コハクも起きたことだし、出発しようかな……と思ったがその前にやることがあった。

 それは(ニア)の不正の証拠をフィリップに送ること。

 でも、いくら包装紙で包んだとしてもそのまま送ったら国境検問所で怪しまれる可能性もある。

 中身をチェックするために包装紙を破かれたら? と考えると詳細に中身を確認されないように工夫する必要があると思う。

 それなら……どうしようかな。


 ……考えていると一つの案が思い浮かんだ。

 それは木箱に証拠書類だけではなく、お土産も一緒に入れる方法。

 お土産を中に入れて木箱の底にでも証拠書類をコソッと紛れ込ませたら、国境検問所でも怪しまれずに素通りできると思う。一応念には念を入れるための作戦だ。

 さて、作戦が決まったことだし私は冒険者ギルドの出口に向かって歩き始めた。


「ちょっと、ヒナタ置いていくなよ!」

「ママ、待ってぇ〜!」


 とりあえずカレンにはこの事を説明しておいた方がいいよね。

 私はカレンに耳打ちで説明をした。


「……なるほどな。確かにその方が怪しまれずに国境を通過できるか……」

「まあ、一応ね。ここまで念入りにやる必要はないと思うけどこっちの方が安心できるでしょ?」


 カレンへの説明と理解を得られたことで、私達は冒険者ギルドを出て買い出しに向かった。

 コハクにはサーシャへのお土産を買うという説明をした。

 シャルのことで嘘を付いているから、もう嘘は付きたくないのだ。

 何せ、サーシャへのお土産を買うという部分については事実だから。ただ本当の目的を話していないだけ。

 

 早速、市場に到着してサーシャが喜びそうなものを買おうとするが……思いつかない。

 年頃の女の子が欲しがるものって何だろうか。そして証拠書類を隠せるだけ大きいもの。

 服とかを買ってみてもサーシャが着るだろうか。いつもドレスを着ているため私が買うような安物の服はお気に召さないかもしれない。

 それによくよく考えてみると、お土産を入れたとしても国境検問所で中身を掻き出されて全てチェックされてしまってはお土産がカモフラージュにならない可能性もある。となると……。


「……あ! 良い方法思いついた!」


 国境検問所で万一にでも中身を確認された時に備えて、女性用下着を紛れ込ませたら細かく見られないのではないか……。

 いや、分かんないけどね。女性の騎士だったらお構いなしに確認しそうだけど、男性なら恥ずかしがって木箱の蓋だけ開けて底に眠る書類まで確認しないかもしれない。

 うん。その作戦でいこう。無事に届いてフィリップが驚愕する可能性もあるけど、手紙にでも理由を書いてあげれば納得するでしょ。

 となれば木箱に入れる物は上から女性用下着、サーシャへのお土産、証拠書類に決定だ。


 早速、私は婦人服売り場に向かった。

 そして、適当な大きさのブラやパンツを10着程度購入する。ちょっと派手なやつとか明らかな勝負下着も買っておいた。

 ……自分で考えておいて何だけど、貴族への不敬罪とかで捕まったりしないよね?

 フィリップなら許してくれるよね……。

 うん。ウルレインに帰ったらスライディング土下座でもして謝ろう。

 よし、次はサーシャへのお土産だ。


「カレン、ベルフェストで有名なものとかってある?」


 特にサーシャへのお土産が思い付かないのでカレンに聞いてみる。

 こういう時はベルフェスト出身のカレンに、ご当地名産の物とかがあれば教えてもらった方がいい。


「んー、そうだな……。ベルフェストはサンドラスより綿が豊富に採れるからぬいぐるみとかはお土産にいいかもしれないな」

「ぬいぐるみがあるの!?」


 確かにサンドラスにいた時はぬいぐるみのような物は見かけなかった。

 購入した布団とかは全て羽毛なのだ。私の移動式マイホームに備えている布団もコカトリスの羽毛で作った。

 特に気に留めていなかったけど、そうか……ベルフェストは綿が豊富なんだね。

 それにぬいぐるみなんて女の子なら絶対喜んでくれはず。

 お土産は可愛いぬいぐるみに決めた!

 私達は早速、ぬいぐるみが売っているお店へと移動した。


「……なんか思っていたのと違う」

「え、何が?」


 店内には様々なぬいぐるみが置いてあった。

 でも想像していた可愛い動物、例えば犬とか猫とかパンダとかペンギンとかそんな物は置いていない。

 いや、パンダとかペンギンがこの世界にいるのかは不明だが。

 兎に角、このお店にあるのは魔物をちょっとデフォルメ化して可愛くしたぬいぐるみなのだ。


「ママ、これ欲しい!」


 コハクが手に持ったのはオークのぬいぐるみ。

 ははは。コハクは本当にオークが好きなんだね。

 でもそれは食べられないよ。元の場所に戻しなさい。


「それよりこっちの方が可愛くない?」


 私が手に取ったのはスライムのぬいぐるみ。

 丸み帯びていて抱きやすく、一番可愛く見える。

 これなら私も嫌悪感を抱く事なく抱きしめられそう。


「……そう? でもママが言うならそれにしようかな」


 少しだけ残念そうなコハク。

 ごめんね。ちょっとオークのぬいぐるみは可愛くないのよ。


「なら、これをサーシャちゃんにも買ってコハクとお揃いにしたら?」


 以前、サーシャとコハクが私のプレゼントに買ってくれたイヤリングと同様、お揃いで買うことを提案してみる。

 あ、もちろんこのイヤリングは宝物だから毎日身に付けているよ。


「うん! サーシャお姉ちゃんとお揃いがいい!」

「ならこれを買おうか」


 コハクも喜んでくれているので、お土産はこれで決定だ。

 すぐにスライムぬいぐるみを2つ購入してお店を出る。

 よし、準備は整った。


 私達は冒険者ギルドに行き、受付のお姉さんに早急に届けて欲しいと依頼を出す。

 木箱の中には包装した証拠書類、スライムぬいぐるみ、女性用下着そしてフィリップ宛の手紙だ。


「はい、お預かりしますね。ウルレインですと他国ですし遠距離になるので、依頼料としては最低でも金貨2枚程度が相場になりますが大丈夫ですか?」


 私はそっと依頼料として金貨5枚を出す。日本円で50万円相当だ。破格の輸送費である。


「えっ……。ちょっとこれは多すぎますよ!」

「それくらい大事な物なんです。なので、なるべく高ランク冒険者にお願いして確実に届けてもらいたいです」


 所謂(いわゆる)チップみたいなものだ。

 このブラックボックスを確実に届けること、そして中身は気にしないこと。

 そういうことを含めて多めの依頼料なのだ。


「わ……分かりました。受注した冒険者にも伝えておきます……」


 受付のお姉さんも私の意図を察したみたいだ。

 これなら安心だね。

 これで私達がウルレインに帰る頃にはこの事件については、フィリップが対応してくれているだろう。

 国家間の紛争に巻き込まれたくもないしね。

 頑張れフィリップ。


「よし、これでやるべきことも終わったし迷宮に行こうか!」

「ああ!」

「おおー!」


 こうして私達はシャルを生き返らせるためにアスクレピオス迷宮を目指す。

作者都合により次回よりしばらく不定期更新になります。

とはいっても、何ヶ月も更新しないということはありません。

月に3話程度を更新できるように頑張ります。

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