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96 コハクに会いたい


 私は今、身体強化でお世話になっていた宿へと全速力で向かっている。

 私の速度もさることながら顔も恐ろしいのだろう、住民が慄くように道を開けてくれる。

 ……何故そんな状況になっているかって?


 理由としては、私とカレンは拳と拳で友情を確かめ合った後、すぐに衛兵所に行きエラトマ商会で起こった顛末を報告した。

 ニアとの騒動前にお尋ね者を捕えていたことから、私の話をすんなり聞き入れてくれて衛兵達と共に事件現場へと向かうことになった。

 エラトマ商会に到着してからは、事件の詳細と商会長室にある奴隷売買の契約書類等、地下牢の存在を証明して、色々と当時の状況を詳細に説明した。

 もちろん、ウルレインに関する証拠書類とシャルのことについては全て私の無限収納に収納して証拠隠滅しているため、カレンと口裏を合わせて触れないようにした。

 夜が遅いにも関わらず、途中から王国騎士団も複数名到着して、カレンの友達(元彼?)のルカスもエラトマ商会へとやってきた。

 そして衛兵と同様に現場検証をした後、無事にニアとその他諸々の共犯者も連行されていった。

 その際にルカスが「シャーロットはいないのか?」って聞かれたときは、カレンがかなり焦っていたが、私が機転を利かせて「シャルならもうすでに宿に戻っていると思いますけど……?」と首を傾げながらつぶらな瞳でルカスに向かって上目遣いで言ってみた。正直かなり恥ずかしかったが、女の武器を使って余計な詮索をされないように誤魔化した。目線を外して少しだけ照れていたルカスが可愛かったが、私の努力の甲斐あってかルカスもその後、深くは追求してこなかった。


 ……とまぁ、こんな感じで衛兵と騎士団からも事情聴取をされ続けて夜が明けるまで足止めを食らっていたわけだ。

 正直、早く宿に帰ってコハクを抱きしめて癒されたいという思いを感じていると、ふと、ルカスから衝撃の話をされたのだ。

 その内容としては私達が泊まっていた宿から今回の一味とも思われる暗殺者が捕縛されたとのことだ。

 話を聞くと標的はコハクだったようで、騎士団が事情聴取のためにコハクを訪ねて話を聞こうとしたが、コハクは「ママとの約束は破ってないもん!」と供述し続けたらしい。

 騎士団としても、まだ見た目が5歳くらいのコハクが暗殺者を倒したとは思えないらしくて「第三者がコハクを助けたのでは……?」みたいな感じになり、その第三者からも情報を聴取するために、捜索に躍起になりそうだとルカスが言っていた。


 こんな話を聞いてからの私はカレンやルカスを完全に無視して宿へと向かったのだ。

 これが今、私が宿へと向かっている理由。

 ルカスに話を聞くとコハクは無事みたいだけど、まさか私とシャルを殺そうとしてきた奴以外にコハクにも暗殺者が向けられるとは……。

 宿なら安心と思ってコハク1人を置いてきたが、こんなことになるなんて……母親失格だ。

 コハクが少しでも怪我をしていたら、あの(ニア)を殺してやる!

 子供相手に暗殺者を仕向けるなど万死に値する!

 私が唯一感情的になるのはコハクに関することだけだ。それ以外のことであれば、多少理性を失おうとも平静を保つことができる。

 世界一可愛いくて大切な自分の娘を心配しない親などいないのだ。早くコハクを抱きしめて頭を撫でてあげたい。


 そんなことを考えながら街中を走り続け、ようやく宿へと到着した。

 そして勢いよく宿の扉を開けてコハクの名前を叫びながら、私達が泊まっていた部屋へと向かうために階段へと足を向けた。


「いでっ!」


 階段に差し掛かろうとしたところで、私の髪が引っ張られた。その勢いで私は後方へと倒れ込んだが、見上げると宿屋のカーネルさんが鬼の形相で私を睨みつけていた。


「ひっ……」

「あんた今までどこをほっつき歩いてたんだい! コハクちゃんが変な奴に襲われて大変だったんだからね! それにこんな時間に帰ってくるなんて、親としての自覚はないのかい!?」


 ごもっともです……。

 本当はこんなに遅くなるなんて思わなかったんです。

 まさかコハクに暗殺者が仕向けられるなんて思わなかったんです。

 色々理由があるが、親としての自覚を問われれば何も言えない……。

 カーネルさんは私達の事情を知らないんだから、素直に謝罪して怒られておこう。


「ご、ごめんなさい……。ちょっとタチの悪い貴族にカレンが巻き込まれて助けに行ったんですけど、コハクまで巻き込みたくなくてお留守番を任せたんです……。それで何とか騒動は収集したんですが、さっきまで騎士団の人に事情聴取をされていて……」

「……はあ。事情があったならしょうがないけどね。あんな小さな女の子1人で一晩過ごしたんだから、母親ならちゃんと傍に居てあげな」

「はい……。今後はこのようなことがないように母親としての自覚を持っていきたいと思います」


 私は頭を下げて、カーネルさんに謝罪した。

 カーネルさんも鬼の形相だった顔から笑顔に変わって、私の背中を押してくれた。

 私はお礼を言って、すぐにコハクの元へと向かった。

 どうやら暗殺者の襲撃により、私達の部屋の扉が壊されたとのことで別部屋へと移動されたみたいだ。

 そして、コハクがいる部屋の前へと辿り着いた。


「コハク!」


 私は勢いよく部屋の扉を開けて、コハクの名前を叫んだ。

 しかし返事はない。私はベッドの方に顔を覗かせると、コハクが1人でスヤスヤと眠っていた。

 ……よかった。どこか怪我をしたように見えない。

 私はベッドに腰を掛けて、コハクの頬を撫でる。

 コハクの顔を見ると申し訳ない気持ちになる。宿なら安心だと勝手に思い込んで、コハクを1人残したことで結果的に危険に晒してしまった。

 コハクが暗殺者を倒したのは明確だけど、やっぱり1人で心苦しかっただろう。私が帰ってこないから中々寝付けなかったんじゃないかと思うと、私の浅はかな判断からコハクに寂しい思いをさせてしまった。

 本当にごめんね……、という思いから、私はコハクの頭を撫でているとコハクの目がゆっくりと開いた。


「……ん、ママ?」

「うん。ママだよ。ごめんねコハク、寂しかったよね?」

「ううん。大丈夫だよ。コハクね、ママとの約束破らなかったからね!」


 そういえばルカスも言っていたけど、約束ってなんのこと?

 大人しくしているようには言っていたけど、それにしてはコハクが凄く強調しているような気がする。

 でもコハクに「約束ってなんだっけ?」って聞いたらコハクがどんな反応をするか想像がつく。

 だから聞かないほうがいいかな。何よりコハクが無事だったことを喜ぶべきなんだから。


「うん、偉いねコハク。ママとの約束を守ってくれてありがとう」

「えへへ。コハクはママの自慢の娘だもん。これくらい平気だよ!」


 そう言えば、コハクにそんなことを言ったな。私の真似して言ったのか。

 私が笑顔でコハクの頭を撫でていると、コハクが抱きついてきた。


「ママ、お帰りなさい!」

「……うん。ただいま、コハク」


 私はコハクのことを抱きしめながら答えた。


 その後は、コハクが1人の時にどんなことがあったのか話してくれた。

 私達がいなくなった後、寂しくなってベッドで眠っていたら、知らないおじさんが部屋へと侵入していることに気がついたらしい。

 その時に私との約束を破ったかもしれないと思ったけど、コハクは扉を開けていないから約束は守ったと主張してきた。だから私は「そうだね、約束は破ってないね」と笑顔で返答した。

 その後は、知らないおじさんが唐突にナイフを出してきたそうだ。その発言を聞いたときはゾッとしたが、コハクの「あのおじさんがお料理をしてくれると思った」という斜め上の発想により唖然とした。どうやったらそんな発想になるのか不思議だが、コハクにとっては敵意を感じるようには見えなかったみたいでコハクの鈍感さには驚きを隠せない。

 更には、そのおじさんがコハクに向かってナイフを突き出してきたことで、コハクは私との約束である「ナイフを人に向けたらダメだからね?」という、以前に母娘仲良く料理をしている時に何気なく発した私の言葉を覚えていたようで、おじさんを注意するためにお腹を軽く殴ったら、気絶させてしまったようで謝りたいとのことだ。

 そこからは大きな音を聞きつけたカーネルさんがやってきて、そのおじさんは鎧を着た人達に連れて行かれたとのこと……。


 というわけでコハクと私との約束の内容を知ることができた。

 コハクは思ったより私との会話をしっかりと覚えているようで感心する。

 でもコハクの楽観的な思想は少し危険な気が……。今回は相手が1人だったから大丈夫だったもののこれからはどうなるか分からない。

 でも私としては、コハクには今回みたいに人との争いには巻き込みたくないな。

 うーん、自由奔放なコハクをどうやって教育するべきか……。


「コハク、偉いでしょ?」


 コハクが両手を腰に当て、更にはドヤ顔で私に言ってきた。


「……うん。ママの自慢の娘だよ」


 ……うん。今日もコハクは可愛いな。

 私はコハクの頭を再度撫でて、現実逃避をした。

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