93 シャーロットの過去⑦
思ったよりも長くなりましたが、過去編ラストです。
カレンのお母さんとお父さんに協力をお願いして、お母さんを治療所へと連れてきた。
倒れたお母さんはベッドで眠っている。
私は椅子に座ってお母さんの手を握り続けている。
「お母さん……」
カレンのお父さんとお母さんはクルストさんに呼ばれて奥の部屋に入って行った。
お母さんのベッドの近くの椅子には私とカレン、ケレンが座っている。
「お母さんは無事だから心配するな」
「うん。お姉ちゃんの言う通りきっと大丈夫だよ」
カレンもケレンも私を心配している。
私達家族のためにいろいろ協力してくれるカレンの家族には本当に感謝している。
あの時、カレンに話しかけられなかったらと思うと、恐ろしいとまで感じてしまうほどに。
しばらくすると奥の部屋からカレンの両親、クルストさんが戻ってくる。
どうも3人とも神妙な面持ちだ。
そして3人はゆっくり私に近づいてきた。
「……シャルちゃん、お母さんはすぐに元気になるわ」
「……うん。すぐに元気になるからね」
カレンのお母さんとお父さんが私を励ましてくれる。
でもいつもより声がか細く感じる。
自分の感情を押し殺しているような感じだ。
一体どうしたんだろうか。
それにしてもお母さんが倒れたのは何年振りだろう。
私がもっとお母さんに気を配っていれば、体調の変化に気が付けたかもしれない。
私がもっと……。
「シャーロットちゃん……。お母さんはいつ目を覚ますか分からないから、もう家に帰って休んでもいいよ。お母さんは私が見ているから……」
クルストさんが私の肩に手を置いて言ってきた。
こんな状態のお母さんを置いて私は家に帰れない。
せめてお母さんが目を覚まして声を聞くまではここにいたい。
「……いえ、お母さんが目を覚ますまではここにいさせてください」
「……そうか。でもあまり無理をしては駄目だよ」
「ありがとうございます」
カレンの両親、カレンにケレンは私のことを気遣ってか静かに診療所を後にした。
そしてクルストさんも部屋から出ていった。
私はお母さんの隣で手を握り続ける。
お母さんの顔色は悪い。
部屋は薄暗いが、いつもより顔の血色が悪いのが分かる。
明らかに今までと違う。
お母さん、本当に大丈夫だよね……?
「シャーロットちゃん、これ食べな」
後方からクルストさんが食事を持ってきてくれた。
お盆の上にはパンと野菜のスープが乗っていた。
「……あ、ありがとうございます」
私はクルストさんからお盆を受け取り、食事を摂る。
そういえば夕食を食べていなかった。
お母さんのことで頭がいっぱいで夕食のことを忘れていた。
……でもあまりお腹は空いていない。
でも折角用意してくれたのに、食べないなんてクルストさんに失礼だ。
私はスープを口に運ぶ。
「……美味しい」
「そりゃよかった」
最近は自分が強くなるために一生懸命で、お母さんが作った料理を味わうことが無くなっていた。
こんな風に落ち着いて食べたのは久しぶりかもしれない。
なんか懐かしい味に感じる。
小さい頃は似たようなスープをお母さんが作ってくれていた。
私が同じように作ろうとしてもどうしても同じ味にはならなかった。
やっぱりお母さんの作ってくれたスープが一番美味しく感じてしまう。
またお母さんに作ってもらいたい。
……だからお母さん。お願いだから早く目を覚まして。
あれから3日が経った。
未だにお母さんは目を覚まさなかった。
毎日のように私はお母さんのそばに居続けた。
朝から夜までずっと。
そして毎日カレンのお母さんとカレンがお見舞いに来てくれていた。
なかなか目を覚まさないお母さんを心配で見にきてくれていた。
私は日が経つごとに食事が摂れなくなっていった。
お母さんがこのまま目を覚まさなかったらどうしよう。
私がもっとお母さんの体調に気遣っていればこんなことにならなかったかもしれない。
いろんなことを考えてしまい、食事も喉を通らず、さらには夜も眠ることができなくなっていった。
今日はもう夜も遅い。
でもベッドに入って目を瞑っても眠れない。
家に帰ってもやることがない。
みんなが私を心配してくれているのも分かる。
家に帰って休んだほうがいいとみんなから言われた。
自分だってそんなことは分かっている。
でも、家に帰ってもお母さんのことを考えてしまい休めない。
今はお母さんの隣にいるのが一番落ち着く。
だからこそ私はここにいるしかない。
お母さんが目を覚ましてくれないと、私が倒れちゃうよ。
お母さん、早く目を覚まして……。
……そんな私の願いが通じたのか、お母さんに変化が見られた。
私が握っていたお母さんの手に動きがあったのだ。
「……お母さん?」
お母さんの手が私の手を握り返してきた。
そしてゆっくりと目を開いた。
「シャル……?」
「……うん。私だよ。よかったお母さん、目を覚まして……」
私はお母さんの目が覚めたことに嬉しくて涙ながらに答えた。
でもお母さんの目には生気が感じられない。
さらには焦点もあっていないのか私の方に顔を向けているが、目線が全く違うところを見ている。
お母さんが目を覚ましたのは嬉しいことだが、まだ安心はできない。
だから私はすぐにクルストさんを呼ぶことに決めた。
「待ってて。今、クルストさんを呼んでくるから」
私がそう言うとお母さんは私の手を強く握った。
まるで傍から離れないでと訴えているようだった。
「……どうしたの、お母さん?」
そう声を掛けるとお母さんはか細い声で話し始めた。
「……シャル。たくさん迷惑を掛けてごめんね。ダメなお母さんでごめんね……」
「そんなことないよ。お母さんは私にとって一番のお母さんだから」
お母さんは涙を流しながら話し続けた。
「……お母さんは、ずっと前からシャルには好きなことをやって欲しいと思っているの。お母さんのせいでシャルの将来の邪魔をしたくないの」
「邪魔なんて思ったことないよ! ……もういいから喋らないで」
お母さんの様子がおかしい。
だから私はお母さんにもう話さないように促した。
私はすぐにクルストさんを呼びに行こうとイスから立ち上がろうとする。
……でもお母さんの手がさらに私の手を強く握ってきた。
「……なんで離してくれないの? クルストさんを呼んでくるだけだから。だからお願い、お母さん……」
「……シャルはカレンちゃんと一緒に冒険者になりたいんでしょ? でもお母さんがいるから迷っていたの、お母さんは知っていたんだから」
「そんな話しなくていいでしょ! 今はお母さんが早く元気になることが大切なの!」
私は涙を流しながらお母さんに言い放った。
なんでこんな時にこんな話をするんだと思いながら。
これじゃあまるで、お母さんと話すのが最期みたいじゃないか……。
「……シャル。お母さんじゃなくてシャル自身のことを優先しなさい。お母さんにとって、それが一番の幸せなんだから。……シャルの幸せが、お母さんの幸せなんだから」
お母さんの握る手がどんどん弱くなってくる。
力が抜けてきているのが分かる。
「……お母さん。もういいから。無理して話さなくてもいいから……」
「……シャル。今まで、ありがとう。たくさんお母さんのために頑張ってくれて、ありがとう。愛してるわ……」
そう言ってお母さんは目を閉じた。
私の手を握っていたお母さんの手がベッドへと落ちた。
「……お母さん。ねぇ、なんでよ……。なんでまた眠っちゃったの……? 目を開けてよ、ねぇってば……」
私はお母さんの肩を揺らすが、反応がない。
どんなに揺らしても反応がない。
───嘘だ。
嘘だよね? お母さん?
またすぐに目を覚まして私と一緒に笑ってくれるよね?
またいつも通りの毎日に戻れるよね?
ねぇ、お母さん……。
「う、う、うわあああああああああん……」
私はお母さんの胸に顔を埋めて泣き叫んだ。
その日は綺麗な満月が辺りを照らしていた。
お母さんのお葬式はすぐに執り行われた。
私に同情してか、村民の人は私に話し掛けてこない。
でもカレンだけは違った。
お母さんが亡くなってからずっと私のことを気遣ってくれていた。
ずっとそばに居てくれた。
何も話し掛けてこなかったけど、それでもよかった。
今の私が1人になったらどんな行動を起こすか分からなかった。
それだけお母さんの死に絶望していた。
私の最後の家族だった。
お葬式の時はお母さんが埋葬されるまで、ずっとお母さんの手を握っていた。
もう二度と、お母さんとお話しすることは叶わない。
もう二度と、お母さんと一緒にご飯を食べることもない。
もう二度と、お母さんの笑った顔を見ることもない。
お母さんはもういない。
私は1人になってしまった。
でもお母さんは最後に言った。
私のことを優先しろと。
私が幸せでいることがお母さんの幸せだと。
私はもう迷わない。
もう決めたんだ。
「カレン、一緒に冒険者になろう」
お母さんのお葬式が終わって、お母さんの墓石の前でカレンに向かって言った。
私は冒険者になりたい。
それが一番やりたいこと。
それがお母さんの願いでもあり私の願いでもある。
「……い、いいのか?」
「うん。今まで待たせちゃってごめんね」
冒険者になってこの村以外の国や街、村に行ってみたい。
私の知らない世界を見てみたい。
それに私はカレンにたくさん助けられた。
だから私はカレンと一緒に冒険者になって、恩を返したい。
私のもう一つの大切な家族。
大好きなカレンに……。
お母さん。見てますか。
私はカレンと一緒に冒険者になることにするよ。
それが私の一番やりたいこと。
だから、私が幸せになれるようにお母さんも天国からずっと見守っててね。
「じゃあ、気を付けてね。カレンにシャルちゃん……」
あれから2年が経った。
私も成人して、カレンと一緒に冒険者になるために村を出立する。
お母さんが亡くなってから、私はカレンの家でお世話になることが多くなった。
そしてカレンと一緒に冒険者に向けた訓練を頑張ってきた。
16歳になったカレンは身長も大きくなって、身体つきも女性らしくなってすごく大人に見える。
私はというと……。
いや、考えないようにしよう。
「時間ができたら帰ってくるからな!」
「今までお世話になりました」
私とカレンは村を出る。
カレンの家族に見送られながら。
これからたくさんの苦労があるかもしれない。
でもカレンとならどんなことも乗り越えられる気がする。
私達の冒険はここから始まるんだ───。




