90 シャーロットの過去④
あれから1年が経った。
私は12歳、カレンは13歳だ。
毎日のように弓の練習をして、初めの頃に比べてかなり上達した。
筋力もついてきて、薄い木の板なら貫通できるほど矢の威力も上がった。
そして何より命中率だ。
木の板に円形の印をつけて真ん中を射るという練習を何度もした。
最初は全く真ん中を射ることができなかったが、徐々に近づいていった。
初めて真ん中を射ることができた時はカレンも一緒になって喜んでくれた。
そして今では安定して真ん中を射ることができるまで上達した。
命中率だけはルイドさんよりも正確だ。
さらには自分にかなり自信がついた。
これで私も守れる人間になったような気がした。
「そろそろ、村の外でも行こうか」
ルイドさんが私に言ってきた。
今まで村の外に行ったことがない。
お父さんとお母さんから言われていたのもあるが、ゴブリンの襲撃以来、村の外が怖かったというのもある。
でも今は違う。
私は強くなった……と思う。
それに村の外に行くのは通過点でしかない。
これからは狩猟をメインにお金を稼いでいけばお母さんの助けにもなる。
そして私の弓術も成長する。
一石二鳥だ。
だから私は快諾する。
「お願いします!」
私はルイドさんに連れられて森の中へと向かった。
そしてカレンも付いてきた。
カレンは鉄の剣と木でできた盾を持っている。
カレンのお父さんが買ってくれたみたいだ。
どうも毎日頑張っているカレンにご褒美だそうだ。
でもお父さんとしてはカレンのことが心配だから、できるだけいい物を購入したと思う。
可愛い娘が汗水流して毎日剣を握っているのはお父さんとしてはどんな気持ちなんだろう。
本当は女の子らしい生活をして欲しいに違いない。
でもカレンが頑張っているから、お父さんとして唯一できるのが装備を買ってあげることだったのかもしれない。
これで自分の身を守れって意味だと思う。
「森の中では周囲の警戒を怠ってはいけないよ。どこに獲物がいるかも分からないし、魔物もいるからね」
「「はい!」」
私達は静寂の森の中を慎重に進んで行く。
周囲への警戒をして何かの足音がしないか、また足跡がないか。
すごく緊張する。
初めての村の外で、そして魔物がいる可能性もある。
いくら弓術を身に付けたといっても初めてのことだから緊張してしまう。
もし、魔物と出会ったらどうしようかとも考える。
怖気付いて逃げてしまわないだろうか。
またカレンに頼ってしまうのではないか。
弱気な考えが私の頭の中を渦巻く。
「シャル大丈夫か?」
カレンが心配して私の顔を覗き込んできた。
……そうだ。
私はこの臆病な性格を治したいんだ。
カレンに心配されるようではダメだ。
私は強くなりたかったはずだ。
あの時の決意を、初心を忘れてしまいそうだった。
カレンのおかげもあって私は奮起する。
「うん。大丈夫だよ」
私は気を引き締めてカレンに返答した。
いつもカレンのおかげで私は頑張れる。
カレンには本当に感謝しかない。
私もいつかカレンを助けられる日が来るのだろうか。
たくさんの恩を返す日が。
しばらく3人で進んでいくと、茂みの中に鹿がいた。
頭をひょこっと覗かせて、何かの木の実を食べている。
「シャルちゃんにカレンちゃん、いけそうか?」
「いけるよ」
「私もいけます」
ルイドさんから私達だけで狩れるか確認をされる。
もちろん問題ない。
このために1年間必死にやってきたんだから。
「シャル、まずあたしが近くまで接近するよ。合図をしたら弓で射るんだ」
「分かった。カレン、気を付けてね」
そう言ってカレンは足音を立てないように鹿に近付いて行った。
茂みの中のため、カレンの姿は鹿から見えていないはずだ。
そしてカレンは鹿から3メートルくらいのところまで近付いて、茂みの中から手を挙げた。
カレンからの合図だ。
私はすぐに弓で鹿の頭部を狙う。
「いけ!」
私が放った矢はまっすぐ飛んでいき、鹿の首に命中する。
そしてすぐに危険を察知した鹿が逃げ出した。
「おりゃぁぁ!」
追撃するようにカレンが剣で鹿の胴体に剣を突き刺した。
そして鹿はその場で息絶えた。
「やったぞ!」
カレンがその場で剣を掲げて叫んだ。
私とルイドさんもその場に駆け寄る。
「すごいねカレン!」
「いや、シャルの弓のおかげだよ!」
私達は手を合わせて喜びに浸る。
初めて狩猟をしたけど、上手くできた。
私はすごく喜んだ。
「2人ともすごく良かったよ。連携もバッチリだね」
ルイドさんからも褒められた。
私達はハイタッチをする。
これなら私も狩猟のお仕事ができるかな。
少しでもお母さんに楽をさせてあげられるかな。
その後は鹿をロープで縛って、ルイドさんが村まで運んでくれた。
村に帰ってきたら、村の人達からすごいと褒められた。
たくさんの人達に囲まれて目が回りそうだったけど、村の人達にこんなに話しかけられたのは初めてのことだった。
鹿を狩ってくるのは別に珍しいことでもないけど、私達が狩ってきたことに意味があるのだ。
みんなから褒められて私はすごく幸せな気持ちになった。
「シャル、今日は村の外に行ったんだって?」
家に帰ってくるとお母さんが私を心配するように声を掛けてきた。
お母さんに心配かけちゃったかな。
「うん。カレンと2人で鹿を狩ったんだよ!」
私は笑顔で返した。
お母さんに心配させないように笑顔で。
お母さんは私の弓の練習には全く反対していない。
そして村の外で狩猟をすることも。
でもやっぱり心配なのだろう。
だからこそ、私は大丈夫という意味を込めた。
「そう。でもあまり無茶はしてはダメよ」
「うん! 分かっているよ!」
お母さんはお父さんのこともあったからこそ余計に心配している。
普通なら私が弓を持って村の外に行くなんて反対するだろう。
でもお母さんは「シャルの好きなことをやりなさい」って言ってくれている。
私も危険なことは分かっている。
でも私の決意は変わらない。
お母さんには心配を掛けてしまうのは承知の上だが、それでも私は今の生活が大好きだ。
お母さんの手伝いで畑作業をすることも、カレンと一緒になって弓の練習をすることも。
何一つ欠けてはいけない。
これが今の私のやりたいことだ。
それから私とカレンはルイドさんと一緒に狩猟の仕事をやり続けた。
毎日村の外に行って、鹿や猪を狩ってはお金を稼いだ。
私の家も少しずつお金に余裕ができてきて、美味しい料理が食べられるようになった。
毎日が幸せだった。
こんな日がいつまでも続いて欲しいと思った。
しかし、お母さんが唐突に私に聞いてきた。
「シャルは将来、どんなお仕事をしたいの?」
お母さんは不思議なことを聞いてきた。
将来も何も、私はこの村でお母さんと一緒に暮らしていきたい。
今と同じように、畑作業と狩猟のお仕事をやりたい。
それしか考えていなかった。
「私は今の生活が好きだから、これからもずっと変わらないよ」
これは正直な気持ちだ。
私はこの村でずっと暮らしていく。
それに村の子供だって、成人したら親の仕事を継いだりするのが普通だ。
さらには結婚をして家庭を持つ。
そういう人が多い。
だから私の将来も同じようになると思っていた。
それに何の疑問を持ったこともない。
「そう……。でもシャルにやりたいことがあればお母さんは反対しないからね」
お母さんが私を心配しているのが分かった。
何故そんな寂しそうな顔をするのか。
私にはよく分からない。
でもお母さんは私の将来がこのままではダメだ。と言っているような気がする。
直接は言わないけど、私には別の仕事をして欲しいのかもしれない。
村の女性のほとんどは、成人したら結婚して子供を産んで家庭を守るのが仕事だ。
もしかしたらお母さんは私にそれを望んでいるのかもしれない。
でも私みたいに狩猟をしている女を好きになってくれる男性がいるだろうか。
この村で狩猟をしている女性は私とカレンしかいない。
それに子供のうちになんて有り得ない。
私やカレンと違い、他の子供達は武器なんかを持たない。
狩猟は男性の仕事だ。
そう思われているからこそ、最初のうちは私とカレンは村民から非難されていたんだから。
それにカレンと違い、私にはこの村で親しい男性はいない。
同年代の異性と話したことなんてない。
そんな私にも結婚する日が来るのだろうか。
でも今は私がやりたいことは変わらない。
もしかしたら成人するまでにやりたいことが見つかるかもしれない。
それまで今の生活を変えることはないだろう。
お母さんと一緒に、カレンと一緒に。
この村での私の生活は変わらない。
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