86 シャーロットは願いを叶える
しばらく商会長の部屋を探索すると、床から隙間風が吹いているのに気が付いた。
顔を近づけてみると、確かに下から風が来ている。
「ここだ……」
しかし入り方が分からない。
何か取手のようなものがあればよかったが。
何か手掛かりがないか周囲を探索する。
……しかし手掛かりを見つけるのに集中しすぎて、シャルが部屋に置いてあった花瓶に接触した。
パリィーン!
「あ……」
シャルが花瓶に接触したことで、地面に落下して割れてしまった。
そしてすぐにこちらに駆け付けてくるような足音がする。
「シャル! 戦うよ!」
「は、はい!」
足音が段々近づいてくる。
そして私たちがいる部屋の前で足音が止まる。
「誰だ!」
私は扉を開けた護衛にすぐさま魔法を行使する。
「エアショット!」
私が放った空気弾によって護衛が倒れる。
そして倒れた護衛の後に続いて、すぐさま別の護衛が駆け付ける。
同じように空気弾を行使する。
「がっ……」
地上にいた護衛はこれで全部だ。
予定外のことではあるが、しょうがない。
シャルも悪気はないわけだしね。
「ヒナタさん、ありがとうございます……」
「ううん。気にしないで」
さて、この騒ぎで地下から人が出てくるかもな。
そしたらすぐに空気弾で眠らせてやる。
そう思っていると案の定、地下への扉が開いた。
ガガガガガガ……。
扉というか、床がスライドして開いた。
床が開けてその下には階段がある。
そして中から男の声がした。
「おーい、何かあったのか?」
人が来る。
私とシャルは男が来るのを商会長室から待っていた。
すぐに魔法を撃てるよう右手を向けて準備をする。
……あれ?
来ない。
気配探知を使ってみる。
いや、いるな……。
警戒してなのか、上に上がってきていないだけだ。
相手も待ち構えていたってことか。
これじゃ、どちらが先に痺れを切らすかだ。
しばらく待っていると、気配探知に変動があった。
ゆっくり足音を立てずに男が出口に向かってきている。
そして、出口に近づいてきた。
私は魔法を放つ準備を再度する。
そして……。
男は床から少しだけ顔を出した。
私はすぐに空気弾を放つ。
「エアショット!」
……しかし男はすぐに顔を引っ込めた。
あ、外した。
私の姿を確認した男はすぐに地下へと逃げ込んだ。
「まずい! 逃げられた!」
私はすぐに男を追った。
そしてシャルも私に付いてくる。
男は階段下にあった扉を勢いよく開けて叫んだ。
「ニア様! 侵入者です!」
「何だと!?」
扉の奥から声がした。
どうやら奥にいるのは黒幕のニアだ。
私はとりあえず地下へと逃げ込んだ男に空気弾を放つ。
「うっ……」
男はその場で気絶する。
よし。これで残りの反応はニアとカレンで決定だ。
これならカレンを救える。
私とシャルは扉の奥に入った。
そこには石造りでできた部屋が何室かあった。
牢屋っぽいけど特に鉄格子もない。
部屋に扉があるわけでもなく、筒抜けだ。
ただ部屋に側壁があるだけで部屋ごとに区切られている。
でも各部屋にはいくつかの鎖や拘束具が置いてある。
ここで捕らえた住民を隠していたのか……。
私は気配探知で反応がある方向へと向かっていく。
すると奥の部屋から1人の男が出てきた。
「貴様らは……」
あれがニア・ガーネスト。
緑色の髪に身長は160センチくらいか。
そして少し肥満体。
うん。戦闘には向いていないな。
勝てる。
こいつはもう終わりだ。
私がこいつの人生を終わらせてやる。
ニアはすぐに剣を取り出して、部屋の中へと移動する。
すぐに私とシャルはその場に向かった。
辿り着いた部屋にはカレンが足枷を嵌められていた。
よかった、乱暴なことはされていないみたい。
しかしニアはカレンの首に剣を向けていた。
「シャル! ヒナタ!」
「クソが……。もう少しで契約が終わったのに。貴様ら、カレンがどうなってもいいのか!?」
私とシャルは黙る。
契約? 何の話だ?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
この状況だと変な動きをした瞬間、ニアの剣はカレンの首を斬るだろう。
こんな状況だからこそニアもどういう対応になるか分からない。
何せ明らかな劣勢だからだ。
カレンは動けないにしろ、こっちは私とシャル。
ニアは戦闘もできないただの豚。
おっと、つい本音が……。
とにかくニアが取れる手段はカレンを人質に私達を脅すこと。
「カレンを殺されたくなければ、2人とも装備を外せ。……妙な動きをしたら分かってるな?」
えっと、服じゃないよね。
流石にここで裸にはなりたくないよ。
地下だから寒いしね。
そんなことを考えていると、シャルが背中に背負っていた弓と矢を外した。
よかった。本当に装備だけでいいんだね。
私もシャルに続いて腰に付けていた短剣を外した。
そして私とシャルは外した武器を遠くへと投げた。
これで2人とも装備を外したことになる。
まぁ私の武器は魔法だけど。
ニアは私のことは知らないんだろうか。
カレンに夢中で最近仲間になった私については調べられていないのかな。
私が短剣を持っていたから、魔法使いだとは思っていないのかも。
それならこっちとしては好都合だけど……。
例え知っていたとしても、無詠唱で魔法を行使するとも思っていない可能性もある。
本来であれば口を塞ぎ、手枷を嵌めれば魔法の行使を防ぐことができる。
でもニアはカレンに剣を向けていなければいけないため、こちらに近づくこともできない。
そもそも私は標的さえ見えていればどんな状況でも魔法の行使はできる。
この状況なら余程のことがない限り、魔法でニアを気絶させられる。
うん。大丈夫だ。
「……全く。貴様らに刺客を差し向けたのに、なんでここにいるんだよ。本当に雇った連中は全員使えない……」
やっぱり私達がここにくる間に狙ってきた男はニアの差金で正解だ。
でもあの程度なら大したことない。
「ニア! 約束が違うじゃねぇかよ!」
カレンが突然ニアに向かって叫んだ。
約束?
何の話だろう?
「はっ! あんなの嘘に決まっているだろう。騙される方が馬鹿なんだよ」
私には何の話をしているか分からない。
でもニアがカレンを騙したっていうことだけは分かる。
とりあえずカレンを助けないと。
ニアに少しでも隙ができれば私は魔法でニアを気絶させられる。
少し会話をしてみるか。
「カレンがお前に何をしたんだ?」
「何を今更なことを聞いている? カレンは俺が妾にしてやると言ってやったのに断ったんだよ。当然の報いだろ?」
「それが?」
「は?」
こいつ話が通じないのかな。
あまりにも下らない。
自分の思い通りにならなかったのがそんなに気に入らないのか。
自己中心的にも程がある。
世界はお前を中心に回っているわけじゃないんだよ。
「下らない。そんなことでここまでやったの? 馬鹿なんじゃないの?」
「なっ! 貴様、誰に向かってそんな口を聞いている!」
ニアは怒りで手が震えている。
そうだ。怒らせて冷静さを欠けば隙ができるかな。
もしニアが怒ってカレンに剣を振ろうとしても私の魔法の方が速い。
敢えて、カレンに剣を振りそうになる瞬間を狙おう。
それならニアの視線は私から外れる。
そうなるためには、ニアを挑発すればいいだけだ。
「私にそんな脅しは効かないよ。どうせその持っている剣でカレンを傷つけることもできないでしょ? 妾にしたいほどカレンを気に入っているんだからこんな場所で殺すなんて、お前にできるわけがないじゃん」
「……ふざけるな。馬鹿にするな!」
予定通りニアが怒り出す。
これなら上手くいくんじゃないかな。
カレンとシャルも私の作戦を理解したのか目配せをしている。
そして目の前にいるカレンも私に向かって頷く。
よし、作戦決行だ。
「ならやってみてよ。お前にカレンを殺すことができるってことをね」
完全にニアを舐め腐った顔で発した。
そしてニアは身体を震わせている。
持っていた剣を握る力がどんどん強くなっていく。
そして……。
「調子に乗るなよ小娘が……。ならお望み通りやってやるよ! 貴様の目の前で、カレンを殺してやる!」
ニアが叫んだ。
私はすぐに魔法を放てるように準備をした。
少しでもタイミングを間違えればカレンが本当に死ぬ。
カレンの命は私に掛かっている。
しかし、この後起きたことは全く予想だにしていなかった。
───そして、それは一瞬の出来事だった。
「その銀髪の女を捕らえろ!」
ニアがそういうと突然私の後方から男が現れた。
「かはっ……」
そしてすぐに背中を蹴られて私は前屈みになって倒れる。
こいつ一体どこから……。
いや、私と同じで隠密スキル持ちか。
これなら私の気配探知に反応がなかったのも頷ける。
ニアにはまだ奥の手があったのか。
完全に油断した。
そして倒れた私に男が上から覆い被さってきた。
しまった、これじゃ魔法が使えない。
「ヒナタ!」
カレンが叫んだ。
しかし私は背中からの重圧、そして頭を抑えられたことでカレンの方が見えない。
「カレン死ねぇぇぇぇ!」
ニアの叫び声が聞こえた。
まずい、このままじゃカレンが本当に殺される。
「カレン!」
シャルが叫んだ。
そしてシャルが走る足音が聞こえた。
「来るな、シャルー!」
グサッ……。
鈍い音がした。
まるで人間に剣が刺さったような音が……。
「おい、嘘だろ……シャル……」
私は力尽くで顔を上げた。
そして目の前に広がる光景に目を疑う。
「え……、シャル?」
ニアの剣がシャルの胸を貫いていた。
地面に広がっていくシャルの血が私の方まで流れてくる。
「ちっ、邪魔が入ったか」
ニアが何か言っている。
え、私の目の前で何が起こっているの……?
カレンが倒れたシャルの手を握っている。
「おい、シャル……なんで……。なんで、あたしを助けるんだよ……」
「……カ、カレン。やっと……カレンを助けられたよ……。今まで……ありがとう。大好きだよ……」
シャルの手の力が抜けて、カレンの手から地面へと落ちる。
そしてゆっくりと目を閉じた───。
「おい、シャル……。目を開けてくれよ……。なあ……。シャル……。シャルーーーー!!!!」
カレンが泣き叫び、その後、何度もシャルの名前を呟いていた。
作者都合によりしばらく休載します。
次回投稿は未定です。




