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84 カレンの決断


─カレン視点─


「さて、カレン。お前はどうしたい?」


 どうしたい?

 一体こいつは何の話をしているんだ?

 あたしは言っていることが理解できず、黙ったままニアを見つめた。


「ん? 分からないか?」

「……意味が分からない」

「察しが悪いな。俺はカレン達の足跡そくせきを辿っていたんだぞ。カレンの仲間がどこの宿に泊まっているかも分かっている。そしていつでも殺せるように人員も配置している」

「……」

「もう分かったか? カレンの今後の対応で仲間の命が失われる可能性もあるということが……」


 よく分かった。

 つまりこいつはシャル達を人質にして、あたしを妾にしようとしているってことだ。

 これを断ると、シャル達を殺すと……。

 ヒナタの魔法は強力だが、接近戦に持ち込まれるとヒナタでもやられちまうかもしれない。

 それにこいつがどれほどの戦力を有しているのかも分からない。

 そうなると、いくらヒナタでも無事では済まない可能性もある。

 ヒナタならある程度は撃退できても、ずっとこいつの手下に追われることになる。

 こんなの悩む必要もないか……。

 あたしが犠牲になればシャル達は助かる。

 ……これでいいんだ。


「分かり……ました。お前の……いや、ニア様の妾になります」

「くっくっく……。いいぞその顔。カレンのその顔が見たかった! 美しい顔立ちで豊満な身体。そして何より剣術が優れたBランク冒険者! こんないい女は他にいない!」


 あたしはこいつに逆らうことはできない。

 シャルやヒナタそしてコハクのため、そして家族のためにも。

 これからのあたしの人生はこいつの言いなりだ。

 こいつの傀儡になることになる。

 ……でもこれでいい。これでいいんだ。


「……だが、あの時に断っておいて今更妾なんぞ、少々図々しいのではないか?」

「は……?」


 ニアは気持ち悪い笑顔のまま、あたしに耳打ちをするように言い放った。


「カレン、俺の奴隷になれ」

「な……」


 奴隷……だと?

 こいつは何を言っている?

 あたしを妾にするためにシャル達を人質にして、こうやって脅してきているんじゃないのか?

 予想外の言葉に驚きすぎて思考が追いつかない。


「そうすれば、お前の仲間、そして家族の命は保障しよう」


 もしかしたら初めからこれが狙いだったのかもしれない。

 あたしを奴隷にして好き勝手弄ぼうと……。

 こいつが何を考えているのかは容易に想像できる。

 さっきからあたしに目を合わせることもなく、あたしの身体をまるで品定めするかのように舌舐めずりしながら見ている。

 心底気持ちが悪く、こいつの視線が不快で身体中に鳥肌が立ってしまう。

 でも、これを断るということはあたしにはできないんだ。


「わ、分かり……ました。ニア様の、奴隷になります……」

「ふっ。それでいい。ならすぐに奴隷契約を結ぼうじゃないか。未来永劫、俺に逆らわないようにな」


 奴隷契約。

 主人と奴隷の優劣を明確に示すために行われる契約魔法。

 奴隷は主人の命令に逆らってはならない。

 万が一主人に逆らってしまうと全身に激痛が走る。


 契約内容は様々だ。

 一定期間だけの労働奴隷なのか、一緒に冒険者になるための戦闘奴隷なのか、男の性処理道具としての性奴隷なのか……。

 契約内容と違うことを要求されれば、主人に逆らうこともできる。

 奴隷の要求範囲が多ければそれだけ高額の取引となる。

 そのため、平民が奴隷を買う場合は、契約を一つに限定して購入することが多い。

 とは言ってもそれは正規の奴隷の話だ。

 今のあたしは正規ではない。

 ニアの自由な内容で奴隷契約が結ばれる。

 ……ということはなんでもありの契約だということだ。


 ……いやだ。あたしはまだシャルとヒナタとコハクと一緒に冒険者をやっていたい。

 ヒナタの家でみんなと楽しく笑いあっていた日常に戻りたい。

 それにまだ誰にも恩を返せていない。家族にだってシャルにだってヒナタにも……。


 みんなと一緒に過ごしていたい。

 みんなと一緒に笑っていたい。

 みんなと一緒に生きていきたい。

 あたしの、ほんの少しの願いも叶わないのか。


 あたしが絶望していることなんか気にも止めずに、ニアが近くにあった机から奴隷契約書を取り出す。

 そして、契約書に自分の名前を書き始めた。


「ほら、カレンも名前を書け」


 ニアがあたしの手枷だけを外す。

 そして筆を渡してきた。

 筆を受け取って契約書を手に取る。

 あたしはその場で座り込んで、契約書に名前を書こうとするが右手が震え始めた。


 ……やっぱりいやだ!

 こんな契約書に名前なんて書きたくない。

 これに名前を書いてしまったら、あたしの人生は絶望しかない。

 一生こいつの奴隷として四六時中身体を弄ばれ、何の自由もない生活になる。

 シャル助けてくれ。

 ヒナタ助けてくれ。

 誰でもいい……あたしを助けてくれ!




─ヒナタ視点─


 私とシャルは急いでエラトマ商会に向かった。

 カレンがどうなったのかは正直分からない。

 エラトマ商会で何か問題が起こり、それに巻き込まれたのか。

 それとも返済額が足りないと言われてカレンが暴れたのか。

 それとも友人のルカスに会ってデートをしているか。


 うん。最後のは嬉しいことだけどね。

 でもそれならカレンから伝えに来てくれるだろう。

 ということはカレンの身に何かあったと考えるのが自然だ。


 街中を走って移動する私とシャル。

 通行している住民は私達を見て振り返る。

 いつもならこんなに注目されるのは恥ずかしいと感じるけど、今は緊急事態だから特に気にならない。

 ってそんなことを考えている場合じゃないか。


 私がシャルの後を追うように目的地へと向かっていくと、少しずつではあるが通行人の数も減ってきた。

 この付近は人通りも少ないせいか、薄暗く自分の持っている燭台で足元を照らしていないと転んでしまいそうだ。

 でも、通行人がいないことにより私たちが走っていることが目立つこともないため、少しだけ気楽なのは助かる。


「ヒナタさんこっちの方が近道です!」


 シャルが急に曲がって裏道へと入った。私はシャルの持っている燭台の明かりを頼りに後を追う。

 ベルフェスト王国の王都の地理はシャルの方が詳しいから近道があるのであれば任せた方がいい。


 私はシャルの後を追っていく。

 シャルがいつになく猛スピードで走っている。

 シャルが全速力で入っている所なんて初めて見たけど、こんなに速く走れるなんて知らなかったよ。


 そして裏道に入ってしばらく進んでいくと、人が誰も住んでいない廃墟のような景色が広がっていく。

 まるで貧困街のような感じで、もちろん人通りもなく私とシャルしかいない。


「ヒナタさんここを抜けたらすぐに着きます!」


 本当に裏道だな。

 目の前には大きな建物もあり、明かりが灯っている。

 それなのにこの場所の明かりは私とシャルの蝋燭だけだ。

 通りが一つ違うだけでここまで景色が違うのか。

 そんなことを考えながら、私がシャルの後方から景色を楽しんでいると、突然シャルの叫び声がした。


「きゃっ!」

「どうしたのシャル!?」


 急にシャルの蝋燭が地面に落ちて火が消える。

 明かりがなくなりシャルの姿が暗闇へと消えた。


 私はすぐに気配探知スキルを発動させる。

 すると、シャルの反応の隣にもう1人の反応があった。


「誰だ!」


 相手は黙っている。

 シャルからの応答もない。

 でも気配探知の反応から無事なのは確かだ。


 私は少しずつ反応がある方向へと進んでいく。

 すると突然シャルの呻き声が聞こえてきた。


「うぅ……! ヒ……さ……げて……」


 何を言っているのか聞き取れなかったが、シャルは必死に私に何かを伝えているようだった。

 でもこのままシャルを放って逃げることはできない。

 私はそのままシャルの下まで近づく。


 すると目の前から何か黒い影のようなものが飛んできた。

 そしてそれは私の胸のあたりに命中する。


「うっ……」

「んー! んー!」


 私は自分に当たったものを確認する。

 地面に落ちていたのはナイフだった。

 ……あ、これ確実にヤバいやつだ。

 咄嗟に物理攻撃耐性スキルを発動させて正解だ。

 完全に心臓に当たったから殺しにきているよね。

 ということは、こいつらは私達がエラトマ商会に行くのを阻止していることになる。

 うん。完全に敵認定ですね。

 そして私は物理攻撃耐性があるからナイフなど効かない!


「ふふふ……。わーはっはっはー!!!」


 狂気じみた感じでシャルの下へと全速力で駆け抜ける。

 敵も確実に仕留めたはずの相手が平然としているのに焦ったのか、何度もナイフを私に投げつけてくる。


「そんなもの効くかぁー! あーはっはっはー!」


 敵のナイフが私の身体中に当たる。

 頭や胸や腹、足にもどんどん当たっている。

 しかし、私にナイフは効かない!


「私は無敵なのだぁー!」


 私はあっという間にシャルの下に辿り着く。

 そしてシャルの口を塞いでいた黒いローブを羽織った男に近づき、魔法を放つ。


「エアショット!」


 男は私に何故ナイフが効かないのか分からないまま、空気弾(エアショット)によって気絶し、その場で倒れた。


「ヒナタさん!」


 シャルが私に抱き付いてきた。

 涙目で私を見ている。


「シャル大丈夫だった?」

「私のことよりヒナタさんに何度もナイフが投げられてて……あれ?」


 シャルが心配そうな顔で私の身体を隅々まで両手で触診し始めた。

 あ……ちょっとくすぐったいよ……。

 シャルが私のお腹周りから触り始める。

 できればもう少し上を触ってくれたほうが気持ちいいんだけどな……。

 そんな不埒なことを考えていると、シャルの両手は徐々に上の方にやってきて胸を触り始めた。もみもみ。

 あれ、シャル? なんかどさくさに紛れて私の胸を揉んでない?

 それはダメだよ、なんか変な気分になってきちゃうから……。

 って違う違う!

 私はシャルの両手を振り払った。


「全部避けたから大丈夫だよ!」

「……そうなんですね。さすがヒナタさんです!」


 明かりがなく暗かったおかげか、どうやらシャルには見えていないようで安心した。

 本当は全部直撃していたからね。

 この倒れている男、相当夜目が効くようだ。

 できればその夜目を活かした別の仕事で稼ぐ方法だってあったんじゃなかろうかと思ってしまう。


「とりあえずこの男は衛兵にでも身柄を渡した方がいいよね?」

「そ、そうですね。急いでいるのに何なんでしょうか?」


 おっと、シャルは鈍感だなぁ。

 可愛い奴め。


「多分、私達がエラトマ商会に行くのを阻止していたんじゃないのかな?」

「あ、そういうことだったんですね。……ということは、カレンの身に何かあったってことじゃないですか!?」


 やっと理解してくれたか。

 さて、ちょっと物理攻撃耐性が凄すぎて少し楽しんじゃったけど、急いでカレンの下に行かないと!

作者のおふざけでヒナタを狂気化させました。

ヒナタのキャラを崩壊させてしまっていたら申し訳ありません。

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