70 コハクと別行動④
─ヒナタ視点─
あの後無事に帰ってきた私たちは、冒険者ギルドで依頼の報酬を貰っていた。
「今日は助かりました。ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「また会おうな」
2人からお礼を言われて、カレンが2人の頭を撫でた。
ルークは少し顔が赤くなっていたけど、シアンがルークの右足を踏む。
「いてぇよシアン!」
踏まれた右足を抑えながらシアンに怒った。
シアンはそっぽを向いて無視している。
これは、シアンの片想いか……。
カレンは強敵だぞ。
「2人はこの後孤児院に帰るの?」
「いや、まだ定食屋で夜まで仕事しなくちゃならねぇ」
2人はまだ働くらしい。
生きていくには働くのが当然だけど、この子達の場合は孤児院の子供達のためだ。
自分のために使っているお金はほとんどないだろう。
「そ、そうなんだ。またギルドで会ったらよろしくね」
「カレン先生なら歓迎だけど、ヒナタはなぁ……」
おっと、私の評価はかなり下がっていたみたいだ。
そりゃそうか。ゴブリン戦でも私は後方で応援していただけだ。
ルークが私に憧れる要素はない。
そうなるとシャルにも失礼だぞ。私はいいけどシャルには謝れ。
「こらルーク! 失礼でしょ!」
シアンがルークの頭を殴る。
シアンはしっかりもののようだ。
ルークももう少し相手に配慮した言葉を覚えた方がいいかもしれない。
「それじゃあ、また会おうなカレン先生に、シャル姉ちゃん、ヒナタ!」
「お世話になりました」
そう言って2人は冒険者ギルドから出て行った。
まだ昼過ぎくらいだからもう少し時間はありそうだな。
サーシャたちがいつ頃帰ってくるのか分からないし、孤児院にでも行ってみよう。
「カレンにシャル。孤児院に行ってみない?」
「え、なんで?」
「2人の様子を見ると、孤児院も困窮しているみたいだし、孤児院の院長先生に話を聞いてみた方がいいかもしれないよ」
「そこまでやる必要があるかな」
「わ、私も孤児院に行った方がいいと思います!」
シャルは賛成してくれるようだ。
これで2対1だ。賛成多数で孤児院へ行こう。
「孤児院の子供達のことが心配です……」
シャルが深刻な顔で呟く。
シャルは子供が好きだから、ルークたちの姿を見て心配なのだろう。
私だってそうだ。
何かあの状況を打開出来る策があればいいのだが……。
孤児院に向かっているが、孤児院は街の外れにあり、周辺には住民もほとんどいない。
どんどん人が少なくなってきた所で、孤児院が見えてきた。
「こ、これは……」
目の前にある孤児院は外装がひどい。
塗装も剥げていて庭も荒れている。
私の想像以上に孤児院は困窮している。
「とりあえず院長先生に会ってみましょうか?」
「そうだね……」
「あたしも行くよ」
私たちはシャルを先頭に孤児院に入っていく。
すると中にいた子供達が不思議そうな顔で私たちを見ている。
本当に小さい子が多い。
5歳くらいから10歳くらいの子が全部で13人いる。
ルークたちよりも服がボロボロでこれじゃ防寒もできない。
そして全員痩せ細っている。
補助金を受けているのに、これはさすがに意味が分からない。
「ねえ、院長先生はいるかな?」
「うん、あっちにいるよ」
シャルが1人の男の子に声を掛けた。
男の子が指差した方向には扉がある。
私たちが扉を開けると、8畳くらいの部屋があった。
そしてそこには50歳くらいの女性が座っていた。
「あ、あの……」
「あら、どちらさまですか?」
院長先生が首を傾げながら聞いてくる。
「私たちは冒険者の者です」
「あら、それでしたらルークが何か失礼をしましたか? 口は悪いですが良い子なので、どうかご勘弁していただけませんか……」
院長先生は腰が低い人のようだ。
それにルークの心配もしている。
確かに口は悪いけど正義感が強い男の子だ。
ルークの文句を言いにきた訳ではないのは当然だ。
「いえ、ギルドでルークくんとシアンちゃんと一緒に依頼を受けたんですが、孤児院が困窮しているみたいだったので心配で来てしまいました」
「そうでしたか。すみません。領主様から補助金も頂いているのですが、孤児院の維持費と子供達の食費で補助金を使い切ってしまうもので……」
シャルの言葉に院長先生が俯きながら返答した。
よほど補助金が少ないのかな。
でもそれなら私にも考えがある。
「でしたら私が領主様に掛け合ってみましょうか? 領主様とは懇意にしているので話は聞いてくれると思いますけど……」
「いえ、何十年も前から補助金の金額は変わっていないので、私の経営の方法が悪いんです。私のせいで子供達を苦しめてしまっているので領主様の手を借りるわけには……」
「何十年もこの孤児院で院長をやっているんですか?」
「いえ、前任の院長が亡くなってから引き継いだので5年ほどですかね」
なるほどね。この人も経営を始めてから5年ということか。
そこから試行錯誤をしながら経営をしていたけど、この状況になってしまったと。
そして補助金の援助も貰っているけど安定した生活ができるほど経営が上手くいかないから、ルークとかが働きに出ているということかな。
こういうのは実際に見てみないと分からないよね。来てよかったよ。
「そうなんですね。でしたら今度食事を持って来てもいいですか?」
「それは嬉しいです。子供たちも喜びます」
院長先生は嬉し涙を流して頭を下げた。
この人も大変な思いをしているんだろうな。
全部で15人の子供達を1人で支えながら毎日頑張っているんだ。
私たちにも協力できることはやった方がいいだろう。
「そういえば申し遅れました。私はこの孤児院で院長をやっているクリシスと言います」
「私はヒナタです。この子はカレンとシャーロットです」
私たちは孤児院の今後のことを考えるために孤児院を出た。
「思ったよりもひどい状況だったな……」
「なんとかしてあげたいね」
カレンとシャルも真剣な顔で相談し合っている。
とりあえず食事の提供くらいならできる。
さすがにお金をあげるのはよくないと思うから、これくらいが私たちにできることなのかな。
明日は食事を準備してコハクも連れて孤児院に来てみよう。
すっかり夕方になってしまったが、私たちはマイホームに帰ってきた。
マイホームの明かりが点いているので、コハクも帰って来ているみたいだ。
1人で寂しいかっただろう。早く抱きしめたい。
─サーシャ視点─
コハクちゃんと一緒にヒナタお姉ちゃんのお家に帰って来ました。
人様のお家に勝手にお邪魔するのは少し失礼な気もしますが、コハクちゃんもいますから大丈夫でしょうか。
「ママいつ帰ってくるかなー」
コハクちゃんはソファに座って呟いています。
コハクちゃんは本当にヒナタお姉ちゃんが好きなんですね。
でも少し早く帰って来てしまったでしょうか。
冒険者の仕事だと夕方くらいに帰ってくるのでしょうか。
ヒナタお姉ちゃんと森に行った時は、日が出ているうちに帰って来ていたので詳しいことは分かりません。
依頼によっては野営もしているそうなので、冒険者という仕事は大変です。
あんなに素敵な女性で、そして魔法の才能もあるヒナタお姉ちゃんを大変尊敬しています。
「コハクちゃんはヒナタお姉ちゃんのどんなところが好きですか?」
「ママはね、すっごく優しいの! いつも一緒にいてくれるし、コハクのためにおいしいお料理を作ってくれるの! それにね、お家で忙しくても一緒に遊んでくれるの!」
コハクちゃんを見ていると、ヒナタお姉ちゃんを心底好きなのが分かります。
いきなり竜の親というのは大変な思いをしたかもしれませんが、やっぱりヒナタお姉ちゃんはすごい人です。
「ヒナタお姉ちゃんは優しい人ですよね。私も大好きです」
「うん! ママ大好き!」
しばらくコハクちゃんとヒナタお姉ちゃんのお話で盛り上がっていると、夕方になって玄関の扉が開きました。
「ただいま! コハク!」
「お帰りなさいママ!」
ヒナタお姉ちゃんはすぐにコハクちゃんに抱きつきました。
羨ましいと思ってしまう私は卑しい人間でしょうか。
「あれ? サーシャちゃんもいたの?」
「はい。実はヒナタお姉ちゃんに用事があったんです」
「え、どうしたの?」
ヒナタお姉ちゃんは首を傾げながら聞いてきます。
私はカバンの中からコハクちゃんと一緒に買ってきたイヤリングを取り出します。
「これをお渡ししたくて」
「ん? これイヤリング?」
小さな箱に入ったイヤリングを見ています。
コハクちゃんはヒナタお姉ちゃんの横で笑顔になっています。
「はい。日頃の感謝の気持ちを込めてコハクちゃんと一緒に選んでヒナタお姉ちゃんに買ってきました」
「え、嘘……」
ヒナタお姉ちゃんが手で口を押さえています。
すると、目から涙が浮かび上がってきました。
サプライズプレゼント作戦は成功したようでよかったです。
「このイヤリングはね! サーシャお姉ちゃんとコハクともお揃いなんだよ!」
あ、コハクちゃんがそれを言っちゃうんですか。
私が言いたかったのに!
「……これは、太陽の形をしているの?」
ヒナタお姉ちゃんが声を震わせながらコハクちゃんに聞きました。
「うん! ママの名前に合っているからってサーシャお姉ちゃんが選んだの!」
「……そうなんだ。ありがとうね。サーシャちゃんもコハクも……」
目を潤わせながら、ヒナタお姉ちゃんが私とコハクちゃんを抱きしめてくれました。
とても温かいです。
「ヒナタお姉ちゃんいつもありがとうございます」
ヒナタお姉ちゃんは声が出ないのか、啜り泣きながら頷いています。
今日は私にとって、とてもいい1日になったような気がします。
ヒナタ「サーシャちゃんが買ってきてくれたイヤリング……。はぁはぁ。くんかくんか……」
コハク「ママ何してるの?」
ヒナタ「な、なんでもないよ……」
コハク「?」




