54 家庭教師
「なんで風魔法しか使えないって分かるの?」
「全属性の初級魔法を詠唱したら風魔法だけは行使できたんです」
なるほど。
ステータスが見られないから、とりあえずどの属性の魔法が使えるか試したんだね。
「でもなんでステータスの確認は成人してからなの?」
「えっと、未成年の頃に強力なスキルを持っていることが分かると、犯罪が横行する可能性があるからみたいです」
よくわかった。
未成年だと増長して犯罪に手を染めてしまうこともあるか。
責任能力がまだ欠けている状態だからこそだね。
「なら、それまで待ったほうがいいね。じゃあ、試しに風属性の攻撃魔法でも試してみようか」
私は簡単な風刃をサーシャの目の前で行使する。
そして的にした木に傷がつく。
木を倒さないようにかなり威力を抑えた。
「すごいです!」
「そんなことないよ。それじゃ最初は詠唱してやってみようか」
初めから無詠唱じゃなくて、詠唱して風刃をやらせてみる。
そして魔法書に書いてある通りにサーシャは詠唱を始める。
「はい! 風よ、鋭利な刃と為りて、あらゆるものを切り刻め。ウインドカッター!」
手をかざした先に魔法陣が構成されていき、風刃が放たれる。
「できた……」
ほう。やってみればできるもんなんだね。
私は詠唱なんてやったことがないから不思議な感じだ。
それにしても先程の魔法でサーシャがフラついている。
やっぱり魔力があまりないみたいだ。
でも風刃は中級魔法。サーシャでも中級魔法を行使できるくらいの魔力はあるのが分かった。
私はフラついているサーシャに魔力回復薬を差し出して飲ませる。
「大丈夫?」
「ふぅ……。はい、なんとか」
やっぱり中級魔法だと魔力消費も激しいのか。
私基準だと、中級魔法でも魔力の出力を調整して行使できるから大したことないからね。
でも魔力の調整はかなり難易度が高いと思うからサーシャにはまだ教えられないかな。
数分待つと顔色も戻ってきたので、再度サーシャに風刃を行使するように指示する。
「風よ、鋭利な刃と為りて、あらゆるものを切り刻め。ウインドカッター!」
またサーシャがフラつく。
なんかスパルタ教育のような気がしてきた。
でも今は魔力量を増やすことに専念したい。
「ごめんねサーシャちゃん。大変だよね。でも魔力量を増やすためには必要だと思うから……」
「だ、大丈夫です。私もヒナタ先生みたいになりたいので……」
私みたいって……。そんな嬉しいことを言ってくれるなんてヒナタ感激。
嬉しくなってしまったので、少しだけ休憩を入れることにした。
とりあえず詠唱しての風刃は行使できるから無詠唱もできるだろう。
無詠唱はイメージがしっかりしていれば出来る。
であれば、既に風刃を行使したことでイメージもしやすいはずだ。
「次は無詠唱でやってみようか。前と同じでイメージをしっかりね」
「はい!」
サーシャが手を前に突き出して一生懸命風刃を出そうと頑張っている……が発動しない。
一度無詠唱を覚えているから、簡単にできるかと思ったがなかなかできないようだ。
私も詳細に教えたいところだけど、感覚でやっているところが多いから教えるのも難しい。
その後もなんとかやろうとするができない。
詠唱で発動させて魔力を消費させては魔力回復薬を飲むのを繰り返した。
結局今日は、無詠唱で風刃を行使することができなかった。
「また次回にでも練習しようか。家でも初級魔法ならやってもいいからね」
「……はい」
サーシャが悔しそうな顔をしている。
そんな落ち込まなくてもいいのに。
いきなりできたんじゃ、私の家庭教師としての仕事がすぐに終わっちゃうよ。
それから数日後に再度、無詠唱での風刃に挑戦した。
驚いたのは前回は一回でも風刃を行使すればフラついていたが、今は3回行使して魔力欠乏になった。
これは間違いなく魔力量が増えていることになる。
確信はなかったが、やはり魔法を使えば使うほど魔力量が増えることがわかった。
そういえばどこかの論文にも魔力枯渇を繰り返せば、魔力量が増えるって書いてあったな。
信憑性がないとも書かれていたけど、あながち間違っていなかったということだ。
それとも人によって変わるのかもしれない。
「うぅ、無詠唱だと発動しません……」
「どんな風刃を発動したいのか、どんな風に飛んでいくのかをイメージしてみて」
「はい……」
サーシャは目を瞑ってイメージを始めた。
……すると。
シュン!
「「できた!」」
やっとの思いで無詠唱での風刃が発動した。
どうやら飛ばすイメージができていなかったみたいだ。
イメージと一概に言っても、どこまで細かくイメージするかが大事だ。
私の場合は無意識でやっていることだが、初めての人はそうもいかない。
例えば私は風刃を発動させるために、1メートルくらいの大きさの風の刃を、時速100キロで目標物に向かって放物線を描いて飛んでいくようなイメージをしている。
要はどこまでイメージするかだ。
ただ風刃が飛ぶイメージだけだと、魔法陣も情報が足りずに構築ができない。
なるべく詳細にイメージすることで、魔法陣が構築しやすくなるのだ。
「おめでとう! サーシャちゃん!」
「ヒナタ先生のおかげです!」
これが無意識に発動できるようになるまで練習したら、次はいよいよ魔物に挑戦だ。
それから何日もかけて練習を続けて、サーシャの魔力量も増えてきた。
そして無詠唱の風刃も完璧にマスターした。
やはりサーシャは魔法の才能があるかもしれない。
「今日は森に行って、実際に魔物を試してみよう!」
「はい!」
サーシャがものすごい笑顔だった。
どうやら楽しみにしていたみたいだ。
普通に森に行ってもいいけど、せっかくだから冒険者ギルドに行って常設依頼を受けようと思う。
「セレナさん、ゴブリン討伐の常設依頼を受けるよ」
「え、わ、分かりました。あれ? 隣にいるのは?」
「領主様の娘さんだよ。魔法の家庭教師の一環でゴブリンを討伐しに行こうかと思ってね」
「えぇ!? でも、ヒナタさんなら大丈夫か……」
セレナは少し不安な表情をしているが、森の奥まで行くつもりもないので大丈夫だろう。
早速森へと向かう。
私は気配探知スキルで魔物の位置を確認しながら歩く。
「魔物討伐は初めてなので不安です……」
「大丈夫だよ。私が完璧にサポートするから!」
とは言ってもどうしようかな。
私がゴブリンを瀕死まで追いやったところをサーシャにとどめを刺してもらってもいい気はするが、できればサーシャには魔物の恐ろしさを体験してもらいたい。
ウルレインを出てから、30分程度歩いたところで魔物の反応を見つけた。
「サーシャちゃん。この先に魔物がいるよ」
サーシャは真剣な顔つきになる。
私が前でその後ろにサーシャが付いてくる。
反応が近づいてきて、目の前にゴブリンが3体いた。
んー、3体だとサーシャには難しいかな。
でも、手助けするのは最後まで待ちたい。
「サーシャちゃん、3体同時に相手できる?」
「頑張ります」
サーシャの風魔法なら落ち着いてやれば簡単に討伐できる。
でも標的である魔物は今までと違って動くし、武器をもって迫ってくる。
この状況下でも冷静に対応できるか見てみたい。
「なら、サーシャちゃんに任せるよ。いい? 冷静にいつも通りにやれば倒せるからね」
「分かりました……」
私は隠密スキルでゴブリンからは見えないように姿を消す。
これで標的はサーシャだけになる。
サーシャが木の影に隠れながら風刃をゴブリンに向けて放つ。
「ウインドカッター!」
突如として放たれた風刃にゴブリンは反応できずに背中に直撃する。
しかし致命傷にはならず、3体がサーシャに向かって迫ってきた。
「きゃあ! う、ウインドカッター!」
再度放った風刃は1体のゴブリンの首を斬った。
しかし、まだ2体いるがサーシャはかなり慌てふためいている。
ちょっとまずいか?
どんどん迫ってきたゴブリンに怖気付いてサーシャが尻餅をついた。
あ、これだめだ。
「エアショット!」
ゴブリン2体の頭に向けて空気弾を撃ち込む。
あっという間にゴブリンは気絶する。
「大丈夫? サーシャちゃん」
「す、すいません……」
腰が抜けたのか、立つことができないみたいだ。
なので私も座り込む。
「初めてにしてはよく1体討伐できたね。3体同時に来るとあんな風に焦っちゃうかもしれないけど、魔物は待ってくれないから常に冷静にいないとダメだよ」
「はい……」
初めてだから冷静さを失うのは仕方ない。
一番のミスは最初の風刃で1体のゴブリンを倒せなかったことだ。
あれを倒せていたら、もう少し冷静になれたかもしれない。
「とりあえず、残りの2体は気絶させているから、とどめはサーシャちゃんにお願い」
「はい……」
そしてサーシャが風刃でゴブリンにトドメを刺す。
初日にしてはいい感じだと思う。
いきなり成功してしまうと増長しちゃうかもしれないからね。
そうなると変に自信がついて油断にもなり得る。
今日のことをサーシャには反省してもらって次に生かすことができれば上出来だ。




