41 象徴の証
カレンは何を言っているんだ……?
何か私が女神様って呼ばれているって聞こえたような……。
「えっともう一回言って……?」
もしかしたら私の勘違いかもしれない。
だって私は誰にも見られないようにするために、夜中にそれも海岸からは見えない位置で討伐をしたんだから。
それなのに私が女神なんて言われるはずがない。
「ヒナタが女神様って呼ばれて讃えられている」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
それになんで女神様なんだ。この世界の女神様はイスフィリアだぞ。
少なくとも私ではない。
「なんでそんなことになってるの……?」
「どうやら昨晩のヒナタのケートス討伐を、偶然遠くから見かけた住民がいたらしい」
「は……?」
なんてことだ。
冒険者ギルドからも海岸には近寄らないように周知されていたはずなのに住民が見ていたとは……。
「それで、街の広場で吟遊詩人が大々的に噂を広めていたよ」
「……は?」
え、吟遊詩人何やってくれてんの?
勝手に私のことを女神扱いして、噂を広めないで欲しいんだけど。
「でも、幸いなことにヒナタってことはバレてないよ」
「あ、そうなんだ……」
それなら……いいのかな?
住民の間で海の魔物を倒すために、神界から女神が舞い降りて、討伐してくれたみたいな噂なら大丈夫そうだ。
「それなら、大丈夫そうだね……」
そうであれば特に問題ない。
というより、その吟遊詩人を見てみたい気持ちすら芽生えてきた。
ちょっと気になるよね。どんな風に昨晩の私の栄光を話しているのか。
「その吟遊詩人ってどこにいるの?」
「海岸近くの広場にいたけど」
「ありがと。ちょっと見に行ってくるね!」
私は立ち上がって、部屋から出ていく。
街を歩いていると、どこもかしこも女神様の話題でいっぱいだ。
女神様が舞い降りた。
女神様がタラサの街を救ってくれた。
女神様のお姿が神々しかった。
女神様のパンツは白だったらしい。
とかそんな噂ばかりだ。
最後のが気になったが、確かに今履いているのは白のパンツだ。
こんなことになるのならスカートを履いて戦ったのは失敗だな。
でもまさか、あの場に住民がいてそして偶然にもスカートの中を見られるとは思わないよね……。
騒いでいる住民をすり抜けて、海岸方向へと歩く。
すると、広場の中央で騒いでいる大勢の人集りがあり、その中央に木箱の上に乗っかっている吟遊詩人がいた。
「このタラサの街に女神様が舞い降りた! 突如として海に現れた怪物に街の住民は日々悩まされていた! この街を救うために、神界から女神様が海の怪物と戦ってくれた! 空を飛びながら海上で戦う銀髪の女神様は月明かりが照らされて神々しいお姿であった! そして海の怪物に対して神力を行使したことにより見事、討伐をなされた! その後、姿をお消しになられたが、姿を見た住民もいる! ……なんと幸運だったことだろうか。皆も女神様のお姿を御拝謁したかっただろう。しかし! この街は女神様からのご寵愛を受けたのである! 姿は見えないにしても、神界から女神様はこのタラサの街を見守ってくれているだろう! タラサの住民であることに感謝を! 女神様に感謝を!」
「おおおおぉぉぉぉぉおおおお!!!」
「えぇ……」
すごいことになっている。
ドン引きだよ。その女神様はここにいるよ。15歳の女の子だよ。
しかも話を盛っている。神々しかったとか絶対嘘だよ。
なんかこのまま聞いてても恥かしくなってくるから帰ろうかな……。
「ヒナタさん、こんなところにいたのか」
突然後方から声をかけられた。
後ろを振り返ると、領主のパラトスがいた。
「あ、領主様」
「すごい盛り上がりだな。この街に女神様が舞い降りたなんて嬉しい限りだよ」
パラトスが揶揄うように言ってくる。
この領主楽しんでいるな。最悪だ。
「そうですねー。この街は女神様の寵愛を受けているみたいですよー。よかったですねー」
棒読みで返答してあげた。
私の対応に領主様も失笑する。
「ふっ、冗談はこれくらいにして。ヒナタさんのことはバレていないようだけど、この騒ぎはどうやっても収拾がつかない。領主としても女神様が舞い降りたことにしたいと思うがいいかね」
「ケートスを討伐したのは女神様ですからね。それでいいと思いますよ」
「分かった。私としても実際に女神様を目撃した住民から情報を聞いて、銅像でも立てようかと思うよ」
「はい……?」
この領主様は何を言っているのかな……?
そんなことをされたら、私にそっくりの銅像が出来上がるんじゃない?
ちょっとまずい、というか恥ずかいい……。
「それだと私に似ている銅像が出来上がりませんか?」
「それは住民から聞いてみないと分からないな」
「絶対に私に似た銅像はやめてくださいよ」
「ははは。それについては善処しよう」
善処しよう。便利な言葉だな。
これは前向きに捉えるが、もしかしたら約束を違える事もあるという意味でもある。
この領主様、絶対に私の言うことを聞く気がないな。
間違いなく、私に似た銅像ができるだろう。
早くこの街から逃げないと。
「そうですか。では、私も近いうちに王都に帰ろうと思います」
「もう帰ってしまうのか? であれば、今夜にでもお礼として領主邸で食事をご馳走させてくれないか?」
「それは構いませんが、私だけでなくパーティーメンバーが一緒でもいいですか?」
「もちろん歓迎しよう」
よし、宿に帰ってカレンたちを呼ぼう。
私だけ領主様と2人きりでの食事は勘弁したい。
こういう時は2人を道連れにしなければ。
そして私は領主と別れて宿へと戻った。
カレン達に先程の要件を伝えようと宿の部屋に行ったが2人がいなかった。
「あれ? どこいった?」
私は一階に降りて宿の店主に2人のことを聞く。
「確か……2時間前くらいに出て行ったはずだよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
私は宿を出て2人を探しに行く。何処もかしこも女神様を讃えようと人が多い。
人混みに酔いそうになりながらも歩いていると、住民が並んでおり一際目立っているお店があった。
そしてそこに並んでいる綺麗な赤髪で長身の女性を見つけた。間違いなくカレンだ。
私は2人に近づいて話しかける。
「2人ともここで何をしているの?」
後ろから話しかけたからか、2人とも驚いていた。
「え、えっと……」
ん? どうしたんだろう?
2人とも目が泳いでいる。
「何かあったの?」
「あー……木彫りの女神様のフィギュアを買いに来たんだよ……」
「……は?」
女神様のフィギュア……だと?
それって私のフィギュアってことだよね。
「なんでそんなのに並んでいるの?」
「き、記念にね……?」
「そうです! 記念なんです!」
なんの記念だよ。2人とも明らかに動揺している。
でもさすがに「そんなの買う必要ないでしょ?」っていうのも気が引ける。
2人が欲しくて買うんなら私が止める権利はない。
それにそのフィギュアが私に似ているとも限らないしね。
もしかしたらイスフィリア似かもしれないし。
「……そっか。なら私は待ってるよ」
私は2人から離れて買い終わるまで待っていた。
どんなフィギュアなのか気になる。
買ってきたであろう住民がフィギュアを手元に持っているがよく見えない。
しばらくして2人が戻ってきた。
「この女神様、ヒナタそっくりに作られているな」
私は手渡された女神様フィギュアを見る。
綺麗に塗装されていて風貌は完全に私だ。
そして岩石弾を放っている姿だった。
惚れ惚れするほどの躍動感。
たった数時間でこれを大量生産しているとか何人の人が関わっているのかと疑問に思う。
でも唯一似ていないのは、私より胸が大きいことくらいかな……。
いや、余計なお世話だよ。理想の女神様が巨乳なのはいいけど、それを私に押し付けちゃいけない。
これを作った人は私に対して失礼なことをしている。ぷんぷん。
でも本当に精巧に作られている。
何故ならスカートの中のパンツが白になっているからだ。
ここまで再現しなくてもいいじゃないかって思うよね。
「なんで3つも買ってるの?」
「一応ヒナタにも買ってきたんだよ」
いや、いらねーよ。
そんな笑顔で渡さないでよ。断れないじゃん。
「そ、そっか。ありがとね」
私は引き攣った笑顔でお礼を言った。
間違いなくこの姿で銅像が出来上がるよね。最悪だ。
って違う。フィギュアで忘れていたけどそんなことを言いたくてカレンたちに会いにきたんじゃない。
「そういえば2人とも。領主様から夕食の招待があったから、夜は空けておいてね」
「嫌なんだけど……」
「何でそんなことに……?」
「私も嫌だけど、断れなかったの。だから2人を道連れにしようと思って」
「なんてことをしてるんだよ……」
「ヒナタさん、それはあまりにも酷すぎます……」
カレンとシャルには呆れられたが、そんなことはどうでもいい。
私のフィギュアが売られたり、銅像がこの街で作られるということに比べれば大したことない。
「さ、宿に帰るよ」
私たちは宿に帰り、食堂で馬車の迎えを待っていた。
すると宿の店主も女神様の話題を出してきたので、恥ずかしくて私だけ部屋に籠った。
夕方になってきたところで、ようやく馬車の迎えが到着した。
私達3人は馬車に乗り込んで、領主邸へと向かう。
まさか1日に2回も行くことになるとは思わなかったよ。
「よく来たね。ヒナタさんとお仲間の方」
「お招きいただきありがとうございます。こちらの赤髪で綺麗な女性がカレン。金髪の美少女がシャーロットです」
「カレンさんとシャーロットさんか。3人ともとても美しい女性だ」
ちゃっかり私も含まれている。
それによくこんな恥ずかしいセリフを平然と言えるもんだね。
もしかしたら貴族にとっては社交辞令みたいなものなのかもしれない。
そして食事が用意されている部屋に案内されて、領主様と私たちの4人で食事をいただく。
「噂だとケートスを討伐した女神様は空を飛んでいたと聞いたのだが、実際はどうなんだ、女神さ……ごほん、ヒナタさん」
絶対わざとだろ。この領主様は私を揶揄うのが好きなようだ。
それに実際に空は飛んでいた。
でも、自分の能力を教えるのは良くないよね。
空を飛べることが知られたら、変なことに利用されそうだし。
「噂ですので、あまり間に受けない方がいいんじゃないでしょうか」
「ははは。確かに噂だからな。事実かどうかはどうでもいいな。何より、ケートスが討伐されたことを喜ぶべきだ」
その通りですよ。
あまり詮索しないでね。
「あと、女神様の銅像を作ることが正式に決まったわけだが、街で売られ始めたフィギュアと同じデザインでも問題ないか?」
ダメですとは言えないよね。
フィギュアと銅像が違う女性だったら反発が起きるよ。
あと、カレンとシャルは隣で笑うな。
「空想の女神様なので特に問題はないと思いますよ」
ここまで話が進むと、もう諦めるしかないよね。
本当はフィギュアだって銅像だって嫌なんだよ。
勝手に噂に尾ヒレが付いて、そして足まで生えて一人歩きしているんだから。
どうやってもこの騒ぎは止められない。
「分かった。銅像ができるのはまだ時間が掛かるだろうが、またこの街に来たときは是非とも見てもらいたい」
「分かりました」
どうせまた新鮮な海産物を求めて来るだろうから見ることにはなるだろう。
それに今回のことでこの街にいるのも少しだけ窮屈なので、さすがにそろそろ王都に帰ろう。
サーシャにも会いたいし。
私たちは領主様との堅苦しい食事会も終わって、かなり疲れたので宿に戻りすぐに眠った。




