40 タラサの街の女神様
朝日が登ってきて、周囲が明るくなってきたところで目が覚めた。
「……そうか、ケートスを倒したんだ」
私は寝ぼけながらもケートス戦を思い出す。
本当に死ぬかと思った。
今までで一番ダメージを負った気がする。
回復薬と魔力回復薬がなかったら、死んでいたと思う。
とりあえず、久しぶりのステータスの確認だ。
名前:ヒナタ
種族:人族
年齢:15歳
職業:魔法使い
HP :197/203(+25)
MP :158/345(+22)
スキル:水魔法LV7
風魔法LV7
火魔法LV5
土魔法LV7
無属性魔法LV5
無限収納
威圧LV4
毒霧LV1
毒耐性LV3
麻痺耐性LV2
気配察知LV5
気配遮断LV4
隠密LV5
発情LV2
遠視LV4
気配探知LV5(+1)
自然回復LV4
身体強化LV2
ユニークスキル:強奪
体力も魔力も大幅に上がっている。
それに新たに無属性魔法を取得している。
もしかして、これがケートスが使っていた衝撃波か?
ブルガルド家から貸してもらった魔法書にも無属性魔法なんて書いてなかった。
かなり気になるが、イメージも湧かないから無属性魔法はそのうち試してみよう。
とりあえず、カレンたちも心配しているかも知れないから宿に帰ろう。
魔力はあまり回復していないけど、自然回復のおかげか体力はほとんど回復している。
「というか、ここの海岸はどこだ?」
ケートスとの戦闘に夢中で自分がどこの海岸に辿り着いたのか分からない。
とりあえず飛行魔法で上空に飛んで位置を確認しよう。
「結構街から離れていたんだな……」
無我夢中だったからか、街の海岸からはかなり離れた位置にいたようだ。
戦闘に夢中でいつの間にか遠くに海岸に辿り着いていたようだ。
しかし、ここにずっといるわけにも行かないので、すぐに歩いて宿へと帰り部屋へと戻った。
「ヒナタ!」
「ヒナタさん!」
部屋に入ってきて2人が私をぎゅっと抱きしめてきた。
その勢いに負けて私は後方へ倒れた。
「ちょっと2人とも!」
2人の啜り泣く声が聞こえる。
かなり心配をかけたようだ。
「遅いぞ! 朝起きてもヒナタが帰ってきてないから心配したんだぞ!」
「あまり心配させないでください!」
2人が私の胸に顔を埋めてきたので、2人の頭を撫でて慰める。
そして私はケートスの討伐がかなりギリギリの戦いになってしまって、そのまま海岸で寝ていたことを説明した。
「ギリギリになったなら、すぐに逃げてくればよかったのに!」
「ケートスが逃してくれなかったんだよ。変な魔法が直撃して危なかったから、海岸に避難しようとしたんだけどずっと追いかけられたんだ」
「それでも心配したんですよ! ヒナタさんに何かあったんじゃないかって……」
「ごめんねシャル……」
シャルの頭を再度撫でて慰める。こんなに私を心配してくれていたのは申し訳ないと思うと同時に凄く嬉しい気持ちにもなった。
2人に昨晩の状況を説明をして何とか理解を得られた後、私単独で宿を出て冒険者ギルドに向かった。
カレン達には宿で休んでいるか、街に遊びに行っているように促しておいた。
いつもの受付のお姉さんのところに報告に行く。
今日は冒険者が誰もいない。
ケートスの出現で逃げ出したか?
「ケートスの討伐報告に来たんだけど」
「え!? 討伐できたんですか!?」
お姉さんが驚いている。
予想外の報告だったためか、私に何も伝えずに大慌てで2階に登って行った。
しばらくすると、40歳くらいのおじさんが登場した。
多分ギルマスだろう。
「ケートスを討伐したというのは本当か?」
「はい。討伐証明にケートスをアイテム袋にしまっているので、出しましょうか?」
「であればこちらに来てくれ」
そう言って、ギルマスと思われるおじさんと受付のお姉さんに連れられて冒険者ギルドの裏手にあった庭に案内された。
「ここに出してもらっていいか」
「分かりました」
おじさんから許可が出たので、アイテム袋から取り出すように偽装して無限収納からケートスを庭に召喚する。
ドン!
庭いっぱいにケートスが置かれる。
大きさは15メートルくらいかな。
「……どうやら嘘ではなかったようだな」
失礼な。これでもBランク冒険者だぞ?
それにこんな年端もいかない少女が虚偽の報告をするとでも本当に思ったのか。
でも客観的に見れば、この見た目だからこそ信じられないのかもしれない。
15歳のまだ冒険者になって少ししか経験していない女の子が、この魔物を1人で討伐するのは誰だって信用できないか。
「助かった。あなたのおかげでこの街は救われた。感謝する」
「あ、ありがとうございます!」
おじさんが頭を下げた後、隣にいたお姉さんまで一緒に頭を下げる。
「いえ、依頼を受けたのは私ですし、これも仕事ですから」
実際は意味不明な魔法のせいで死にそうになったけど、これが冒険者の仕事だ。
自分の命を懸けて依頼をこなし、報酬を貰い生活をしていく。
それに今回の依頼ではいい事もあった。このケートス討伐の依頼のおかげで、よく分からない無属性魔法も手に入ったし。頑張って討伐した甲斐があったってもんだよ。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はこのタラサの街でギルドマスターをやっているマレルだ」
「私はヒナタです」
「ヒナタか。この度は本当に感謝する。ヒナタはこの街の英雄だ」
「いえ、そんな大袈裟な……」
英雄にはなりたくないよ。
だから、私だとバレないようにこっそりと討伐しに行ったんだから。
「そう恐縮せずとも良い。早速、ヒナタを英雄として領主様にも住民にも知らせないとな」
「やめてください!」
間髪を入れずに否定した。そりゃあ全力で拒否だよ。
このギルマスは何を考えているんだ。
英雄なんてなったら、この街に二度と来られなくなってしまう。
「そ、そうか? 名誉なことだと思うが」
「目立ちたくないので……」
ギルマスは首を傾げて納得いかないような顔をしている。
普通の冒険者は自分の偉業を周りに言いふらすから、私みたいなのは珍しいのだろう。
「しかし、領主様ぐらいには報告してもいいだろう?」
「私が討伐したことが住民の方に広まらなければ構いません」
「分かった。ではとりあえず私の部屋に来てくれないか?」
「あ、はい」
私はギルマスに連れられて、ギルドの2階に案内される。
「ギルドカードを貸してくれ」
「え? はいどうぞ」
私のギルドカードをギルマスに渡した後、受付にある魔道具と同じ物を取り出して何やら入力している。
何をしているかは全くわからない。
「えっと、何を……?」
「あぁ、約束を果たすためにな。報酬については受付で振り込んで貰ってくれ」
「分かりました……」
約束とは何だろうか。
私が討伐したことを秘密にすることに関係していることかな?
まあ別に詮索することでもないよね。
この街を救った私に対して不利になるようなことをするわけがないだろうし……。
「あと、もしかしたら領主様にヒナタさんが呼ばれる可能性もあるから、数日はこの街に滞在してもらってもいいか?」
またこの展開か。
ウルレインでのワイバーン討伐を思い出す。
本音を言うとあまり貴族とは関わりたくない。
フィリップはいい貴族だけど、この街の貴族がいい人とは限らない。
私の力を利用しようとする可能性もある。
でも、貴族から呼ばれたら断ることもできない。
不敬罪とか言われて、牢に収監されても困るし。
「構いませんよ。それでは数日はこの街の宿に泊まっていますね」
その後、私はギルマスの部屋から退出して、1階にある受付に戻りお姉さんにギルドカードを渡し報酬を振り込んでもらった。
「ヒナタさん、本当にありがとうございました。今更ですが私はミルファと言います。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
よし。やることも終わったし宿に帰って少し寝よう。
昨晩は睡眠時間が足りなかったし、私は寝不足なのだ。
そして宿に帰って部屋の中に入るとカレン達がいない。
たぶん街に遊びに行ったのだと思う。
私はそのままベッドに行き、倒れるように眠りについた。
コンコン。
部屋の扉のノックで目が覚める。
寝ぼけながらも、とりあえず扉を開ける。
「ヒナタ様でしょうか」
扉の先にはタキシードを着た男性が立っていた。
少しだけ目が泳いでいる。一体どうしたのだろうか?
「そうですけど……?」
「領主様がお呼びですので、お迎えに参りました。宿の前に馬車を用意しております。ご準備ができましたらいらして下さい」
男性がそう言って、そそくさと扉の前から立ち去り階段を降りていった。
あー、そういえばギルマスが何か言っていたな。領主様から呼ばれるかもしれないって。
素性とか調べたりでもう少し時間が掛かるかと思ったけど、まさか討伐した当日に呼ばれるとは。
「とりあえず待たせても悪いし、すぐに準備を……あっ!」
服を着替えようと、上着に手を触れた瞬間に気が付いた。
やばい……めっちゃ服装が乱れてる。それにブラとか少し見えてるじゃん……。
だからあの執事の人の目が泳いでいたのか……。礼儀として私の目を見て話したいけど、こんな格好の少女が出てきたことで、どこを見ればいいのか分からなかったんだ。
「やっちゃった……」
とても恥ずかしい。茹で蛸みたいに顔が真っ赤に染まる。
でも恥ずかしがっている場合ではない。執事の男性が外で待っているんだから。
せめてこの失態を払拭できるように馬車では毅然とした態度で接しないと。
その後、私は急いでいつもの普段着であるワンピースを着て馬車に乗り込んだ。
馬車の中には私と執事の男性の2人。執事の男性は未だに私の先程の格好を想像しているのか、目が泳いでいる。
私が失態した後に、狭い密室に男性と2人きりとかかなり居心地が悪い。
なんか緊張してくる。何を話せばいいのかな。この男性はずっと何も話さないし。
うぅ。気まずい……。
「えっと……どのくらいで到着するのでしょうか?」
「……10分程度で領主様の屋敷に到着いたします」
執事が目を瞑りながら答える。
そうですか、もう私のことを直視できないですか。
その後は、特に何も話すことなく領主邸に着いた。
めっちゃ気まずかった……。
到着したこの街の領主様の屋敷はブルガルド家の屋敷よりは少し小さめの印象を受ける。
屋敷の中に入り、小部屋に案内されて入ると領主様がいた。
そして私が入室すると、執事が「失礼します」と言って部屋から出ていった。
そして部屋の中には私と領主様の2人。
「私はタラサの街の領主パラトス・ミレトイアだ。あなたが、ケートスを討伐した冒険者か」
「はい。冒険者のヒナタです」
「あなたのような可憐な少女が討伐をしたなんて……」
なんだ、信じられないか。
虚偽だと言い張って私を牢にでも入れるか。
そうなったら、この屋敷がなくなるぞ。
「正直、あなたのことを聞いた時は信じられなかったが、ギルマスが確認したと言っていたからそうなのだろう。ヒナタさん、このタラサの街を救ってくれて感謝する」
領主が頭を下げた。
どうやら私の想像とは違って、この街の貴族もいい人なのかもしれない。
「いえ、ギルマスにも言いましたけど仕事として受けただけなので」
「そうか。でも領主としてお礼をしたい。机に謝礼金を置いといた。受け取ってくれ」
こういうお金は3回目だ。
サーシャの救出と、ワイバーンの討伐でも貰っている。
最近お金が貯まりすぎて、もう家を買えそうだよ。
前世では考えられないくらい貯金がある。
「あ、ありがたく頂戴いたします」
その後、パラトスとは当たり障りのない会話をしてから、馬車で宿まで送ってもらった。
そして宿の部屋に戻ると、カレン達がいた。
「カレンたちも帰ってきてたんだ」
カレンとシャルが深刻な顔をしている。
あれ、何かあったのかな。何かの事件にでも巻き込まれたのか。
そう思って心配するように2人に声を掛ける。
「どうしたの2人とも?」
「ヒナタ、落ち着いて聞いてくれ」
「うん、なに?」
カレンが真剣な顔で私を見つめる。
え、こんな前置きするって今までなかったよね。
余程の事件にでも巻き込まれたのかもしれない。
私はカレンの言葉を待っているとカレンが口を開いた。
「この街でヒナタが女神様って呼ばれている」
「……はい?」




