平和のための戦い
「また、始まっちまうのか」
第31兵隊の隊長を務めるミルコは、テレビを眺めながら戦争の開始を知った。先の戦争が終結して10年後のことである。和平条約に基づき、不可侵条約が結ばれ、両国は互いの領土に踏み込まないことを約束した。その均衡が遂に破られたのだ。いずれ召集命令が下されるはずだ。しかし、古ぼけた銃とボロボロの軍服で何ができるのだろうと不安だった。若者はとっくに平和慣れしていて頭の中はお花畑だ。
※ ※ ※
「ピックニックじゃないんだぞ!」
ミルコは三等兵に罵声を浴びせ、力強く頬にビンタした。実戦は初めてなのだろう、まるでゲームをする様に、あるいはこれから恋人とデートするかのように彼ら(及び彼女らは)浮かれていて、どこかこの状況を楽しんでいた。
(一体何人が故郷へ帰れるのやら・・・)
配給で配られた冷たいビーフシチューと乾いたクラッカーを喉に流し込む。まるで泥のように不味い食事だった。
「おいおい、刑務所の食事だってこれよりはましだぜ?」
同期のケニーが悪態をついている。金髪で右腕の剛腕には十字架にはりつけられたキリストが彫られている。街のタトゥー屋で掘ったと言っていたが、肥満のためだろう、少し不恰好であった。
No pain , No gain.
おそらくヒップホップのリリックと思われる文字が胸からチラチラと見える。ミルコはタトゥーが嫌いなのだ。親からもらった体だから傷つけるなと言うつもりは毛頭ない。軍隊に入れば腕の一つぐらいなくなって当然なのだ。ただ、決意というものは体ではなく、心に刻むものだと、彼自身は思うからである。かなりの読書家で、休日になれば書斎でマルゲリータの傾けながら、本の世界と向き合うのが彼の唯一(と言っていいだろう)心の休まる時間であった。
「ケニー、頼むから若い奴らの前で変なこと言うんじゃないぜ。これ以上、風紀が乱れたらたまったもんじゃない」
「わかってるよ、ブラザー。しかし召集したわりには上層部は何も言ってこないんだな。かれこれ2週間経ってるが、起こった事件はウサギが食糧を食い散らかしたとか、兵士同士の喧嘩くらいだぜ」
ミルコも同感である。100人ほどの兵士を集結させた割には待機するだけで、なるほど、若者たちだけではなくこちらもピックニック気分になるほどの平和ぶりである。命令らしい命令は川に橋を架けることぐらいで、あとは飯を食うこと、寝ること、ひたすら雑談することぐらいしかやることがなかった。
「おいおい、ありゃなんだ?」
若者たちがざわついている。皆の視線の先はつい先ほど完成した簡易的な橋に向けられ、その上に何かがいるようである。
「あれは、少女だ」
白いワンピースに麦わら帽子、透けるほどの透明な長い髪をしていて、軍隊は水を打ったように静まり返った。彼女は素足で立ち、まるで亡霊のように俯いていて、表情を読むことはできない。右手には奇妙な国旗を握っている。その国旗を確認したミルコは事態の異常さに気づいた。
「あの国旗は、滅亡したはずの・・・アルパチウス共和国」