あれが、あたしの初恋を枯らしたくせにちっとも気づいてない鈍感男だ。
恋は人を狂わせる、と言うけれど、恋に狂うは人ばかりにあらず。むしろ人間よりも能力がある分、神のそれはもうすさまじく狂う。
どっかのお偉い神は美人とあれば種族を無視して誰にでも惚れ込み、相手の意思に関係なく手を出すという。また別の神は惚れた相手を無理やりに攫い、またまた別の神は浮気しまくったせいで子どもの数がえげつないことになっているとか。
恋をして狂った神々の奇行は、地上では面白おかしく語られているという。なんたる恥。
そしてここにも一柱。恋に現を抜かすことで日々を浪費する神がいる。
我らが上司、女神アーティネイア。戦の女神である。もう一度言う。戦の女神である。
彼女がひとたび剣を握れば、辺り一帯が焼け野原と化す。彼女が降り立った戦場は敵も味方も共倒れ。争いの理由など消し飛んで、とりあえず彼女の一人勝ち、という結果しか残らない。
とにかく強い。ひたすら強い。
生みの親である神でさえ負かし、涙ながらに懇願されても戦と聞けば駆け出していくやんちゃ娘。ぶっちゃけ手に負えない。だって誰も勝てない。引き留めるとはすなわち死への直通切符を手にするようなもの。
そんなじゃじゃ馬が、恋をした。
天上に流れる大きな川の向こうに住む、何の変哲もない下っ端の神。天界では神々の下請けとして雑務をこなし、地上の天使からは管理職としてあらゆる面倒を投げられる。
天使の枠に入れておくには強大で、しかし上位の神に据えるにはまだまだ力不足。中途半端な立場で苦労している彼が、女神の恋のお相手だ。名をハニファという。
「ふふふ、今日も可愛いな」
川向こうであくせく働く彼を眺めながら、アーティネイア様はにっこり笑む。
「お前もそう思うだろう?」
あーはいはい、そうですね。
俺の適当な返事を気にもせず、彼女はにこにこと笑っている。手伝ってあげればいいのに。
どっかで起きた何かの戦に意気揚々と乗り込んで、しかしたまたま別の戦神もいたもんだからさあ大変。理由があって始まったはずの戦は、戦神同士の大喧嘩に発展しすっかり目的を見失わされた。なぜ戦っていたのかなんてもうどうでもいい。とにかく逃げろ、身を守れ。周囲がバタバタしている中、元気いっぱい大喧嘩をした結果、うっかり怪我をした。
喧嘩の結果は痛み分けだが、彼女の膝はぱっくり割れて血が出た。
痛い痛いと拗ねながら、帰り道で見つけた大きな川でざぶざぶ血を洗い流していた時に、彼はやってきた。
『この川は天国の雲の栽培に使うんだから血なんて流しちゃ駄目だよ何やってんの誰だよあんた向こうに注意書きの看板あったろう俺にこれ以上ストレスをかけるな神とはいえ死ぬときゃ死ぬぞ!?』
全力で駆け寄りながら、一息で言い切った。
ぼさぼさの金髪、痩せ細った体、こけた頬。濃い隈に縁どられ血走った目をした彼は、神というより悪魔のような鬼気迫る形相だった。聞けば一年ほど休息なしで働きっ放しということらしい。
『あん? 何、怪我してんの? ていうか女の子じゃん。駄目だよちゃんと消毒しなきゃ。傷が残ったら大変でしょ』
かと思えばケロッと態度を軟化させた。
あの時は本当にびっくり仰天したものだ。戦神ですよ、彼女。知ってますか、戦神アーティネイア様ですよ彼女。バジリスクの頭を丸かじりするような女神ですよ彼女。岩をバターのように砕く女神ですよ彼女。
ぽかん、と口を開けて、目を真ん丸にしていたアーティネイア様だったが、さすがにこの辺で正気に戻って俺の頭をもいだ。
アーティネイア様の名を聞いて目を丸くしたハニファはしかし、頭をもがれた俺から噴き出す血が川に流れ込んだのを見て発狂したように金切り声をあげた。
『だから血を流しちゃ駄目って言ってんだろ話を聞けよバカ戦神だか何だか知らねえが俺が管理してる川を汚す奴はまとめて敵だぞわかったか!?』
こめかみからぴゅーぴゅー血を吹かせながら髪を振り乱して怒り狂う姿は、とても神のそれとは思えなかった。
今にしてみれば、あれはストレスで余裕のなかったハニファの限界ギリギリの姿だったのだろうが、当時は気づけるはずもなく。気づいてあげられていれば、今の彼が背負う苦労はもっと軽いものだっただろう。可哀想に。同情する。
女の子扱いに目を丸くしていたアーティネイア様は、相手が戦神アーティネイアだと知ってなお憤慨し怒鳴りつけるハニファに興味を持った。そしてそのまま、すこーんと恋に落っこちた。誰が突き落としたわけでもなく、勝手にハートをずっきゅん射抜かれ転がり落ちた。
え、女の子? あたしが? そんな扱いされるの初めてでどうしていいかわっかんねえ。どうしよう、なあどうしよう!
もいだ頭をぶんぶん振り回される俺は返事どころではななかったが、返事をしなければいつまでもぶんぶんされるので、
『女の子扱いされときゃいいんでないですかね? 新鮮味があって面白いでしょ』
ものすごく適当なことを言った。
あれ? もしかして俺が、突き落とすとまではいかなくとも、突っつくくらいのことはしちゃったのではなかろうか。……やめよう。深く考えると吐くかもしれない。
本当に新鮮味だけで恋まで駆け抜けたとは思わんが、ともかくアーティネイア様は恋をした。下っ端神様ハニファはこうして、戦神アーティネイアに惚れられ、当時の心労の三十倍くらいの心労を背負うことになった。
「ふふ、見ろまた困ってる。可愛いな」
歪んでんなあ……。これ絶対、父親の血だよなあ。
好きな子はついいじめちゃうタイプ。
「アーティネイア様、仕事しないんですか? また怒られますよ?」
「構わん。どうせあたしが勝つ」
「そりゃそうですけど……」
そう、そうなのだ。アーティネイア様は今、まったくと言っていいほど仕事をしていない。
戦神たる彼女は、人間にとっての守護女神でもある。本人はどんな戦でも関係なく乗り込んでは楽しんでしまうじゃじゃ馬だが、そんな姿を知らない人間は、防衛の神様としてたいそうありがたがっている。彼女も好かれることに悪い気はしないので、信仰してくれる人間にはそれなりの恩恵を与えている。
不当な暴力で脅かされる者に加護を授けたり、平和を守るために力を授けてあげたり、戦神アーティネイアの戦いは平和を守る高貴なものとして認識されている。知った時はうっそだろ、と思ったし声にも出したが、本当だったので目ん玉がどこかへ飛んで行った。
「人間も困ってるんじゃないですか?」
「いつまでもあると思うな神の加護」
「……それ、こないだ遊びに来てた神が言ってた、人間のことわざの真似でしょ」
そんな尊き戦神様は現在、恋に現を抜かして仕事をサボった罰を受けている真っ最中……のはずである。多分。
ハニファに熱をあげ続け燃え盛るアーティネイア様は、仕事も地上の管理も放り出して、毎日のように川の向こうへ会いに行くようになった。その頃にはもうすっかり落ち着きを取り戻していたハニファはすっかり恐縮し、膝を悪くするよ、と声をかけたくなるくらい低い姿勢で接していたのだが。
『面白い姿勢だな、足腰を鍛えてるのか?』
頭の中までぎっしり筋肉が詰まってるアーティネイア様は気づきもしねえ。
川を汚した詫びを言い訳に通い詰め、言い訳の賞味期限が切れると今度は素直に会いたいから来た、と言い切って通い詰めた。その間、仕事らしい仕事は一切合切を後回しにした。その結果、何か大きな障害が起きたり、人間に害が及んだりといったことはなかったものの、なかったから大丈夫とはいかない。しっかりきっちり叱られた。
しかしそこはさすが戦神。お偉い神がわざわざ説教に出向いても澄まし顔で聞き流し、母親の言葉は惚れた相手と結ばれたければとにもかくにも接触頻度をあげろと教えたのはあんただろ、と消し飛ばした。最終兵器である父親も、こないだ赤毛の神と歩いてたな、の一言で、母親により強制連行。説教どころではなくなった。
そばに控えている俺に飛んでくる八つ当たりにも、こいつがあたしを制止できると思うのか、とあっさり一蹴。助かったけど素直にお礼は言いたくない。
筋肉の化身ではある彼女だが、決して筋肉だけではないところが厄介だ。仕事だって後回しにしているだけで、決して放棄はしていなかった。部下に任せられるところは任せていたし、緊急の連絡を受け取るために俺のことはそばから離さなかった。
意外とちゃんとしているのだが、普段の素行が悪過ぎた。ここぞとばかりに説教をするつもりで挑んできた神々は、簡単に追っ払われてますますヒートアップ。
すったもんだの空振りで敗走を余儀なくされた結果、脳筋には脳筋らしい方法で罰が下されることとなった。
彼女の住まいとハニファの職場の間に流れる大きな川。二人が出遭った川。そこに架かる橋を、アーティネイア様の御父上がぶっ壊した。両の腕でしっかりと掴み、持ち上げ、そうして端からバリバリ食べるという方法で、アーティネイア様の目にしっかり罰だと焼き付けた。
見ている俺は顔を顰めるばっかりだ。巻き添えで見せつけられたハニファは真っ青になっていた。
『サボった365日、真面目に仕事をすれば、1日だけ会うことを許す』
厳かに告げる父親の顔をじっと見て、それから川向こうのハニファの顔をしっとり見て、アーティネイア様は一言、わかった、とそう言った。
それから早360日。彼女は一切の仕事を完全に放棄して、対岸でハニファの様子を眺める日々を過ごしている。
なぜ、どうして、わかったって言ったじゃん。
半狂乱になって眉を下げる神々の頭を適当にもいで、しかし川に血が流れないようにポイっと遠くへ捨てて、アーティネイア様はずっとにこにこと笑っている。
俺にはちゃんと聞こえていた。彼女があの時、心の中で付け加えた言葉を。
わかった。そっちがその気なら受けて立とう。
多分、そんなことを思ったはずだ。だって素直に頷くはずがない。まったく上位神も親も揃いも揃って、まるで彼女のことをわかってねえ。
「ハニファ! 雲が逃げたぞ!」
「わああああ! 捕まえてアーティネイア様お願い捕まえてぎゃああああ!」
橋がなければ渡るのに苦労する川ではあるが、地声がでかいアーティネイア様と発言のほとんどを絶叫しているハニファの声は川の流れにも負けず互いにきちんと届いている。
「投げるぞ~」
「あああああ早く早く早く他のが逃げちゃう!」
ふわふわと浮く雲を鉄球のようにぶん投げるアーティネイア様と、体を吹っ飛ばされながらも受け止められるハニファ。いいコンビだと、正直お似合いだと思う。
好きだ、と好意を隠さないアーティネイア様に、ハニファはすぐ慣れた。仕事が忙しくてそれどころじゃないというのもあるが、彼女のことで上位神に責められたことで完全に堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
『頭の中でぷつんって聞こえた』
幽鬼のように呟いたのを最後に、ハニファはアーティネイア様への心の壁を完全に殴り倒した。
娘の舵取りもできないくせに、仕事を頑張ってるだけの俺に八つ当たりすんなよ。彼女は仕事を手伝ってくれるんだぞ。アーティネイア様は相手にまっすぐ好きって言える素敵な女性だよね。仕事も手伝ってくれるし。
ある日、栽培した雲の納品に来ていたハニファは、帰りにわざわざ俺のところに寄ってそんなことを言っていた。あんまり手伝ってないよ、とは言わずにいてやった。どっちのためだったかは、考えないようにしている。
橋が壊されたことで納品ができなくなり、やむなく俺のところから天馬を貸し出したことで、仕事上でも繋がりができてしまった。
「アーティネイア様、ありがとうございます~」
満面の笑みで手を振るハニファへ、アーティネイア様も同じように返す。仲睦まじい雰囲気がビシバシ伝わってくる。すっかり仲良くなっちゃったなあ。慣れるもんなんだなあ。どこか遠い目でそんなことを思う。
「大好きなお前のためなら、いくらでも手伝うぞ~」
嘘吐けよ。さっきまでにこにこ眺めてたじゃん。困ってる姿を愛でたじゃん。
「はあ~……待ち遠しいな」
「何がです?」
「あと5日我慢すれば、会いに行っていいんだろ?」
「……ソウデスネ」
何でこの女神、365日、と1日だけ会うことを許す、だけしか覚えてないの?
筋肉が記憶を阻害しちゃってるじゃん。怖いこの神もうやだ。
「時には我慢もいいものだな。待っている間もこんなに楽しい。でも、会えたらきっとすごく嬉しいんだろうな」
ハニファを見つめながら目を細めるアーティネイア様は、恋の女神も斯くやという程、ただの恋する乙女に見えた。
◇
見えただけだった。気のせいだった。当たり前だよな、だって彼女は戦神アーティネイアだもん。恋をすると可愛くなる、とかそんなこと彼女に限って当てはまるわけがなかった。
千切っては投げ。千切っては投げ。
娘のことだきっと川を渡ってでも会いに行くぞ。さすがは親、正解だった。
アーティネイア様は日を跨いだ瞬間から準備運動を始めた。熱心に手首、足首を解し、丁寧に筋肉をほぐす。
「ハニファ、すぐそっちへ行くぞ!」
気合十分。
行かせるものか、と突進してくる屈強な神々を綿毛のように放り投げ、花を摘むように千切って。彼女はあっという間に制圧した。
「さ、では行こうか」
「俺も?」
朝の運動は気持ちがいいな、と言わんばかりにさっぱりした顔で、真っ直ぐ俺を見る。恋にまい進するのに、いっつも俺をくっつけて。ハニファも何も言わないけど、嫌じゃねえの?
「当たり前だろう、あたしの専任天使なんだから。お前はどこまでも付き合うんだ」
嫌だなあ。
顔を顰める俺には構わず、アーティネイア様は元気よくハニファに手を振っている。ハニファは真っ青になっていたが、アルカイックスマイルを浮かべて穏やかに手を振り返している。
考えるのをやめたらしい。
「お前とあたしは一心同体だろう?」
「……そうですね」
全幅の信頼、重いなあ。
仕舞い込んでいた羽を、久し振りに伸ばす。アーティネイア様はどうしてか満足そうな顔をした。
「俺じゃあ運べませんからね」
「心配ない。泳ぐ」
「さいですか。んじゃま、お先に」
待て止めろ、とひしゃげた体から捻り出される神々の声を無視して、四翼をばっさばっさと羽ばたかせる。あー、自分の羽ばたきが激しくて、蚊の鳴くような小声なんてまったく聞こえないなあ。
ふわりと浮いた俺を確認してから、アーティネイア様が元気よく、美しいフォームで川に飛び込んだ。激しい水流など何のその。ざっぱざっぱと泳ぎ、ぐんぐん進んでいく。
「あんた、どうすんの?」
先に対岸にたどり着いた俺は、アーティネイア様を待つ間、ハニファと会話する。
「あの方の愛は振り切るにしても骨が折れると思うけど」
「そ、そうですね」
「俺は手伝わないけど、逃げるなら今だよ」
「……」
ハニファは懸命に泳ぐアーティネイア様をじっと見て、じっとり視線を向ける俺をちらっと見て。
「真っ直ぐ好きって言われるの、初めてだったんですよ」
ほんのり頬を染めた。
あ、そう。相思相愛なのね、おめでとう。
「戦神だよ彼女」
「知ってますよ」
「力の権化だよ彼女」
「知ってます」
「好きなの?」
「好き、になっちゃったんですよね~……」
「どの辺を?」
「真っ直ぐなところ、素敵な笑顔、優しいところ」
あ、そう。わりとべったり惚れている。
「あんたのために仕事サボりまくるような神だけど」
「たまには休息が必要だと思うんですよね」
虚ろな目で遠くを見るハニファに、俺はただ、そうだね、とだけ返した。
休息が欲しいのは俺も一緒なんだけど。俺なんてもう、アーティネイア様が生まれてこの方、一度の休みもないんだけど。でも、まあいいか。
「まあ、俺の女神様を幸せにしてくれるなら、手伝わないけど邪魔もしねえよ」
俺の言葉を聞いて、ハニファはなぜかきょとん、と目を丸くした。
「ずっと手伝ってくださっているんだと思ってました」
「……」
そんなことねえよ?
言いそびれているうちに、我らが女神様が到着した。濡れた犬みたいに頭を振って飛沫を飛ばしている。
「はいはい、ちゃんと拭いてくださいね。久し振りの再会でしょ、良い女を保って保って」
一翼を差し出し、顔を拭いてやる。乾燥と言い訳にバサバサ羽ばたいて、ハニファへ声が届かないよう細工する。
「聞きたかったんですけど、何でそこまで惚れ込んじゃったんです?」
俺の言葉を聞いて、アーティネイア様はなぜかきょとん、と目を丸くした。
「知ってるものだと思っていたぞ」
「知らんですよ、あなたの気持ちなんて」
「嘘吐け。……上位神が相手でも、きちんと駄目と言えるところが素敵だな、と思ったんだよ。言わせるな恥ずかしい。本人にもまだなのに」
恥じらっている。あの女神様が恥じらっている。……見なかったことにしよう。
「そうだ、この際だ。先に言ってしまおう。あたしの我儘に付き合ってくれてありがとう、助かった。いつまで経ってもお前がいないとあたしは駄目だな」
相手が誰でも、彼女は真っ直ぐ言葉をぶつける。そういう方だから、つい甘やかしてしまうんだ。俺の悪いところだな、と思う。
放棄された仕事を365日、代理として頑張ってきた俺の努力も報われそうだし、まあよしとしてやろう。そんなことを思う。
「……今後はハニファもいてくれるでしょうよ」
「そうなるように頑張る。……いてくれると思うか?」
急に萎れるなよ、びっくりするなあ。
さっきまでの元気をどこへ落としてきたのか、一丁前に上目遣いなんてするもんだから、うっかり頭を撫でてしまった。
「生まれた時からそばにいた専任天使の俺が保証してやりますよ。はい、乾いた。適度な運動で頬は桃色、髪も適度に波打って、今日のあなたは多分これまでで一番の美人さんでしょうよ。そら、いつもの素敵な笑顔で行っておいでなさい」
ぐいぐい背を押してハニファの前まで連れて行く。ばしん、と背を叩き気合を入れてやり、俺はそっと距離を取る。
バシャバシャ、と。千切られた体を早々にくっつけ復活した屈強な神々が、四苦八苦こちらへ泳いで向かっていた。
「はいはい、せっかく女神様が初恋を実らせようと乙女心をフル稼働させてるのに、野暮な神々だなあ、おい」
ばっさばっさと羽ばたく。ばっさばっさと羽ばたく。旋風を巻き起こす程、全力で羽ばたく。
「神の怒りだか何だか知らんが、邪魔するなら覚悟しろよ」
こちとら戦神の専任天使だぞ。
ちょっとやそっとじゃ神にだって負けんだけの場慣れをしている。それだけの修羅場を何度も越えている。
「色ボケは神の十八番だろ! 帰った帰った!」
どうせ溺れてもしばらくすると復活する。遠慮なく川を氾濫させ、荒ぶらせ、泳ぐ神々を飲み込んではポイっと放り捨ててやる。
「覚えてろよお前!」「怒られるの俺達なんだぞ!」「絶対にお前も怒られるからな!」「うわあああ!」「鼻に水入った!?」「目がああああ!」
誰に怒られたって怖かねえよ。こちとら天界で最強の戦神に仕えてんだぞ。怒られそうになったら助けに来てくれるし。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ連中を川から追い出す俺の後方で、
「頼もしい天使だろ?」
「心強いですね」
実ったらしい恋を抱えて、ほんわかと二柱が笑い合っている。よせやい、褒めたって何も出ねえよ。
くすぐったい気持ちになる俺に、アーティネイア様はちょっと拗ねたように言葉を重ねたけど、そっちは聞こえなかったことにした。……マジで?