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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【完結済短編】異世界恋愛・ハイファンタジー

【短編】ヴァルロンドの墓守

作者: 真波潜

短編です。続きません。

 過去、この都市は宗教戦争の舞台となった。


 美しい金属と大理石、色とりどりの煉瓦と、巨人が切り出したような巨大な石で造られた都市は、一時火の海となり、形を失いかけた。


 戦争を終わらせたとされる聖女の祈りで形を取り戻したが、その代償に使われたのは、聖女を含めた双方の軍兵や、都市にいた者の命である。


 美術館、博物館、宝石店に大聖堂。美しい無機物だけが残ることを許された都市は、階段によって複雑になった都市構造の間を風が抜けるたびに泣いたような声をあげる。


 生命と呼ばれるものがこの都市から消え去り、その奇跡の前では戦況を遠くから見つめていた2人の教皇とそれを守る聖騎士たちが、争いの無意味さを悟る。


 奇跡を起こせる者が絶対であり、仮初の神の言葉を民衆に語って聞かせる無意味さ、そして、神を旗印に争う馬鹿らしさを、聖女の奇跡は本能に植え付けた。


 そしてこの都市・ヴァルロンドは封鎖された。ただ一人の墓守を残して。


「ひゅーー! 今日もほんっとうに誰もいねぇな!」


 長い金属の手摺りを滑り降りて中央通りに着地する。彼の寝床は美術館で、いつもそこに帰って眠る。寝るのは昼間で、活動するのは夜だ。


 夜はこの都市の墓守をしなければいけない。命が許されなかった都市には怨念がこびりつき、毎夜綺麗な都市を徘徊し、聖女を『壊そう』とする。そんな事をしても、失われた命は帰ってこないのに。


 日課である大聖堂に向かい、彼は聖女だったものに語りかけた。聖女は奇跡を使い、祈りの姿のまま薄紫の宝石になってしまった。


「おい、グレイシア。お前のせいで、俺は毎日ここの掃除をしてんだぞ。今日もいい飯出してくれよ」


 聖女の名はグレイシア。そして、語りかけた墓守は、彼女の幼馴染であるパーシヴァル。今は誰も彼を名前で呼ばない。だから、自分で言う。


「このパーシヴァル様に働かせてるんだから、美味い飯くらいは頼むよ、なぁ?」


 当然ながら聖女は応えない。もし誰か生者がいてこの様を見ていたら、きっと気味悪がるに違いない。


「やっぱりダメか……、全く、お前は面倒な女になったな」


 パーシヴァルは生きているかのようにグレイシアに接していたが、彼女の前に跪くと祈りを捧げた。


「この墓を守るものに日々の糧をお与えください」


 決まりきった言葉を唱えると、パーシヴァルの目の前にはちょっとしたご馳走が現れた。鶏肉と葉物野菜のオイルパスタに、骨付きのタレが掛かった焼肉、いくつかの果物。


「そうそう、これこれ。……お前の力は本当すげぇよ」


 この街全てが墓であり、それを守るパーシヴァルに与えられる糧。それは、聖女の力の残滓によるもの、もしくは、聖女の力によってあらかじめ組み込まれていたシステムのようなもの。


 戦火の折にも、パーシヴァルはここにいた。その時、グレイシアとパーシヴァルは共に16歳。


 白い肌に白い髪、真っ赤な目をしたグレイシアと、茶色の髪に灰色の瞳のパーシヴァルは、この大聖堂で共に育った孤児だった。


 同じ日に、大聖堂の前に捨てられていたのだ。綺麗な街であっても、子を育てられない親はいて、こうして大聖堂に預ける。


 グレイシアは早くから聖女としての力に目覚めていた。反対に、パーシヴァルはただ当たり前の少年だった。それが歯痒くて、悔しくて、パーシヴァルは身の軽さを武器に短剣2本で戦う戦士を目指した。


 戦争が始まり、グレイシアを殺しに異教徒が来ると知って、パーシヴァルはグレイシアの守護騎士となった。


 もっと腕の立つ聖騎士は五万といたが、グレイシアはパーシヴァルを望んだ。


「私を私として守ってくれるのはパーシヴァルだけ、なんて言われちゃなぁ……グレイシア。お陰で俺だけが生き残って、もう5年だ」


 この都市の怨念は、倒しきれない程にいる。


 聖堂にあった祝福された双剣、儀典のためのそれは、今では最も怨念に有効な武器だった。


「いつか、ここの怨念を掃除し終わったら……、お前を元に戻すために旅に出る。なぁに、路銀は心配すんな。この街に、山程あるからよ」


 食べながらグレイシアに話しかけていたパーシヴァルは、皿を綺麗にからにして立ち上がる。食器は瞬く間に消えた。


 仕事の前と、仕事の後の2回、パーシヴァルが望んだ飯が出てくる。グレイシアは、きっとパーシヴァルがこうする事を知っていた。


 ——私を私として守ってくれるのはパーシヴァルだけ。


 しかし、パーシヴァルは守るだけでは満足できない。グレイシアは全ての命を消した大罪人ではあるが、同時に戦争を止めた英雄である。


 その彼女を叱りつけ、よくやったと頭を撫でてやりたい。聖女だから当たり前などという事はない。パーシヴァルにとっては、聖女である前にグレイシアだ。


「行ってくる。はぁ、もっともっと頑張んねぇとなぁ」


 パーシヴァルはぼやきながらも腰に下げた双剣を抜いた。


 彼は神に祈らない。グレイシアにのみ祈り、願い、グレイシアだけを守り、想う。


 宵闇から影が現れ始める。大聖堂の外には、武装した聖騎士のアンデッドでいっぱいのはずだ。


「必ず、お前を守る」


 言い置いて、パーシヴァルは大聖堂の外に出た。扉を閉め、大通りを埋め尽くす聖騎士の怨念の群れに突っ込んでいく。


 風が吹く。都市が泣いている。怨念は群れをなし、パーシヴァルの大事な人を狙っている。


 祝福された双剣にパーシヴァルが魔力を流し込む事で、刃が淡く光る。


 聖騎士相手に斬り結ぶほど愚かな事はない。身軽さでもって、一気に潰しに掛かる。


 鎧と兜の隙間を斬りつけて高く飛び上がり、光る双剣を地上に向かって振るって光の刃を飛ばす。


 聖騎士の間に着地した瞬間に、目にも止まらぬ速さで踊るように怨念を斬り伏せていく。


 パーシヴァルの剣は戦いの剣ではない。殺人の剣だ。人の形をしたものを殺すために磨き上げられた、素早さと鋭さの斬撃の舞。


 生けるものがいない墓場、ヴァルロンドの墓守は、戦いの時には音も声もなく。


 街そのものが墓となったこの都市を吹き抜ける風の泣き声だけが、月夜に響く。


 墓守は、いつか聖女を生者に戻すために外の世界を夢見て美術館で眠る。


 陽があるうちは、ただ美しいだけの廃都、ヴァルロンド。


 この街には、墓守がいる。必ず聖女を生き返らせるという執念で怨念と戦い続ける、たった一人の、当たり前の、そして常軌を逸した戦闘能力を持つ、墓守が。

ありがとうございました!

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