14. 呪縛
さてどうするべきかと僕は思案する。
回復薬と投げナイフは尽きた。残り少ないMPは≪剛体≫をかろうじて使えるだけの量はあるが、その効果は攻撃の威力を上げられるほどには期待できない。
≪狐火≫は湿度の高いフィールド特性のせいで威力が半減するし、≪狐火・纏≫ならそこそこのダメージアップに貢献はするものの前述の理由で威力が下がる。それなら残りのMPはやはり、攻撃を受けてしまった時にダメージを軽減するための保険として≪剛体≫に使っておくのがいいだろう。
狐モードで姪の剣に炎を纏わせるのも同じ理由から微妙である。流石に短剣の通常攻撃とはいえ1人分のアタッカーを削ってまでやることではないだろう。
……となると結局、最適解はMPを全回復して強化した身体能力により物理で攻めることなのだが。
「一応確認だけど、るぅちゃんMPポーション持ってたりしない?」
「ごめん、あたしHPの方しか持ってなくて……」
「あ、大丈夫だよ気にしないで! こっちの落ち度だから!」
しまった、姪に謝られる筋合いは無いというのに僕が話を振ったばかりに罪悪感を抱かせてしまった。この件は完全に補充のことを忘れてた僕か、補充するための資金を着服したミィが悪いだけだというのに……なんと思いやりの心に溢れた責任感もある子なのか。
そんな心優しい姪に責任をなすりつけるなどあってはならないことだ。クソっ、人間として最低じゃないか僕……自分で自分が許せない。あと横領したミィのことも。
ここはひとつ姪の気を楽にするため、MPなんて無くても大丈夫アピールとでも行こうではないか。どうせ予定より長時間ミィを単独で戦わせているのでちょうどいい頃合いだ。そろそろ戦線復帰するべき時間だろう。
さっきまで使っていた強化スキルが使えない状態で戦うのは若干の不安が残るが、それを言うなら姪を初めとしてほとんどのプレイヤーはそうやって戦っているわけだし。戦う条件が普通に戻るだけである。
「そんなことよりそろそろ戦闘に戻ろっか」
「でもあんちゃん、結局回復しなくて大丈夫?」
「心配いらないよ。僕だってMPなんか無くても戦えるんだからね」
僕はエッヘンと胸を張り、心配する姪を安心させる。まったくロリ巨乳狐娘になってからというものの、姪が僕に対して少し過保護気味になったような気さえする。やはり危なっかしい妹か何かとして認識されているのだろうか。これでも僕、20歳年上のいい歳した叔父なのだが。
とにかく僕は1人で戦って時間を稼いでいるミィの元へと舞い戻ることにした。
「ミィ、待たせた!」
「ちょっと薬飲むだけで時間かかりすぎじゃないのにゃぁ? まあミィ強いから全然余裕だけど、にゃっ!」
僕は結局回復できなかった割に予定より大幅に時間をかけたが、それでも言葉通りミィはまだまだ余裕だった。赤いオーラを纏った魔津茸の攻撃を回避する、その片手間でこちらに話しかける余力すらある。
ミィが攻撃を最小限の動きで回避しているところを見るに、どうやら敵のオーラは今は当たってもダメージなど発生しないようだった。さっきのように勢いよく噴出すれば攻撃になるのだろうが、今はただの視覚的なエフェクトなのだろう。
「ふんっ! はっ!」
『邪ッ……!』
僕はタイミングを見計らって背後から短剣でチクチクと攻撃し、ヒット&アウェイの精神で後ろに下がった。
短剣故にリーチが短いので接近しなければならない割には威力が低いというのは、ゲーム的にはリスクに見合っていない気がしないでもない。しかし軽いので速度にペナルティがかからないという点は評価できるので、積極的に動き回って敵を翻弄するのがこの武器の活かし方なのだろう。
現に魔津茸は今、背中を斬られたからと振り返っても既に僕はその拳の射程外に逃げているのだ。やりづらいことこの上ないだろう。その顔には大きな目が1つ開いているだけだが、なんとなく苛立ちの表情に見えなくもない。
「なるほどそうやれば安全なんだ! あたしもやってみよっと」
それを見た姪も真似しようとしてみるが、長剣は短剣ほど速く動ける武器ではない。そもそも元から狐獣人である僕は速度のステータスも高いし、その辺の差で姪には出来ないのではないだろうか。
まぁチャレンジ精神は大事なので、あくまでも僕は見守るが。失敗しそうになったらこの身を盾にしてでもフォローするつもりだが、挑戦する前に否定するのはよくない。
「えいっ! ……えいっ!」
「あ、意外とできてるね?」
「うん、あんまり攻撃できないけどこれなら急に避けなくていいし楽かも」
だが僕の予想に反して、姪はそのヒット&アウェイの動きがキチンと出来ていた。前後の移動距離が僕より短かったものの、そこは武器のリーチでカバーしてしっかりと成立していた。よくよく考えれば僕ほど近づく必要が無いことなど当たり前である。
うーんやっぱりこれ今からでも短剣からもっと良い武器に変えるべきか? 短剣メリットなくね? 他のゲームで使い慣れてるからって選んだ武器だけど、思い切って手を広げてみるべきだろうか。
いやでも折角上げたスキルレベルとか勿体ないしな。とりあえず保留にしとくか。
「あっ! チャンスだよ!」
「ん? おおっ!」
と、そんなことを考えながら姪の動きを見守っていたのだが。不意に姪の言葉で敵の方を見てみれば、ちょうどミィの方を向いて右手を大きく振り上げているところであった。
攻撃のチャンス。瞬時にそう理解した僕は、踏み込む姪と共に武器を握る手に力を込めながら突っ込んで行く。ミィもカウンターを決める気満々な様子である。この分ならばこの後、攻撃後の無防備な隙をついて3人がかりの同時攻撃が魔津茸を襲うことだろう。
「そぉい!」
「≪ソードスラッシュ≫!」
「来いにゃ!」
『覇ァァッ!!』
だが、そうはならなかった。
ミィを目掛けて振り下ろされた右手は、ひらりと躱されて当たらなかったが――しかし、その先に。避けられて尚勢いよく、地面へと確かに叩きつけられたのだ。
「ぐあっ!?」
「きゃぁっ!?」
「に゛ゃっ!?」
その衝突のインパクトがオーラの衝撃波を発生させ、僕たちに襲い掛かる。今まさに短剣で攻撃しようと斜め後ろから接近していた僕は、至近距離でその衝撃を受けて勢いよく吹き飛ばされてしまった。
今思えば最初に受けた衝撃波はただの形態変化に伴う威嚇のようなものでしかなかったのだろう。攻撃として放たれたこの衝撃波は、先程とは威力が段違いだった。
「くっ……るぅ、ちゃん……」
「うぅ……」
地面に転がされ木にぶつかって止まった僕は状況を確認するべく辺りを見渡そうとしたが、視界が霞んで平衡感覚もままならず、立ち上がることすら出来ない。強い打撃を受けた際に発生することのある状態異常、『めまい』だろう。
かろうじて姪のか細い呻き声は聞こえたので大体の位置は捕捉したが、この現状では駆け寄ることもできない。この状態異常を回復する薬など持っていないし、時間経過で自然に治るのを待つしかない。そう思った時だった。
『魔ッ魔ッ魔ッ……』
不気味な笑い声と共に、土や落ち葉を踏み分けてゆっくりと進む音。ぼやけた視界を横切る大きな人影。くそっ、やはり敵はこちらの体調が戻るのを待ってはくれないようだ。
とはいえそれは当たり前のことだ。敵なのだから待つ理由も無い。
だが、この状況が本当に最悪なのは……魔津茸が向かっている先が、姪のいる方だということだ。
「ッ……るぅちゃん、逃げて!」
「無理ぃ、ふらふらする……」
僕は姪1人では戦えないだろうと判断して撤退を促したが、しかし姪も同じくめまい状態になっているようだった。マズい、これでは逃げることすらできない。
「ミィ! どこ行った!? ミィ!!」
それならばともう1人の仲間に助けを求めようとしてみたが、返事は無い。まさかさっきの攻撃を最も近くで受けたミィはやられてしまったのだろうか。
ミィよりは距離のあった僕でさえ≪剛体≫の自動防御で残りMPを全て削られ、貫通ダメージでHPも極僅かしか残っていないことを考えれば充分にあり得る。このダメージ量を思えば姪も防具を新調していなければ耐えられなかったかもしれない。
『魔ッ魔魔魔魔ァ!』
「ひっ……」
徐々にめまいも視界も回復してきたのでなんとか木を支えにして立ち上がったが、そこに聞こえてきたのは邪悪な笑い声と姪の怯える声。見ればもう魔津茸は姪のすぐ傍にまで近付いており、ロクに動けない姪にトドメを刺そうという段階だった。
そんな光景を見て僕が感じたのは、怒り。
魔津茸が姪を怯えさせたこと、これからトドメを刺そうとしていること、半裸で姪の前に立っていること。
そしてなによりも――そんな状況を許してしまった、この惨状を防げなかった情けない自分自身への、強い憤り。
「くそがあああああああああ!!」
『魔……?』
僕はまだよろめく身体を気合いで動かして、姪の傍に立つ魔津茸の所へと駆け寄る。
せめて出来る限りの抵抗はしようと拳を握りしめて、倒れている間の僅かな時間で回復したなけなしのMPを全て右手に集める。こんな微量じゃ攻撃になんて使えたもんじゃないが、無いよりはマシだ。ちなみに武器はさっきの衝撃波でどこかに弾き飛ばされた。
そんな僕の様子を魔津茸はチラリと見たが、脅威と感じなかったのか地面にへたり込む姪の方へと視線を戻した。
既にHPが1割を切っている敵がこれほど無防備な姿を晒しているとはいえ、こんな満身創痍の状態で少女の身体から放つただのパンチでは仕留めることなど出来ない。
それでもだ。それでも僕は、姪を守ると決めたのだから。
MPを、妖力を、気合いを、怒りを、姪への愛を、魂を、全て載せろ。他にも出来ることがあれば――そうやって拳を振りかぶりながらもギリギリまで可能性を模索しようとした僕の脳裏に、仲間たちとのこれまでの戦いの記憶がバラバラの断片となって次々とフラッシュバックする。
『見ててねあんちゃん!』
『コンプライアンスは重要だぞ』
『これはこれで……悪くないわね』
『あんちゃんもがんばったねー、えらいねーよしよし』
『こうやって妖力によって威力を強化するのにゃ』
『最初はワシとミィで戦い方の手本を見せてやるから見とれ!』
『……えへへ、ありがとあんちゃん!』
『はい、4番テーブルですね。354ゴルになります』
『せめてコイツを受け取ってくれ、お詫びの品だ!』
『じゃあまずは胸のサイズを測るから、リュックを降ろしてね~』
『相手の動きを封じる便利な妖術じゃよ』
関係ない記憶もいくつか混ざっていたが、僕はそれらの中から瞬時に必要な情報を拾い上げる。
今頭を過ぎった記憶の中で、この瞬間の僕に必要なものは。姪の笑顔と、姪の笑顔と、姪の笑顔と、それから――こいつだ!
「≪祟火≫っ!!」
『ッ……邪!?』
「えっ!? なになに!?」
僕を無視して今まさに姪に手を伸ばそうとしていた魔津茸の脇腹へと叩き込む、全身全霊で打ち出した1ダメージにもならない右の拳。しかしその瞬間に爆ぜる黒炎。
それは姪を害する者への怒りと憎しみを燃料に、妖力と混ぜ合わせて点火した負の感情の炎。僕が昨夜の夢の中で妖狐カナメに敗北する決め手となった、身体の自由を奪う呪い。イチかバチかで記憶を頼りに再現した、この状況を覆すための妖狐の技術。
その黒い呪縛をモロに受けた魔津茸は、姪に手を出そうと腰を低くした体勢のままピタリと動かなくなった。今なら反撃も防御も無い上に弱点の目にも攻撃が届く、つまり大チャンスだ。僕は敵の目の前へと移動した。
「るぅちゃん! そろそろ動ける!?」
「う、うんなんとか!」
「今の内に決めるよっ!」
僕は姪にも頑張って立ち上がってもらい、このまま倒しきるべくアイテム欄から予備の短剣を取り出した。
さっき殴る時は完全に忘れていたが、疾風の人から新しい短剣を貰ったので今まで使っていたものが1つ余っていたのだ。二刀流は出来ないがこの際仕方ない。
「くたばれええええええ!!」
「えいっ! とうっ! やぁっ!」
姪が剣を振るかわいい掛け声をBGMに、僕は必死に魔津茸の大きな目を短剣で突きまくる。全年齢対象ゲームなので手に残るリアルな感触とかグロテスクな視覚的表現は無いが、なんか攻撃してるなぁという確かな手応えがあるので効いてるはずだ。
「早くしないと……!」
これはチャンスではあるが、だからこそ僕は焦っていた。
この≪祟火≫は僕に対して使われた際は、夢の中から現実にまで貫通して朝まで拘束してくれたヤバい技だった。お陰で漏らす羽目になった。クソが。こんなのクソ技である。クソは漏らしてないが。
少し話が逸れたが、問題は果たしてゲームの中でも同じ効果を発揮するのかというところである。普通に考えれば答えは否。ボスモンスターに対して麻痺だの拘束だのはせいぜい10秒前後というのが常識だ。僕たちが今サンドバッグにしているこの敵も、時間的にはもういつ動き出してもおかしくはない。
『魔ァァァァアア!!』
「くっ、時間切れか!」
「えーあとちょっとなのに!」
「でもあれぐらいなら……大丈夫!」
そして案の定、あと一押しというところで束縛が解除されてしまった。姿勢を低く固定されていた魔津茸は立ち上がって腕を横薙ぎに振り回し、僕たちはそれをなんとか飛び退いて回避する。
削り切れなかったのは残念だが、しかし問題ない。どうせあと一押しなのだ。僕は敵の頭上のHPバーを見て、冷静に判断する。
これならいける。確信した僕は最後の武器である短剣を持った手を、大きく振りかぶった。
「これで終わりだ。≪アサシンスロー≫」
敵の残りHPはあと1ドットあるかないかと言ったところ、つまりあと一撃で倒せる。しかしそれはダメージを受けすぎたこちらも同じだ、トドメを刺そうとして反撃を貰ってしまえば命は無い。
だからこそ僕は、この大切な局面で敢えて危険を冒すことなく。残っていない投げナイフの代わりに、メイン武器……の予備である最後の短剣を。敵の攻撃の射程外から、弱点めがけて投げつけ、そしてヒョイっと首を動かして避けられた。あっやべっ。
「ていっ!」
『邪ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!?』
かくして姪が隙を見てトドメを刺して、手強かったボスモンスターは討伐エフェクトの光となって消え去った。
ま、まぁ姪にトドメの一撃の達成感は譲れたし……結果オーライかな!
「ふー、勝ったぁ!」
「危ないところだった……」
なにはともあれ勝利は勝利である。
もう『めまい』状態も自然回復したが、ギリギリの攻防が多かった精神的な疲労から僕たちは地面にへたり込んだ。
本当に危なかった。特に最後のミスは、カッコつけて決めセリフ的な感じで外したのが痛すぎる。色んな意味で。そうでなくても最後の最後で唯一の武器を投げ捨てるとかバカかな?
とはいえ終わってみれば、なんとかギリギリではあるものの無事に勝利を納めることができてよかった。僕たちの完全勝利である。ちなみに僕にとっては姪が全てなので、他PTメンバーを含むその他の被害はリザルトに計上しない。
「あっそうだ、えーっとドロップは……」
「ん、あんちゃんどうだった? 納品アイテム? みたいなの出た?」
と、そこで僕はこの戦いの目的を思い出したので半透明なメニュー画面を開いた。するとそれを下から覗き込むように、姪が僕の脚の上に膝枕のように頭を乗せてごろんと寝転がった。おいおいなんだこの幸せは勝利のご褒美か?
ともかく『魔津茸の納品』というクエストで納品するためのアイテムを手に入れに来たのだ。魔津茸って敵の名前でもあったけどまさか捕獲じゃないよな? などと少し不安だったものの、ドロップアイテムの入手ログに『魔津茸(例のブツ)』というクエストアイテムがあったので安堵した。例のブツってなんだよ。こんなん持ってたら別の意味で安心できないんだが。
「やったねあんちゃん、これでクエストクリアだよ!」
「うん、達成できてよかったよ。るぅちゃんも頑張って手伝ってくれてありがとう」
「えへへー」
まぁ目的は達成できたと確認できたことだし、僕は膝の上で喜ぶ姪の頭をそっと撫でた。後半は特に気の抜けない戦いだったので、より一層この安らぎの一時が心地良い。
「そういえばあんちゃん、さっきのやつなんだけどさ」
「うん?」
そんな癒しを堪能していたところ、狐の尻尾を抱き寄せて頬ずりしていた姪が僕に何かを訊ねてきた。
なんだろうか。≪祟火≫のことか? まぁ確かに初めて見せた新技だからな、気になるだろうな。実際ダメ元で使ってみた僕もなんで使えたのか割とマジで気になっているところなんだが。
あっそうかこれ新技すごいって褒められるパターンかな? 恐らくそうだろうな。姪の思考パターンに詳しい僕の予想なんだから間違いない。へへっ言われる前からもう既に照れるぜ。
「最後に動き出した時の話しだけど。戦えなくなっちゃうし、武器は投げない方がいいと思うよ」
「……アッハイ」
だがそれは、僕の期待していた賞賛の言葉ではなかった。普通に考えれば分かるでしょ的な、当たり前のことに対する注意である。当然僕も言われなくてもそれぐらい分かってはいるのだが、実際ついさっきやらかしたことなので反論できない。
勝利、達成感、期待、姪成分。
それらによって極限まで無防備に弛緩していた僕の心に、子供の正論が深々と突き刺さったのであった。




