12. 巨大化するマツタケ
キノコの里の裏手の松林、その奥地にある大きな一本松のところに僕たちは辿り着いた。
道中ではキノコ型モンスターであるマタゴンの2Pカラーこと『マツマタゴン』と戦うこともあったものの、竹田さんの予想通り僕たちは問題なく勝つことができた。何なら原種よりも更に火に弱かったので楽だったぐらいである。
「おぉーおっきい松の木!」
「壮観だにゃ!」
「確かにこれは……大きいな」
一本松というだけのことはあり、その大きさたるやどれほどの高さがあるのか分からないほどであった。というのも、森が薄暗くなるほどに頭上が他の木々に覆われているのでどこまで幹が続いているか分からないのである。
それでもこの一本松が高くそびえ立っているであろうことは、見える範囲の幹の太さだけで充分わかる。周りに生えている他の松とは比べ物にならないほどの太さだったのだ。もはや御神木だとか言われても納得するレベルである。
「でも、魔津茸が居ないのにゃ」
「この辺だよね? どこいっちゃったんだろ?」
「うーん、何か出現条件でもあるのか……ん?」
竹田さんから聞いた情報によれば確かにこの場所に魔津茸がいるはずなのだが、辺りにはボスモンスターらしき影は無かった。ボス敵ということで何らかのこちらの行動をトリガーにして出現するのか、それとも他の誰かが倒した直後だから再度出現するまでのクールタイム中とかなのか。
どうしたものかと考え始めた僕だったが、なんとなく辺りを見回せば視界の端にあるものを見つけた。
「これは……」
「えっなにそれ? これもマツタケなの?」
「なんか変だけどデカイにゃ!」
それはぐったりと地面から生えた、大きなマツタケであった。ミィが変だと言ったのは、キノコなのに真上を向かずに地面に倒れているからだろう。
先ほど捕まえていた野良マツタケと比べても太さはやや太い程度に留まるが、僕たちがそれを大きいと判断したのは何よりも長さだ。野良マツタケの大きさは体感でだいたい平均14~15cmほどであったのに対し、この大きなマツタケは20cmを遥かに超える長さである。しっかりと上に向いて生えていたならば、それはそれは立派なマツタケとなっていたことだろう。
「さっそく採取するのにゃ! るぅ、まかせたにゃ!」
「人任せかよ」
「まっかせて! えーっとキノコの採取はこうやって……」
今まで僕たちの中ではマツタケといえば野良マツタケであり、こんな風に自生している天然物のマツタケを採取するようなことは無かった。だがそれはあくまでも発見できなかったからというだけであり、見つけられたのならば当然採取する。
形は少し悪いが、マツタケであることに変わりは無い。むしろ食べるだけなら形なんて気にならないし、大きい分だけかなり得である。
そんな思いで、ご機嫌にキノコを採取しようとする姪を見守っていたのだが。
「根元を握って……っひゃ!?」
「るぅちゃん!? どうしたの!?」
「びっくりしたぁ……いや、なんか触った感触が」
「感触?」
「なんか変だったのにゃ?」
しかし姪がマツタケを引き抜こうと根元を握り締めた瞬間、驚いてすぐに手を離してしまった。何のことかと聞いてみれば、感触がおかしいとのことだった。
「なんか思ってたキノコっぽいのよりも、変に柔らかかったっていうか」
「言われてみれば、握った時に柔らかそうに見えたような」
「にゃっ!? ホントに柔らかいのにゃ! キノコの固さじゃないにゃ!」
「でしょー!? でもちぎれそうな柔らかさじゃなくて、なんかゴムみたいにブニブニしてて変な感じ」
「うん……?」
僕はまだ警戒して触っていなかったが、しかし触ってみた姪とミィの感想を聞いているとなんだか嫌な予感がしてきた。
今はミィが握ってその力を強めたり弱めたりしているが、外見は確かにマツタケであるにも関わらず、見るからに柔らかさと弾力があるのが伝わってくる。
……もしかして僕は、こういうものを知っているのでは? サイズこそ違うが、こういう形でこういう感触のもの……いやまさかな。このゲーム全年齢対象だしな。流石にそんなわけないだろう。
だが、もしそうだとすれば……もう姪に触らせない方がいいだろうな。
あと正直そんな仮定を持ちながら触りたくはないが、一応僕も触って確かめておいたほうがいいだろう。まさかそんなことは無いと思うが、もし仮に僕にとって馴染みのある……あった、例のアレの手触りだったならば。その時は運営を通報することにしよう。
そんなことを考えながら、僕が恐る恐る手を伸ばしたその時だった。
「にゃ!?」
「きゃっ!?」
「なっ!?」
ビクン、と。
姪が興味深げにマツタケの先端を指でつついたところ。面白がって両手で握るミィの手の中で、それは確かに動いたのだ。僕たちは全員、思わず咄嗟に警戒して距離を取った。
しかも異変はそれだけで終わることなく、それを皮切りに連続して小さな脈動が始まる。まるで眠りから目覚めたかのように、ぐったりとしていて柔らかかったはずのマツタケは徐々に膨らみ、自力で起き上がっていった。
おい待て、さっきまでの平常時で軽く20cm以上あったのにまだそんな……嘘だろ? なんて、大きな……
「なんなのこれ!? おっきくなって形が変わった!?」
「更にデカくなったのにゃ! こ、これは流石にマズいにゃ!」
僕は怒張したマツタケのあまりの巨大さに圧倒されて呆然としていたが、姪の焦る声で我に返った。
そうだ、姪を守らなければ。以前までの僕ならともかく、今の僕は身体が少女そのものになっているため、この大きさから感じる威圧感は尋常ではない。だがそれは姪だって同じはずなのだ。数日前まで大人の男であった僕とは多少の感じ方の違いこそあれど、この巨大なモノから受けるプレッシャーは相当な物だろう。
だからこそ僕が率先して立ち向かわなければならない。姪を守らずして何が叔父か。ちょっと怖いからってなんだ、ここで行かなきゃ男じゃねぇ!
僕は覚悟を決め、両手に短剣を構えて――膨らみすぎて2メートルを遥かに越える巨大なゴリマッチョのキノコ人間と化したマツタケの化物の前に、立ちはだかった。
「来いッ! 僕が相手だ、デカマツタケ!」
『魔ッ魔ッ魔ッ……』
僕への返事のような禍々しい笑い声と共に、マツタケの傘が変化したような頭部の顔部分に大きな単眼の目が開いた。えっなにそれ怖っ。こんなのガチホラーじゃん。やっぱ帰っていい?
だが互いに敵と認識したことで、相手の頭上に半透明の情報ウィンドウが表示される。そこから判明したこのモンスターの名前は『魔津茸』。まさに奴こそが、僕たちの探していたボスモンスターだったのだ。
「くそっコイツが魔津茸か……! るぅちゃん、いける!?」
「う、うん! ちょっと怖いけど大丈夫!」
筋骨隆々の大男のような巨躯、ギョロリとした巨大な単眼、邪悪で不気味な声、面積の小さいブーメランパンツ。そんな威風堂々仁王立ちの魔津茸を前にして姪も明らかに少し怯えた様子であったが、しかし勇敢な姪は恐怖に打ち勝って剣を抜いた。強い子だ。あとで抱きしめてあげなければ。
なんでキノコが巨大化してこんな筋肉モリモリマッチョマンの変態になるんだよ、キノコはむしろ人を巨大化させるアイテムだろ、などと文句の1つも言いたくなるがそんなことを考えていても仕方ない。
敵を倒す、目的を達成する、そして打ち上げでマツタケ料理を姪に振舞う。誰であろうとこの完璧なスケジュールを途中で邪魔させるわけにはいかない。すなわち負けるわけにはいかない戦いだ。
「僕たちは絶対負けないからな! お前なんかお吸い物にしてやらぁ!」
「んーあたしはさすがに不気味すぎて食べたくないかな!」
「だよね!!」
僕は僅かに怖気づいてしまう自分を鼓舞するためにも威勢よく啖呵を切って、その後の姪の言葉で流れるように手のひらを返した。
それはともかく僕たち3人と、最強のマツタケである『魔津茸』との死闘が幕を開けたのだった。




