11. マツタケ違い
ひとしきり野良マツタケを捕まえた僕たちは、クエスト達成の報告をするため竹田さんのところに戻った。
「おお! あのすばしっこい野良マツタケがこんなに大量に! ひい、ふう、みい……510匹とは凄いのぉ!」
「えへへー。みんなでがんばったもんねー!」
「ミィもたくさん捕ったのにゃ!」
あのあと僕たちは、結構な時間がかかったものの頑張ってひたすら野良マツタケを捕まえまくった。その甲斐あってNPCである竹田さんのセリフがもうメチャクチャである。1から3まで数えるのと同じ時間で4から510をカウントしている。
「それじゃあこれが報酬じゃ。機会があればまた手伝っておくれ」
そして報酬として幾ばくかのお金と、捕まえた数の1割である51本のマツタケを受け取った。これだけあれば余裕で3人分の料理を作れるだろう。
「おぉーマツタケだぁ! やったねミィちゃん、これでマツタケが食べれるよ!」
「感無量だにゃぁー!」
「料理の方はあんちゃんよろしく、期待してるね!」
「任せて。死力を尽くすよ」
正直言って一番マツタケを食べたがっていたミィのことなど僕にとってはどうでもいいのだが、ついでに姪もマツタケ料理を楽しみにしているのだ。それだけの理由があれば充分だ、僕は命に代えてでも今出来る最高の料理を出す覚悟を決めた。
「あ、そういえば」
「あんちゃんどしたの?」
「いや、刑務所で受けてきたクエストもこれで達成できるかどうか確認しとかないとなって」
「そっか、そういえばマツタケの納品のクエストかなんかだっけ?」
「うんそんな感じ」
そんな時もう一つの目的を思い出した僕は、そういえば口頭でマツタケを持ってきてくれと頼まれただけで詳しい内容は把握してなかったなと思い至った。
まぁ流石に51本もマツタケがあれば足りるだろうし、何なら本数を指定されていないので必要なのは1本だけだと思うが。そう考えながらクエストメニューを開いて、達成報告が可能となっているかどうかを確認したのだが。
「えーっと進行状況は……ん? あれ……?」
「え、なに? もしかして足りないの? 結構がんばって捕まえたのに……?」
「いや、要求数は1個なんだけど。なんか1個も持ってないことになって……あっ」
マツタケは手に入れたにも関わらず、なぜか達成可能となっていない。納品アイテム所持数が『0/1』となってカウントされていなかったのだ。一体何かを間違っていたのかと僕はクエストの詳細を見てみようかと思ったが、しかし結論から言えば詳細の確認などほとんど必要なかった。
なぜならまずクエストの名前が『魔津茸の納品』であり、詳細欄など開く前に納品対象を勘違いしていたことが発覚してしまったからである。
「は? 魔津茸? 松茸じゃなくて? えっ嘘だろ?」
「この漢字、マツタケって読むの? 普通のマツタケじゃダメなのかな……?」
「うん……ダメだから未達成になってるんだと思う」
「そんなぁ」
完全に盲点だった。まさかゲーム内にマツタケと読む同音異義語のアイテムが複数存在するとは。
いや、まぁどうせマツタケ料理を姪に振舞うのは確定事項だったから、普通の……ちょっと脚が生えてるだけで比較的普通のマツタケである野良マツタケを捕まえるというのは、無駄足ではないんだけども。魔津茸なんて仰々しい当て字をされるようなのは食用って感じじゃないし、別で食用マツタケを仕入れる必要があるはずなのだ。
とはいえ当初の予定ではこの『野良マツタケの捕獲』さえ終わればついでに完了できるだろうと思っていたので、完全に予定が狂わされた。探し求めていたモノがそもそも違った以上、情報収集もふりだしに戻されたわけだ。
どうする、再調査からともなれば確実に時間がかかる。キリは悪いが今日のところはマツタケ料理を振舞ってお開きにするべきだろうか。それとも全て終えてから祝勝会も兼ねてマツタケパーティーにした方が達成感があるか? 姪ならどちらを喜ぶだろうか。
僕は割と諦め気味にそんなことを考えていたのだが、しかし思わぬところから予想外の助け船が出されることとなった。
「お嬢ちゃん、今まさか……魔津茸と言ったかのぉ?」
「知っているのか竹田さん!?」
話に食いついてきたのは、このキノコの里で生まれ育ち、マツタケを栽培し、採り、時には捕まえて、マツタケと共に生きてきたマツタケの専門家でもある竹田さんであった。ごめん適当言ったわ、竹田さんのこれまでの人生のこととかなんも知らないわ。多分よくある設定的にはそんな感じだろうけど。
ともあれマツタケに詳しそうな竹田さんには同音異義語である松茸と魔津茸の違いも分かったらしく、何か事情を知っていそうなので僕たちは詳しく話を聞いてみることにした。
「『魔津茸』……それは最強のマツタケじゃ」
「つよいの?」
「最強のマツタケ!? そんなの絶対に美味いのにゃ!」
「いや、味はそこまでなんじゃがのぉ。なによりも最強なのはその戦闘力なんじゃ。マツタケ系モンスターの中で最強とさえ言われておる」
「マツタケ系モンスターってなんだよ」
このゲームでのマツタケ事情について詳しくない僕たちには、野良マツタケの他にどんなマツタケ系モンスターがいるのか分からないのであまりピンと来なかった。が、姪とミィは竹田さんのその話し方の雰囲気に呑まれたのか緊張の面持ちである。僕も便乗してそれっぽい表情しとくか。
というかマツタケ系ってそんなに種類いるのか? などと疑問を感じなくもないが、あまり逐一聞いても話が進まなさそうな気がしたので、ツッコミもそこそこにとりあえず最後まで聞くことにした。
「野良マツタケの群れの中でも、最も力の強い個体。そいつが永い時を経て、更に進化してその域に達すると言われておる」
「つまり野良マツタケのボス……あるいは上位種ってことか」
「分かりやすく言えばそういうわけじゃのぉ」
「んー、でも野良マツタケのボスってことはやっぱり網で捕まえるの? つよいっていうと、メチャクチャ逃げるの速いとか?」
「野良マツタケは逃げるだけの無害な食材じゃったが、魔津茸は敵性モンスターなんでのぉ。普通に攻撃してくるんで気を付けなさい」
「へー、敵なんだぁ。じゃあボス戦?」
「若者風な言葉で言うならばそうなるのぉ」
「腕が鳴るのにゃ!」
未だに戦闘力皆無の野良マツタケと比べて強いという情報しか出ていないので結局どの程度の強さなのかは全く分からないが、とにかく魔津茸はボスモンスターであるらしい。3人で倒せるだろうかという不安が無いわけではなかったが、まぁここに来るまでの戦闘でキノコ系モンスターとの戦いには結構慣れたものだ。
長剣を武器とする姪はもちろんのこと、ミィも斬撃武器である鉤爪を手に入れたことでダメージ効率は上がったはずである。僕は炎属性がメインなので湿度の高いこの場所では多少戦力が落ちるものの、近接武器の短剣を軸に戦えば問題は無い。なかなかに有利なメンバーと言えるだろう。勝ったな。
「それでおじいさん、その魔津茸ってどこにいるの?」
「この松林の奥じゃよ。里から離れた方向に奥へ奥へと進むと、巨大な一本松があってのぉ。その根元に住んでいるはずじゃ」
「なるほど」
続けて姪が魔津茸の生息地を聞いてみたところ、意外とすんなりと正確な位置が発覚した。マツタケの専門家である竹田さんだからこそ知っている情報なのだろうか。
ともすればこのクエストを受けたのは魔津茸の情報を仕入れるためにもちょうどよかったのかもしれない。これほどスムーズに目的に向けて進められているというのは、やはり姪がこのクエストを持ってきたお陰である。分かり切っていたことではあるが、姪は運命に愛されているようだな。当然か。
「道中で『マタゴン』の亜種である『マツマタゴン』が襲い掛かってくるかもしれんが、まあこの里に辿り着けたお前さんたちならどうとでもなるじゃろう」
どうやら道中に戦闘があるようだが、話を聞く限りそちらは問題なさそうだ。亜種と言ってもそれほど違いはないらしい。ゲームの敵でよくある色と耐性だけ変わるやつだなと僕は納得した。
他にも一応いくつか聞き出せることを竹田さんから聞き出した後、僕たちはいよいよボス戦に向けて出発することにした。
「竹田さん、色々と情報ありがとうございました」
「おじいさんありがとー! さっそく行ってくるね!」
「いざ出発にゃあ!」
「くれぐれも気を付けるんじゃぞ~」
そう言って心配してくれながら見送ってくれた優しい老人に、元気よく手を振って別れを告げる姪。知ってたけどこうもかわいいとあらゆる動作が絵になるなと感心しながらその可憐な横顔をさりげなく眺めていたのだが、そんなとき竹田さんが急に思い出したかのように僕たちを引き留めた。
「おっといかん! スマンのぉ、すっかり忘れておった! お嬢ちゃんらはたくさん野良マツタケを捕まえてくれたからのぉ、追加報酬があるんじゃった!」
「えっマジで?」
「おぉー追加報酬!?」
「もしかしてマツタケ追加で貰えるのにゃ!?」
「ほっほっほ、たいしたもんじゃないがのぉ。小さなお嬢ちゃんたちが頑張ってくれたご褒美じゃよ」
追加報酬。なんと心躍る響きだろうか。僕たちは思わぬ臨時収入に歓喜した。
ただでさえ報酬が増えるというだけで嬉しいものだが、ゲーマーである僕には分かる。こういう追加報酬というのは、クエストを一定水準以上のスコアで達成した時に貰えるものであることが多い。そして大体の場合、貰えるのは普通よりも良いモノだ。追加報酬枠でしか手に入らない限定素材なんかがあってもおかしくはない。
はてさて一体何が貰えるのか。期待していた僕の前で竹田さんは、ポケットから大きな棒を取り出して……えっなにこれ? デカい武器? 良質なマツタケとかじゃなくて?
と、一瞬困惑したのだがすぐに僕は間違った認識をしていたのだと気付いた。よくよく見れば竹田さんが取り出したそれは、武器などではない。尖ったデザインこそしているが決して攻撃のための道具ではなく、単純にカッコよさを演出するための見た目。年季の入ったその手で斜めに抱えらえたそれは、よく手入れされた黒いギターであった。
「それじゃあ沢山手伝ってくれた感謝を込めてここは1曲、ワシのオリジナル曲を演奏させて貰おうかのぉ」
「あっホントにオリジナル曲やるんですね!?」
確かに言ってたけど! 必要なら追加の謝礼としてオリジナル曲を披露するとか言ってたけども! ただの冗談かと思ったらアレ本気だったのかよォ!?
そう思って油断していた僕をはじめ、姪とミィもすっかり報酬を物だと思い込んでいたため、急展開についていけず困惑している。困惑してる姪もかわいいな。僕は流れるように自然な動きで姪の姿をスクリーンショットに収めた。
「では聞いておくれ。ワシが人生を掛けて作り上げた魂の1曲……【†堕天死†】」
僕がそんなことをしている内に、竹田さんはギターを弾き始め……ちょっと待て今タイトルなんていった?
「イ゛ェェェェェェェ!! 堕ちた! 天使はァ!! 死を司るゥ! フゥゥゥ!!」
「まさかのメタル!? ちょっ待っ、ていうかうるせぇ!!」
物腰柔らかで優しい雰囲気だったおじいさんは、曲が始まると同時に豹変した。ノリノリでギターから謎の重低音を響かせながら激しいヘッドバンキングと共にシャウトする姿には、先程までの面影は存在しない。どうやら完全にスイッチが入ってしまったらしく、待ってと言っても一切止まる気配も無い。
いやまぁ他人の趣味に口を出すつもりは無いし、この演奏だって本来の報酬と別に善意でやってくれているものなのだ。聞かせてくれるなら黙って聞くだけの話ではあるのだが、いかんせん音量が大きすぎた。明らかにそのギターからは出ないだろうという爆音が辺りに響いているのだ。僕やミィはもちろんのこと、姪も思わず頭の上のケモ耳を塞いでいる。出来ればもう少し抑えめのボリュームでお願いしたいのだが。
「黒き翼の舞い散るHELL!! 愚かな民に齎すDEATH!! ゥゥゥアアァァ!!」
「うるさいにゃ! アン、やめさせるのにゃあ!」
「なんて!? ミィなんか言った!?」
「うー耳がぁ……」
ミィが僕に何か叫んでいるようだが、しかし爆音に掻き消されてしまって伝わることはなかった。そのミィの隣で姪が恐らく「うー耳がぁ……」と言っているであろうことはなんとなく動作と口の動きから読み取れたものの、だからといってどうしようもない。僕だって耳を押さえるので精一杯である。
ていうか両手を使っても狐耳を塞ぐだけしか出来ないせいで、人耳がフリーなのが結構ツライ。他の2人も上の耳しか押さえられてないみたいだし、これは獣人種族の弱点という他ないだろう。こういう音を使う敵は相性が悪すぎる。
「イ゛ェェェェェェェ!! はい一緒に!」
「一緒にじゃねぇ! 一旦止めろォ!」
「イ゛ェッ……んん……? どうかしたのかのぉ、お嬢ちゃん」
「ハァ……ハァ……ふぅ、やっと止まった」
なんとか歌詞が途切れたタイミングを見計らってやめさせることは出来たものの、既にこちら側の被害は甚大であった。姪のぐったりしている様子はなんとか気力を振り絞って撮影したが、僕ももう立っているのがやっとである。ボス戦前にしていい消耗じゃねーぞこれ。
「僕たち耳が良すぎるので、この音量はキツイです。なのでもう結構です」
「おおそりゃそうか、気が付かなくてスマンかったのぉ。お詫びに1曲……」
「結構です!!」
それでも竹田さんはなんかお詫びとか言ってまだ演奏しようとしたが、これ絶対また同じ惨状になるわと察した僕は無理矢理に断った。
お陰で代わりにマツタケを追加で3本オマケして貰った。やったぜ。
そんな予期せぬアクシデントもあったが、なんとか乗り切った僕たちは竹田さんとも別れて松林の奥に向けて移動していた。
ちなみに薄暗い森の中ではぐれないようにとの名目で姪とは手を繋いでいる。実際そこまで暗くはないし、結構余裕で周りも見えるが。
「酷い目に遭ったのにゃぁ」
「ホントにねぇ……」
「うーんまだ耳が痛い気がする……るぅちゃんは大丈夫?」
「ん、こうやって耳閉じてたからもうだいぶ平気」
こうやって耳を閉じていたともう一度狼の耳を両手で押さえてペタンと閉じる姪の姿はとてつもなくかわいかったので、これもまたスクリーンショットとして保存した。なんだよこのアクションする姪かわいすぎか? かわいすぎて回復効果が発動して耳の痛みも和らいだわ。
「でもるぅちゃん、それだと上の耳しか塞げてないけど大丈夫? 下の耳、痛くなってない?」
「ん? 下……?」
しかしその動作が明らかに頭の上についているケモ耳の方しか塞げていなかったので、元々の位置にある人耳の方が大丈夫だったかと心配になった僕は問いかけてみたのだが。言い方が悪かったのか、姪には僕の言いたかった意図が上手く伝わらなかったようだった。
「いやほらこっちの耳……あれ?」
なので僕は姪のキレイな黒髪を優しくかき分けて、隠れている人耳に直接触ってコレだと伝えようとした。
……しかし何故か、僕の思い通りに事が運ぶことは無かった。人間ならば本来耳があるはずの位置に、耳が無い。それらしく髪が生えているだけで、僕の知っている姪の身体とは違う構造だったのだ。
「あんちゃん、耳あった場所なんて触ってどしたの? 確かに耳の場所が頭の上に変わったのはなんか面白いけど」
「えっ……あ、うん……あれぇ?」
「アン何してるのにゃ? 獣人のアバターだとそこは耳じゃないのにゃ、アンも獣人なのに忘れてたのにゃ?」
「あー……あっそっかぁ、そうだよねーハハハ……」
えっおかしくね? 僕、耳両方あるんだが? ちょっと自信なくなってきたな、触って確かめてみるか……いやあるよなぁ? 狐耳も人耳も両方あるんだが? えっなにこれ怖い、僕だけなの? 他の獣人はケモ耳オンリーなの? えっマジ? マジで? なんで? あっこれリアル依存か? リアルでも確かに狐耳と人耳両方ついてたけど……だからってそんなのアバターに反映するか普通? まぁ普通じゃないのはリアルでもロリ巨乳狐娘な僕の身体なんだが。
「マツタケのボスってどんなのなんだろ? 楽しみだね!」
「う、うん。そうだね」
そんな混乱を抱きながらも僕は、握った姪の手の感触を堪能することでなんとか心を落ち着かせつつ、決戦の舞台へと足を進めたのであった。




