10. 野良マツタケ
辿り着いたのは里の裏手にある薄暗い松林。そしてその中に佇む、1軒の小屋である。
「あ、多分あそこにいるおじいさんってこのクエストの依頼人じゃない? こんにちわー!」
そして少し離れた所に人影を発見した姪は、大きな声で元気よく挨拶をした。初対面の不審人物に対する大きな声での挨拶による先制攻撃だ。姪は無防備だったり不用心だったりするところが大いにあるが、学校で教わった小学生としての基本をしっかり実践できているようだったので僕は安心した。
一方で声を掛けられた側の老人は、なにやら鍬のような物で行っていた作業を中断してこちらに手を振って応えてくれた。年季の入った優しそうな表情からしても、そう悪い人ではなさそうである。
「おやまぁ可愛いお客さん方で。ワシはこの松林でマツタケ栽培を営む『マツタケ農家の竹田』じゃが、何かご用かのぉ?」
「クエスト受けてきました!」
「『野良マツタケの捕獲』ってクエストです」
「おお! あれを引き受けてくれるとはのぉ、なんともありがたい」
近付いて話をしてみればまた、竹田さんの如何にものんびりとした雰囲気が伝わってきた。名前は松なのか竹なのかややこしいが、やはり良い人っぽいような印象を受ける。
そんな彼に姪の説明足らずな言葉を僕が補足したところで、竹田さんは状況を理解したようだ。ゴソゴソと自らのズボンのポケットをまさぐり、そこから取り出したあるものを僕たちに差し出した。
「じゃあこの『茸取り網』と『背負い籠』を1人1セットずつ貸し出すんでのぉ、すっかり野生化した『野良マツタケ』どもを捕まえて来てくれんか」
「今それどこから出した?」
僕たちが竹田さんから手渡されたのは、細長い竹の先端に網を取り付けた虫取り網のような道具と背中に背負える肩紐のついた大きな籠であった。
普通に考えてアイテム欄とかから取り出したんだろうけど、中途半端にポケットから取り出すような動作で出されるとどうしても入りきらない体積が気になるんだが。取り出すアイテムの大きさのせいでリアリティある動作が台無しなんだが。
「どしたのあんちゃん、やらないの?」
「ボーッとしてどうしたのにゃ?」
「あっ……ううん、やるよもちろん」
と、そんな細かいことを僕が気にしている間に姪たちはさっさと籠を背負って準備を終えていたので僕も慌てて籠を背負った。
話は変わるがそれにしても、虫取り網を両手で握る姿は活動的な姪のイメージによく合う。
というかこんな本来は美少女にあまり似合いそうにないものが似合うと感じるのは、どちらかというと夏休みなんかによく一緒に虫取りとか行ってたことが原因なのかもしれないが。姪が虫取り網を持っている姿が目に馴染みすぎていただけなのだろうか。まぁウチの姪は大概何でも似合うけど。
「これでよしっと。それで竹田さん、このクエストなんですけど……野良マツタケってどういうものなんですか?」
「おや、知らずに受けたのかい? まあええじゃろう、それなら説明しようかのぉ」
僕たちは借りた道具を身に着けたことで装備の準備は出来たが、情報不足は準備不足である。このまま出発してもいいのだが、未知の敵の情報は出来る限り集めてから行きたい。野良マツタケとかいう意味不明な名前のモンスターへの僕の警戒心は高かった。
というかクエストの達成条件なんかも確認してないので、その辺も併せて聞いてみることにした。あとは捕獲する際の注意点なんかも聞ければいいか。
「『野良マツタケ』というのはのぉ、自我と自由を得て自力で動き回れるようになったマツタケなんじゃよ」
「自我と……自由?」
「ああ、そうじゃ。まず前提となる常識的な話の確認じゃが……松から栄養を吸収しすぎたマツタケは自我を得て、やがて自由に動き回ることが可能となって自らの足で歩き始めるのは知っとるじゃろう?」
「待って僕の知ってる常識と違う」
だが得られた情報に僕は困惑した。知っとるじゃろうじゃねーよ、そんなの当然のように同意を求められても困るんだが。
野良マツタケの生態は端的に言って意味不明であった。いや、むしろこれは野良マツタケについて話すための前提知識として語られているのならば、野良マツタケだけではなくこの世界のマツタケ自体がそういう生態なのだろうか。余計にわけが分からない。頭がおかしくなりそうだ。
「そういうわけでマツタケは進化してしまう前に収穫するのが基本なんじゃが……最近ギターの練習ばかりしてマツタケの収穫をサボっとったらのぉ、何故か野良マツタケが大量発生してしまったんじゃよ」
「何故かじゃないが」
いやそりゃ育ちすぎたら野良マツタケになるって話なら、収穫せずにほっといたらそうなるわ。当然の結果である。
それにしてもこの竹田さん、のんびりした良い人っぽい雰囲気だけどギターとか弾くのか……なかなかロックな爺さんだな。案外人は見た目によらないものである。見た目はロリ巨乳狐娘、頭脳は大人の僕が言うのも何だが。
「ワシももう歳じゃから、素早く逃げ回る野良マツタケを捕まえるのは厳しくてのぉ。特に数は指定せんが、代わりに捕まえられるだけ捕まえてきてほしいんじゃ。なに、野良マツタケには反撃してくるような攻撃性も無いし、危険は無いじゃろう。報酬に出せる金は少ないが、捕まえたマツタケの1割を持っていって構わん」
「えっマジ? マツタケ貰っていいの?」
「つまり捕まえまくれば食べ放題なのにゃ!」
「ね? あたし良いクエスト見つけてきたでしょ?」
「流石るぅちゃん、ちゃんと必要なクエスト探せたんだね。偉いね~」
「えへへー」
しかし報酬は予想外に良い物であった。歩合制とはいえ、マツタケそのものを貰えるのならば一気に目的が達成できる。野良マツタケを普通のマツタケと同じようなものだと思っていいのかどうかはともかくとして、非常に魅力的な報酬であった。
僕はそんなバッチリ要望に応えたクエストを拾ってきた姪を褒めながら、その滑らかで艶のある綺麗な黒髪を優しく撫で回した。
「あ、あと必要なら追加の謝礼としてワシのオリジナル曲も1曲披露しようかのぉ」
「それは要らないです」
一通り姪を撫で褒めた僕は、そこでちょうど提案された竹田さんの申し出をやんわりと断った。オリジナル曲とかそんなん聞かされてもリアクションに困るし。
そのあとも僕はいくつか質問して情報を補足したり、野良マツタケの出現する場所を教えてもらったりなどして必要な情報を揃えた。
結局野良マツタケがどういうものなのかは理解できそうになかったのでその辺はもう諦めたが、今回のクエストに必要な情報は大体聞き出せただろう。
「よし。じゃあ詳しい話も聞けたことだし、行こっかるぅちゃん」
「ん、おっけー! 準備バッチリだよ!」
情報も出揃ったところで、僕たちは野良マツタケの群れがいるらしい場所に向かった。竹田さんの家やキノコの里からやや離れた所にある、少し森の奥に踏み込んだ松林のあたりである。
「見つけたにゃ! マツタケの群れだにゃあ!」
「おぉー、マツタケいっぱいいる!」
「これなら取り放題……っていうか多すぎてキモいな!」
そこら中に野良マツタケが居るのは好都合ではあったのだが、しかしこうも群れられると最早気持ち悪いとすら感じてしまう。特にマツタケの軸の部分から生えたエノキのような細長い手足を使い、団体で素早く動き回る様子は結構精神的にキツイものがある。まるでネズミか虫の群れでも目の当たりにしているかのようだ。僕にはそれが高級食材だと分かってはいても、どうしても動き回る様子から生理的嫌悪感を感じてしまっていた。
「よーっしやるぞー!」
「にゃははは! 根こそぎ捕まえてやるのにゃ!」
だがお子様2人はそういうのは平気だったようで、僕が躊躇している間にも平然と野良マツタケの群れに飛び込んで行った。子供のこういうところは大人である僕からしても頼もしい限りである。
突然の襲撃に驚いた野良マツタケたちは一斉に逃げようとするが、虫網を使い慣れた姪やフィジカルの高いミィならばなんとか捕まえられるだろう。と、思っていたのだが。
「えいっ! やったー! また捕まえた!」
「うにゃあ! 難しすぎるのにゃぁ!」
僕の予想は半分だけ当たり、姪は順調に次々と網で野良マツタケを捕獲しては背中の籠に投げ入れていっていた。狙いをつけて逃げられないよう素早く静かに背後から忍び寄り、標的に悟られないような動作で網を振り下ろす技術はかつて僕から伝授した教えの通りだ。まさに見事と言えよう。
しかしその一方でミィはと言うと、妖力によって強化しているはずの高い身体能力を全く活かせていないようだった。得物に近付く動作は素早いが、そこから虫網を振り下ろす動作が非常にぎこちない。虫網の振り速度に関しては明らかに姪の方が速いぐらいであった。
ミィは基本的に武器を扱えないほど不器用だとは聞いてはいたものの、まさかこれほどだったとは。まだ1匹も捕まえられてないぞ。
「ほら、あんちゃんもマツタケ捕りしよっ! 楽しいよ?」
「うん、まぁ、そうだね。今いくよ」
この群れの中に飛び込むことに抵抗が無いわけではなかったものの、まぁ結局のところ虫とかではないので良しとしよう。
本音を言えば姪が楽しそうに虫網を振り回す姿をもっとゆっくり見ていたかったが、僕だけサボっているのもアレだしな。それにミィが戦力外ならば僕が頑張らないと姪の負担が増えるし、なにより姪の隣に立ってこその叔父だ。僕は意を決して虫網を握りしめ、野良マツタケの群れに飛び込んだ。
「おりゃっ!」
そして次々と虫網を振り下ろし、逃げ回る野良マツタケを捕まえていく。
これでも少年時代には虫取りは得意だったのだ。あの頃と比べれば両手で虫網を構えるのに大きすぎる胸が邪魔ではあるものの、身体強化スキルのお陰でそれを補って有り余るぐらいのフィジカルがある。多少やりづらさは感じるものの、野良マツタケを捕まえる分には大した問題にはならなかった。
それになにより、狩りをするための狐の動体視力が今はある。たぶん。まぁ子供の身体へと若返ったことで、若さ故の元来の動体視力のことを人知を超えたパワーのように錯覚しているだけなのかもしれないが。少なくとも反射神経だって30歳の衰えた状態より遥かに高いし、その辺にこれまでの人生での経験値を加えれば動きの先読みは容易だった。
「あんちゃんやっぱり虫取り上手だね」
「まぁ年季が違うからね。あと今捕まえてるのは虫じゃないけど」
易々と野良マツタケを捕まえる僕の姿を見た姪の言葉に、マツタケは虫ではないという大切な部分を訂正しつつ。
かわいい姪に尊敬の眼差しで見られて満更でもない僕はついニヤケてしまいそうな表情を引き締めながら、より張り切って次の野良マツタケへと虫網を振りかざした。
「ええいこんなのやってられるかにゃ!」
そんな風に姪と一緒にマツタケ捕りに没頭していると、途中で急にミィが虫網を地面に叩きつけた。どうやら虫取りが下手すぎて全然捕まえられなかったため、ついに苛立ちが我慢の限界を迎えたらしい。
「ダメだよミィちゃん、物に当たっちゃ」
「こんなもの必要ないのにゃ! 籠も邪魔にゃ!」
遂には背負っていた籠も降ろしてしまい、完全に普段通りの装備となった。まったく小さい子供の癇癪には困ったものだ、ウチの姪は良い子だから全然そんなことしないが。
しかしそんなことを考えながら虫網を振っていると、突如としてミィが大きく動いた。
「そこにゃっ!」
「おおっ?」
「にゃははっ! やってやったにゃあ! 道具なんて必要なかったのにゃ!」
「ミィちゃんすごい! マツタケを手掴みで……!」
ミィは一瞬にして野良マツタケに飛び掛かったと思うと、次の瞬間にはジタバタと抵抗する野良マツタケをその手に握りしめていたのだ。
マジかよ普通は素手で捕まえるのが難しいから道具を使うと思うのだが。素手の方が捕まえられるとは、どれほど道具を使うのが苦手なのか。圧倒的なまでの不器用さと、それに不釣り合いなほどの身体強度の高さである。
「あたしもやってみたい! あんちゃん、ちょっと網持ってて!」
「えっ……るぅちゃんは虫網使えるんだから、普通に捕まえたらよくない? ていうかアレは真似できないと思うけど……」
「んー、でも手掴みとか楽しそうだしやってみたい……無理かなぁ?」
「やれるだけやってみよう、頑張って!」
「うん!」
その誤ったマツタケ捕りを見た姪が真似してみたくなったようだったので僕は道具を一旦預かったが、当然ながらやたらと俊敏に逃げ回る野良マツタケは姪のスピードでは手掴みで捕らえることは出来なかった。
「うー、やっぱ無理かぁ……いいなぁミィちゃん」
「にゃはは! 素手ならいくらでも捕れるにゃ!」
当然の結果ではあったのだが、それでも落ち込む姪。僕はそんな姪に道具を返しつつ、頭を撫でて慰めた。
「人にはそれぞれ合うやり方があるんだから仕方ないよ。るぅちゃんはミィとは違って網で捕まえられるんだから、普通にしよ?」
「ん、そだね。仕方ないかぁ……あっでもあんちゃんなら手掴みいけるんじゃない?」
「えっ僕?」
「うん、あたしは出来なかったけどあんちゃんなら代わりに出来るかなって」
「代わりとは」
姪の意図はよく分からなかったが、なんだか流れで代わりに僕が意志を引き継ぐこととなった。
まぁどんな形であれ、期待されたからにはその期待に応えるべきだろう。今度は僕の分の虫網と籠を姪に預け、身軽に動ける格好となった。
「あんちゃんがんばれー!」
「にゃ? アンもやるのにゃ? でもにゃぁ、これミィだから出来るだけで無理だと思うけどにゃあ」
「あんちゃんなら出来るもん!」
「ま、せいぜい頑張るのにゃ」
正直なところ僕もミィと同意見ではあったが、こんなにも真剣に信じてくれている姪を裏切るわけにはいかない。僕は前方の野良マツタケに狙いを定めて集中し、軽く深呼吸しながら妖力で身体を強化して飛び掛かる体勢を取った。
そしてタイミングを見計らい、その手で掴み取るため一気に距離を詰める。
「とうっ!」
「惜しい!」
「くっ、このっ!」
「がんばれー!」
「そこだっ! っしゃあ!!」
「おおー!」
最初は失敗したものの、僕は3度目の挑戦にて見事に手掴みで野良マツタケを捕まえることに成功した。いや、見事にというのは正確な表現と言えないか。なんとか、だな。どういう差なのかは分からないがミィほど手際よくはいかなかった。
僕のかつての虫取り少年として鍛え上げた獲物の先読みの技術、長年ゲーマーとして磨いた対応力、それにこのロリ巨乳狐娘の身体の反応速度と強化スキルによる大幅なステータス補正。これまでの人生の全てを掛けてようやくなんとか3度目で捕まえられた次第だ。成功した時の不確かな手応えからしても、狙って何度も出来ることでもないだろう。運良く成功したと言っても過言ではない。
「あんちゃんすごい! 素手でも捕まえられたんだ!」
「ふふふ……僕が本気を出せばこんなもんよ」
「そんにゃ……アンにもできたのにゃ……!?」
とはいえ姪の期待に応えて成し遂げたことには変わりない。僕は得意気になり、堂々と姪に褒められた。やったぜ。
ミィはなんだか僕の活躍が不満気だったようだが、姪に褒められるという最高のご褒美の前では多少他人に疎まれようと何とも思わない寛大な心が持てたので全く気にならなかった。
「うにゃにゃ……アン、こうなったら勝負にゃ! どっちが手掴みで多く掴まれられるか競争にゃぁ!」
「え、いや普通に網使うから嫌だけど?」
「にゃっ!?」
「それじゃあるぅちゃん、網と籠返して」
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
ミィはなんだか僕と張り合うつもりでいたらしいが、あいにくこちらはマツタケさえ捕れればそれでいいのだ。無理に難しい手掴みを選ぶよりは普通に虫網を使う。当然の選択であった。
僕は姪から受け取った道具を再び身に着け、準備ができたので姪に声をかける。
「じゃ、再開しよっか」
「うんっ! マツタケいっぱい捕ろうね!」
そうして僕たちは、野良マツタケの捕獲を再開した。
逃げ回るマツタケを虫網で捕獲するというのはなんだか奇妙な光景だし、正直言って意味不明だ。対抗心が空回りしてやり場の無い感情をぶつけるかの如く、地を這うようなメチャクチャ素早い動きにより手掴みで捕まえている猫耳少女の存在も場のカオス度を上げるのに貢献している。
そんなわけの分からない状況ではあったが、あるいはそんな状況であるが故に。僕は淡々と作業をこなしつつも思考を放棄して、隣で虫網を振るう姪の横顔を見やった。
そして僕が導き出した答えは、この世の真理。
姪が楽しそうだからどうでもいいか、と。いつも通りのその答えに行き着いて、ただただ姪と一緒に楽しくマツタケ捕りに興じたのであった。




