5. マタゴン
道中で変態に遭遇するトラブルなどはあったものの、僕たちは順調に森の中の獣道を進んでいた。
獣道は完全に安全な道ではないので時たま狼系のモンスターが襲い掛かってくることはあるものの、僕とミィの2人態勢での警戒を潜り抜けて奇襲できる敵はいない。敵が近付いてくるのを察知したら準備してその都度迎撃する、それだけの楽々な旅程であった。
「お、これか看板」
「おぉーキノコの里って書いてある!」
そして見つけた、分かれ道にありがちな矢印型の道標の看板。このまま道を直進すれば沼地エリアに、ここを曲がれば『キノコの里』へと向かう道だと指し示す標識である。
だがそんな標識の指し示す方を見て、ふと姪がかわいらしく首を傾げながら疑問を口にした。
「あれ? でもこれキノコの里の方って、道なくない?」
「ホントだにゃ。分かれ道みたいな看板だけど、一本道なのにゃ」
「ここから先は道が繋がって無いから、森を突っ切って行く感じだね。里って言うぐらいだし、なんかこう隠れ里的な」
「なるほど?」
「問題ないにゃ! 道が無くてもミィたちは、アンがマップを見てる限り迷わないのにゃ!」
「いや人任せかよ。まぁ、マップは見るけど」
「あたしは地図見るの苦手だから、あんちゃんよろしくね!」
「任せて、迷わないようしっかり見てるよ」
「やっぱりアン、ミィとるぅで態度の違い露骨すぎないにゃ?」
なにやらミィから文句を言われた気もするが、そんなことはどうだっていい。姪に頼られたからにはベストを尽くして仕事をやり遂げなければ。僕は頼られる嬉しさから気力が漲るのを感じながら、誇らしげに地図を構えた。
「よーし、僕についてきて! マップによれば、まずはあっちだよ!」
「おぉー、看板が指してる方と一緒だ。あってるっぽい」
「いざ突撃だにゃ!」
僕たちは獣道を逸れて、薄暗い森へと踏み込んだ。そして数歩進んだところで早速、狐の鋭い感覚が敵の気配を捉えた。
「るぅちゃん止まって、敵だ」
「ん、わかった」
「腕が鳴るのにゃ」
僕は獣人になってもイマイチ感覚が伸びていない姪に敵襲を伝えて、戦いに備えるべく両腰の短剣に手をかけながら≪剛体≫を発動させた。
≪狐火≫と同時に使えないのはネックではあるが、≪剛体≫はほとんどデフォルトで使っておいて損が無いスキルなのだ。発動と解除にかかるタイムラグも無いし、必要な時だけ解除することにして戦闘時は常時かける方が明らかに得である。習慣づけていいだろう。
それにしても敵の出す音に耳を傾ければ、なんともゆっくりとした動きだ。まるで歩くような速度で茂みを掻き分けて近付いてくる。数は6体といったところか。多いな。
これが仮に狼のような素早い敵であった場合、敵の個々の強さにもよるが、数で不利なこの状況は若干厳しい。すぐに距離を詰められては、引き離して各個撃破というのが難しいからである。
二刀流の僕や素手で戦うミィのような戦闘スタイルは乱戦でも問題ないが、姪は1本の剣で戦うしかない。≪剛体≫も伝授できなかったので防御も人並みだし、非常に心配である。
……いや、それが普通ではあるのだが。しかしかわいい姪に何かあったらと思うと、普通の戦闘力しか持っていないのは不安に感じてしまう。もっとこう小学生用の最強課金装備とか売ってませんかね運営さん?
まぁそんな無いものをねだっても仕方ないので、ここは僕が姪を守るとしよう。気分はさながら姫を守る近衛騎士である。いやでも長剣で戦う姪の方が騎士っぽいか? なら姪は姫騎士で……待てよ? 姫騎士って大丈夫かな? なんか如何にも捕まってエロい目に遭いそうなイメージのある職業だが。僕が勝手にそんなイメージ持ってるだけでそんなことないかな?
そんな関係ないことを考え始めた辺りで、ついに茂みや木の陰からぬるりと敵の集団が現れた。
「「「「「「マァアアァァァァァ……」」」」」」
「なにあれキノコ!?」
「にしてはデカいにゃ!」
「あれは……マタゴンか!」
僕たちの前に立ち塞がったのは、短い手足の生えた巨大なキノコ。頭上に表示される名前を確認してみれば、やはり奴らが『マタゴン』であった。怪獣みたいな名前しやがって。
サイズ自体は今の僕よりも小さいが、それでも1メートルほどもある巨大なキノコがのしのしと太く短い2本の脚で歩いてくる様子はかなりの威圧感がある。傘から飛び出たカタツムリの目のような触覚や、横に大きく裂けた口に声も不気味だし。
マタゴンといえば先ほど出会った変態が名前を出していた気がする。確か飛ばしてくる粘菌に当たってしまうと、状態異常キノコを生やされるんだったか。射程がどの程度かは分からないが、状態異常や遠距離攻撃を持っているとは厄介な相手である。気を付けて挑まなければ。
そう思っていた矢先に先頭のマタゴンが立ち止まり、左腕……のような位置に生えたキノコをこちらへと向けてきた。
狐の五感が何かを感じたわけではないし魔力や妖力を感じたわけでもないが、僕のゲーマーとしての勘が告げていた。あれは何かを仕掛けてくる予備動作に違いない。
「来るぞ、避けろっ!」
「えっなに? わっ!?」
「余裕にゃ!」
次の瞬間、その左手のキノコの先端から白い粘菌が勢いよく発射された。僕の警告の甲斐もあってか、姪もなんとか回避に成功する。ミィは言葉通り余裕で避けたようだが、姪の方は次があれば避けられるか分からない。ここは情報を共有しておいた方がいいだろう。
「さっきの粘菌、腕のキノコの先端から飛んできた! 手を向けられたら避ける準備を!」
「りょーかい!」
「にゃははっ見てから回避余裕なのにゃぁ!」
僕からの情報に素直に頷く姪に対してミィの舐めきった態度はフラグのようにも思えたが、事実ミィは余裕で避けていたし恐らく大丈夫だろう。実際調子に乗れるだけの回避力はある。
「≪狐火≫!」
「マ゛ッ!?」
僕はとりあえず、適当に1体に狙いを絞って焼いておいた。敵も遠距離攻撃を使ってくるならば、数の不利はそのまま戦闘の厳しさに直結する。何ならもう1、2体はこのまま焼いて倒した方がいいだろう。
「えいっ≪ソードスラッシュ≫!」
「オラにゃあ!」
とはいえ姪たちも近場の敵から攻撃しているようだし、このペースならば大した反撃を受ける前に勝てるだろう。そう思いながら、姪が何度か追撃して敵を討伐エフェクトの光に変える様子を見守っていたのだが。
「マァァ!」
「マッ! マッ!」
「な、なんにゃ!? コイツら異常にしぶといにゃ!」
しかしミィの方を見てみれば、どうやらこちらはまだ敵を倒せていなかったらしい。2体を相手に飛び交う粘菌を躱しながら反撃とばかりに殴りつけるが、勢いよく弾き飛ばされたマタゴンはそれでも難なく起き上がった。
「るぅちゃんは問題なく倒してたし、もしかしたら打撃耐性でもあるのかも……」
「それだにゃ! 爪!」
「マッ……!」
そんな苦戦する様子を見かねて僕が予想を呟けば、ミィは即座に対応して斬撃のスキルに切り替えた。大きくダメージを与えたわけではないが、それでもHPバーは先程までの打撃より大きく削れていた。僕の仮説は正解だったようである。
「じゃあ僕も次の敵を……ッ!?」
そして戦線が安定したのを見届けて、次の敵を倒そうと向き直ったところで僕はようやく自分のミスに気付いた。
これまで僕は、味方の様子をチラ見しながらも生き残っている敵は視界に入れて警戒するようにしていた。粘菌を飛ばす攻撃はほとんど音がしないので、目で見て対応するしかなかったからである。なので不意打ちを喰らうことはなかった、はずだった。
しかし今の僕は――キュロットから伸びた剥き出しの右脚に、白い粘菌をぶっかけられていた。
粘液が肌に当たった感触から射角を割り出してそちらを見れば、そこには先程焼いたはずの巨大キノコが残り火の中に立っていたのだ。しまった、一撃で倒したと早とちりしていた。完全に油断して警戒の外にやってしまっていたのだ、まさか植物モンスターが≪狐火≫を耐えるなんて。キノコは魔法耐性が高いのか?
あるいはなんだか今回は心なしか火力が弱かった気もするし……もしかして湿度が高すぎて炎の威力が下がってしまったのだろうか? ここは森だがキノコが生えるぐらいにはジメジメしているのだ、それも充分にあり得る。
「くそっ、やらかし――」
「あんちゃん! 今助け……あっ!?」
そんな失敗を後悔しながら、早くも脚から生えてきた麻痺キノコのせいで痺れて崩れ落ちそうになった時。
姪の驚いたような声につられて見てみれば、そこには腕からキノコが生えた姪の姿と追撃しようとするマタゴンの姿があった。しまった、このままでは姪も麻痺で動けなくなってしまう……!
僕は瞬時に考える。姪のピンチを助ける方法を。
≪狐火≫で援護するか? ダメだ、威力が足りない。2発分のMPはあるが、そもそも僕の腕は麻痺によって力が抜けているので狙いをつけられない。無理矢理炎の軌道を曲げることも出来なくも無いが、威力のロスが大きすぎる。
かといって身体が動かない以上、短剣スキルは当然使えない。足が動かなければ移動スキルである≪駆け斬り≫も発動しないし、投げモーションが必要な≪アサシンスロー≫も論外だ。
唯一今動けるミィは、まだ目の前の敵を倒せずに苦戦している様子だ。やはりスキルを使うより普通に殴った方が強いらしい。助けは期待できないだろう。
万事休す。このままでは有効な攻撃手段を持たないミィがやられるのも時間の問題だ、そうなれば全滅は免れない。
もしそんなことになれば……そうなってしまえば……動けなくなって無防備な姪が大きなキノコに白い粘液をぶっかけられて蹂躙されてしまう! このエロモンスター共め、そんなの叔父の僕が許すわけねぇだろうが……!
「ふんっ!」
僕は気合いで無理矢理に身体を動かし、震える手でなんとかキノコをもぎ取った。この手に限る。やはり気合いと根性は全てを解決してくれる。
ていうか麻痺、全然力も入らなくて動きづらかったけど全く動けないこともなかったな。頑張れば自力で解除できないことも無いじゃん。あの変態よくも騙しやがったな。
そんな悪態を心の中でつきながらも、僕は取り落とした短剣を拾い直して姪の方へと駆けだした。
「≪駆け斬り≫!」
「マッ!?」
そして今にも姪に襲い掛かろうとしていたキノコに対して高速移動スキルで距離を詰め、斬撃と蹴りのコンボを叩き込んだ。
短剣の攻撃力では倒せないだろうと見越しての追加打撃だったが、実際に自分でやってみれば効きが悪いのも納得した。この弾力があって尚且つ堅い感じのゴムのような身体には打撃が効きづらいのも仕方ない。やはりここは斬撃か、普段より威力は落ちるがそれでも炎で焼くのが有効だろう。
ともあれ姪のピンチにカッコよく駆けつけて敵を蹴り飛ばす姿は、なかなか様になっていたのではないだろうか。仕上げに姪へと向き直り、決めセリフでフィニッシュだ。
「るぅちゃん、助けに来たよ!」
「あんちゃん!? 動けたんだ!」
僕のカッコいい登場演出は見事に決まっていたようで、予想外の僕の登場に驚きつつも嬉しそうな姪の表情を見られたことになんとも言えない達成感があった。こういうのがあるから姪とのゲームはやめられないのだ。
「くらえー! ≪ソードスラッシュ≫!」
「マ゛ッ!?」
「ん?」
僕がそうやって満足していたところ、姪は先ほど僕が蹴り飛ばしたマタゴンに素早く近付いてトドメを刺した。
それから他のマタゴンを警戒しながら軽快な足取りで木の陰に身を隠し、安全を確保してから腕に生えたキノコを自分でもぎ取った。
「……あれ? るぅちゃん、キノコ生えたままでも結構普通に動けるね?」
「ん、まああたしに生えたキノコ、麻痺じゃなくて毒だったし」
「あっ……ふーん」
僕は察した。勝手に姪が麻痺したら動けなくなってヤバいと思っていたのだが、実は姪に生えたキノコが持っていた状態異常は持続ダメージを与えるだけの『毒』だったのだ。マタゴンの生やすキノコは1種類だけではなかったらしい。
つまり僕は、勝手にピンチだと決めつけてカッコよく助けに入ったということだった。完全な空回りである。なにこれ恥ずい。
「よーし、キノコも取ったし行くよあんちゃん! 早く残りの敵も倒してミィちゃん助けにいかないと!」
「う、うん……うん?」
そんな恥ずかしさから若干俯き加減で姪と目を合わせられずにいたのだが、早く敵を倒そうと正論を言われて思わず同意した。……が、どうにも気になる一言があってそこが気にかかる。
ミィを助けにとは? まぁスキルを使ったところであまりダメージが出てなかったから、僕たちがさっさと片付けてミィの分も手伝った方が早く終わるってことかな? さっき見た時は2体を引き付けて苦戦していたが、まだ1体も倒せていないのだろうか。
そう考えながらチラリとミィの様子を窺ってみれば、2体のマタゴンの足元で、頭にキノコを生やして気持ちよさそうに眠っていた。
「やられてるー!?」
「ね、だから早く助けなきゃ」
ヤバい、姪しか見てないから全く気付かなかった。ミィお前あれだけ自信満々だったのにやられてたのかよぉ!? え、いつ? ついさっきか? ていうかせめて1体ぐらい倒せよ!
どうやらマタゴンは眠ったプレイヤーを攻撃することはないのか後回しにしただけなのか、次のターゲットをこちらへと定めて歩み寄ってくる。倒れた仲間にトドメを刺されないのは好都合ではあるが、今この瞬間に限ってはあまり意味の無いことだ。僕たち2人で残りの4体をなんとかしなければならないことには変わりない。
「くっ……やるしかないか」
「大丈夫、あたしたちなら負けないよ!」
「……そうだね。行くぞぉ!」
「おーっ!」
姪の言葉に背中を押され、僕も戦う覚悟を決める。そうだ、僕たち2人で力を合わせればこんなキノコなんかに負けたりしない!
そして気合いを入れて武器を構え、2人で斬り込もうと数歩踏み込んで――
「あっ!?」
「えっ……!?」
……僕たちが避けたことで地面に落ちていた不発弾の粘菌。それを2人同時に踏んでしまい、足からキノコが生えてしまった。待ってこれそういう効果もあるの?
「やば、ねむ……」
「ちょっ、るぅちゃ……」
そしてなんとも運が悪いことに、眠いと言いながら膝から崩れ落ちる姪。何が運が悪いってそれは……僕に生えたこのキノコも、恐らく『睡眠』の状態異常を齎すキノコだということだ。
マズイ、こんなところで寝たら……ダメだと、姪に……無理、眠い……!
「が……ま……」
大人の意地でなんとか眠気を堪えようともしたが、システムとしての状態異常にそんなことで耐えられるはずもない。
自力でキノコをなんとかする暇も無く、僕は抗い難い睡魔に襲われて瞼が重くなっていったのだった。




