7. 狐火
僕が囮になるとは言ったが現状では狼のヘイトは姪の方に向いている。当然だ、与えてるダメージ量が違いすぎる。ならば大してダメージの通らない短剣を装備したレベル1の僕が、こちらにヘイトを向けさせて尚且つ隙の大きい飛び掛かりを出させるにはどうすればいいか?
簡単な話だ、遠距離からスキルで攻撃すればいい。
「≪狐火≫ッ!」
「おおっすごい! なんか出た!」
≪狐火≫
消費MP:10
何もないところから炎を起こす。
『燃焼』の状態異常を与えることがある。
なんとなく攻撃スキルを使うイメージで差し出した左手からオレンジ色の火の玉が飛び出し、僕を大した脅威と見ていなかった狼の意識外から見事に命中する。
狐獣人の固有スキルだとかその辺のものだと思うのでこれは結構普通にバグに片足突っ込んでそうではあるのだが、あるものは仕方ないので本当にバグだったとしても修正されるその日まではありがたく使わせてもらう。
「グルァァッ!?」
「おおっあんちゃんすごい! 結構効いてる!」
火は弱点属性だったのか、大ダメージを与えてHPゲージが黄色から更に半分以下になったことを表すオレンジになる。残りHPは2割強といったところ。
「ガルゥゥッ!」
「来た!」
そして思わぬ方向からの大ダメージに怒った狼は、予備動作として一瞬姿勢を低くして溜めた直後、僕に向けて爪を振りかざしながら一気に飛び掛かる。
その動作は最初に見たものより全体的に速くなっていたが分かっていれば避けられないこともない。僕はなんとか真横に跳んでこれを回避し、左手を差し向ける。もう短剣よりも有効であることが分かったのでトドメはこれだ。
「≪狐火≫!」
「≪ソードスラッシュ≫!」
「ガルァァァァッ!?」
僕と姪のスキルによる同時攻撃により、狼のボスモンスター『プレーンウルフ』の討伐に成功した。狼の体が討伐エフェクトの光となって霧散し、祝福してくれるかのように降り注ぐ。
「やったねあんちゃん! あたしたちの勝ちだよ!」
「ふぅ……うん、やったね。あっレベル上がった」
「本当だ! おめでとう、これであんちゃんもレベル2だよ!」
「うん、ありが……わっ!?」
そんな中、喜びを分かち合おうとしたのか姪に抱き着かれた。
……いつもなら問題なく受け止められたのだが、今は事情が違った。今までより体重は軽く、重心も違う、しかも姪が飛びついてくる角度もほとんど真横からである。
つまり普段通りに受け止められなかった僕は、受け止めてくれると信じ切っていた姪の期待を裏切り受け止められなかった。その結果こうして平原に押し倒されてしまったわけである。
「あっ……その、ごめんなさい。ついいつも通りに」
「……いや、こっちこそごめん。普段と体の勝手が違うからって……受け止めてあげられないのは叔父として失格だ」
「そこまで気にしなくていいよ!?」
そんなこんなで叔父の責務を全う出来なかったことから精神にダメージを受けて地面に倒れたままだった僕のことも、姪は笑いながら起こしてくれた。天使かな?
ちなみにドロップは素材アイテムの牙と毛皮だけだったが、この経験値と達成感は間違いなく価値のあるものだと思う。2人で協力して成し遂げたことなので尚更達成感も大きい。
「じゃあ、街に戻ろうか」
「ん、そだね」
そして今度こそ街に戻ろうと街道に向かおうとした時。流石に何度も同じようなことがあっても堪らないので、もう何事もなく帰れるだろうと思っていた矢先だった。
僕は気付いてしまったのだ。少し距離を置いたところにちらほらと、僕たちのボス戦を見物していたであろうプレイヤーたちが何人も居たことに。
「お嬢ちゃん、凄かったぜ! やるじゃねぇか!」
「ボスの動きとか色々良いもん見せてもらったわ、ありがとよ!」
「えへへーすごいでしょー!」
帰り道方面に居たのは気のいいおっちゃん2人組である。彼らはただただ純粋に僕たちの勝利を讃えてくれた。僕の狐耳や尻尾など気になることも多いだろうに、それらの一切をスルーして労いの言葉をかけてくれたメチャクチャ良い人たちだ。
姪も思わず満面の笑みで返事をする。ただ、僕としては彼ら以外の周りから聞こえる会話が気になりすぎて硬い表情で会釈をすることしかできなかった。
「ケモ耳の方の子、何がとは言わないけどすごいよな」
「ああ、あのおっぱいは相当な危険物だ」
「バカ、お前聞こえるぞ」
「大丈夫だって、もう結構向こうに歩いて行ってるし」
例えば後方から聞こえる会話は数人の男性PTのものだ。もっとも、狐耳の聴覚が無ければ聞こえなかっただろう。残念ながら聞こえてしまったが。やめてくれ、男から欲情した目で見られるのは背筋がゾッとする。
「フヒヒ……良い…………ロリ……乳……」
左後方の茂みに隠れた男が小さく漏らした独り言も断片的に聞き取れてしまった。断片的すぎてほとんど意味は把握できないが、自分たちに向けられた下賤なものであろうことぐらいは分かってしまう。
恐らくロリコンなのだろう。それに健全な男子ならばそこに揺れる乳があるならば魅入ってしまうものである。男にいやらしい視線で見られるのは御免だが、しかしながら気持ちは痛いほど分かるので何も言わずに立ち去ることにする。
「あの子たち超かわいくない!? しかも何あのケモ耳尻尾! ねぇちょっとそこのキミお姉さんにモフらせぐぇぇっ!」
「ごめんなさい、この子頭が残念なんです。私が押さえてる間に早く行っちゃってください」
「は、はあ……」
進行方向の右側からこっちにわざわざ近付いてきて声を掛けてきたのは若い女性の2人組である。さっきから聞こえる会話からでも片方が暴走しているのは分かっていたが、もう1人の方が気を遣ってくれて助かった。あまりにグイグイ来られたため、コミュ力の高い姪でさえ若干引いてるようだし。
……それにしても女性からかわいいと言われるのはどうにも変な気分だ。今の自分の見た目が今までと違うことは頭で理解はしていても、どうしても男として複雑な心境になる。
「んーなんか結局目立っちゃったね。あんちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫。大体の人は一応、あくまで注目してたのはボスとの戦いの部分……のはず、だし」
「あはは……」
なんとなく言わんとしていることは分かるのか、姪も渇いた笑いで返事をする。やはり女の子は狐耳が無くとも周りからどう見られているか分かるものなのだろうか。僕も胸に突き刺さる視線は痛いほど体感したので、その辺には若干の理解がある。
「でもまぁ実際あたしたちぐらいの子供って少ないし、多少珍しがられるのは仕方ないと思うよ。あと今のあんちゃんは超かわいいし」
「うんまぁ確かにそれはそうかもね。それにるぅちゃんはメチャクチャかわいいし?」
そんな遣り取りの後、一瞬の間を置いて。どちらからともなく、同時に笑い出す。
「プッ……ははははは!」
「ふふっ……あはは!」
こんな風にお互いをかわいいと褒めあうのはなんだか女の子同士という感じがして、こんな距離感になれるのならこのままでもいいかもしれないなと思う。叔父と姪という関係よりも、なんだか少し親しくなれた気がしたのだ。
もっとも僕が姪のことをかわいいと言うのはいつものことなので、ロリ巨乳狐娘になったことを機に姪からもそう言われるようになったというだけの話なのだが。
そんなことを考えながら、僕たちは手を繋ぎながらプリミスの街に戻っていったのだった。
――ちなみにこの時の戦いの様子を収めたスクリーンショットが密かに掲示板に出回り、謎のロリ巨乳狐娘美少女として一時話題になったことなど僕の知るところではない。




