10. 北の雪原
あれから随分と歩いた。
と言っても時間にすればせいぜい十数分なのだが、街道のド真ん中で姪に撫でられながら蕩けきった恍惚の表情を晒していたところを偶然通りかかった数名の通行人に見られたことに気付いた後は、下を向いて羞恥心を堪えながら歩いて来たのでどれぐらい歩いたかはハッキリとは覚えていない。
そのせいもあって、周りの風景はいつの間にかすっかり見渡す限りの雪原になっていた。
「あんちゃん、この辺でいいかな?」
「うん、いいと思うよ」
とはいえ不幸中の幸いにも、その瞬間を目撃されたのは奥地から街に帰る途中のPTだった。醜態を見られた相手と同じ方向に街道を進むのは非常に気まずいが、そうではなかったのでなんとか持ち直して今に至る。
今では姪の言葉にも普段通り返すことが出来るほどである。もっともどれほど精神的に動揺している状況だとしても、姪に情けないところを見せるわけにはいかないので極力平然と返すつもりではあるのだが。
「よーしそれじゃ……一番乗りー!」
僕がそんなことを回想している間に、姪は足跡1つ無いまっさらな雪原へと足を踏み出していた。この雪原は夏なのに雪があるという珍しさからそれなりに人気が高いらしく、これだけ足跡の無い新品の状態な場所を探すのには結構余分に歩いた次第である。雪原自体は既に結構前から入っていたのだが、これをやりたいが為に頑張っていい感じの場所を探したわけだ。
「よし続いて僕も……おぉ」
「すごいよあんちゃん、地面全部が雪だよ雪!」
初めて広大な雪の大地を経験した姪のテンションは言わずもがな、僕も思わず気分が高揚する。街道には雪が積もっていなかったので、急に足元が雪を踏みしめる感触に変わったのだ。スキー場のように押し固められた雪の上に数センチの柔らかい雪が降り積もっているこの状況は、踏みしめる雪として最も楽しい感触であった。
「へー、この雪ちゃんと拾えるんだ……くらえー!」
「うわっ!? やったなこのー!」
そこへおもむろに雪を手で掬ってみた姪が、丸めて僕へと投げつけてきた。思わず抗議の声を上げながら反撃するため足元の雪を掻き集める僕だが、別に本気で怒っているわけではない。むしろかわいい姪から雪玉をぶつけられるなんてご褒美である。
ただ、ここで敵対するのは様式美のようなものだ。雪玉を投げつけられたらそれは雪合戦開始の合図である。あとはこの遊びに付き合って、楽しく雪玉を投げ合うだけでいい。
ちなみにこういう子供と遊ぶ場合に気を付けるべき点は、遊びに付き合う側も楽しんでいるという体を装うことだ。子供だけが楽しんでいるような状況では、姪自身もあまり楽しめないからである。保護者として微笑ましく見守りながらハイハイ仕方ないなと付き合うのではなく、本気で張り合っているかのようにこちらも遊びに没入している感を出すのである。あくまでも友達同士で遊んでいる時のように、気兼ねなくお互い楽しんでいるような状況を作り出すのがベストだ。
もっとも僕の場合はそんな気遣いするまでもなく、大好きな姪と遊べるだけで楽しいので素のリアクションで全く何も問題ない。余裕である。つまり僕こそがナチュラルボーン叔父だということだ。決して僕が素で負けず嫌いだからだとか、精神年齢が低いだとかそういう部分によるものではない。姪と遊ぶのに必要な要素に合わせて進化しただけである。
ともあれしばらくの間、僕たちは雪合戦を楽しんでいた。
どちらが多く当てただとかの勝ち負けは存在せず、ただ雪玉を投げ合うだけの純粋な遊びである。
だがそれがかわいい姪とのやりとりであれば、これほどにまで楽しいのだ。楽しすぎて1日中だって続けられそうである。
しかしながら当然そんなわけにもいかず、楽しい時間は終わりを迎えた。
当たり前だがここはフィールドなので、敵も出てくるのだ。
「あんちゃんっ!? 後ろ!」
「うん、わかってる」
僕は突然背後に現れた気配を察知し、武器に手をかけながら姪との戯れを邪魔する無粋なモンスターへと向き直る。
まだ出現エフェクトの光の中にいるようだが、恐らく僕たちが素材を求めている『ホワイトウルフ』だろう。ここ『北の平原』奥地にはモンスターは1種類しか出ないらしいし。
まぁ狼系との戦いなんて慣れてるし余裕……と、思っていたのだが。光が弾け飛んで中から出てきたのは、白い狼などではなかった。
「ゴォレッ!」
「いや誰だお前!?」
それはまさしく雪だるまであった。表示された名前は『スノウゴーレム』……ゴーレム? 雪だるまってゴーレムなのか? まぁ無機物がモンスターになって動き出したならそれはゴーレムではあるんだろうけど。
てっきり敵は狼だと思っていた僕は、しかし雪だるまがモンスターとして狼よりも強いのか弱いのかも判断できず、拍子抜けしていいのか焦った方がいいのかさえも分からない。ゴーレムと言えば強そうだが、如何せん雪だるまである。強度などを考えてもそれほど強そうなイメージは湧いてこないのだ。
その雪だるまは僕たちの身長と同じぐらいの高さにまで積まれた大きな2つの雪玉から出来ており、頭の上には赤いバケツの帽子を被っている。そして何よりも特徴的なのは、炭か何かで描かれた顔だった。
何が特徴的かと言えば、やたら凛々しい表情をしているのだ。顔の濃い男前、とでも言うべきなのだろうか。とにかくその顔はただの雪だるまだと言い切るにはあまりにも存在感を放っており、ボスモンスターだと言われても納得するほどのインパクトがあった。
「へー、雪だるまのモンスターもいるんだぁ。よーしいくぞー!」
しかし姪はそんな顔の濃さにも怯むことなく、剣を鞘から抜いて敵へと突撃を仕掛けた。未知の敵にも様子見などせずいきなり突っ込む好奇心、流石である。いくらゲームとはいえ危機感や打算が染み付いた大人にはそうそう出来ない決断だ。
「いけっ! ≪ソードスラッシュ≫!」
「ゴッッ!?」
その一撃はスノウゴーレムの胴体を斜めに斬りつけ、HPを半分近く削る大きなダメージを与えた。
この耐久を見る限り、ボスモンスターにしては弱い気がするし……やはり少し強い雑魚敵と言ったところだろうか。
どうやら僕たちは未踏の雪面を探し求めるあまり、北の平原の奥に進みすぎたらしい。メニューを開いてチラリと確認してみれば、現在地は『北の雪原』となっていた。平原の奥っていうか、平原超えてたわ。
「ゴァッ!」
「きゃっ!?」
「しまった! るぅちゃん!」
だが見た目で油断しすぎた僕は、姪が反撃の雪玉をくらったところで後悔しながら気を引き締めた。剣の届く距離にまで近付いていた姪は、ノーモーションで口から吐き出された雪玉を避けきれなかったのである。直撃は避けようとしたが、側頭部に命中していた。
そうだ、HPが多いということは強さもそれなりということだ。姪が1人で戦うのをゆっくり眺めている場合ではない。僕も加勢しなければ。
「テメェよくもるぅちゃんに雪玉ぶつけやがったな! もう許さねぇ≪狐火≫!」
「ゴ……!?」
とりあえず姪の長く綺麗な黒髪を僕以外の者が白い雪で汚したのが気に食わなかったので、開幕怒りの業火をお見舞いして火だるまにしてやった。敵は死んだ。
討伐エフェクトの光が爆散したので、どうやらオーバーキル判定らしい。普通に考えれば当たり前の話だが、雪だるまに火属性は効果が抜群だったようだ。
「おぉ、一撃だ! あんちゃんすごい!」
「はっはっは、僕にかかればこんなもんよ」
その活躍を姪に褒められて僕も鼻高々である。偶然弱点属性だったから活躍できただけとはいえ、まぁ敵を一撃で倒した事実は変わらない。
というか森エリアもそうだけど、火属性が弱点の敵多くない? ファラビットやウルフなどの獣系を始め、森ではトレント、雪原ではスノウゴーレム。これら全てが火弱点である。ちょっと弱点バランス偏りすぎじゃないですかね。まぁ火に強い生物なんて居ないと言われればそれまでなのだが。
「とりあえずここはもう平原エリアじゃないみたいだし、一旦少し戻ろっか。ホワイトウルフが出るのはもうちょっと手前の方みたいだし」
「あ、そうなんだ? 確かに結構歩いたなーって感じはしてたけど」
ともあれ今回の目的はあくまでもホワイトウルフの素材なので、僕は少し街側へと引き返すことを提案した。姪も雪原エリアに入ったことには気付いていなかっただけであったので素直に承諾し、僕たちは平原エリアへ向けて歩き出す。
ただ来た時と同じ道を通るのでは芸が無いので、街道を通らずに雪原を歩いて行くことにした。もちろん道中で敵は出てくるが、いざとなれば≪狐火≫もあるので問題ない。
まぁ、僕としては短剣のスキルレベルも上げたいのでなるべく物理で戦いたいところではあるのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、また1体のスノウゴーレムと出くわした。
「来たよるぅちゃん!」
「うん!」
僕は短剣を引き抜いて構え、今度こそ油断なく臨戦態勢に入る。
「≪駆け斬り≫!」
「てやっ!」
「そりゃっ! とうっ! わぷっ!?」
「今だっ! ≪ソードスラッシュ≫!」
そして≪剛体≫による強化状態からの≪駆け斬り≫コンボに加えての連続攻撃。それによる手数の多さからヘイト値を高めて反撃を僕が顔面で引き受けることにより、姪の大技を叩き込む完璧なコンビネーション。
僕たちは早くも手慣れた手付きで難なく雪だるまモンスターを撃破した。
そうやって戦いながら歩みを進める内、スノウゴーレムではなくホワイトウルフがたまに出現するようになった。プレーンウルフほどではないもののフォレストウルフよりは大きな体格の、真っ白な狼である。エリアの境目に近付くにつれて出てくるようになったらしい。こちらも割と難なく撃破した。
「なんていうか、プレーンウルフの方が強かったような?」
「まぁあっちの方は草原エリアのとは言ってもボスだからね」
ホワイトウルフは体格が大きい分パワーはあるが、フォレストウルフのような理不尽なスピードなどは無かったので結構楽に対処することができた。ましてや僕たちは一応はボスモンスターであるプレーンウルフも倒しているのだ、もう狼系を相手取ることにも慣れたものである。
「よしっ、とうちゃーく!」
かくして行きよりもだいぶ時間をかけながら、ようやく当初の目的地である北の雪原奥地へと到着した。随分と遠回りになったものだ。姪と一緒に歩く道のりならそれも悪くは無いが。
メニューで現在位置を確認しながら周りを見渡せば、辺りに積もった雪も少し疎らになっていて所々に地面が見えており、確かに雪原では無いなというのが感じられる。
「いやぁ、やっと着いたね。けどるぅちゃん、今から素材集めするってなると結構時間かかるかもしれないけど大丈夫? 晩ごはんの時間とか」
「んー、それなんだけど……実はもう集まったっていうか」
「えっマジで?」
しかしこれでようやく目的地に到着しただけだ、今日の目的はこれから……と思っていたのだが。
どうやら姪によれば、必要な素材はもう集まってしまったらしい。雪原からここへ来るまでに出てきたホワイトウルフのドロップで事足りるとのことだ。まぁたまにって言っても距離があった分かなりの戦闘回数だったしなぁ……
「うーん……じゃあ街に帰ろっか。鍛冶屋で防具作るんでしょ?」
「ん、そだね。流石にもう街道で帰ればいっか」
なんとも釈然としない部分はあったが、時間もちょうどいいので僕たちは街に帰ることにした。帰還の巻物を使うほどの距離でもないので、街道を歩けばすぐ着くだろう。
と、街道に入ったところで僕はあることに気が付いた。
「あ、るぅちゃん。服とか髪に雪ついてるから払ったげるね。もう戦闘無いし」
「あそっか。そだね、おねがい」
ここまでは度々戦闘が発生するのでイチイチ雪を払っていたらキリがなかったが、もう街に歩いて帰るだけである。僕は姪の髪や服などの、主に自分で払えない後ろ側をパンパンと軽くはたいた。
ゲームなのでほっとけばその内元の状態に戻るのだろうが、だからといって姪に雪がついているのを見過ごせるわけではない。姪が雪や砂で汚れていたらすぐに払う、ほとんど叔父としての習性のようなものである。
「よしっと、こんなもんかな。もういいよ」
「ありがとあんちゃん。次はあたしがやったげるね」
そしてお返しとばかりに、今度は姪が僕の雪を払ってくれることとなった。とはいえ僕は大人なのでそれほど雪まみれということもないのだが、姪がやろうとしてくれるという気持ちだけでとてつもなく嬉しいので素直に応じる。
「やっぱいきなり長くなって慣れてないからかな? あんちゃん、髪の毛雪まみれだよ」
「マジかよ」
だがどうやら僕は自分が思っているほど上手く自力で払えていなかったらしい。不慣れな長い金髪を優しくはたかれ、雪を落とされていく。この光景だけ傍から見ればまるで妹がお世話されているかのようなものなのだろうか。
あとついでに尻尾もかなり雪がついていたらしく、こちらも念入りに優しく叩い……いやこれ撫でてない? 本当に雪とかそんなについてた? 尻尾が触りたかっただけでは?
「あ、そういえば……くんくん」
「ん? え、何してるの?」
そんな疑念を浮かべていたら、何やら姪が僕の髪を嗅ぎ始めた。ちょっ大丈夫かこれ、一応朝とか夏の日差しの下でフード被って通勤の往復してきたんだが。もしかして汗とか匂ってたのか? ゲームだし大丈夫だよな?
「えへへ、やっぱり。あたしとお揃いの匂い!」
「あっ……あー!」
姪のその言葉で僕は思い出した。そういえばシャンプー同じやつ買ったんだった。
ゲームの中でも反映されてるんだな、などと小さく感心しながら僕は内心で喜びに打ち震えていた。
これだよこれ。相手の髪を嗅いで自分と同じ匂いがすると嬉しく感じる例の百合シチュ、これだよ視聴者の求めていたモノは! いや厳密には僕が純粋な女の子ではないので百合じゃないが! サラ師匠、僕たちの求めていた理想郷はここにあったよ!
「僕も嗅いでみていい?」
「いいよ。はい」
大丈夫かな、事案かな? 今はロリ巨乳狐娘だし大丈夫だよな? と少し緊張しながらも平静を装い、僕は許可を得て姪の髪の匂いを嗅いでみることにした。
姪の匂いを嗅ぐとかハッキリ言って理性を保てる自信が無いが、まぁ僕なら大丈夫だろう。かわいい姪はあくまでかわいいのであって欲情する対象ではない。ましてや身体だけなら今は同性だしな。
「クンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! スゥゥゥゥウウウゲホッゲホッ!?」
「あ、あんちゃん!? むせたけど大丈夫!? ていうか今ものすごい勢いで嗅いでなかった!?」
「……ケホッ、気のせいだよ」
「そ、そう?」
おっと危ない、やっぱり理性は勝てなかったよ。今僕なにした? 人間ってこんなに勢いよく鼻から空気吸えるんだな。
危うく思わず20歳年下の姪を相手に変態行為を行ってしまうところだったが、むせたお陰で事なきを得た。……これぐらいならセーフだろ、多分。事なきを得たはずだ。
流石にこの行動は怪しまれてもおかしくないので、気のせいだという雑な言い訳で誤魔化せたと信じて、僕は平静を装い直したのであった。




