9. 北を目指して
一度死亡したもののコンテニューして無事に復活した僕は、姪と共に『北の平原』の奥地に向かっていた。目標は防具作りに必要な最後の素材、『ホワイトウルフの毛皮』である。
僕たちは『ホワイトウルフ』の出現する場所を目指して街道を歩きながら、広大な平原の風景を眺めつつ雑談に花を咲かせていた。
「ねぇあんちゃん、死んだあと街で復活したら状態異常とか補助スキルの効果とか全部消えるらしいよ」
ちなみに今は、僕がさっき不可解な死に戻りをしてしまったのでそれについての話である。
……といっても、結局あの真っ暗な謎の空間はただの死亡演出の棺桶で、いつの間にか狐になっていた僕がそれを開けることができずに勝手に閉じ込められていただけなのだが。どちらかといえば狐になってたことの方が不可解な点である。
「まぁ大体のゲームはその仕様だとは思うよ。特別に消えない効果でもない限り、普通は死んだらバフもデバフも消えると思う」
「じゃあやっぱり……あんちゃんはさっき、死んじゃったから≪人化≫が解けて狐に戻っちゃったってことなんじゃない?」
「おお、なるほどそれなら納得……うん? ちょっと待って、それだと僕、狐の姿が基準ってことになるんだけど?」
「そういうことなんじゃないかな?」
「いやこの姿が本来の姿だからね? あっ違う、本来の姿ではないけど。少なくとも今はこれがデフォルトだから!」
そんな姪の突拍子もない推測に思わず混乱してしまったが、今の僕はあくまでもロリ巨乳狐娘である。≪獣化≫や≪人化≫のスキルによって狐や人間になることは出来るが、それでも基本はこの姿だ。ゲーム開始時点でもこのニュートラル形態だったし、なによりリアルでもただの狐ではなくロリ巨乳狐娘なのだ。本当の本来の姿は30歳の一般的な成人男性だが。
だから実は狐モードが標準だなんてことは無いはず……無いよな? イマイチ自分の現在の状況が把握しきれていない部分もあるせいで、その辺りにはあまり自信が持てないが。
「ちがうかぁ。これだと思ったんだけどなぁ」
「違うと思うよ……たぶん」
姪のその様子は推測が外れたからというより、何故か僕の本来の姿が狐ではなかったことに対して残念がっているような様子であったが、そこについては深くは追求しないことにした。一応自分に向けられている感情についての話なので、あまり踏み込みすぎるのも怖いのだ。主に僕をペットにしようとしていた場合なんかが。
そんな他愛も無い話をしている間に、僕たちは目的地へと到着した。街から徒歩数分の距離だが、街道を使ったことによる移動距離ボーナスで結構遠くまで来た感じだ。
まだ街道から出ていないのでモンスターは出現していないが、それでもこの辺りにホワイトウルフが出現するというのがはっきりと分かる。なぜならこの『北の平原』は調べたところによると、奥へと進んでいくほどに特徴的な変化が出てくるらしいのだ。その1つがこの――
「わぁ、雪だ!」
北というだけあって、現実世界では夏であるにも関わらずチラリチラリと僅かに降り始めた雪。まだ地面に積もるほどのものではないが、それでも雪が降っているというだけで感じる非日常感は姪と僕の心を踊らせるのに充分だった。
空から疎らに落ちてくる雪を手のひらで受け止めようと動き回る姪は、それはそれは楽しそうであった。狼の尻尾を振りながらはしゃぐその姿は、さながら雪の日に庭を駆け回る犬のようである。
そんな姪の姿に和みながらも、さてどうしようかと僕は思案する。
「るぅちゃん、この辺でもうホワイトウルフは出るみたいだけどどうする?」
「ん? どうって?」
「このまま北に進めば雪が積もってる場所もあるみたいだよ。先にそこまで行っちゃう?」
「あっそれいいね! 行く行く!」
今の僕たちの目的はホワイトウルフの素材集めである。この場所で狩りをして素材が集まったら帰る、それが最適解だということは充分に分かっている。奥に進んだところで効率が上がるわけでもないし、移動に無駄な時間を使う必要は無いだろう。
だがそれがどうしたというのか。こんなにも雪ではしゃいでいる姪の姿を見れば、もう少し遊んで行ってもいいかなと思うものである。僕はゲーマーではあるが、それ以前に叔父なのだ。姪の笑顔のためならば効率プレイなどクソくらえである。
「えへへ、雪ってなんかテンション上がっちゃうね」
「うん。ましてやリアルは夏だからね」
一見平静を装って受け答えしているが、テンションの上がった姪がかわいすぎて僕のテンションは有頂天である。そんな気分の高揚のせいか、狐の尻尾が勢いよく左右に揺れる躍動感を感じる。
「ってあんちゃん尻尾振りすぎでしょ、あたしも振ってるけど。そんなに雪降ってるの嬉しかった?」
「まぁ雪だからね、気分も盛り上がるでしょ」
「だよね」
その様子に気付かれてしまったので、とりあえず雪のせいにして誤魔化しておいた。
まさか本人に面と向かってこの尻尾を振っていた理由について言うわけにもいくまい。僕はこう見えてシャイなのである。
「楽しみだなぁ。どれぐらい雪積もってるんだろ?」
「本格的に深く雪が積もってるのはもっと奥まで行った雪山エリアだけみたいだけど、それでも手前の平原エリア奥地で既に見渡す限りの銀世界にはなってるみたいだよ」
「おぉー、銀世界! あたし直接見たことないからすごい楽しみ!」
そういえば姪は都会育ちだから辺り一面の雪景色など見たことが無かったか、などと考えながら僕たちは更に北へと歩き出した。
かくいう僕もそんな光景はゲームの他ではスキー場ぐらいでしか見たことが無いのだが、まぁそこは言わなければ分からないことなので別に敢えて言わなくてもいいだろう。そもそも僕にとっては、どれほど素晴らしい特別な景色よりも姪の居る日常風景の方が価値があるのだ。まるで需要が違う。
「にしても、雪とか降ってるのにあんまり寒くはないんだね」
「そこは一応ゲームだからね。寒すぎたら楽しむどころじゃないし。リアリティを求めるのは悪いことじゃないけど、時には都合の良い程度にしとくべきところもあるんだよ」
「へー。そういえばこの手袋なんかもそういうやつか」
「毛皮の手袋なんてリアルに作ったら細かく動かせないからね……」
道中、姪が涼しい程度でしかない気温についての疑問を口にしたので僕はそれに答えた。
この手のゲームは経験が豊富なわけではないが、それでも一介のゲーマーとしての知識と積み重ねにより大体の理解はある。現実に寄せすぎてもそれはそれでゲームとしてはクソゲーなのだ。現実との繋がりに重きを置いたこの『リンクリアルオンライン』においても、それは例外ではない。
「じゃあこの手袋がモフモフであったかいから寒くない、ってわけでもなかったり?」
「まぁそうなるね。僕なんか手袋つけてないけど、それでもそれほど冷えてないし」
「そうなんだ。あんちゃん素手だから、寒かったり冷たかったら手繋ごうかなって思ってたんだけど」
「あ、やっぱちょっと寒いかも」
ほう、手を繋いでくれるのか。
そう言われるとなんだか手先が冷たくなってきたような気がしないでもない。北へ北へと進むにつれて冷え込んできたんだろうな。それか今まで自分でも気付かなかっただけで、僕って意外と冷え性だったかもしれない。多分そうだろう。なんかちょっと寒い気がするし。
「ん、やっぱり寒い? 大丈夫? 手袋貸そっか?」
「あ、いやいや大丈夫、ちょっと手を繋いでくれたらちょうどいいぐらいの寒さだから。全然本気の寒さじゃないからほぼ平気だし」
「そう? じゃあ、はい」
かくして僕は、姪と合法的に手を繋ぐことに成功した。やったぜ。
いや、別に手を繋ぐだなんて違法でもなんでもないし、その気になればいつでも出来るのだが。
しかし今は「寒いから手を繋ぐ」というシチュエーションこそが大切なのだ。これもまた冬になれば出来ることだとはいえ、最後にやってから半年経過しているのも事実。そろそろ久しぶりにやりたかったところなのでちょうどいい。それに冬にしか出来ないことを夏にやるというのも中々に乙なものである。
と、手と手を繋いだその感触をそれとなく堪能していた時、僕はふとした拍子にある違和感に気付いた。
「あれ? そういえばるぅちゃん、手袋したままだけど……触れてる?」
「ん? あ、確かに。手袋外すの忘れてたけど……これって今どういう感触なの?」
そう、姪はうっかり狼の毛皮で作った厚手の手袋をしたまま僕の手を握っていたのだ。
とはいえ先程、鍛冶屋で試着した際に手袋越しにも物を触った感触があることは確認済みである。ならば何がおかしいのか。それは僕の側からの手触りであった。
「なんか僕の方からも直接手と手で触ってるみたいな感触なんだけど」
「そうなんだ。ゲーム側がいい感じに都合よくやってくれてるのかな?」
「うーんまぁ……そうなのかな? 多分そうだろうけど」
これはあれだろうか、手袋を着けている姪が素手同士で触りたいと思いながら触ったからとかそんなところか? 少なくともさっきまでは外側から触った場合は毛皮の感触だったのだが。
などと思いながらよく見れば、毛皮のテクスチャに僕の手が貫通していた。確かに今の触り心地は手袋なんかしていない姪の手の形そのものだけど、そこなんとかならなかったのかよ。
「あはは、食い込んでる。なんかおもしろい!」
「当たり判定が素手と同じになってたらこうなるだろうけど。いやでも、バグかってぐらいめり込むね」
それは厚手の毛皮製の手袋であるが故に気になったに過ぎないのだろうが、小さくなった僕の細い手指が割とガッツリと毛皮の幻影に埋まる様子は案外面白かった。
という体を装ってここぞとばかりに姪の御手を触りまくっていたのだが、そこで姪があることに気付いた。
「そっか、じゃあこれあれだよね。わざわざ手袋外さなくてもなんでも出来るってことでいいんだよね?」
「ん? まぁそうだと思うよ」
適当にそう答えたが、僕はイマイチ姪のその言葉の意味を理解していなかった。手袋越しでも細かい作業や武器の扱いが問題ないということは、鍛冶屋で試着した時点で分かり切っていたはずだ。今改めて理解し直したということなのだろうか。
いやしかしあの段階でキチンと理解出来ていなかったのなら僕がそれに気付いたはずである。これでも僕は10年も叔父をやっているのだ、姪の表情から感情を読み取る技術には目を見張るものがあると自負している。何か別の意味があるのだろうか。
そんな疑問を浮かべていたのだが、姪の次の行動により謎は全て解けた。それは特別難しいことなどではない、単純な話だった。
「だったらこのまま撫でても、あんちゃんの側も手の感触しか感じないから大丈夫だよね」
「んっ……うん、大丈夫……気持ちいぃ……」
そのまま僕の頭を撫でてきた姪の手は厚い毛皮と獣の爪のような尖ったデザインの装備であったが、しかしながら感じる感触は女子小学生の小さく柔らかな手のものであった。
恐らく見た目としては爪部分が頭に食い込んだりしてヤバいことになっているのかもしれないが、撫でられる側でしかない僕にはそんなことは関係なかった。
絶妙な力加減で優しく撫でる手つきが時折狐耳に触れ、空いた左手は何故か顎の下を撫でてきているがそれもまた適度に心地良い。この撫で方、やはり姪は僕をペットとして扱っているのではないかとの疑惑が再浮上してくるが、そんなことは最早どうでもいいほどに僕は今気持ちよく撫でられていた。
僅か10歳にしてこれほどまでのテクニシャンに成長するとは、末恐ろしい姪である。あっそこ気持ちいい。
「よかったぁ、この手袋って爪とか付いてるしイチイチ外さないとダメかなって思ってたんだけど。当たらないんならこれからもいつでも好きな時にあんちゃん撫でられるね」
「いつでもいいとは言ってな……んふぅ……いいけど……」
しれっと自由に撫で放題だと言ってくる姪に対して僕は一応反論しておこうかと思ったのだが、かわいい姪に撫でられるのは思いのほか気持ちよかったのでなんかもうどうでもよくなってきた。
そんなこんなで僕は、決して人が全く通らないというわけでもない街道の真ん中でしばらくの間、だらしないトロ顔を晒し続けたのであった。




