6. 獣人の村の子供たち
誤字報告ありがとうございます
脳波の乱れがどうとかで強制的にログアウトさせられたりと色々あったが、僕は再びゲーム世界に舞い戻った。セーフティ機能だかなんだか知らないが、まったく酷い誤検出だぜ。
「じゃあ防具の素材集め、まずは森エリアにしゅっぱーつ!」
「おー!」
結局のところ、姪の防具はウルフシリーズを作ることとなった。
とは言っても、先ほど試着したような露出度の高いものではない。鍛冶屋のNPCから作成する防具はいくつかのデザインの中から選ぶことができるので、その中の比較的マシなものになんとか譲歩してもらったのである。
……その代償として、僕の防具のデザインを選ぶ時は姪の希望を尊重するという約束を取り付けられてしまったのは少し不安が残るが。まぁ僕が嫌がるような物を選んだりはしてこないはずなので問題ないだろう。
そんな僕の不安などいざ知らず、姪はかわいくキョロキョロと周りの風景を見渡してから森の方に視線を向けて言った。
「確か森はあっちの方にずっと歩いて行って、平原超えたとこなんだっけ?」
「歩いていくならそうだね。でも、今の僕たちなら別の行き方もあるよ」
「別の行き方?」
「うん。これを使うんだ」
「これを?」
そう言いながら取り出したのは『帰還の巻物』。以前まとめ買いした、一度行ったことのある街へと一瞬で移動できるポイントアイテムである。
「でもあんちゃん、あたしたちが今から行くのって森のフィールドの狩場だよ? それ街じゃないと行けないんじゃない?」
「だけど、森の中にある街に僕たちは行ったことあるでしょ?」
「あっそっか! 獣人の村! そこに飛んで村から出たらもう森なんだ! そんなの思いつくなんてあんちゃんすごい!」
「ふふふ、伊達に長年ゲーマーやってないからね」
姪の尊敬のまなざしを受けながら褒められた僕は、まさに鼻高々と言った様子であった。この手の移動テクニックはゲーム慣れした大人であればすぐ思いつくようなものだとは思うが、それでも僕が叔父である以上、姪に褒められたからには嬉しくないはずがない。自分では大したことではないと分かっていても、その程度のことで思わず得意気になってしまう。
「じゃ、早速いこっか! えーと帰還の巻物をこうやって開いて……あっ使える。うん、獣人の村もいけるみたい」
そしてインベントリから取り出した帰還の巻物を広げて読んでみた姪のその言葉に、僕は密かに少し安堵していた。『獣人の村』が『街』として判定されているのか、微妙に自信がなかったからである。まず名前が村となっているのでその時点で既に不安だし、隠しマップでもあるので特殊な移動手段が制限されている可能性があったからだ。
だがそんなことは無かったので、僕たちは安心して獣人の村へと転移した。もしこの流れで村が移動先に選択できなかったとしたら、先程の得意気な表情が一瞬にして気まずくなっていたところである。危ない危ない。
「おぉーホントに一瞬で着いた! 獣人の村だ!」
そんなはしゃいでいる姪と一緒に降り立ったのは、2日前にも訪れた獣人の村。森の中を開拓した土地にレンガの家やログハウスなどの木造建築が立ち並ぶ、のどかな風景と道行く獣人たちが特徴の平和な村だった。
「じゃ、村の外いこっか。出口から出たところがちょうどフォレストウルフのよく居るポイントだったと思うし、るぅちゃんの防具に必要な素材もすぐ集まると思うよ」
「待ってあんちゃん、先にクエスト受けに行こ。ここのクエストボード、プリミスの街とは内容違うし」
「あ、それもそっか。でも今回の目的はあくまでフォレストウルフの素材だから、あんまり受けすぎないようにね?」
「はーい!」
僕はさっさと狩場に向かおうとしたのだが、姪の提案によりクエストを受けてから行くことにした。
言われてみれば確かに、フォレストウルフの討伐ぐらいは受けておいて損はないだろう。平日の午前から姪と一緒に遊べるというワクワクのあまり、気持ちが浮かれ過ぎて失念していた。しかしそんな僕の見落としに気が付くとは、流石は僕の自慢の姪っ子、賢くてカワイイ才色兼備な出来た姪である。弱点が無い。
そんなこんなで村のクエストボードでいくつかの討伐クエストも受注できたので、今度こそ村から出ようとした時。村の入口付近の広場で、姪が前方に何かを見つけた。
「あれ……? あんちゃん、あそこに居るのってもしかして、こないだの?」
「ん? ああ、そうだと思うよ。僕も見覚えあるし」
横を歩く姪をずっと見ていた僕も、話を振られて前に視線を移せばそこにはどこか見覚えのある顔ぶれの獣人たち。
その方面へと向かっていた僕たちのことを向こうも発見したようで、1人がこちらを指さして周りに知らせると、そこにいた獣人の子供たちは一斉に駆け寄ってきた。
「わーこんにちわー!」
「このまえ遊んでくれた人間さんだー! 獣人になってるー!」
「わーいお揃いだぁ!」
「狐のおねえちゃんもいる! あそぼあそぼー!」
それは幼い獣人の子供たち。僕たちが初めてこの村にやって来た時に、姪と遊んでくれた幼児たちであった。
「んー、あたしたちこれからクエストなんだけど……どうしよ、あんちゃん」
しかしそんな子供たちに囲まれた姪は困り気味だった。なぜならこれから僕と一緒に一狩り行こうとしていたところだからである。
小さい子供や動物の好きな姪にとっては、このチビッ子獣人たちの誘惑は抗い難いものだろう。やることがあるのに子供と一緒に遊びたくなってしまうその気持ち、僕もよーく分かる。
だからというわけではないのだが、僕は姪の好きなようにさせることにした。
「別にいいよ。クエストだって素材集めだって、やらなきゃいけないことではないからね。ゲームなんて全部遊びの一環なんだから、るぅちゃんのやりたいようにやればいいよ」
「でも、それだと折角付いてきてくれたあんちゃんに悪いし……」
「僕としては、るぅちゃんが楽しんでくれるのが一番嬉しいからね。それに僕の方も適当に子供と遊んだりしてるから、気にしなくていいよ」
「……えへへ、ありがとあんちゃん! じゃあみんな遊ぼ、ちょっとだけだからね!」
「やったー!」
「あそぶあそぶー」
「元人間のおねえちゃん、だっこー!」
「あっずるい、ぼくも!」
前回遊んでいたからか姪の人気は凄まじく、駆け寄って来た幼稚園児ぐらいの子供たちに瞬く間に囲まれていた。犬耳だったり猫耳だったり、ケモ度が高かったりと様々な獣人の子供たちと戯れる姪は本当に幸せそうだった。
「……えへへーかわいいなぁもう」
お前が一番かわいいよ。
まったく、幼い子供たちの中心でお姉さんぶる姪の姿は最高に尊い。自分が姪と遊びたい一心で却下したりしなくてよかった、やはり僕の判断は正解だったな。
そんな風に満足しながら僕は、どさくさ紛れに姪に抱き着こうとしたマセガキのケモショタを後ろから抱き上げて捕獲した。テメェなにウチの姪にそんな羨ましいことしようとしてやがる。
と、楽しそうに遊ぶ姪たちを見守っていると、少し遅れてもう1人やってきた。ただしそれは獣人の子供ではなく、引率の大人である。全身を毛皮に包まれたケモ度高めの女性、マドレーヌさんであった。
「あら、子供たちが急に走り出したから追いかけてきてみれば。やっぱりあなたたちだったのね」
「マドレーヌさん。ご無沙汰してます」
マドレーヌさんは子供たちの中心で遊ぶ姪にはチラリと視線をやるだけで、近くで様子を見ている僕にだけ話しかけてきた。どうやら子供たちが遊ぶ邪魔をするつもりは無いらしい。流石は保母さん的なことをしているだけあり、子供の扱いに手慣れている。
「悪いわね、また子供たちと遊んでもらっちゃって」
「いいんですよ、ウチの子も小さい子供とか獣人とか好きですし。こっちからしたら子供たちに遊んでもらってるとも言えます」
「ふふ、そうね。ありがとう」
ちなみにこのさりげない会話中、僕は一度もマドレーヌさんと目を合わせていない。楽しそうに小さな子供たちと遊ぶ姪の姿を目に焼き付けるのに忙しいからである。……決してマドレーヌさんが年頃の女性だからだとか、いくら毛皮に覆われているとはいえ胸元が大きく開いた服を着ているからだとか、僕と張り合えるほどの大きな胸に視線が吸い込まれそうになってしまうからだとかそういう理由ではない。僕が童貞だからってわけじゃないから。関係ないから。
「それにしてもあの子、前に会った時は人間だったわよね? 獣人に転生したの?」
「ええまぁ、元々それが目的でこの村にやって来たわけですし。お陰様で獣人にしてあげることが出来ました」
「なるほどね。無事に目的が叶ったのならそれはよかったわ」
「まったくですよ。まぁそういうわけで……ッ!」
そんな他愛もない大人の世間話をしながらも決して警戒心を緩めなかった僕は、姪に襲い来る魔の手を瞬時に予備動作から見切って動き出した。反射的に発動した≪剛体≫により限界を超えて加速して、一瞬で距離を詰めてターゲットの手首を掴む。
「えっ!?」
「はーい君は僕と遊ぼうねー」
僕が捕まえたのは、先程も姪に抱き着こうとしていた猫耳の男の子だった。コイツ今度は姪の胸に触ろうとしてやがった。とんだクソ野郎じゃねーか。そんなに胸が好きなら頭に僕の無駄にデカい胸押し当てながら抱きしめといてやるよ、硬い革の防具越しだがな。
ともかく無事に姪を守ることができたので満足しながら元居たマドレーヌさんの隣に戻ると、彼女は毛皮の上からでも表情が分かるほどにニコニコとしていた。
「ふふふ、その子はとてもヤンチャでいつも手を焼いてるのよ」
「ちゃんと教育はしっかりしてくださいよ、コイツ今とんでもないことをしようとしてましたよ」
僕は教育担当者にクレームを入れながら、腕の中で暴れる悪ガキを押さえつける。ケモショタはなんとか拘束を抜け出そうと必死にもがくが、しかし圧倒的に筋力が足りない。その程度じゃ大人は負けないんだよォ!
そんなことをしていたら、ちらほらと他の子供も僕の方にやってきた。どうやら僕の腕の中で行われているこの攻防を見て、遊んでいると思われたらしい。
「虎次郎ばっかりズルい! ぼくも狐のおねえさんにだっこしてもらう!」
「おれも! おれも!」
「はいはい、順番な。ちょっとマドレーヌさん、コイツ頼みます」
「ふふ、任せて」
仕方が無いので他の子どもたちとも遊ぶことにした僕は、かといってみすみす下手人を取り逃がすわけにもいかないので、マドレーヌさんに猫耳の男の子を引き渡す。ていうかコイツ虎次郎っていうのかよ。えらい渋いな名前。
「ほーら高い高ーい」
「あはははっ! きゃっきゃっ!」
そして集まった子供たちを順番に抱き上げ、時には高く掲げたり時には振り回す。これぐらいは元々できる程には筋力もあったはずだが、昨日習得した≪剛体≫のお陰で軽々とこなせるのは楽でよかった。本当に汎用性の高いスキルである。
あ、結局まだ姪にこのスキルのやり方教えてなかったな。あとで教えることにしよう。
それにしても、偶然なのか虎次郎と仲の良い子が集まったのかは知らないが、僕の方に来た数名の子供が男の子ばかりでよかった。いくらゲームの中とはいえ、幼女を抱き上げて遊んだりしてたら完全に事案だからな。今の僕の見た目ならば見た目の上では問題ないかもしれないが、身元を照会されたら即死である。
などと安心していたところ、1人の男の子がこの遊びに飽きたのか、思い付いたように次の遊びを提案した。
「そうだ! 狐のねーちゃん、たたかいごっこしよー!」
たたかいごっこ。なんと男の子な遊びか。おままごとやお人形遊びをして大人しく遊ぶ女の子は絶対にやらないような、幼少期から魂に刻まれた男子のノリである。姪もかなり活発な方だが、流石にそんなことはしない。
普段年下の子供なんて姪としか遊ばない僕としては、自分が幼かったころ以来の懐かしさである。どこか童心に帰ったような、そんな気分であった。
「こら、あなたたち。冒険者さんを困らせちゃダメでしょう? 女の子はそんな遊びしないの」
「あー、いいんですよマドレーヌさん。僕としても懐かしいんで、その辺は望むところです」
「あらそう? ……でも、みんなやりすぎないようにね?」
「はーい!」
「やったー!」
「早くやろ! 狐のおねーちゃんが敵な!」
「ハハハ、いいだろう。かかってこいチビッ子ども、言っとくが僕は強いぞ?」
「かかれー! こうげきー!」
「くらえー!」
「おっぱい魔獣をやっつけろー!」
「あ゛? カスが効かねぇよ」
おっと、おっぱい魔獣とか言われてつい殺気が漏れてしまったな。まぁ少しぐらいいいか。悪役の演出ってことにしておこう。
僕はポカポカと全然痛くない軽いパンチを繰り出してくる子供たちの相手をしつつ、時たま転がしたり放り投げて反撃していく。僕はいい歳した大人なので、子供相手にどれだけ一方的にやられたとしてもムカついたりしないのだ。本気で殴り返すとかは論外である。
「やれやれー!」
「たおせー!」
「そーれ仕返しだ、ほれっ!」
「わぁぁぁぁっ! きゃははっ!」
攻撃を受けては反撃の演出をし、そしてまた攻撃を受け続ける。そんな一進一退の攻防の中で、そういえばこれどうやったら決着なんだっけなという考えが頭を過ぎったが、まぁ子供たちが飽きたらその内やめるだろうという結論に至った。
それにこれは勝ち負けだとか、そういうものではないのだ。もっと純粋に、子供が楽しむ『遊び』なのである。結果だけではない、過程を楽しむことこそが遊びの本分なのだ。
幼い子供たちに混ざって童心に帰るという行為が、大人の社会で忘れていたその心を思い出させてくれたのであった。
――なお、最終的にムキになった僕が本気で勝ちに行って子供たちを転がしまくり、大人げないと非難されながら泣き出されるのはもう少しあとの話である。




