12. 猫耳少女との修行(後編)
開幕殴られたりネーミングが却下されたりと散々な始まり方であったが、とにもかくにもミィによる妖力での身体能力強化講座が幕を開けた。
「じゃあまずは仕組みの説明にゃ。これは体内で流した妖力による内からの圧力で、身体能力なんかを強化するのにゃ」
「よくわからないけど、オーラを纏って強化するみたいな感じか」
「纏うのとはちょっと違うのにゃ。あくまで体外に出さずに、内側での操作によるものにゃ。ていうか、折角スキルとして登録されたから説明文でも読んでみるにゃ?」
「あ、それもそうだね」
そういえば名前を付けてスキルになったから、説明文とかも生えてきたのか。どういうテクノロジーで効果が判定されてるんだろうなどと不思議に思うが、ゲームシステムの構築とかその辺は僕の専門の領分ではないのであまり気にしないことにした。
ともかくミィの開いたスキル画面を覗き込み、その効果を読んでみる。
≪剛体≫
消費MP:0
妖力を体内で循環させるアクションを実行している間だけ、その速度によって各種ステータスにプラス補正を得る。
残りMPが少ないほど効果が小さくなる。
発動中に敵からの攻撃を受けた場合、ダメージ量に応じてMPを少し消費する。
システムウィンドウに表示されたスキル説明文を見れば、ミィの言っていた妖力を流すという言葉の意味も理解できた。どうにもそれが発動条件であったらしい。
ていうかスキルとして登録したのがミィだからか説明文まで妖力になってるな。
「なるほど、能力値の底上げっていう分かりやすいメリットと被弾時のMPの減少がデメリットか。ていうか被弾時のMP減少ってどれぐらい減るのか分からないけどキツイな……」
「どれぐらいMPが減るのかは、今までMPなんて気にしてなかったから知らないにゃ。ていうか被弾で減るのも初耳だにゃ。でも、速度も上がってるんだから避ければいいのにゃ。そうすればMPは減らないし効果も落ちないにゃ」
「なるほど、そうやって最大MPを維持すれば一番効率よく戦えるわけか。だからミィは必要な場面以外では攻撃スキル使わずに戦ってたんだ」
「いや、それは殴った方が強いから使ってないだけにゃ」
「そういえばそうだった」
思い返せば、結果論だがミィの戦闘スタイルはこの≪剛体≫の効果に噛み合った合理的なものであった。MPを削られないように回避し、なるべく攻撃スキルを使わず、最大火力を維持しながら殴る。
一方僕はMPが溜まり次第何らかのスキルを使う都合上、最大MPで戦う時間は少ない。これでは習得できてもミィほど上手くは使えないかなと思ったが、しかし少しでもMPがあればデメリットこそあれ消費なしで恩恵を受けられるのも事実だ。覚えられるなら覚えておくに越したことは無い。
そういうわけで、システム的に目指すべきポイントも理解できたので早速練習を開始してみることにした。
「アン、身体の中にある妖力の感じは分かるにゃ?」
「まぁたぶん大体は。≪狐火≫なんかのスキル使う時とかに、謎エネルギーが内側で動いてるのは感じるし」
「きっとそれが妖力だにゃ。できるだけ速く動かしてみるのにゃ!」
「よーし……」
僕は言われた通りに妖力を身体中に巡らせる。そして速度を上げていき……ってこれ難しいな、流れを加速させたらスムーズにいかなくて肩とか四肢の関節で妖力同士がぶつかり合う。ちょっといきなり全身でやるのはキツかったかもしれない。
「ダメだにゃ。もっと勢いよく流すにゃ」
「体内で循環だとか勢いよく流すって言われても難しいんだけど、コツとかやり方とかないの?」
「やり方……やり方……うーん、こんな感じにゃ!」
「あっこれダメなやつだ」
やり方を聞かれて実践して見せるミィを見て僕は悟った。コイツ他人に教えるの苦手なタイプだわ、と。
「こう言っちゃ失礼かもしれないけど、ミィに教えて貰うよりはwikiとか見ながら自力で覚えた方が簡単そう」
「にゃっ!? そ、そんなことないにゃ! 実践して見せてくれる師匠がいた方が早く覚えられるに決まってるにゃ!」
「でも実践しか見せてくれないし」
「そこは……見て盗むのにゃ!」
「職人かな?」
まぁ魔力や妖力の流れは体感的なものなので、口頭で説明するのもwikiを読んで理解するのも難しいのだろうとは思う。だからこそミィの言うことにも一理あるのだが、しかしそれでも少しぐらいの解説は欲しかった。
「ただ結局、今のところこれはミィがこのゲームでも使えるって見つけただけだからwikiには載ってないのにゃ。現状では習得するにはミィから習うのが一番早いと思うにゃ」
「ああそっか、スキルの名前も無かったんだしこれも他ゲー知識か」
「まあ、そんなところだにゃ。名前的にこのゲームと互換性ありそうな世界で使えた技が、なんかそのまま使えたのにゃ」
「それ大丈夫なのか……? バグだったりしない?」
「このゲームの成り立ちとかを考えれば普通だにゃ」
「うーん、ならいいけど」
詳しい事情までは聞くのが面倒だったので深く追求しなかったが、恐らく同じ会社が作っていた前作とかなのだろう。それならばこの『リンクリアルオンライン』でも同様の手順でスキルを習得できてもおかしくはない。リソースの使い回しは経費削減に大きな効果を上げるのだ。
それはさておき、僕はとりあえず修行に集中した。結局その方法としてはミィの妖力の流れを参考になんとか真似しながら、自分に合わせて手探りで調整していくこととなった。見て盗む作戦である。
時たまミィからの的確な指摘は飛んでくるが、的確ではあるものの……あくまでも的確に問題点を指摘するだけなので、どうやって解決するのかは分からない。ミィ自身がスキルなどを感覚で扱うタイプなだけあり、そこから来る指導はお世辞にも良いアドバイスとは言い難かった。
「こうか!?」
「妖力に乱れがあるにゃ!」
「こうか!?」
「まだムラがあるのにゃ!」
「これでどうだ!?」
「股のとこから妖力が漏れてるのにゃ!!」
だが僕は無理な注文をなんとかこなしていき、トライ&エラーの精神で何度も挑戦し続けた。
その不屈の精神の力の源は、ただただ姪に教えてあげたい一心である。僕がミィから習得できるならばそれはこの技術が他人に教えられるということであり、当然姪にも教えられるはずなのだ。それならば姪の強化にもなるし、姪に直々にレッスンをつけるというとてつもなく心躍るイベントが発生するのだ。姪ガチ勢である僕が本気にならないわけがなかった。
その結果、日付が変わる少し前ぐらいにはなんとか形になってきた。まだまだ実用には心許ないが、粗方の基礎は習得できた感じだ。あとは実践で少しずつ慣らしていけばいいだろう。よくやった僕。
「アンはなかなかスジがいいのにゃ、それに案外根性もあるにゃ。まさか数時間でここまで出来ると思わなかったのにゃ」
「はぁ、はぁ……そりゃどうも」
「あとは少しだけ組手をして終わりにするにゃ」
「……ほう?」
精神的な疲労による状態異常エフェクトである息切れを整えながら、僕はミィの言葉にピクリと反応した。
組手か。なかなか修行らしくなってきたじゃないか。僕の中の少年の心がワクワクしてくる。
「最初は軽く行くにゃ」
「よっし、久しぶりにやるか!」
組手など20年以上前にキッズ空手教室で嗜んで以来である。久しぶりの組手で気合が入る。
いや、これから始める組手はあの時とは事情が違う。なにせ指導や稽古ではなく、修行のメニューとしての組手なのだ。修行っぽいというそれだけで男心がくすぐられ、否応でもテンションが上がってしまう。
僕は組手に備え、まだぎこちない部分もありながら妖力を流して身体を強化しながら構えた。
「始めにゃ!」
「いくぞっ!」
そして師範の合図と同時に組手が始まる。先手を取って放った僕のジャブは腕で防がれてノーダメージ、続けて連携した右ストレートは見切って避けられた。どちらもミィが妖力で強化しているが故の防御と速度である。流石は元祖なだけあって、練度が違う。
とはいえしばらく打ち込んでもミィはあまり反撃せず、たまに手加減して攻撃してくる程度だった。その辺りは僕の今の不慣れさに合わせてくれているようだ。
「ドララララ!」
「にゃははは! 効かんにゃ、当たらんにゃあ!」
「そこっ!」
「踏み込みが甘いにゃ!」
「でりゃあああっ!!」
「隙ありだにゃ!」
「ぐへぇっ!?」
と油断していたら大技の隙に思い切り反撃されてしまい、僕は顎に強烈なアッパーを喰らって吹っ飛ばされた。見るからにダメージが抑えられていたので防御力が上がっていることは実感できたが、それでも未だミィの攻撃力と防御力に比べればほど遠い完成度だ。もっと精進しなければ。
「まだまだ!」
「来いにゃ!」
だが空中で体勢を立て直した僕は普段よりも軽い身のこなしで着地し、素早く反撃に転じた。僕の攻撃とミィの防御がぶつかり合う度に重い打撃音が響き、この小さな身体が見た目以上の破壊力を発揮していることが伺える。
そんな攻防を繰り返している内に、徐々に組手の激しさが落ち着いてきたので終了とした。お互いに何度も攻撃を受け続けたため、MPが減ってきたのだ。
「ふぅ、やっぱ避けないとダメだわこれ。被弾時のMP減少がツラすぎる」
「なるほどにゃぁ、MP減るとこんな感じなのかにゃ。長いこと使ってて知らなかったにゃ」
「ミィが知らないのはおかしくない?」
「おかしくはないにゃ、今までは攻撃なんてほとんど全部避けてたにゃ。それにこのゲームだとなんかMPの減りがメチャクチャ多いだけだにゃ」
「そっか、組手だから結構受けてくれてたけどミィって基本は回避だもんね。それに今までとのゲームバランスの違いの問題もあるか」
言われてみれば昨日の転生クエストでの連戦を思い返しても、ミィがまともに攻撃を受けている場面はほとんど無かった。大体の攻撃は軽く避けていたように思う。
それにしてもこのスキル、被弾時のMPもそうだが残りMPが少ないと効果が下がるというデメリットの方が思ったより大きかった。満タン時の強化値はかなりのものだがMPが10を切る頃には微々たるものになってしまうのだ。とはいえフルパワー時の補正が強すぎるので、それでも他の一般的な能力強化スキルより少し劣る程度の性能はあるのだが。
「まぁなんにせよ今日はもういい時間だし寝るかな。明日は平日で朝も早いし」
「にゃ、もうそんな時間にゃ? じゃあ終わりにするのにゃ。それと今日の組手はミィの勝ちだにゃ!」
「ん?」
僕は一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し考えてすぐに理解した。今回組手を終えたのは、僕のMPの方が少なくなりすぎたからなのだ。つまりミィの方がより多くのダメージを与えたのでミィの勝ち、ということなのだろう。
試合形式の組手ならばまだしも、僕の修行をつけるために手加減して打ち合ってくれてるミィが相手では実質勝ち負けなど無いようなものである。本気でやり合えば僕に勝ち目など無いのだから。
だがしかし負けず嫌いなミィは自分の中で勝ち負けを気にしていたようである。そっちの匙加減次第なんだから意味ないのに、と若干苦笑しながらもある意味ミィらしいなと微笑ましく思いつつ言葉を返した。
「ハハハ、まぁミィの方がHPもMPも多く削ったからね。結果だけ見れば確かに勝ちだと思うよ。僕としては初心者なりに頑張ったから僕の方も実質勝ちみたいなもんだけど」
「にゃ? 何を言ってるのにゃアン、頑張ったから実質勝ちなんてものは無いのにゃ。頑張りなんて過程はどうでもいいにゃ、結果が全てだにゃ」
「ミィは子供だなぁ、勝ち負けなんてどっちが勝ちか決めないといけないわけでもないじゃん。僕は勝ち負けにはこだわらないからどっちも勝ちってことでいいけどね」
「こだわらないのならミィの勝ち、アンの負けでいいのにゃ。これは与えたダメージを見ても明確な結果なのにゃ」
「いやそこはミィが肉弾戦や妖力の扱いに慣れてることのアドバンテージが大きいからね、それを差し引けば引き分けぐらいじゃないかな?」
「はー、アンは随分と負けず嫌いな子供なのにゃ。素直に負けを認めたらどうにゃ?」
「は? 負けず嫌いなのはそっちの方だが? ていうか今回のは組手っぽくするために僕も本気じゃなかったし? 最初から勝とうと思ってやってれば負けないが?」
だが僕たちの意見は決して相容れなかった。
分かってはいたけどこいつメチャクチャ負けず嫌いだな。僕は大人だから両者勝ちでいいじゃんと思うのだが、ミィはどうしても僕を負けにしたいらしい。別に僕は寛大な大人なので負けでも構わないが、だからといって他人に負けを強要するようだと将来ロクな人間に育たないぞ。あとここまではっきり敗北を宣告されるのは僕の男のプライドが許せねぇ。
ここはひとつ、あまりワガママを言うとどうなるか理解らせてやる必要があるだろう。
「アンはおかしなことを言うのにゃ。妖力での身体強化を今日まで知らなかったルーキーが、今まで長年使い続けてきたベテランのミィに勝てると思うのにゃ? 片腹痛いにゃ」
「僕のゲーマーとしてのポテンシャルを舐めるなよ? 今の状況で初心者の僕に負けた時の言い訳に最適な、ビギナーズラックって言葉があることを感謝するんだなッ!」
そしてどちらからともなく動き出し、先程より更に激しさを増した組手が幕を開けた。
もはや組手と言うには激しすぎて殴り合いのガチ喧嘩に近い物であったが、それでもHPやMPが減ったら回復するまで休憩を挟んで再開するあたり、2人とも冷静さは失っていなかったと思う。
……いや、冷静さは少し失っていたかもしれない。
本気を出したミィを前にして僕は一度も勝てることなく、最終的には女子小学生に馬乗りで殴られ続けたことで虚しくなって我に返ったが。
結局その日は翌日の仕事のことなど忘れて、寝る予定の時間を大きく過ぎた深夜遅くになるまで勝てない戦いを挑み続けたのであった。




