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8. 子供服売り場


 クレープも食べて満足した僕たちは、ようやく本来の目的である買い物を開始した。


 まず最初に購入したのは、広いショッピングモールをスムーズに歩き回るための靴である。歩きやすさを重視してスニーカー、その中でも可能な限り僕の精神にダメージを与えないよう比較的男女兼用デザインと言えなくもなさそうなものを選んだ。

 ちなみに普通に男女兼用や男子用でカッコいい良さげなものもあったのだが、僕が気に入ったものは(ことごと)く姪に却下されたので最終的にかわいさの許容範囲ギリギリを攻める企画となった。結果として白いスニーカーだが靴紐と(かかと)部分が薄ピンクになってしまっている。どうしてこんなことに。


「うふふ、かわいい靴が買えてよかったわね」

「よくないですよ。まったく他人事だと思って……」

「他人事だもの」

「ぐぬぬ……まぁそうですけど……」


 サラさんとそんな会話をしていたところで、次の店に行くのが待ちきれず先行して走り出した姪が戻って来た。どうやら自分だけ先に行きはしたものの、僕たちの到着が待ちきれなかったらしい。


「はやくはやくー! いい服売り切れちゃうよ!」

「売り切れないよ。急がなくても服は逃げないからゆっくり歩こ、ね?」


 そう、服である。次なるターゲットは服なのだ。

 現状ではまともな服が今着ている1セットしか無いため、最低限ズボンの確保はマストなのである。パーカーはサラさん製の特注なのでどうにもならないが、可能ならもう少しサイズの合うシャツも買いたい。仕方が無いので我慢しているが男物だと首元が緩いのだ。


 しかしゲーム内の防具屋で着せ替え人形にされた時のこともあるので先行きは不安である。あれが現実で繰り返されるのかと思うと、思わず買ったばかりのスニーカーを履いた足取りも重くなる。

 とはいえそんな僕の心情には一切の容赦なく、僕たちは子供服売り場に到着した。


「よーしかわいい服いっぱい着せるぞー!」

「腕が鳴るわね」


 早速2人が不穏なヤル気を見せ始め、僕は諦めの境地に達する。抵抗は無駄だ。主に姪のお願いに対して、勝てる気がしない。


 だがおとなしく着せ替え人形になるしかないかと諦めていたところで、僕は思わぬ肩透かしを喰らうこととなった。


「合うサイズが無いわね……」

「これとか、ギリいけないかな?」

「入ることには入るだろうけど。逆に胸のところ以外がダボダボね」

「ぐぬぬ……」


 そう、この体型に合う服がないのである。思えばブラにしても花村さんの店が特殊なだけで、他では手に入らないだろうと言っていた。それは服にしたって同じことで、ショッピングモールのテナントでしかない子供服売り場で買えるわけがなかったのだ。


「仕方ないわね……上は婦人服売り場で探すことにしましょう」

「んー、小さいサイズあるかなぁ?」

「大人でも小柄な体格の人はいるから。無いことは無いと思うわ。……ピッタリのサイズとなると、やっぱり厳しいでしょうけど」

「だよねー。ゲームなら勝手に身体に合わせてくれたのになぁ」


 姪の言う通り、確かにゲームの装備はサイズの自動調整で僕の身体にも常にピッタリである。それに尻尾の穴だって勝手に開いたり塞がったりする。思わぬところでゲーム世界の利便性を思い知らされることとなったが、しかしワンボタンで着替えられるゲームと現実を比べるというのも無理のある話だ。


「しょうがないか、じゃあ上は諦めて下だけでも行っとく?」

「そうね。ズボン(パンツ)の試着は尻尾の都合で無理だから、スカートを穿かせて遊びましょう」

「ん、そだね」

「今遊ぶって言いました?」

「気のせいよ」


 それでもめげない2人は、なんとしてでも僕を着せ替え人形にして遊ぶつもりらしかった。パーカーとTシャツが自前のもので固定なんだからもう諦めてくれればいいものを、ものすごい執念である。


「ていうか、僕としてはスカート嫌なんだけど」

「大丈夫よ。心配しなくても間違いなく似合うわ」

「そういう問題ではないです。まず男の僕にスカートを穿かせたいっていうのが理解できないんですけど」

「ん? あんちゃん女の子じゃん」

「そうだけどそうじゃないっていうか。中身が男だから、スカートには抵抗が……」

「ゲームでいっぱい試着してたじゃんいけるいける」

「あら、そんな楽しそうなことしてたの? 羨ましいわね」

「代わりに今日いっぱい楽しもうね!」

「うふふ、そうね」


 予想通りというか、僕の意志はもはや関係なかった。

 かくして僕は試着室へと押し込められ、運ばれてきたスカートを穿くだけの存在にされてしまった。今は2人が選んだものが運ばれてくるのを待っている、出荷待ちの家畜のような気分である。

 まったく、買いもしないスカートなど試着して何が楽しいと言うのか。いや、買うならいいというわけではないのだが。


 そんなことを考えながら少し待っていると早速、良い笑顔の姪が最初のスカートを持って試着室に入って来た。


「穿き方わからないかもしれないから、最初はスカートの穿き方教えたげるね!」

「そっそれは流石に」

「大丈夫大丈夫! 女の子同士だから恥ずかしくないって!」

「いやそうじゃなくて……いやそれもあるんだけど……!」


 20歳年下の姪にスカートの穿き方を教わるというのは行為として普通に恥ずかしいのだが、それを抜きにしても少なくとも今だけは姪の前で着替えることはどうしても避けたい理由が僕にはあった。

 とはいえその理由を説明するのも出来れば避けたいが、どうにか上手く丸め込めるだろうか。


「ダメなの……? あたし、あんちゃんに教えてあげられるって思うと嬉しかったのに……」

「スカートなんて実際に穿いたこと無いしちょうどよかった。よろしくね、るぅちゃん!」

「……うん!」


 しかし役に立てると思ったのに断られた姪の悲しそうな顔を見たら、つい反射的に手伝ってもらうことを了承してしまった。内心しまったと後悔するが、悲しそうな表情から一転して笑顔になった姪を前にしては今更取り消すこともできない。


「じゃ、さっそく脱いで」

「うっ……うん」


 思わず着替えの手伝いを了承してしまった数秒前の自分をぶん殴りたくなるが、恐らく今もう一度同じことがあれば今の僕も同じように二つ返事で手伝ってもらうことになるだろう。過去でも今でも僕は僕である。姪には勝てない、その絶対的な事実は変わらないのだ。


 そして穴から尻尾を抜き出してからズボンを下げることで、その姪に見せたくなかったモノが露わになった。


「えっ……ちょ、ちょっとあんちゃん? これって……」

「いやその……これには事情が」


 それは借りていいと言われたから借りて穿いた、姪のパンツ。

 ただしラインナップの中で一際の異色を放っていた、黒のレースが付いた限界ギリギリのローライズな勝負下着であった。


「いやほら尻尾がさ、尻尾があるからさ? 他のパンツは穿きづらかったから、ローライズのこれしか実質選択肢がなかったというか」

「う、うーんまぁいいんだけど……これ穿いたんだ? なんかこう……見た目がすごいことになってるよ」


 姪の言う通り、下着の見た目に加えて身体の幼さが合わさって、その見た目はすごいことになっている。持ち主であるはずの姪も引き気味である。

 チラリと試着室の鏡の壁を見ればそこには、隠すべき箇所はなんとか隠せているもののただでさえ狭い布面積が透けてたりレースになっていたりと、かなりとんでもない見た目の危ない下着を身に着けたロリ巨乳狐娘が映っていた。

 姪のサイズに合わせた下着であるがために、今の僕のこの身体では尻周りが少しキツイのも問題だ。大して気になるほどではないとはいえ、脚の付け根の辺りにゴムが僅かに食い込んでいる様子も中々に絵面がヤバい。


 そんな見た目の女物の下着を穿いているところを、姪に見られるというのもなかなか精神的に厳しいものがあるのだが。どちらかというと、そんな下着を持ち主の目の前に持ち出すことへの気まずさの方が今は勝っていた。


「……るぅちゃん。ちなみになんだけど」

「ん? な、なに?」


 流石の姪も、自分の勝負下着を他人が穿いているのを見せつけられることには気まずさを感じるのか、若干よそよそしくなって僕の顔を直視できないでいる。その視線はやや下を向いて……あっ違うわこれ視線の先はパンツだわ。動揺しながらパンツ見てるだけだわ。何ならたまに鏡経由で別アングルもチラ見してるわ。


 とはいえそんな気まずさの中でも、僕にはどうしても聞かなければ納得できないことがあるのだ。僕はその気になることについて恐る恐る聞いてみた。


「なんでるぅちゃん、こんなの持ってたの……? それに僕の家に置いてあったのも謎なんだけど……」


 それは聞かない方が良かったことなのかもしれない。聞くことによって却って気まずくなるかもしれない。

 だが僕は、どうしてもそれが納得できなかった。こんな物を一体誰の為に穿くつもりだったのか。僕の家に置いてどうするつもりだったのか。藪蛇だと分かっていても、しかし問いたださずにはいられなかった。


 もしも彼氏のためだとか言われたらと思うと気が気ではない。緊張で胸の鼓動が早くなり、喉がカラカラになりながらもようやく聞くことができたのだが、しかし僕のその覚悟はなんだか空回りに終わった。


「あーうん、それなんだけどね。実はママから貰ったやつで」

(ママ)からか……まぁそうなるな」


 姪のママとは、叔父である僕の姉である。

 まだまだ子供な姪がこんな下着を自発的に買うとも思えないので、入手経路としては納得できる方だ。



「なんか『好きな男と寝る時はこれを穿けばいい』って言ってたから。よくわからないけど、次あんちゃん()でお泊りした時に穿こうと思って置いてたんだけど」

「なっ……なるほどなるほど」


 僕はなんとか表情を崩さないように気を付けながら相槌を打つ。とんでもないことを小学生に教える姉への怒りと、好きな男に自分が該当していたことへの喜びが入り混じって頭がおかしくなりそうだ。

 まぁ一応分かってる、この好きというのはラブではなくライクな感じの好きだというのは分かってる。それでも最愛の姪から好きだと言われたら嬉しいに決まってるのが叔父というものである。油断すると気持ち悪い笑顔が漏れ出しそうなのでなんとか表情筋を総動員して抑え込む。


 それと並行して、僕は頭をフル回転させてこれらの情報から推理する。導き出すのは姪の言葉により語られることのなかった、僕の知りたい情報である。導きだせなかったとしても次の質問を的確にするための足掛かりとして活用する。


「るぅちゃん、その好きな男って多分彼氏とかのことだと思うけど……クラスで好きな男子とかは? いる?」

「えっなに急に恋バナ? んーでも好きな男子とかいないしなぁ」

「っしゃあ!」

「あんちゃん?」


 しまった、思わず声を上げながらガッツポーズしてしまった。苦し紛れに何のことかなととぼけて誤魔化す。なんとか誤魔化したのだが、しかし洞察力の鋭い姪には僕の考えなど僅かなリアクションから見透かされていたようで。


「心配しなくても、あんちゃんのことが一番大好きだよ!」

「るぅちゃん……!」


 一番大好き。その僕が最も欲しかった言葉が姪の口から出てきたことで、僕は喜びに打ち震える。

 だが思わず感動から姪を抱きしめようとしたところで、邪魔をするかの如くカーテンが勢いよく少しだけ開いてサラさんが顔を出した。


「アンちゃんまだなの? 穿かせたいスカートは沢山あるんだから……って、すごいショーツ穿いてるのね」

「あっ!? ちょ、な、なに見てるんですか! 変態!」

「どちらかと言えば、今変態チックな下着を穿いているのはアンちゃんだけど」

「うぐっ!?」


 僕が咄嗟に投げた言葉での反撃も一瞬で跳ね返され、精神に大きなダメージを負ってその場に崩れ去る。

 そのまま抵抗する気力をすっかり失ってしまい、僕はしばしの間やりたい放題に着せ替え人形として遊び倒されるのであった。


 ちなみに僕に様々なスカートを穿かせまくって満足した2人と共に子供服売り場から離れた後に、主目的であるズボンを買ってなかったことを思い出して戻ってくることになったのはもう少し後の話である。


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