6. 女の子用は、とても高い
初対面の女性に測られたり姪に揉まれたりと色々あったものの、僕は無事に買い物カゴいっぱいの女性用下着を手に入れた。
もちろん選ぶ過程で僕以外の3人が盛り上がったため、このラインナップに僕の意見はほとんど反映されていない。僕としてはもっと実用性重視でシンプルなデザインで良かったのだが。特にこのフリフリとかレースとかついてるやつ、見えないところなのにこだわりすぎだろ。邪魔じゃん。
まぁそれも多少無駄だという程度で、よっぽど邪魔になることはないのがせめてもの救いか。流石に実用面に支障が出るほどの装飾などは無いので、これぐらいならギリギリ構わないだろう。
「じゃあお会計していくね~」
「はい、お願いします」
そして今は支払いのためにレジにやってきたところだ。所持数ゼロから揃えたのでブラとパンツをそれぞれ10枚ほど、それに用途不明のキャミソールや寝る時にだけ着けるナイトブラなんてものなどもいくつか買わされた。結果的にかなりの量になってしまったので、値札は見てないが痛い出費になりそうである。
「ん~、やっぱり結構な額になりそうだけど、お金の方は大丈夫かなぁ~?」
「うわぁ、あんちゃんヤバいよこれ。ピッってする度にどんどん値段あがってくよ」
「いやそりゃ買い物してるんだから当たり前……なんだこれ!? 合計金額の上がり方おかしくない!?」
「ブラはね、高いのよ。まあ……ここまで高いとは私も思ってなかったけど。調子に乗って選びすぎたわね」
直前に痛い出費だぜやれやれとか思っておいて何だが、痛い出費で済む話ではなかった。最終的に合計金額は10万9060円。痛みの感覚が無くなるほどの致命傷である。
「あの、花村さん。金額おかしくないですか? これ、消費税400%とかになってませんか?」
「ごめんねぇ~、数が数だからね~。それにアンちゃんのブラのサイズは、ウチの店だから在庫があったけど普通は特注だからね~」
「普通の店ではね、J60のブラなんて扱ってないのよ。花ちゃんの店は胸が大きい人向けの商品を中心に取り揃えてるから、なんとかあったけどね。でも正直私もこんなマニアックなサイズまで取り扱ってると思わなかったわ」
「わたしも自分で仕入れといて言うのもどうかと思うけど~、売れると思わなかったなぁ~」
「なっなるほど……」
どうやら僕が思っていた以上に、僕の下着は希少で高価なものだったらしい。確かに小学生の体格でJカップだなんてそうそう居ないだろうな。むしろこの店で取り扱っていたということが奇跡のレベルである。
ちなみにサラさんの言ったJ60というのは、アンダーバスト60cmでJカップの体型を対象にしたブラという意味だそうだ。これはさっき覚えさせられた。
ただし日本人ではC70とかB70が標準的な体型らしいので、J60という異常な数値は日常生活ではまず出番の無い言葉だとのことだが。
「けどこれは流石に高すぎるんで、半分ぐらい戻しますね」
「うん~、それがいいと思うよ~」
「ま、仕方ないわね」
というわけで僕は買い物カゴからいくつか買わないものを選び始めた。この際なので高い物から優先して戻すことにする。
下着の数が5枚というと少ないかもしれないが、パンツの数さえ揃えておけばどうにでもなるだろう。まぁパンツの方はそこまでメチャクチャに高いわけでもないのであまり減らすつもりはないが。
「まずはこのレースとかついてる如何にも高そうなやつ」
「えー、それあたしが選んだやつなのにー……」
「……は、買うとして」
「やった!」
「相変わらずるなちゃんに甘いわね」
「ふふふ、かわい~」
外野はうるさいが姪はかわいいのでまぁ良しとする。
それとカゴから出そうとしてやめたレース付きのブラが値札に9800円とか書いてあった気がしたが、気にすると精神衛生上よくないので見なかったことにした。代わりに他のブラやパンツなどを高い物から優先的にいくつか取り除いていき、最終的にブラは4枚まで減らした。
流石にここまで減らせば大丈夫だろうと、再び花村さんにお会計をお願いする。果たしていくらになったのか。お安くなっていればいいのだが。
「これだと5万2200円だね~」
「おぉー、半額以下だ! すごい安くなった!」
「待ってるぅちゃん、元がメチャクチャ高いからこれでも結構な額だよ!?」
「ま、諦めなさい。多少は仕方ないわ。女の子の下着は高いのよ」
「まぁ……はい」
とはいえこれ以上は減らすわけにもいかない。あまりに下着の枚数が少なければ日常生活に差し支えてくる。いくら本心で買いたくなくても買うしかないので、僕は渋々この金額での支払いを決めた。
「あ、カード使えますか?」
「うん、大丈夫だよ~」
僕はリュックの外ポケットに入れていた革の長財布からクレジットカードを取り出し、花村さんに手渡した。そして暗証番号を入力する機械に慣れた手つきで0512と入力する。ちなみにこれは姪の誕生日である。
「ついでに領収書も切っときましょう。ワンチャン経費で落ちるかもしれないわ」
「無理ですよ流石に。経費を何だと思ってるんですか」
「福利厚生でしょう?」
「違います」
出張費や事務用品であればまだしも、女性用下着を経費で落しただとかいう話は聞いたことが無い。僕がその手の事情に疎いだけというわけでもないだろう。
あっでも芸能関係とか衣装が必要な仕事だったらいけるのか? まぁウチの会社はその辺一切関係ないので恐らく無理だが。そもそもその領収書を渡される社長の身にもなってやってほしい。
なにはともあれ僕は、無事に目当ての物は買うことができたのだ。予想よりも随分と高くついたが仕方ない。
「じゃあアンちゃん、試着室にいこっかぁ~」
「……はい」
そして支払いも済んだので、残念ながら予想通り購入したブラをここで装備していくこととなる。僕は今までの身体であれば着けただけで変態扱いされていたブラジャーというものをこれから着けることに対して複雑な心境になりながらも、花村さんと一緒に試着室へと入って行ったのだった。
数分後、僕は初めてのブラジャーに少し感動していた。なんだこの安定感。胸の重量による負荷も僅かながらではあるが肩や背中に分散してくれている気がする。こんな便利なものがあっただなんて。
今までは女性用下着なんて服の下の最終防衛ラインで裸体を隠すだけの存在としか思っていなかったが、この機能性を知ってしまえば僕の中でのブラジャーの評価が爆上がりだった。お前良いヤツだったんだな。
なにはともあれ随分と長居してしまったが、目的も果たせたので僕たちはランジェリーショップとかいう超高難易度ダンジョンをあとにした。裏口まで見送りに来てくれた花村さんが穏やかな笑顔で手を振り、姪も元気にそれに応える。
「また来てね~」
「ばいばーい!」
僕もなんだかんだで色々とお世話になったので、最後に振り返って軽く会釈してから再び歩き出した。
これからまた車に乗り、ようやく本来の目的地であるショッピングモールに行くのである。
それにしても、僕の気分は憂鬱であった。
「暑い……」
そう、今は夏。だというのに僕は、ブラジャー・キャミソール・Tシャツ・パーカーと4枚も重ね着しているのである。パーカーは狐耳を隠すために仕方ないとはいえ、暑苦しすぎであった。
「我慢しなさい、男の子でしょ」
「男の子だから嫌なんですよ。ていうか何なんですかキャミソールって、言われた通りに着てはいますけど何の意味があるんですか」
「透けブラ防止にかなり効果があるわ」
「あー……それは要りますね」
「へーそんな理由だったんだ」
「るぅちゃんは知ってるべきでは?」
僕は便乗して初耳なリアクションを取る姪にツッコミを入れたが、しかしよくよく話を聞いてみればそういうことでもないらしい。
「前から肌着に使ってたし、特にそういう目的とか考えたこともないや」
「そういえばそっか。当たり前だけど僕とは使ってきた経緯が違うもんね」
「司くんはブラどころかキャミとショーツも今日からのデビューだものね」
「いや、今までもパンツは穿いてましたよ。ノーパンだったのはここ2日だけです」
「でも男用と女用は違うでしょう?」
「それは、まぁ」
確かに勝手は随分違う。材質や形状はもちろん、ピッタリと貼り付くような履き心地は特に違いを感じる部分だ。
いや、このフィット感はパンツに依存するのではなく僕の身体の方からあるべきものが無くなったからなのかもしれないが……とにかく別物だと言っても問題ないのは間違いなかった。
そんな正直野外でするにはどうかと思う内容の会話をしながら、僕たちはサラさんの車へと乗り込んだ。当然僕と姪は後部座席である。
「あ、サラさんにばっかり運転任せてちゃ悪いですかね? 僕がドライバー代わりましょうか?」
「気持ちはありがたいけれど、今の司くんじゃ車の運転には身長が足りてなくて前が見づらいんじゃないかしら? それにアクセルとブレーキに足も届かないんじゃない?」
「いやーすみません、こんな身体になってなければ手伝えるんですけどねー」
「あと今のあんちゃんだとおっぱいでクラクション鳴らしちゃいそう」
「そこまでデカくはないよ!?」
そんな僕の提案にサラさんは冷静な状況判断で返してくれたが、当然ながら運転経験の無い姪の方は巨乳に対する酷い偏見のイメージでしかなかった。シートからハンドルまでどれだけ距離あると思っているのか、いくら僕が慣れない身体だとはいえ胸でクラクションを押すようなことは流石に無い。せいぜい前をよく見ようと前のめりになった時に鳴らしてしまう程度であろう。ダメだわ鳴らしてるじゃん。
「そもそもあんちゃん、免許持ってないでしょ」
「うん」
だが最終的には僕の事情をよく知る姪から根本的な問題点を指摘されてしまい、カッコつけて運転手を気遣うような発言をしてみただけの僕は黙らされてしまったのだった。




