3. 変装セット
「さて、と。それじゃああんちゃん、ここからが本題です!」
僕がロリ巨乳狐娘になってしまった原因についてはいつか話すと約束した後、頃合いを見て姪がようやく本題を切り出した。ここまで状況がごちゃごちゃしすぎていたので仕方ないのだが。
「あんちゃんが困ってたらダメだって思って来てみたけど、やっぱり服が無くて困ってたじゃん? で、服が無かったら外にも出られないから、買い物にも行けなくて困るじゃん?」
「確かに服は無いけど……でも、一応るぅちゃんがこっちに置いて行ったやつを借りれば――」
「服、無いよね?」
「はい。服が無くて困っています」
服を借りるというのは名案かと思ったのだが、言い切る前に即座に却下されてしまった。姪のまるで威嚇する野生のレッサーパンダの如き威圧感に気圧されて、僕は主張を撤回せざるを得なかった。
……まぁしかし、ちゃんと合う服が無いのも事実だ。姪の服を借りて着るには、僕の身体は胸とお尻が大きすぎるし。それに尻尾の問題もある。
「服が無いなら買いに行こう! というわけで、今日はお買い物に行きたいと思いまーす!」
「おぉ、それはすごい助かる! 外に出られない僕の代わりに買い出し行ってくれるってことだよね?」
「ちがうけど」
「えっ」
うん? どういうことだ? 買い物に行くって今言ったよね? 行くのか行かないのかどっちなんだ? ……それともあるいは、僕と関係ない買い物に行くだけ?
そうやって困惑していたら、眩しいほどに満面の笑みを浮かべた姪がワクワクしながら説明してくれた。
「当然あんちゃんも一緒だよ! 一緒にお買い物の方が楽しいに決まってるじゃん!」
「あっそういう!? いやでもいけるかなぁこの見た目で……!」
嬉しそうな姪に反論するのは心苦しいが、この耳と尻尾で買い物に行くのは厳しいところがある。見た目年齢を考えれば子供がコスプレをしている微笑ましい光景に見えるかもしれないが、僕としては微笑ましく見られるというのもそれはそれで精神的にキツイ。
と、二の足を踏んでいたのだが、そんな僕の思いは杞憂に終わった。
「大丈夫! ちゃんと用意してきたから、変装セット!」
「変装セット……?」
「これよ」
姪に言われてサラさんが大きなカバンから取り出したのは、1着の前開きパーカーだった。白地をベースにシンプルな赤の装飾が施されているようだ。サイズは恐らく姪の服と同程度。
というか実際に用意してきたのはサラさんなのか。発注したのが姪なのかもしれないが。
「おぉー! これがあんちゃんの変装服……見てみていい?」
「ふふ、いいわよ」
「わぁ、ちゃんと耳の形になっててかわいい!」
「耳の……? あっホントだ! フードがケモ耳型になってる……!」
「うふふ、自信作よ」
「自信作って……えっ? これ自作なんですか?」
「ベースは既製品だけどね。司くんの大きな耳はどうせ隠せないから、いっそのこと猫耳フードみたいに飾りとして活用した方が目立たないんじゃないかって思ったの。それにこれなら髪色も少しは隠せるでしょう?」
それは立体縫製か何かの技術で、狐耳を入れる袋がフードに設けられた特注品だったのだ。よく見ればそこだけ微妙に材質が違うので、あとから増設された部分なのだと分からなくもないが、言われなければ分からないほどには完成度が高かった。
「すごい、いつの間にこんな……あっ、もしかして昨日ゲームにログインしてなかったのって」
「ええ、これを作ってたわ。と言っても、元になるパーカーを買ってきてあとはミシンでちゃちゃっと作れたんだけどね」
「夜にあんちゃんのこと相談してから、サラさんが1日でやってくれましたー!」
「なんか……すいません、僕のためにそんな急な仕事押し付けちゃって」
「構わないわ。今の司くんにとって必要なものだもの」
必要な物、か。
確かに必要なものではあった。これが無かったらニット帽か頭巾か何かで無理矢理耳を隠すか、付け耳として開き直っていくしかないわけだし。
しかしそれが必要だったとしても、好意でやってくれたことだとしても。だからといってこんな手の込んだもの作って貰って手放しで喜べるほど僕は子供ではなかった。相応の対価を支払うべきだろう。それが大人の世界である。
「ありがとうございます。材料費とか手間賃に、特急料金も乗せて支払いますよ。色も付けとくので今度おいしいものでも食べに行ってください。おいくら万円ですか?」
「いいのよお金なんて気にしなくて」
「や、でもそういうわけには」
「だってお金なんかよりも身体で払って貰った方が嬉しいもの」
「それ絶対ロクなことにならないですよね!?」
そんな僕の反論は適当に流して、サラさんは次の変装グッズを取り出した。赤い円筒形で、縦長のリュックサックである。
抗議を受け流す涼しい表情からして、どうせこれ以上の追求は無駄だろうということは簡単に想像できるので、僕も無駄に食らいつかず次の品へと話題を移した。
「これは?」
「尻尾格納用リュックよ。背負った時にお尻の辺りに来る、ここの穴から尻尾を入れられるわ」
「神アイテムかな?」
始め見た時はリュックなど何の意味があるのだろうと思ったが、予想に反して有用なアイテムだった。これさえあれば絶対にズボンやスカートに隠し切れないであろう大きな尻尾でさえ隠蔽できるのだ。何ならゲーム内にも欲しいぐらいである。
「おぉーあたしの注文通りだ!」
「るぅちゃんの?」
「ええ。リュックに穴を開けようっていうのは、るなちゃんのアイデアなのよ」
「そうだったのか!」
流石は子供の柔軟な発想力といったところか。しかも僕のことをよく分かっているので尻尾を隠したいというニーズにもバッチリ対応していた。これだよこれ、こういうのが欲しかったんだよ。
「あとあたしからはこれ、スウェットのズボン。あんちゃんにあげるから尻尾の穴開けていいよ」
「くれるって……いいの? るぅちゃんのなんでしょ?」
「あんまり使ってないしいいよ。何ならあんちゃんが代わりのやつ買ってくれればそれでいいし」
「それもそっか」
「ていうか、身長伸びてそろそろ短くなってきたし。ちょうどいいし、あげようかなって」
「……それもそっか」
最後のこれに関しては、スウェットなら伸縮性もあるのでサイズに融通が利くし、なにより穴を開けていいズボンが貰えたのは助かるのだが、サイズが合わなくなった姪のお下がりというのは複雑な心情であった。そういえば僕の方が背低いもんな。そうなるわな。
「用意した変装グッズはこれで全部だよ。とりあえずこれだけあればお買い物も行けるでしょ?」
「うん、これなら問題なく行けそうだよ。るぅちゃん……サラさんもだけど、僕のためにありがとう!」
「えへへー、よかったぁ。一緒にお出かけしたいもんね!」
家から出られないという一番の懸念事項が解消され、僕は安堵と感謝から姪に抱き着いた。それに対して片手で抱き返しながら、もう片方の手を頭にやって耳を撫でてくる姪の所作は最早感心するほどに手慣れたものであった。
「じゃ、早速着替えてみよっか。ちゃんとパンツも穿いてね、あたしのやつ借りていいから」
「うっ……穿くけど、いいの?」
「いいのって? なんで?」
「……まぁ、いいなら貸してもらうけど」
「パーカーの下に着るシャツはるなちゃんのじゃ入らないだろうから、司くんの自前のを着てもらうことになりそうね。なるべく丈の短いのを選んだ方が良いと思うわ」
「ですね。ちょっと着替えてきます。時間かかりそうなんで適当にくつろいでてください」
「実家と思ってくつろいでおくわ」
「そこまでくつろがなくていいです」
僕は着替えるために変装セットを持って、寝室の方へと移動して仕切り戸を閉めた。
というのも衣類はまとめてこっちに保管しているというのと、今の姿でサラさんの前で生着替えショーをするのは危険と判断したからである。あの人はところどころで言動が危ない。
「さて……色々と覚悟を決めるか」
変装グッズとは言っても結局は女の子用の服である。それを着るということへの抵抗は当然まだあったし、姪のパンツを借りるというのも中々にハイレベルな所業である。
それにサイズが合わなくなってきたからと言って譲り受けたものだとはいえ、姪のズボンにハサミで穴を開けるという行為も僕にとってはかなりの覚悟が必要であった。
「……ええい、ままよ!」
だがここで躊躇っていては、このあとの買い物を楽しみにしている姪を余計に待たせてしまうことになる。そう思った僕は、意を決して一気に着替えていった。
そして着替え終わっての最終チェックとして、姿見の鏡の前に立つ。
そこに映っていたのは、赤をアクセントにした白のケモ耳パーカーに赤い縦長のリュックを背負った、フードの隙間から長い金髪を覗かせる美少女。
「これが……僕?」
これまでは鏡を見ても佇まいからかろうじて自分だという認識であったが、キチンとした女の子の服に身を包んだ今、鏡の中にいるのは完全に可憐な美少女であった。
そこに映し出された、整った顔立ちで見惚れるような表情をしている少女が自分自身だというのはにわかに信じがたい。あと2日ぶりに穿いたズボンに違和感すら覚える。
それが自らを映した鏡像だという認識を強固にするため、鏡の前で恐る恐る身体を動かしてみる。しかしやはり完璧に追従してくるその姿は、明らかに僕自身のものであった。
「どうやって寸法を合わせたのかは分からないけど、耳袋のフィット感も完璧だし……流石だな」
着てみたパーカーはよく見れば袖や裾の端、それと前で閉じたファスナーの辺りに装飾の赤いラインが集中していた。あとは襟元に同じく赤色の、和柄の花のようなアップリケが縫い留められている。
あまり言いたくはないが、和装の結婚式で使うような白無垢をモチーフにして普段着に落とし込んだしたようなデザインであった。中身男の僕にこれを着せるだなんて、相変わらずサラさんは良い趣味してやがるぜクソが。
だが変な先入観さえ持たなければ、よくできたデザインであることに変わりはない。
1日で仕上げたと思えぬほどにハイレベルでハイクオリティな変装セットはただ1点、パーカーの前のファスナーが胸より上に上がらないことを除けば完璧な出来だと感心したのであった。




