17. 転生ルーレット(後編)
姪の転生種族を決める大切な局面にて、大切な2本のダーツの矢を託された僕。
かわいい姪に期待され、そしてお願いされたからにはこちらも全力で応えざるを得ない。それが叔父という立場である。
「るぅちゃん、どれ狙えばいい?」
「狙えるの? 的、結構な速さで回ってるけど」
確かに的は時間が経ってもなぜかその勢いを落とすことなく回転し続けている。
だが今の僕には狐の動体視力があるのだ。それに身体が子供になったことで、近頃衰えを感じていた脳の処理速度とかも上がったような気がするし。この手のVRゲームでは、何気に思考速度によって描画されるフレームレートに差が出たりするのだ。
つまりどういうことかというと、若さと獣の力を得た僕は回転するルーレットに書かれた文字を認識できるのである。
「じゃあ……スポーツカー」
「以外で」
「ぐぬぬ……それならまあ、強そうなやつで。どれが強いのかよく分かんないけど、アタリのやつ」
「オッケー、じゃあ『フェンリル』狙いでいこっか」
「はーい! よろしく!」
正直なところ僕にもどれがいいのか分からないが、とりあえず神獣系とか言ってた強そうなやつを狙うことにした。とはいえ大体のタイミングを計る程度にしかならないが、それでも適当に投げるよりは遥かに良いだろう。
僕はまず的の特定の場所に狙いをつけ、そこを『フェンリル』と書かれた部分が通過するタイミングを計りながらダーツを構える。あとはタイミングよく投げればあるいは、という算段だ。
「あの姿勢……アンの奴、経験者か?」
「何か違うのにゃ?」
「お前らの投げ方は野球のピッチャーみたいに体を捻って肩で投げる動作だったが、あいつは右手と右足が前に出とるだろう」
「あ、ホントだ」
「構え方も板に付いとる。あれがダーツの正しいフォームだ。こないだテレビで見たやつもあんな感じだったわ確か」
「へーケントさん物知りー!」
「なるほどにゃー」
正直なところ、横でこちらを見ながら交わされる会話はものすごく気が散るのだが、気にしないようにと努める。内容にもツッコミたいが我慢だ。
僕は頑張ってなんとか心を落ち着かせながら、構える体勢を微調整する。投げられないとは言わないが、胸が邪魔だったり腕の長さが違ったりで色々勝手が違うのだ。以前コージに連れていかれたダーツバーで教わった技術を思い出しながら、しっくり来る体勢を探し当てる。
「≪アサシンスロー≫」
そして効果があるかは分からないが、投擲の補助スキルを発動させてから矢を体の方へと引き寄せる。そのまま一呼吸のあと、タイミングを見計らい――力むことなく、前方へと矢を投げ放った。
ダメージ源である投げナイフとは違い、的に刺さりさえすればいいダーツに力はそれほど必要ない。ただ前に飛ばす、その最低限の力で放った矢は回転する的へとストンと突き刺さった。
「当たった! すごい!」
「あれは……すごいにゃ! そこに当てるなんて、アンすごいのにゃ!!」
「ミィ、お前何に刺さったか見えとるのか?」
「猫だから動体視力には自信あるにゃ。結果を見て驚くといいにゃ」
「なにになったんだろ、楽しみー!」
これがルーレットである以上は当たったあとのことが重要なわけで、的に当たっただけで凄いと言われるのはなんだかハードルが低すぎて釈然と来ないが、まぁいいだろう。
流石にタイミングを完璧にすることなど出来なかったので狙いは少し外れたとはいえ、実際刺さった場所は大アタリには違いない……のだが、どうしたものかと考える。僕にとってこの結果はあまり嬉しくないからである。なぜならば。
「それでは何に当たりましたかな? 結果は……おおなんと! 温泉旅行、大アタリ~!」
「えっ温泉!? すごっ!」
「おお、やったか! ワシは信じとったぞ! ガハハハ!」
「すごいのにゃー!」
……そう、温泉旅行が当たってしまったからである。おかしい、僕たちは姪の転生する種族を決めているはずでは? どうしてこうなった。
「ち、ちなみに村長。これって全部投げても種族に当たらなかったらどうするんですか?」
僕は堪らず質問した。他3人は温泉に喜んで呑気なものだが、もし次も記念品だったりした場合に種族が引けてないから転生できないとでも言われたら大変なのだ。スタンダードな『犬』やハズレの『駄犬』までルーレットの内訳である以上、それらが最低保証されているとも限らない。
「いやぁまさかいきなり温泉旅行が出るとはめでたい……おや? 当たらなかったら、ですかな? それは……あまり聞かない方がいい話ですな。ほら、狐のお嬢さんも温泉旅行に喜んではいかがですかな?」
「そんな反応されて喜べねぇよ!?」
なんだこのNPC。なんか話を逸らそうとしてくる怖い。どうやら僕の悪い予感は概ね的中していそうな雰囲気だ。
つまり……残り1本で、なんとしても種族に当てる必要があるということである。まさか的から外すことは無いだろうが、それでも緊張で手が震えそうだ。
「温泉かぁー、楽しみだねあんちゃん!」
「ミィ温泉旅行なんて初めてだにゃー!」
「どうせ温泉ならリアルで行きたかったとこだがな。ま、ゲームはゲームで楽なもんだからな。こっちの方が好都合ってもんか」
「それでは賞品の『1泊2日温泉旅行ペアチケット』は試練挑戦者の『るなちー』様のアカウントに登録されたご自宅の住所に郵送しておきますので、ご家族ご友人あるいはPTメンバーと是非ともお楽しみくださいですな」
「ん?」
ちょっと待って今コイツなんて言った? 住所? 郵送? ていうかアカウントとかいきなりそんな世界観ぶち壊しのセリフ……もしかしてこの温泉旅行ってリアルなやつ?
「えーっと村長? 一応聞いときたいんだけど、その温泉ってどういう温泉?」
「草津ですな」
「あっこれリアルな温泉だわ」
「えっ? ……ゲ、ゲーム内じゃないの? だってこんなミニゲームで貰えたんだよ? 本物の温泉旅行とか高いでしょ?」
「スポンサーなので問題ないのですな」
「スポンサーとか言っちゃったよこのNPC」
「……これワシら行けないやつか?」
「にゃっ……!?」
聞けば聞くほど、それは現実世界の温泉旅行のようだった。最初のチャレンジャーであるはずの僕たちが引き当ててしまった辺り、確率は大丈夫なのかと心配になるが、まぁ間違いならこれを機に運営がすぐ気付いて直すだろう。
ついでにケントさんたちは、僕たちとリアルでの知り合いでもないので一緒についてこれないことに気付いたようである。 そもそもペアチケットだし。
「待てよこれスポーツカー当ててたらマジでスポーツカーだったやつか?」
「そちらはスポーツカーの模型のアイテムが景品ですな」
「格落ち感がパないにゃ」
「温泉旅行は我々もまさか出るとは思っていませんでしたので……おかしいですな、的の当たり判定はかなり狭くなるよう弄ってあるはずなのですが」
「それ言っちゃっていいやつ?」
「……この話はどうかご内密に」
本当にこのゲーム、NPCのAIのリアリティが凄いな。なんというかこの、NPCが絶対に言わなさそうなセリフによる口の滑らせ方とか、まるで本物の人間みたいだ。リアルすぎてダメなタイプのやつだけど。
そのまま村長はやっちまった的な表情で、なんとか場の流れを変えて誤魔化そうと無理矢理気味に押し通す。
「ま、まあ込み入った話は無しにしましょう。ラスト1投、そろそろ行ってみては如何ですかな?」
「ん、そだね。あんちゃん次もがんばってね!」
「うん。次こそ良い種族に当てれるよう頑張るよ」
姪の応援を受け、気分が高揚するのを感じる。全身に力が漲り、集中力も高まっていく。
村長が再びルーレットを回し、ドラムロールが鳴り始めたところで僕は再び構えた。
「がんばれー!」
「期待してるにゃー」
姪に更なる追加の声援を送られ、否応でも胸が高鳴っていく。これはカッコ悪いところは見せられないなと思ったところで、ふと僕はあることに気付いた。
……なんか、揺れてないか?
ダーツは僅かな手のブレが命取りなのだ。この揺れの中ではとてもではないがまともに投げることは出来ない。もしや温泉旅行を獲得されて、これ以上の出費を出すわけにはいかないと焦った村長が汚い手でも使ってきたというのか?
そう疑惑を感じた僕だったが、みんなの方を見てみればどうしたのかといった表情で、構えを中断した僕に疑問の視線を向けているだけだった。姪も首をかしげている。かわいすぎだろその動作。テンション上がるわ。
それはそうとしてこのままでは支障が出るが、状況もイマイチ分からないのでとりあえず何か分かることはないかと仲間にも確認してみた。
「なんかさっきから揺れてない?」
「揺れ? 揺れてなんか……あっ」
最初は揺れていないと返事をしようとしたが、そこでやっと揺れていることに気付いたのか姪は唐突にハッとした。そしてなぜか視線が下がり、僕の腰の辺りの高さを見ながら目を輝かせた。その天真爛漫で素敵な笑顔はどういう表情なんだ? あっまた揺れが強く……んん? ていうかこれ、もしかして揺れてるのって……
「あんちゃん。多分だけど揺れてるように感じるのって、その尻尾のせいだと思うよ?」
「……うん」
なぜ揺れを感じるのか、それは至極簡単な話であった。姪の応援やあまりのかわいさに興奮してしまい、勝手に尻尾が左右に振れていたからというだけだった。
ちょうど姪に指摘される寸前に自力で気付いたが、時既に遅し。なんだよこれ……イチャモン付けようとしたら原因は自分の尻尾でしたとか恥ずかしすぎじゃん。あんなに動いてた尻尾も一瞬で止まったわ。
「……≪アサシンスロー≫」
そんな羞恥心を誤魔化すように無言で構え直し、僕はダーツの矢を投げた。心が乱れていたからか若干手元が狂ったが、だからといって的から外すようなことはしない。
とはいえ動揺の分だけ狙った位置からかなり外れたが、まぁ今回は記念品でなく種族に刺さったので良しとしよう。
「さてさて何に当たりましたかな? ラストの結果は……おお! 種族『ワーウルフ』! これはなかなかのアタリですな!」
「そうなの? やったー!」
ルーレットを止めて矢が刺さった位置を確認してみれば、そこは大アタリほどに狭くは無いが、ポメラニアンやマルチーズなどを含む小アタリと比べても半分ほどしかない狭さ。村長からの判定も「なかなかのアタリ」ということだったし、面積から見ても実際その通りなのだろう。
「『ワーウルフ』は犬系獣人の中でも狼分類の種族ですな。神獣系よりワンランク下になりますが、そもそもあちらは最上級。これでも充分にアタリですし、大きな力となってくれることでしょうな」
「おぉー強いんだ!」
「うーん、『ワーウルフ』っていうと人狼か。元々獣人って人間ベースな感じだけど、狼の獣人とワーウルフの獣人ってどう違うんですか? 教えて村長」
と、僕は気になっていたことを聞いてみた。ゲームの都合上でランク分けの為に適当に割り当てられただけなのかもしれないけど、人狼の獣人とかそういう意味が重複してるような感じの言葉はなんともモヤモヤするのだ。自分で使う分には気にならないのだが。
「ただの狼の獣人よりも格が上だというのもありますが。種族『ワーウルフ』の特徴は月に影響を受けるという点ですな」
「月?」
「空に見えるアレにゃ?」
話を聞いていたミィが窓の外を指させば、空には太陽の斜め下の辺りに薄っすらと満月が見えていた。現実的な常識で考えればありえない光景なのだが、基本的にほとんどのエリアにおいて常時昼であるこのゲームでは月はあんな感じである。
更に言えば月齢や満ち欠けの決まりなど無く、形も数時間おきに気まぐれに変化する。だいたい満月か三日月なことが多いが、たまにそれ以外の形になったり新月になったりする感じなのだ。
「そう、あの月ですな。月が出ている間は『ワーウルフ』の力を発揮できる、逆に言えば新月の間はヒトの姿に戻るというわけですな」
「デメリットか……」
「しかし当然代わりにメリットもありますな。なんと満月の間は種族補正のステータスボーナスによるプラス値が上昇! つまり環境により一時的に強化されるわけですな! ま、基本的に種族などただ見た目を決めるためのようなものなので、こういった特殊な特徴があることは珍しいのですが」
「おぉーなるほど、じゃあ今とか満月だし強化されてるんだ。言われてみればなんか力が湧いてきてるような気がしてきた」
「るぅちゃん、まだ転生してないよ」
気が早すぎる姪のプラシーボ効果にツッコミを入れていると、村長が隣の部屋から大きな姿見の鏡を持ってきた。
それは高さが2メートル近くあり厚みも結構なものなのでかなり重そうだったが、しかし初老ぐらいに見える細身の村長は易々と持ち上げていた。獣人故の筋力補正なのか、あるいは村の長ということで意外とレベルが高いのかもしれない。
「それではこちらが『獣の鏡』と申しまして。転生の儀式において最終段階として、引き当てた種族への適性を見るための道具ですな」
「えっ……適性?」
今度は何に使うものなのかと思ったが、その鏡は予想外の代物だった。適性を見るだと? ちょっと待って、それってもし唯一引き当てた種族の適性がダメだったら転生できないってことでは?
だが僕のそんな不安気な表情を様子を見てか、安心させるように村長がニッコリと笑顔で付け加えた。
「そう不安な顔をなさらずに、お嬢さん。心配ご無用、この鏡はその種族になった場合の自分の姿を映す鏡というだけでして。いくつかの種族を引いた場合に一番似合うものを選ぶための、試着用といったところですかな」
「あぁ……それならよかった。あとお嬢さん言うな」
「ほっほっほ、これは失礼しましたご婦人」
村長の補足に安心した僕は、今の見た目では仕方ないと分かってはいるがお嬢さんという呼び方につい反論してしまう。
その結果、より納得のいかないものになったので、少しだけ諦めることの大切さを知った。
「では獣人への転生を希望するお嬢さん、鏡の前へ」
「はーい!」
そんな僕を余所に、姪の転生の最後のステップが始まった。
「『獣の鏡』よ、かの人間に犬系・種族『ワーウルフ』の可能性を示したまえ」
「おぉー……! かわいい……!」
「鏡に映ったるぅに犬耳と尻尾がついたにゃ!」
「なんだこれかわいすぎか?」
「アンお前尻尾すごいことになってんぞ」
詠唱によって鏡が起動したかと思えば、次の瞬間にはそこに映る姪の姿にピンと尖った狼の耳とゴワゴワで癖のある毛並みの尻尾が付け足されていた。どちらも髪色に合わせたのか黒色である。
鏡の前に立つ本物の姪の姿は変わっていないのだが、しかし鏡の中では姪が体をよじったり揺らしたりするのにぴったり合わせて耳や尻尾も違和感なく付いてくる。それはまさにリアルタイムで映像を合成するなどといった程度のものではなく、鏡の中にもう1人のケモ耳の姪がいる感じであった。こんな光景見せられてはもはや左右に荒ぶる尻尾を抑えろという方が無理な話である。
「こちらで問題なければシステムウィンドウより承諾ください。それによりクエスト『【転生】獣人の試練』が達成となり、転生が完了致します」
「もちろん、承諾っ!」
迷うことなく承諾を選択した姪。
その直後に姪の体が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には光が弾け飛んで――そこには、さっきまで鏡に映っていた通りのケモ耳姿の姪が立っていた。
「あっ……すごい! あたし獣人になれたんだぁ……!」
「遂にやったにゃー!」
「見て見て、尻尾もついてる! あっ毛並みの手触りがあんちゃんたちと全然違う!」
「ホントにゃ、るぅが一番硬いのにゃ」
「あんちゃんも触ってみて!」
「おっ……おおぉぉ……!」
姪の姿はもれなくなんでもかわいいが、やはり鏡の向こうに存在しただけの虚像と違って生で直接見る方が格段にかわいかった。そんな感動にまともな言葉を発することすらできなくなり、ヨタヨタとおぼつかない足取りで近付く。
そこに触ってみてと差し出されたのは、ついさっき生えたばかりの姪の尻尾。大丈夫か? これ僕が触ってもセクハラで通報されたりしないよな? などと少し不安になりながらも、誘惑に耐えきれず恐る恐る手を伸ばす。触り方は強すぎないよう慎重にだ、生えたての尻尾は敏感だからな。
「あっ……こんなに硬いんだ……」
「でもやっぱりあたしはあんちゃんのふわふわの尻尾が一番かな」
「んひゃっ!?」
差し出された尻尾の柔らかくも硬い毛並みに集中していたところ、不意に自分の尻尾が掴まれて思わず変な声が出てしまった。横を見れば姪の手が僕の尻尾に伸びていた。
つまり今、僕たちは互いの尻尾を触りあっている状態なのだ。
「うーんこのもふもふ感……やっぱりあんちゃんのが一番好きだなぁ」
「ん……あ、ありがと……」
「あんちゃんはどう? あたしの、気持ちいい?」
「うん、気持ちいいよ。……ゴクリ、これがるぅちゃんの……」
落ち着け僕、これはアバターの電子データに過ぎない。とはいえ姪から生えている尻尾を見て、そして触っていたらなんだか僕までそういう性癖が目覚めそうになってきた。
しかも僕は愛する姪に、(尻尾を)撫でられながら(この尻尾の手触りが)好きだと囁かれたのだ。それが尻尾に対してのことだと分かってはいても、優しくかけられた甘い言葉に僕のココロは陥落寸前である。
「えへへー。狐にはなれなかったけど、これで獣人なのはお揃いだね。いつでもあたしの尻尾とか触っていいから、また触りっこしようね?」
「は、はいぃ……」
幸せすぎて沸騰しそうな頭でなんとか返した答えは、かろうじて絞り出した肯定。今の状態ではアレコレと理由付けて断ることなどできないというのと、姪の意思を極力否定しないという魂に染み付いた習慣故にである。
こうして僕は半ば無意識に、また尻尾の触り合いをしようというなかなかとんでもない約束を取りつけてしまったのだった。




