10. 獣人の村
色々あったが『獣人の村』を発見した僕たちは、ゲートを発見してからも色々あって遅くなってしまったが、遂に足を踏み入れることにした。
「じゃ、せーのでいくよ?」
「うん。タイミングはるぅちゃんに任せるよ」
「フライングは無しにゃ」
「ほら、ケントさんもやろっ!」
「ワ、ワシもか?」
僕たちは現在、ゲートの前で横一列に並んでいる。姪が折角なので同時に入ろうと言い出したからである。ゲートの横幅がそれほど広くないので4人では少し狭いが、まぁ実質4人の内3人は子供なので問題ない。僕は大人だが身体が一部を除いて女子小学生レベルなのは事実なのだ。
ちなみに僕は探索の役目が終わったことを理由に、人間の……比較的人間の、ロリ巨乳狐娘の姿に戻っていた。
ダメだ、もう狐耳と尻尾がついてても人間でいる感覚になってる。我ながら既にかなり価値観が狐寄りになってやがる……姪からあっさりと戻る許可が降りてよかった。あれ以上ガチの狐のままでいたら更に症状が悪化していただろう。
「せーのっ!」
そして姪の合図で一斉にジャンプし、僕たちはゲートに飛び込んだ。それと同時にゲートが一瞬まばゆく発光し――足が地面に着くか着かないかぐらいのタイミングで、ゲートを形作っていた光の大部分と共にケントさんだけが転送された。
「えっ……あっ、これ1人用!?」
「ちょっ嘘でしょ!? どうせだったらあたしが行きたかったんだけど!?」
「よりによってなんでケントなのにゃ! なにやってるのにゃー!」
普通にその場で着地して取り残された僕たちは慌てふためき、薄れて消えていくゲートの残渣になんとか触れようと手を伸ばしたが虚空を掴んだだけだった。
「うぅ……あたしの獣人の村が……」
「嘘だろおい……こんなのって……」
今まさに掴み取ろうとした夢が目前で掻き消えた絶望に姪が崩れ落ちて膝をつき、そんな絶望に姪が突き落とされたことに絶望した僕もまた放心状態になる。
だが幸いにも目的が獣人の村ではなく冒険そのものであったミィだけは、それほど致命的なダメージを受けなかったからなのか少し考えて冷静に解決策に思い至った。
「……これ、ゲートってもう出せないのにゃ?」
「ハッ!? そうだ! もう一回ボタンを押してみるんだ!」
「それだよあんちゃん! ボタンを押せば……ボタンどこ!? 見えないんだけど!」
「確かこの辺だにゃ」
「くんくん……あ、ここかな? えいっ」
覚えていた大体の場所に目星をつけて近くで嗅げば僕でなくても判別できるようで、姪もなんとか木の匂いを嗅ぎ分けてボタンを探し当てていた。
そのまま姪が人差し指でその場所に触れてみれば、再び光る木、現れるゲート。どうやらゲートの出現は一度きりのイベントというわけでもなかったらしい。
「なぁんだ……何回も出せるんじゃん! よかったぁ」
「とりあえず一安心かな。るぅちゃんが先に入るといいよ、一番楽しみにしてたし」
「ん、そうするね。えへへ……ケントさんには先越されちゃったけど、今度こそ獣人の村、楽しみだなぁ」
「まったく、ケントのヤツあとで叱りつけておくのにゃ」
ひとまずほっと一安心した僕は、ミィの意見に完全に同意する。楽しみにしている子供を差し置いて自分だけ先に行くなど、大人としてどうかと思うし男の風上にも置けないだろう。合流したら僕も、年長者としてお説教してやろうと密かに心に決めたのだった。
「じゃ、あたしは先に行くね。向こうで待ってる!」
「いってらっしゃい、僕たちもすぐ行くよ」
「またあとでにゃー」
手を振りながら無事にゲートで転送されていく姪を見送ったあとは、すぐさま僕も無言でボタンを押してゲートを開く。姪のいなくなったこのエリアにはもう用が無いのだ、ここに長く留まる理由も無い。そのまま僕は迷いなくゲートに踏み込んだ。
そしてまばゆい光と共に別マップに転送され、読み込みが終わればそこは隠しエリア『獣人の村』だった。森の中に木を切り開いて作った結構広い土地に、レンガと木材で作った小屋がいくつも建てられている。物見櫓や小さな畑にいくつかの商店まであって、小さいながらも村としてしっかり機能していた。
その道端には武装した見回りの戦士や荷物を運ぶ商人、走り回って遊ぶ子供などがちらほらと姿を見ることができる。いずれも当然、獣の耳と尻尾がついた獣人だった。この場所こそがまさに獣人の村である。
「すごーい……みんな獣人だ! あっ見てあんちゃん、あの人めっちゃモフい! 耳と尻尾以外もモフモフだよ!」
「本当だ、あんなにケモい人もいるんだね」
隣を見れば、数秒早く到着した姪が興奮を抑えきれない様子であちこち観察していた。テンション高くはしゃぐ姪のかわいい姿を見て、僕も思わず気分が高揚する。尻尾が左右に勢いよく振れるのを制御できないが、まぁ支障はないので別にいいだろう。
「やっと来れたにゃー。ってアン、尻尾振りすぎにゃ。どれだけ楽しみにしてたのにゃ」
「わっ、ホントだ! かわいー!」
「うんまぁ、ちょっとテンション上がっちゃって」
後から追い付いてきたミィに指摘され、姪もその様子に気付いて目を輝かせた。
おいおいそんなに見つめるなよ、興奮しちゃうじゃないか。まぁ興奮した結果がこれなのだが。
「あっそうにゃ、ケントはどこなのにゃ? 1人で先に行ったことに文句を言ってやるのにゃ!」
「そういえばそうだった。楽しみにしてる子供を差し置いて先に行くなんて許されないし、僕も苦情を入れないと」
「あーその、なんだ……スマンかったな。わざとじゃあねぇんだが」
「あ、ケントさ……ケントさん?」
「どういう状況なのにゃ……?」
「なにそれ羨ましい」
ミィの言葉でケントさんに苦言を呈そうとしていたことを思い出したところで、後ろから探してる人物の声がしたので振り返る。するとそこには木製のベンチに腰かけて……幼い獣人の子供たちに体を登られている、褐色肌に白髪の厳つい顔の男の姿があった。なにこれ。
「あはははは! 人間のおじちゃん登るのおもしろーい!」
「きゃっきゃっ!」
「たーのしー!」
僕たちはあまりに予想外で和やかな雰囲気にすっかり毒気を抜かれ、文句を言う気など完全に失せてしまった。何をどうすれば僕たちが来るまでの数十秒足らずでこうなるというのか。
そんな風に困惑していたら、ケントさんの傍で申し訳なさそうに立っていた大人の獣人が声をかけてきた。全身毛皮で顔にはマズルもある、ケモ度高めで犬っぽい落ち着いた雰囲気の女性である。
「ごめんなさいね人間の冒険者さんたち、うちの村の子供たちがお仲間に迷惑かけちゃって」
「いえ、それは別にいいですけど……」
「おっきい……! もふもふ……!」
「構わないにゃ。どんどんやるといいのにゃ」
「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ。わたしはマドレーヌ。幼い子供たちの世話をみる、保母さんみたいな仕事をしているわ」
「あっ、アンです」
「るなです!」
「ミィだにゃ」
大きいモフモフの出現に目を輝かせる姪をスルーして自己紹介をしてきた獣人のNPCにとりあえず名乗り返すと、マドレーヌさんは僕たち――特に僕とミィをチラリと見てから話を続けた。
「ところであなたたちは獣人なのかしら? この村では見ない顔だけど……」
「ミィたちプリミスから来たのにゃ。この村には初めて来たにゃ」
「ああ、なるほどね。プリミスの『コネクションゲート』から来たわけね。それなら納得だわ」
ゲーム中にNPCから出身地や出自を聞かれた場合、プリミスから来たと言えば大抵すぐに納得してくれる。
このゲームのプレイヤーたちは『始まりの街プリミス』にある『コネクションゲート』という、この世界と異世界とを繋ぐ扉からやって来た……という設定なのだ。
ちなみに街の中央に圧倒的な存在感をもって鎮座するその巨大な門は、いわずもがな既に定番の観光スポットの1つである。
「それじゃあ知らないだろうから教えてあげるわね。この村はね、今とっても困ってるのよ」
「困ってる?」
「クエストかにゃ?」
「あれはそう……ちょうど3年前、今日みたいによく晴れた日だったわ」
「あたしもあっち混ざってきていい?」
話が長くなりそうだと判断したのか、クエスト自体はともかくストーリーにあまり興味がない姪はケントさんで遊ぶ小さな子供たちのところに入って行った。
流石のケントさんも定員オーバーにより何人も同時には登れないので、順番待ちで地面にいる子供を狙ったようだ。その子供たちは幼稚園児程度の体格だとはいえ、本来小学4年生の姪にとっては決して軽くないのだが、長剣を振り回す内に上がった『筋力』のステータスのお陰か軽々と持ち上げて遊び相手をしていた。
そんな様子を横目で見守っている感じ、一見姪は割と分け隔てなく平等に順番に子供たちと遊んでいるようだが、僕のこの姪専用観察眼は誤魔化せない。周囲を窺ったところこの村の獣人の子供は犬・猫・兎の3種類がいるようだが、そこはやはり犬派の姪である。案の定、犬耳の子と戯れる時間が僅かに長かった。
更に言えば毛皮の面積が多い子もさりげなく接触回数を増やしている。特にあのケモ度高めの犬獣人の幼女など、姪が参加してからケントさんに触ってすらいない。姪に巧みに誘導されて独占されているようだ。まぁ本人も姪に懐いているようなので問題ないのだろうが。
しかしそれにしても姪の視線を追っていれば、基本的には耳や尻尾や毛皮などケモい部分にばかり目が行っているようなのだが、姪はこの歳で既にケモナーなのだろうか。ロリ巨乳狐娘の僕が言うのも何だが、このゲームが変に影響して将来姪の性癖が歪められないか少し心配である。
いや、でもケモ耳がついてるだけでより一層かわいくなるというだけなら普通の感性だし、そもそも動物好きの延長だろうから問題ないだろう多分。かわいい子供にかわいいケモ耳がついてたら戯れたくなる気持ちも分かる。そんな獣人の子供たちをかわいがっても何も問題は無い。
ただたまにチラチラとこちらにも視線を送っている辺り、内心ではマドレーヌさんのこともかわいがりたいと思っていそうな側面はあるが……まぁ骨格が人間そのものだとはいえ、表面だけなら人間サイズの犬みたいなものだ。抱きついてみたいと考えるのも無理はない。
僕だって許されるなら抱きついてみたい。いや、決してマドレーヌさんが女性だからだとか、ある部分が僕と比べられるほど大きく立派だからだとかそういうわけじゃないが。別に僕が童貞だからとか関係ないが。ただただ普通にモフりたいなと思ってただけだが。
「……ということがあってから、この村には人間が寄り付かなくなってしまったのよ」
「そんなことがあっただにゃんて……泣けるのにゃぁ!」
あっやべ、話終わってるじゃん。聞いてなかった。
号泣するミィのリアクションを見た感じなんか感動系の話だったっぽいけど、どうしよう僕もなんかリアクション取った方がいいのかな。いやでも聞いてなかったのがバレてボロ出しても嫌だし……ここは黙っとくか。答えは沈黙、これが無難な正解だ。
「そういうわけだから、もし機会があればみんなのお願いを聞いてみてあげてね。わたしは今日はもう帰るわ。みんな、帰るわよ! 遊んでくれた人間さんたちにお礼しなさい!」
「はーい!」
「人間さんありがとー」
「おねーちゃん、またねー」
「うん、バイバイ」
「またあそんでね」
そうして黙っている内になんとかやり過ごせたようで、僕が話を聞いてなかったのを見抜いて敢えて感想を振るようなこともせず、マドレーヌさんは子供たちを連れて帰って行った。
ケントさんはようやく解放されて疲れたような表情だが、姪はなんだか物足りないといった様子でマドレーヌさんを見送った。そのまま手持ち無沙汰になったのか早くも禁断症状が出たのか、姪はこっそりと後ろにやってきて僕の尻尾をモフりだす。
僕はそんな一部始終をずっと横目で見てたし触られてる感触もあるので普通にバレバレなのだが、まぁこっそりやってる感じなので気付いてないフリをしておこう。それが大人というものだ。
「ところでミィ、僕さっき途中から話聞いてなかったんだけど、どういう話だったの?」
「にゃ? アン、聞いてなかったのにゃ?」
「うんごめん、ちょっと他のこと考えてて」
僕は尻尾を姪にモフられながらもミィから情報を聞き出す。聞いてなかったのは完全に僕が悪いので、説明させる手間になってしまうことには素直に謝っておいた。……のだが。
「うにゃぁ……残念ながらミィもボーっとして聞いてなかったのにゃ」
「えっ? でも最後号泣してなかった?」
「ノリで適当に相槌打ってただけだにゃ」
「ノリであそこまでしたの!?」
「泣けるにゃって言ったけど、正直泣ける話じゃなかったらどうしようかとヒヤヒヤしたにゃ……」
「なんでそんなイチかバチかみたいなリアクションしてんの!? 違ったら話聞いてないのバレて怒られるよ!?」
「その時はアンに代わりに感想を言って貰うつもりだったにゃー」
「それは最悪の結末だからやめて」
僕は知らぬ間に自分が脅威に晒されていたことを知り、ミィの適当なリアクションが正解だったことに安堵した。
本当は全然泣けるような話ではなかったが、僕からも訂正しなかったことから察してマドレーヌさんが大人な対応をしてくれただけかもしれないが。
もう二度とこんなことにならないよう今度からは人の話はしっかり聞いておこうと、尻尾に抱き着く姪の感触を堪能しながら僕は反省したのだった。




