9. 匂いを追う狐
結局僕たちは、昼からも一緒に探索をしていくことになった。理由は簡単、ミィの気分がノってきたからである。そうなればあとはケントさんも飼い主としてセットで付いてきて、こうしてPT再結成というわけだ。今はちょうど1時間の昼休憩を終えて全員集まったところだ。
ちなみに昼食の天ぷら蕎麦はインスタントと言えどもやはり最高であった。きつねうどんよりずっと美味い。そういうところでも僕は狐ではなく人間なのだと実感する。狐が本当に油揚げが好きなのかは知らないが。
「それじゃあ引き続き獣人の村探索、午後の部を始めます」
「いえーい!」
「待ってたにゃー」
僕の再開宣言に姪たちが盛り上がる。今の僕の目に映っているのは、かわいさがインフレした実に微笑ましい光景である。
「あんちゃん、早く早く!」
「う、うん。いくよ? ……≪獣化≫!」
待ちきれない様子の姪に急かされて、僕は早速狐の姿に変身した。そしてそれを待ってましたとばかりに抱き上げられ、ついでに頭を撫でられる。
「えへへーがんばろうねあんちゃん!」
『……そうだね』
姪に抱きかかえられたこの体勢、今から頑張ろうという姿勢ではないなと思いはしたのだが、姪の嬉しそうな様子に水を差すことができず言葉を噤んで同意した。
しかしまぁものは考えようである。顔を前に向けられるようにさえ抱えて貰えば、この小さな体でもそれなりに高い視線で見通せるのだ。そう考えれば悪い話でもないだろう。
「どうにゃ? アン、何か見つかったにゃ?」
『うん、さっきまで見えなかったものが見えるよ』
「おぉー! なにあったの?」
『これは……足跡、かな?』
「足跡にゃ? そんなの見えないのにゃ」
『ちょっとよく調べてみるね』
「あっ……」
僕は一旦姪の腕から抜け出し、地面に薄っすらと浮かび上がった足跡を間近でよく調べてみた。すると近くで見たからという以上にくっきり見えるようになったことに気付く。
それにこれは……匂い?
地面には僅かに、土や落ち葉に混じってなんとなくワイルドでフローラルな印象の匂いが残っていた。それと足跡が僕の呼吸に合わせて明滅しているのにも気付いたので、試しに息を止めてみれば薄くなって消えた。
どうやらこの足跡は、ゲームシステムが匂いを可視化したエフェクトであるらしい。
『なるほど、匂いか。これを追っていけば村に着くのかも』
「匂い? そんなの全然しないけど」
「しっかしその姿でこうして地面を嗅いどる様子を見るとマジで普通の狐だな」
「くんくん……あっ本当にゃ! 香水と獣の匂いだにゃ! なんかうっすらと足跡も見えたにゃ!」
「お前はその見た目でやるんじゃねえ」
地面に這いつくばって至近距離で匂いを嗅げば、ミィでもなんとか捕捉できたらしい。何気に僕より正確に嗅ぎ分けている嗅覚の精度は普通に凄い。ただいくら猫耳がついているとはいえ女子小学生を地面に這わせて匂いを追わせるというのは絵面がヤバイので、引き続き僕が狐の姿で追うことになった。
ちなみにミィの真似をしようとした姪には、這いつくばろうと降ろした手を前足で抑えて制止した。女の子がそんなはしたないことするんじゃありませんと注意すれば、良い子なので素直に聞き入れてくれた。なぜかそのあとメチャクチャ可愛がられたが。
『まぁ、そういうわけでこのまま歩いて匂いを追っていこう』
「ん、そだね。着けたらいいなぁ、獣人の村!」
『じゃあ、まずはあっちね』
「はーい! しゅっぱーつ!」
僕はもはや当然のように姪に抱えられ、足跡の続く方向を前足で指し示した。確かに意識を集中すれば、その方向から微かに匂いが漂ってくるのがなんとなく分かる。恐らく匂いの可視化も攻撃スキルの動作アシストと同じように、感覚に対するアシスト機能なのだろう。
『ここで曲がってる。次はあっち』
「はーい」
『……っと、敵が来てるな。るぅちゃん、一旦降ろして』
「えー」
『えーじゃないでしょ』
「構わん、ワシらでなんとかしよう。今のところ歩いとるだけだしな」
『なんか気を遣わせちゃってすみません』
「ガハハ、気にすんな。我儘には慣れとる。ミィ、敵は何体だ?」
「フォレストウルフが4体ってとこにゃ」
「……やっぱ2人じゃあちとキツイな。ミィが複数引き付けるにしたって、限度があるからな」
『ほら、るぅちゃん戦うよ』
「もーしょうがないなぁ」
我儘なところもかわいいが、人に迷惑ばかりかけるわけにもいかない。軽い説得により素直な姪は僕から手を離して剣を引き抜いた……のだが。
『……るぅちゃん? これは?』
「落ちないように、しっかり捕まっててねっ!」
「来たぞフォレストウルフだ!」
「かかってこいにゃー!」
みんなが臨戦態勢に移る中、僕だけは自分の置かれた状況が飲み込めないでいた。
……なぜ僕は、姪の頭の上に載せられてるんだ?
「≪ファイアボム≫!」
「オラァッ! だにゃ!」
「≪ブレイドダンス≫ッ!」
いつも通りにケントさんの遠距離攻撃から始まり、ミィと姪も狼と交戦する。姪は今回は連続攻撃のスキルで対処するみたいだ。
『ちょっ、あんまり激しく動かれたら……落ちっ……意外と落ちないな!?』
「それそれーっ!」
「もう1体は任せとれ! ≪ファイアボム≫!」
「当たってないにゃー!」
「うっせぇ! タゲ取りだ!」
こんなの絶対戦ってる途中で落っこちると思っていたのだが、意外とそんなことはなく姪は絶え間ない連撃で狼を倒した。始めは避けられていたが、当たり始めれば怯んだところに更にもう一発と入って行ったので比較的すぐだった。
残りの狼はミィとケントさんが倒してくれたのでこれにて戦闘終了である。
「よしっと。じゃ、続きいこっか」
『うーん僕なにもしてないけど……これでいいのか……?』
「これでいいの! だってどうせ戦うために≪人化≫したら余計にMP使っちゃうでしょ?」
『それはそうなんだけど……うん。ケントさんもミィも、ご迷惑をおかけします』
「何度も言わせんな。子供が遠慮なんてせんでいい」
「これぐらい手応えあった方が楽しいのにゃ!」
僕は自分が貢献してない罪悪感からなんとなく謝ったのだが、なんというか2人とも大人だった。しれっと子供扱いされたが。
それにしても姪は特に何も考えず僕をモフりたい一心で頭に載せたのかと思ったが、そういうわけでもなく僕のMP事情まで考えてのことだったのは驚いた。
いや、やっぱり正確には≪獣化≫にはMPを使わないし、MPが尽きたら短剣で戦うだけなのであまり考えてないのかもしれないが。まぁそれを明らかにする必要もないので敢えて確認は取らないようにしておこう。そうすればキチンと考えて行動した偉い姪の可能性が僅かに残される。
『じゃあ次の匂いは……あっちか』
「りょーかい!」
探索モードを再開した僕は、次の進行方向を尻尾で指し示した。
最初は前足を使っていたのだが、慣れない狐の体では思い通りの方向に前足を向けるのが案外難しいのだ。というかそもそも四足歩行の骨格でそれをやるのが想定された動作ではないのも確かだ。なので、ある程度は自由自在に動かせる尻尾を使っているわけだ。姪も揺れ動く尻尾を見て喜んでくれてるようなので一石二鳥である。
そんなこんなで匂いを辿り、時に採取し、時に戦い、時にモフられながら辿り着いたのは1本のやや大きな木だった。
この木が何の木なのかは知らないが、僕は木とかにそれほど興味が無いのであまり気にならない。大木というほどの大きさではないものの、そこそこデカい。森の中ではこれより大きい木なんてザラにあるとはいえ、それなりに立派。良くも悪くも上の下といったところの、目に入る中では一番良い木かもしれないがあまり目立つ木ではなかった。
「この木? 何か仕掛けでもあるのかな?」
「触ってみたけど普通の木だにゃ」
「アン、何か他に分からんのか?」
『うーん……あるとすれば、そこかな。るぅちゃん、もうちょっとその辺に近付けてみて』
「こう?」
僕は言葉と尻尾で姪に説明し、普段の頭より少し高いぐらいの位置に届くよう持ち上げてもらった。目指すは木の表面の、何故か匂いがヤケに集中して染み付いた一点。コインほどの面積しかないそこは、如何にも怪しい隠しボタン的な雰囲気を醸し出していた。
『ポチッとな』
ぷにっ、と小さな肉球がついた前足でその箇所を押してみれば、別に木を押し込めたわけではないのだがどこからともなくカチッという音がした。
そして木が僅かに光ったかと思うと、すぐ隣の木との間に何本もの光の筋が走り、やがてぼんやりと緑色の光のゲートが現れた。情報ウィンドウを開いてみればそこには『獣人の村』の文字。やった、ビンゴだ!
「おぉーゲートだ! あんちゃんすごいよ! ホントに獣人の村の入り口だよ!!」
「未発見エリアにゃ! ミィたち大手柄だにゃあ!」
「本当に見つけるとは……すげえな」
半ばダメ元での挑戦だったが、まさかの発見に僕らは歓喜した。
ミィははしゃいでその場で飛び跳ねてるし、姪に至っては喜びのあまり僕を両手で掲げてグルグルと回り始めた。あっ待ってこれ思ったよりグルグルしてる。遠心力がっ……マズい遠心分離されるッ……!
『ちょっ、るぅちゃんタンマ……待っ……』
「ん? どしたのあんちゃん」
『はぁ……はぁ……うぇっ……ま、まわされすぎて気持ち悪い……』
「あっ……ご、ごめん! 大丈夫? 背中さする?」
僕を物理的に振り回してしまったことに責任感を感じたのか、姪はすかさず座り込んで僕を膝枕の上に載せて背中をさすり始めた。まぁゲームの中なので流石に吐くようなことはしなかったが、優しく背中をさすられていると急速に気分が落ち着いていくのを感じる。
そして気分が落ち着いて余裕が出てくるにつれて、ホットパンツから伸びる姪の生脚をベッドのように使う贅沢さに多幸感を感じずにいられなくなってくる。こんな体験ができるのは世界中探しても僕ぐらいだろう。膝枕してくれるほど仲の良い姪と小型犬レベルの体のサイズがなければ実現できないのだ。自分で言っといて何だがメチャクチャな前提条件だとは思う。
「むむむ……気持ちよさそうだにゃ。ちょっと羨ましいにゃ」
「どう? あんちゃん、落ち着いた?」
『うん、もうちょっとこのまま……』
「しょうがないなぁ、えへへ」
「落ち着いたならさっさと中に……ああ、ダメそうだなこりゃあ」
「すっかり撫でまわしモードなのにゃ」
ことあるごとにこんな感じで冒険の進行を止めてしまって、付き合ってくれてる2人には本当に申し訳ない。申し訳ないとは思うのだが、姪に撫でられるのも悪くないなと最近思い始めてきた僕には一度始まったこの行為を止める理由がそろそろ無くなってきた。
これはヤバい兆候だと思う。ヤバいとは思う……だがしかし、ヤバいと思ったが姪欲を抑えきれなかった僕は今回も引き続き膝の上で撫でられ続けることを選んだ。
このままではいつか本当にペットにされてしまう日が来るかもしれないと身震いしつつ、まぁそれも悪くないなと思い至り、獣人の村へのゲートに続いて自分の中のなんか危ない扉までついでに開いてしまった僕であった。




