8. 獣化
無事に当初予定していたクエストを全て消化し、残すところは『獣人の村の調査』だけである。正直言って見つけられる気はしないが、別に見つけられなくてもいいやと気楽に遠足気分で森を探索していた。
「酷い目にあった……」
結局あのあと、僕たちは三年トレントとの連戦を繰り広げた。倒した数は10体ちょっとというところだが、その中で僕だけ何故か3回拘束されている。しかも案の定、毎回毎回もれなく亀甲縛りであった。
「ちゃんと避けないからそうなるのにゃ」
「避けようとはしてるよ」
そう、避ける努力はしているのだ。現にほとんどは避けるか斬り払うかで防いでいる。だがしかし何度も攻撃後の隙を突かれたり複数のツタで同時に狙われたりしていればミスだってするものだ。なので一番狙われやすかった僕が何度も拘束されたのも仕方ない……待ってそういえばなんで僕だけ狙われてんの?
「それにしてもなかなか見つかんないね、獣人の村」
「まぁそりゃね。一応未発見エリアだし」
姪は一応、右へ左へ上へ下へと視線をせわしなく動かしてはいるもののまだ成果を挙げられていない。だがそれも無理はない、多くのプレイヤーが探し求めて未だ見つけられていない場所なのだ。現にこうして探索してる間にも何人かの探索プレイヤーとすれ違っている。
「すみませんケントさん、わざわざ探索にまで付き合わせちゃって」
「構わん、ワシもちょうど散歩がしたかったところだ」
なにその男前な返し、メチャクチャかっこいい。
僕もサラっとそんなセリフが出てくる男になりたいものである。
というかここだけの話、初日に森エリアまで進んでるケントさんたちは結構やり込んでいる方だと思う。ましてや三年トレントとの戦い方にも慣れていたのだ、最前線とは言わなくてもかなり早い進行速度であるはずだ。それを中断させてこんな探索なんていう何の経験値にもならない作業に付き合わせるのは、正直言って申し訳ない気分である。
「ま、気にせんで良い。どうせ昨日もミィがゲームにハマっちまって1日中付き合ってただけだ。ワシのやることは変わらん」
「ハハハ……なんていうか、やっぱり保護者ですね」
「保護者……まあ、保護者だよなぁ」
「あるいは飼い主とか」
「ガハハ、当たっとる」
そんな他愛もない話をしながら姪の後ろを着いていくが、やがて姪は全く手がかりすら見つからない状況に飽きたのか不満そうな顔で振り返った。
「全然みつかんないよーっ! 飽きたぁー! あんちゃん、狐の力でどうにかして~!」
「しょうがないなぁるぅちゃんは」
「即決で引き受けたにゃ。やっぱりアン、るぅに甘くないにゃ?」
「どうにかってお前……どうにかできるか……?」
付き添い2人は訝しげな目で見てくるが、姪に頼られたからには動かなければ叔父が廃るというものだ。これまではなるべく自力で探す楽しみみたいなものを味わってくれればと放置していたが、助力を請われたならば話は別だ。可能な限り力になるべきだろう。
「というわけで僕も積極的に探索していくわけなんですが。こんなこともあろうかと、実はさっき歩きながら探索のコツを調べました」
「おぉー」
「ガチだにゃ」
僕は攻略サイトとかは最低限しか見ないが、姪を助けるためならばそれは最低限どころではなく最大の需要がある情報だ。とりあえず探索に関する情報は一通り目を通しておいた。未だに獣人の村を発見できていないプレイヤーたちによって持ち込まれた情報ではあるが、それでもβテスト時代からの実績がある情報なので無いよりはマシだろう。
「まず隠しエリア探索に最も必要なステータスは『感覚』。敵や罠の察知とかに関係してくるやつだね。これが高いほどヒントや痕跡アイテムなんかの手がかりを見つけやすいらしい」
「じゃああたしは感覚低いから見落としてたものがあったかもってこと?」
「んー、それについては分かんないとしか言えない……僕もるぅちゃんたちが見落とした手がかりを見たわけじゃないし」
そもそもこの攻略情報が獣人の村を探すのに使えるのかどうかも分からないのである。結局のところ、役立つかもしれないという可能性を挙げているに過ぎない。
「アンは感覚高いのにゃ?」
「うん、34あるよ」
「勝ったにゃ! ミィは35あるのにゃ!」
「えっ……えっ? あたし11しかないんだけど……?」
「感覚のステータスは聴覚とかの感度にも関係するから、僕やミィが高いってことは獣人のステータス補正かな? ケントさんは?」
「ワシは9だな。獣人の補正はβ時代には微々たるもんだったと聞いとったが……大幅に強化でもされたか? にしてもやりすぎだとは思うが……」
なるほど、やはり人間組と獣人組とで差があるようだ。その差は結構大きいようだが、まぁ普段の音への感度を考えればそんなものだろう。
「でもさ、ミィちゃん結構あたしと前で探索してたよ? 感覚で見つけられるんならあんちゃんが手伝ってなくてもミィちゃんが見つけてたんじゃない?」
「ミィは真面目に探してたにゃ。サボってはいないのにゃ」
そう、何ならミィの方が僕よりステータスは高いのだ。今のままで手伝ったところで、人数が増えた分マシにはなっても劇的な変化は望めないだろう。
……正直なところ、この高い感覚ステータスで参戦してそれで解決してくれたならそれでよかったのだが。僕とミィがまだ何も見つけられていない以上、そうもいかないようである。
「あまり使いたくはなかったけど……仕方ない、奥の手を使おう」
「奥の手? なになに?」
「まだなにかあるのにゃ?」
これは出来れば姪の前では使いたくなかったのだが、それはあくまでも僕の都合なのだ。姪の力になるためならば自分の都合だって捻じ曲げてみせよう。
「それはね、≪獣化≫を使うんだ」
「≪獣化≫って……≪人化≫を解除するためのスキルだよね?」
「にゃ? ≪獣化≫とか≪人化≫って……何にゃ?」
意外にも獣人であるミィはその存在を知らないようだった。まぁそこは目立つことを気にしない本人の性格を差し引いたとしても、人通りの多い場所でも全然≪人化≫を使おうとしなかった時点でだいたい察しはついていたが。
「これだよ。≪人化≫」
「にゃっ!? 耳と尻尾が消えたにゃ!」
「なんだこりゃあ……ミィ、これお前も使えんのか?」
「知らないにゃ。まったくの未知のスキルにゃ」
やはり完全に知らないようである。僕も獣人を騙る以上は多少知っておかないといけないと思ったため、wikiで獣人について多少は調べたのだがこんな切り替えスキルの存在は確認されていなかった。狐獣人自体がβテスト時代に無かったので同時に実装された固有スキルというだけなのか、現実でもロリ巨乳狐娘である僕だから使えるスキルなのか。謎は深まるばかりである。
「それでこっちが、≪獣化≫」
「戻ったにゃ」
「うん、これだよね≪獣化≫。あんちゃんがいっつも狐に戻る時に使ってるやつ」
「そうだね、だけど実は……この状態からでも、使えるんだ」
「えっ?」
それは昨日解散したあとに1人でこっそり試した効果だ。獣人状態から更に獣へと進む、いわば第二形態。姪の前でこれを使えば、僕はもう人間のままでいられないかもしれない。だから使わなかったが、それでも姪のためならば。
「僕は……僕は人間をやめるぞ! ≪獣化≫ーッ!」
「えっ!? これはッ……!?」
「にゃにゃっ!?」
「……おいおいマジか」
ぼふん、と体が煙か雲か何かのようなものに包まれたかと思うと、僕の視線はその一瞬で随分と低くなった。
そして――やや大き目の小型犬ぐらいのサイズの、もはや人間らしさの欠片も無いガチの狐となって姪を見上げていたのだった。
≪獣化≫
消費MP:0
獣本来の姿に化ける。各種ステータスにプラス補正がかかり、自然回復量が倍になる。ただし装備が使用不可となる。
または≪人化≫の効果がある場合はそれを解除する。
僕のあまりの変化に姪は一瞬呆気に取られたようだったが、しかしすぐに正気を取り戻して動き出す。
「かっ……かわいぃーっ!!」
「コャンッ!?」
そして案の定、僕は人間扱いされずペットの如く抱き上げられてしまった。くそっ、やはり予想は的中してしまったようだ。このままでは下手をすれば、今後もこの姿でいてほしいとお願いされて断り切れず、なし崩し的に完全にペットにされてしまう。あくまで人間として姪に接して姪を可愛がりたい僕としては、それだけはなるべく避けたいのだが果たして可能なのだろうか。姪のお願いを断るという選択肢は実質無いようなものなのであとは彼女の選択に委ねられたようなものである。
「コンコンコンコャン。コンコン」
「えへへーかわいいなぁ。こんこーん♪」
お前が一番かわいいよ。なんだよコンコン言ってる女子小学生最高だな……しかも相当な美少女である姪がそれをしているのだから猶更である。
しかし僕は「話が進まないからとりあえず放して欲しい」と伝えようとしたのだが、その意思が伝わることはなかった。どうやらこの状態では人間相手には言葉が通じなくなってしまうようだ。結構な重いデメリットである。
「アン、普通の会話じゃなくてPT会話とか個人会話で喋るといいにゃ。このゲームでもそれでいいかは知らないけど、それで話せるかもしれないにゃ」
『PT会話? こう? どう、るぅちゃん聞こえる?』
「あ、急にあんちゃんの言葉わかるようになった」
「成功だにゃぁ。他ゲーやってた時の知識だけど活きたのにゃ!」
だが偶然ミィがその辺りのことに詳しかったので助かった。僕は聞いたこともないが、他にも動物になれるようなゲームがあったのだろうか。
言われてみれば確かに、距離が離れていても特定の相手と話せる個人会話機能などは思念通話に片足突っ込んでるとさえ言われる技術である。それを利用して口からの言葉を無視して言葉が伝わったらしい。
『じゃあ、とりあえず話を続けるね。るぅちゃんは撫でながらでいいから聞いといてくれるかな』
「ん、おっけー。うわぁ全身もっふもふ……幸せぇ……」
姪はあまりにも幸せそうな顔で僕を抱きしめていたので、もはや放して貰うことは諦める。聞いてるか聞いてないかは分からないがとにかく僕は話を続けることに……くっ、良い感じの場所を撫でてくるっ……! 気持ち良すぎて話の腰が折れそうだ……!
『こっ、このスキルは……感覚や速度に大きな補正がかかって……あふぁっ、そこ良い……じゃなかった、探索にも多大な貢献が期待……あーっダメダメ、るぅちゃん撫でるの上手すぎて……狐になるぅ……』
「もう狐なのにゃ」
「グダグダじゃねぇか」
かくして探索が効率的に進めるためによかれと思って発動したスキルにより、探索は一旦完全に中断されることになった。
気付けば僕は焚火の前に座る姪の膝の上で、昼食休憩の時間になるまでひたすら撫でまわされていたのだった。




