28. 勝利のご褒美
無事に勝てたことにホッとしながら未だ全身にまとわりついているファラビットの群れをモフっていたら、やがて離れて近くの茂みや巣穴に帰って行った。
「あんちゃん!」
「るぅちゃん、おつかれさま」
「勝ったよ! いぇーい!」
駆け寄ってきた姪に労いの言葉をかけ、小さな手と手でパシンとハイタッチをする。今までは身長差があり掌の大きさも違う大人と子供のハイタッチだったが、こういう対等なハイタッチも良いものだ。
一通り姪と喜びを分かち合ったあと、コージたちのところに合流した。
「おじさん! サラさん! 勝ったよー!」
「やったなアン、瑠奈ちゃん。おめでとう。……それと間に合ってくれてよかった」
その言葉にどういうことかと一瞬首をかしげたが、コージの残り僅かなHPを見て納得する。なるほどあれ以上時間をかけていたらやられてしまっていただろう。
一方で未だ地面に仰向けに倒れているサラさんは、一番最初にウサギまみれになったにもかかわらずHPが満タンに近い。自分に≪ヒール≫をかけて持ちこたえていたようだ。
「終わったのね……私のウサギハーレムは」
「サラさん? なんか趣旨変わってません?」
「そっとしておいてやってくれ、さっきからずっとこうなんだ」
「もっとモフっていたかったけれど……終わってしまったからには仕方ないわね」
そう言うとサラさんは、ようやく諦めがついたのか少し吹っ切れたような爽やかな表情で体を起こした。
いくらヒーラーといえども一切抵抗しないのはどうなんだと思っていたが、その言葉で合点がいった。この人自分からモフられに行ってたんだな。
「うぅーいいなぁサラさん……あたし戦ってたからモフれてない……」
そんな彼女を羨む少女が1人。常に最前線で戦い、トドメの一撃も刺した今回のMVP。僕の姪である。
「偉かったわね、るなちゃん。モフりたいのを我慢して戦うなんて私には出来なかったことだもの。誇っていいわ」
「うん……そうなんだけど、でも、うーん」
「次があったらその時は一緒に思う存分モフりましょう」
「ん、そだね」
「それに……ウサギをモフれなかったのは残念かもしれないけど、私に良い考えがあるわ」
「いい考え?」
そんなことを言いながらこちらをチラリと見てくるサラさん。あー、なるほどね。そういうね。理解した。
「そういうわけなんだけど、どうかしらアンちゃん。頑張ったるなちゃんには『ご褒美』が必要だと思うのだけど?」
「うん、まぁ……るぅちゃんにならいいよ」
何が言いたいのか大体察した僕は、近くの地面に短い草が生えている場所を探して腰を下ろす。そして狐の尻尾を体の前に向け、ふわりと振って一言。
「ほら、おいで、るぅちゃん」
「あっあんちゃんこれは……!」
その光景に思わず姪は目を輝かせる。そう、ご褒美は僕の尻尾である。頑張ったからついでに膝枕もサービスだ。
「はい! レザーベスト脱いでもらっていいですかっ! その方が硬くないし!」
「ん、いいけど」
このレザーベストはヘソより上ぐらいまでしか丈がないので膝枕で当たることはないと思うが、万が一のことを考えてその提案を飲む。折角のご褒美だ、なるべく快適に享受してもらいたい。
僕はメニューから装備を操作してレザーベストと、ついでに腰にベルトで鞘を装着している短剣も外した。上着を脱いだことで下に着ていたブラウスだけになる。
「っ……これは」
「凄まじい破壊力ね」
この姿を初めて見た2人が解放された胸部装甲に少し気圧されていたが、防具屋で一度見た上に今は尻尾しか目に入らない姪は何も気にせず僕のふとももに寝転んだ。
そして尻尾を抱き寄せると、至福の表情で顔を埋める。
「ふぁわぁ……もふもふだぁ……」
「……ファラビットよりも毛が長くてふわふわしてそうね。ゴクリ……」
何がゴクリなのかは分からないが、いや分からないように気を付けるが、とにかくサラさんのことは無視して姪の頭を撫でる。
……それにしても自分の胸が邪魔で姪の顔がよく見えないのだが、これはどうにかならないだろうか。別に全く見えないわけではないのだが、頭部のこちら側は半分ほど死角になってしまっている。
姪の幸せそうな顔をもっとよく見るため、僕は少し前のめりになって覗き込ん……あっ。
「ふぁぁっ!? もふもふしてたら上からとろふわが……!?」
「ご、ごめんるぅちゃん。重いの乗せちゃって」
「……これはこれでアリ」
「るぅちゃん?」
なにやら姪が危ない扉を開きかけてるような不穏な空気を感じるが、まぁ気のせいだろう。気のせいだと信じたい。……待てよ、どこぞの知らない男に取られるぐらいなら百合に走ってくれた方がいいのでは……? いやダメだ、それを僕が誘導するのは間違いだ。自分で決めた道ならともかく他人の意志でそんな茨の道に進ませたくはない。
「あんちゃん、今のもう一回」
「……だ、ダメだよ。ご褒美はあくまで尻尾なんだから」
「ダメ?」
「しょうがないなぁ……」
「やっぱりコイツ姪に甘すぎないか?」
「そうね。たまらないわ」
何やら外野がうるさいが、愛しの姪にここまで真剣に頼み込まれたのでは叔父として応じざるを得ないので先ほど同様軽く体を傾ける。測ったわけでもないので正確には分からないが、片方あたりでも最低1kgは確実に越えているであろう圧倒的な質量の塊はその気になれば凶器にもなりえるので慎重に扱わなければならない。
「うーんこの感触の違う2種類のやわらかさ……まさに狐に包まれてるみたいな幸せ……」
とはいえ姪はおっぱいに対して変な感情など持ってないようで、純粋にクッションとして気に入ったようだった。道を踏み外していないようで何よりである。
「……羨ましいわね」
サラさんの言葉は聞こえなかったことにした。
それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
芝生の上で姪を膝枕して、時折頭を撫でながら尻尾をモフられる。まだ『ある』ということに慣れていない尻尾を触られるのは少しくすぐったかったが、別に撫でまわしてくるわけでもなく抱き着いてたまに頬ずりをするだけなのでただただ心地よい時間であった。
いつの間にかイベント専用マップから『東の平原』に帰ってきていたことに気付いたが、この時間を終わらせたくもないのでしばらく続けていた。
更にもうしばらく経つと、満たされた表情の姪がゆっくりと僕から離れて起き上がった。
「ふぃー満足! あたしが一番モフった!」
「ふふふ。よかったわね、るなちゃん」
「あんちゃん、またやってね!」
「うーん……たまに、だけね」
「えー」
やんわりと抗議されるが、こればっかりは仕方ない。姪を膝枕だなんてそんな幸せな時間、僕だってずっとしていたい。いくらでも続けられる。だがそれは言うなればそれは中毒性のある違法な薬物の摂取にも匹敵する行為である。欲望の赴くままに貪っていたらあっという間に膝枕廃人になってしまうだろう。
「それじゃあアン。俺たちはそろそろ帰るが、お前たちも気を付けて帰れよ」
「またね、2人とも。また遊びましょう」
そんなことをしている間に結構いい時間になっていたらしい。時刻はもう夕飯前といったところである。
僕たちもそろそろログアウトしなければ姪が夕飯に遅れてしまうな、などと考えていたら何を思ったのか姪はサラさんに声をかけた。
「あの、サラさん。実はあたし、サラさんを大人の女性と見込んでちょっと相談が……」
「あら? 何かしら?」
「ここではちょっと言いづらいから……」
「そうね……ならファインIDを教えておくからまたあとで連絡してちょうだい。そっちの方が時間的にも都合がいいでしょう?」
「ありがとうございます! じゃあこれがあたしのIDで……」
……なん、だと?
相談……僕を頼らず初対面のサラさんを頼った……? う、嘘だろ? そんな……僕がこれまで築き上げてきた信頼度はその程度だったというのか……?
絶望に体が震える。呼吸が上手くできない。まっすぐ立っていられずふらつく。そんな僕の様子を見て心情を察したのか、コージが若干引き気味にフォローしてくれる。
「……そう落ち込むな。瑠奈ちゃんだって年頃の女の子だ、女性にしか相談できないこともあるだろう」
「は? 僕も今は女だが?」
「中身は男だろうが」
中身は男、その言葉が心にヤケに心に突き刺さる。確かに僕は、こんな体になっても自意識は男のままなのだ。僕がいくら見た目がロリ巨乳狐娘だからといっても、本当の女の子でない以上は本当の意味での女の子同士の関係にはなれない……ということなのか。
だったらもういっそのこと、男であった過去を完全に捨てて心身共に本格的に女として生きていくしか――
「わっ!?」
「そんなに深く考えなくてもいいだろう」
そんな血迷ったことを考え込んでいると、突然やや乱暴に頭を撫でられた。コージの、大人の男の大きな手だ。身長が180cmあるコージからすれば、138cmの姪より更に数cm低い僕はさぞかし撫でやすかったことだろう。なぜいきなりそんなことをするのかと僕は困惑していたが、依然としてしょんぼりとしていたからなのか、更に励ますような言葉をかけられる。
「お前にはお前にしか出来ないことがある。むしろ瑠奈ちゃんが頼るとすればその相手は大抵の場合……司、お前だ。今だって充分頼られてるんだ、何でも全部1人で解決しようとしなくていい。適材適所という言葉もあるんだ、たまには適した相談相手がいるかもしれないが……それ以外の時にはお前がなんとかしてあげてくれ」
「コージ……」
それにより僕の心の迷いは晴れる。完全に、というわけではないが少なくとも変に迷うことはなくなった。そうだ、こんな当たり前のことに気付かなかっただなんて、僕は随分と勝手に追い詰められていたらしい。それを気付かせてくれた親友に感謝しつつ、僕はスッキリした顔で僅かに笑みを浮かべながらコージの手を払いのけて言い放った。
「そうだな。でも頭撫でるのはやめろ、男に撫でられてると思うと虫唾が走る。特に耳触るなブチ転がすぞ」
「……ス、スマン」
30年近い付き合いの幼馴染の男の頭を撫でるというコージの奇行のお陰で、結局僕はどこまでいっても男なのだという結論に至ることができた。僕は彼に感謝しつつも、それはそれとして二度とこんなことするなと釘を刺したのだった。




