7. 使役
少々レベルを上げたプレイヤーでも初心者と一緒に戦えることで定評のある、『西の平原』の奥地。
そこでは3人の女子小学生が、それぞれのパートナーとなるペットと共に戦っていた。
「いくわよウサ吉!」
「キュィッ!」
まずは勝気そうな金髪ロリお嬢様のリリー。猛獣に使うような調教用の鞭を振るい、ペットが攻撃するより先に自力で敵を倒している。
ペットは『調教師』の力で手懐けた、ファラビットのウサ吉だ。敵のファラビットと見分けがつかないからなのかわざとなのか、たまに巻き添えで叩かれてる不憫なやつである。
「おねがい、クマ美ちゃん!」
「がおっ!」
次に内気で緑髪オシャレ三つ編みメガネのモカ。手に持った重そうな魔導書による打撃は見た目だけなら強力だ。その実態は魔法職の貧弱な通常攻撃だが。
ペットは『召喚師』の力で呼び出した戦熊のクマ美。見た目は1メートルほどのテディベアだが、その筋力は決して侮れない。まぁ何故か主人が魔導書で殴りに行くので、そのフォローばかりで全然攻撃してないけど。
「いっけー! あんちゃん!」
「コォォォオン!!」
そして最後に、元気で可憐でかわいくキュートな愛しの姪。長くて綺麗な黒髪を靡かせながら、長剣で華麗に敵を斬る……ことはせずに今日は指示を出すだけだが、そんな司令塔な姪もまた良きものだ。かわいい。
ペットは僕。ロリ巨乳狐娘の……というか今はガチ狐モードなので、普通に妖狐というべきか。とにかく、まぁ、その、僕である。元30歳童貞の成人男性。姪ガチ勢の叔父。
やっぱこれ事案か? いや、でも10歳の姪にペット扱いされるだけなら合法だよな? 一般的な叔父の扱いなんて、どこもそんなもんだろ。平気平気。
「ふう。ファラビットよりは確かに強いけど、数で囲めば結構余裕ね」
「う、うん。アンちゃんが頑張ってるのもあるだろうけど」
「あんちゃん頑張っててえらいねー」
「コャァン」
ちなみにたったいま僕たちは、ファラビットの上位個体である『ハイファラビット』の率いる群れを倒したところだ。
そろそろリリーとモカも強めの敵に挑戦しようということで、僕が手下のファラビットたちを全て引き受け、初心者組だけでハイファラビットと戦ってみたのだ。
この2人にとってハイファラビットはレベル的にはまだまだ格上だが、2人と2匹という数の力で押せて、敵が1匹ならばやりようはある。しかもいざとなれば姪が直接動いてカバーすることも出来るわけだし、保険もバッチリ。
そうして安全マージンを充分に取りつつ戦った結果、見事に勝利を収めたわけだ。結果として危なげなく勝てたわけで、これなら心配はなさそうである。一応モカは魔法職なので、思わぬ反撃を受けたりすれば事故が起こる可能性はあるが。
「あら? 今の戦闘でまた≪調教≫のスキルレベルが上がってたみたいね」
「わ、わたしもさっき≪召喚≫スキルのレベル上がってたよ」
『ん? ≪調教≫も≪召喚≫も、スキル自体はこの戦闘中に使ってないんじゃ……ああでもそっか、ペットと一緒に戦ってるだけで経験値は入ってるのかな? 一応そのスキルによるペットが戦うわけだし』
そんな中で、2人のテイム系スキルが成長していたようだ。
リリーはウサ吉の他に新たに≪調教≫で仲間にしたモンスターは居ないし、モカは最初に≪召喚≫したクマ美を出しっぱなしにしているだけだが、おそらくこれらのスキルは成長させるのに必ずしも発動させる必要が無いのだろう。効果を任意で持続させる系のスキルならば、普通は持続させてるだけでも経験値が入るはずだし。
「おぉー。あたしも何かスキルあがってるかな?」
『るぅちゃんは……うーん、流石に上がってないんじゃないかな? 僕に指示こそ出してたけど、戦闘には直接参加してないし……』
「あっ! よく見たらなんか新しくおぼえてるよ! でもこれなんて読むんだろ?」
「わ、お、おめでとう」
『おおっ! よかったね、るぅちゃん!』
「やるじゃない、ルナ。それでスキルの名前は……ああ、これは≪使役≫って読むのよ」
「へぇー≪使役≫かぁー」
『待ってそれはおかしくない?』
というわけで便乗してシステムログを確認した姪は、見るからに僕を従える用のスキルみたいなのを発見した。
確かにそれっぽい行動を取ればスキルを習得できるらしいけど、それでいいのかゲームシステム。姪に従えられてる僕はプレイヤーなんだけど……こういうスキルって、モンスターやNPCを従えることを条件にしないと習得が簡単になりすぎるのでは? あるいは今の僕がガチの狐なせいで、モンスター扱いされてしまってる可能性はあるが。
「≪使役≫ってことは名前的に、アンに指示を出すためのスキルよね? 私の≪調教≫やトモカの≪召喚≫とはどう違うのかしら?」
『僕に指示を出すためのスキルとは?』
「ん、見てみるね。えーっと……」
ナチュラルに僕を言葉の通じない動物扱いしてくるリリーの言葉には引っかかるものがあったが、姪がスキルの効果を確認し始めたので一旦黙った。
僕自身のことへの反論はいつでも出来るが、姪の邪魔をするわけにはいかないからな。出来る叔父というものは上手いこと姪を立てるものなのだ。
「んー? なんて書いてるのかあんまりよくわかんないけど、アンちゃんに指示を出すためのスキルっぽい?」
「私が言ったまんまじゃない」
「そ、そんなピンポイントなスキルなの……?」
『えぇ……? ちょっとるぅちゃん、僕にも見せてもらっていい?』
「いいよ。はい」
リリーの言い様には後で反論しようと思っていた僕であったが、しかし姪によるとその予想の通りだったようである。
これではいけないと思い至り、僕もシステムウィンドウに表示されたスキル説明文を見てみるために姪に持ち上げてもらってみれば。
なになに? 「契約した魑魅魍魎を使役する」……え? それだけ? 情報量少なくない? スキル詳細のとこ開いてみたら……そっちも同じような文章が、言い方を変えて書いてあるだけ? いやなんで?
しかしなるほど、確かにこれは姪がよくわからないと言うのも頷ける。僕だってよくわかんねぇもん。最低限、≪使役≫っていうスキル名から想像できるだけのことしか書いてないし。せいぜい何かを使役するスキルなのは確実だといったところか。
「どう? あんちゃん、わかる?」
『まぁ分かるけど……書いてること自体は分かるけどさぁ』
「わかるんだ! すごい! じゃあこれなんて読むの?」
『え? ああ、それは「ちみもうりょう」だよ』
「へぇー。じゃあこれは?」
『そっちは「けいやく」だけど……』
「おぉー。むずかしい漢字も読めるなんて、あんちゃんちっちゃいのにすごいね~」
「コャァ」
とはいえこの短い説明文に使われているのは、小学4年生の姪にとっては読むことさえ難しい漢字ばかりだったらしい。読み上げただけで褒められて、ついでによしよしと頭を撫で回された。
ていうかむしろ全く読めずによく僕に指示出すスキルだって思ったな。もう使役するって部分しか読めてないじゃん。まぁリリーの予想をそのまま復唱しただけだったのかもしれないが。
「ふぅん。まだ習ってない漢字もこんなに読めるなんて、アンって見た目によらず意外と頭良いのね」
「リっ凛莉愛ちゃん、それはアンちゃんに失礼なんじゃ……」
確かにモカの言う通り、意外は余計である。
僕は中身が大人なので、結果的に見た目より賢くなるのは仕方ない……にしてもだ。僕ってそんなに頭良くなさそうな見た目してるか? ちょっとロリ巨乳狐娘なだけなんだが。
まさか頭に行くはずの栄養が全部胸に行ってそうとでも思われてるのか? 失礼にもほどがあるだろ。まぁ見た目だけで言うなら、今はただの子狐なんだけど。
それはさておき、今は姪に解説するのが先決である。
僕はこれでも大人なので、ちょっとぐらい子供が失礼なことを言ってきたところで少ししか気にしないのだ。完全な煽り耐性を持っている僕は、この程度の発言は余裕でスルーできる。
『それで内容だけど、たぶんこれは……簡単に言うなら、手懐けた特定ジャンルのモンスターに指示を出せるスキルって感じかな? ただ≪調教≫や≪召喚≫と違うのは、「契約」っていうのが別のスキルか専門用語として扱われてそうだから、このスキル単体だとモンスターを仲間に出来そうにないってことか』
「あっ! そっかぁ! リリちゃんのスキルって、モンスターを仲間にできるってちゃんと書いてあったもんね!」
「確かに。ウサ吉もそれで仲間になったんだものね」
「キュイッ!」
『そういうこと。だから≪使役≫を使うにはまず、契約とかいう謎の手順で魑魅魍魎カテゴリのモンスターを仲間にする必要があると思うんだけど……これは今回は、僕で代用されてる感じだね』
「アンタ魑魅魍魎カテゴリのモンスターだったのね」
『は? 人間だが?』
「す、少なくとも今は人間じゃないと思うけど……」
自分で言い出したことではあるが、何故リリーからも魑魅魍魎呼ばわりされないといけないのか。
しかもモカにまで人間ではないと言われたけど、まぁそれについては分からなくはない……というか仕方ないという自覚はある。もふもふの小さな体を姪に抱き上げられてぶらーんと尻尾を垂らしている子狐が何を言っても、自身が人間だという説得力は皆無だろう。
ちなみにこれは余談だが、≪召喚≫スキルというのはあくまでも召喚系統のスキル全般をまとめてそう呼んでいるだけである。
召喚師用の魔導書のスキルレベルを上げていくと、新たな召喚獣が解放されるというか、新しい召喚スキルを覚えるとかそんな感じである。一昨日の決闘の解散前に姪がクマの出し方を質問した際、ロン毛で目付きが鋭い長身の男ことカースがものすごく胡散臭い表情でそう答えていたので、確かな情報と言えるだろう。アイツ見た目はチンピラだけど、嘘とかつかなさそうだし。
「何にしても結局はアンを戦わせるスキルよね? 試しに1回使ってみたらどうかしら?」
「ん、そだね。じゃああんちゃん、あっちにいる敵に攻撃!」
『了解! ≪狐火≫ッ!』
「……ギュイーッ!?」
それはさておき姪から指示が出たので攻撃スキルを発動させる。
目標は姪が指差した先にいる、1匹のファラビット。
ここからだと少し距離があるが、余裕で≪狐火≫の射程内である。
炎を遠くに飛ばすのはあくまで制御の一環なので、そこを頑張ればどこまででも飛ばせるのだ。これについては気合いと根性次第ってわけ。もちろん限度はあるが。
「おぉー! あんちゃんが言うこと聞いた!」
『いや聞くよ?』
「い、今までも聞いてたと思うけど……」
「あれ? たしかに」
そんなわけで結果的に姪の命令通りとなったが……これ意味あるのか? 別に使役とかそんな大層なスキルなんて無くても、僕は叔父だから姪の言うことは大体聞くんだけどな。
あるいは姪が指示を出すことで、僕の行動やステータスなどに何らかのボーナスがかかるとかかもしれないが……まぁその場合、あんまり効果は実感できないかもしれない。
なんたってスキルレベルが習得したての1だからな。このゲームに限った話ではないけど、能力補正系のパッシブスキルは低レベルの内は効果が誤差だったりするものである。
「アンが自発的に従っちゃったら、スキルの効果わからなくない?」
「い、いっそのことアンちゃんが出来なさそうな命令でもしてみる……とか?」
「あっ! それいいかも! じゃああんちゃん、宙に浮いて!」
「そういう意味の出来ないじゃなくない? こういうのって、嫌がるような命令を無理矢理させられるかどうかでしょ?」
『は……はい、あんちゃん空に浮きます……』
「いやなんで出来るのよ!?」
「えっすごっ!」
それはさておき、姪から無茶振りの命令が出たので叔父として全力で応えた。
とはいえ厳密には浮いているのではなく、ピョンとその場でジャンプしてお腹の下に見えない結界の板を設置しただけだが。この技術はまだまだ練習不足だけど、なんとか成功してよかった。
一応、胸や髪の揺れを抑えるために使ってる妖力による身体操作の出力を上げれば身体を浮かすことも出来るとは思うが……身体が浮かぶように操作するって結構ゴリ押しだし、MP消費が多すぎて一瞬しか出来なさそうなんだよな。
というわけで、滞空時間重視でこちらの結界に乗る浮き方を選んだわけである。まぁこっちも結界を空中に固定する難易度の都合上、かなり余分にMP使うから数秒しかもたないんだけど。それでも浮かんでいると言うには充分だろう。
「じゃあ次はビーム! ビーム撃ってあんちゃん!」
『ゴメンそれは無理』
「えー!!」
ただまぁ無理なものは無理なので、次のリクエストには応えられなかったのだが。
炎をビーム状にして撃ち出すことなら出来るけど、ビームといったら光線だろう。ちょっと形を変えただけのいつもの≪狐火≫で満足してもらえるとは思えないし、なにより今はMPがもう無いので普通に無理だった。浮くのに全力出し過ぎたわ。
『それよりるぅちゃん、よく分かんないスキルの検証よりも今は冒険にしたら? せっかく友達と遊んでるんだし』
「んー……ま、いっか。どうせあんちゃんがペットなのは変わんないし」
「まあ細かいことを気にする必要はないでしょうね。書いてある内容的に、アンが言うこと聞いてるなら一緒でしょうし」
そして最終的には姪もリリーも、どうでもいいかという結論に至った。
まぁ判断材料が少なすぎるし、深く考えるだけ無駄ではあるんだよな。別に細かく検証してもいいんだけど、そんなの友達と集まって遊んでる時にやるもんじゃないし。
『……よし! じゃあ続行!』
「おーっ!」
というわけで。
どうせこんなヒントの少ない状況で考えても答えは出ないし、そもそもスキルなど関係なく僕は姪のペットなのだから、とりあえず考えるのをやめて狩りを続行することにしたのだった。
……いや、正確にはペットではないというか、便宜上ペット枠に収まっているだけで僕はペットじゃなくて叔父なんだけども。
ちょっと当然のようにペット扱いされるのが当たり前になりすぎてて、そろそろ僕の人間としての尊厳に支障が出やしないかと若干危惧したりするのであった。




