10. 泣きの1回
僕たちとチンピラの釣り場所を賭けた決闘3本勝負は、ミィに続いて姪もなんとか勝利してストレート勝ちに終わった。強くてかわいい姪の大活躍のお陰である。
それはそれとして、僕は後悔していた。公衆の面前で羽目を外し過ぎたからだ。
なにしろそれまで決闘をやってた場所に飛び込んで、そのまま姪に撫でられ始めたのだ。そりゃ注目も集まるというもの。観戦していたギャラリーたちも、別の意味で興奮冷めやらぬ様子でざわついている。
「尊い……」
「美少女同士のスキンシップは最高だぜ……」
「決着ついた瞬間爆速で狼ちゃんに駆け寄っていくロリ巨乳狐娘ちゃんかわいすぎだろ」
「狐ちゃんの動き、目で追えなかったんだけど俺だけ……?」
「いやー狼ちゃんも強かったなぁ」
「それな」
「PTメンバー全員かわいくて強いとか最強だわ」
姪と戯れていた最中は周りの声など全く気にならなかったのだが、一度気になってしまうとどうしても耳に入って来てしまうというもの。ましてや僕はロリ巨乳狐娘。狐耳の集音性能が高すぎるのも考えものである。
しかし自慢の姪がかわいがられるのは当然のことだし問題ないのだが、僕自身まで美少女扱いされるのはいただけない。たとえ今の僕が美少女なのが事実だとしても、元男としては微妙に居心地が悪いのだ。もうさっさと帰りたい。
「勝負はついたんだからさ、早く解散しよ解散」
「ん、そだね。これで波止場の出っ張ってる所の先っぽはあたしたちが使えるもんね!」
と、僕が解散を提案したところ、姪が嬉しそうに話に乗ってきた。
そういえばそんな約束だったな、この場から離れたい一心でほとんど忘れてたわ。元々この決闘は釣りに使うための場所を賭けてたのだから、そりゃ勝ち取れれば嬉しいか。姪が嬉しそうで僕も嬉しい。
「おいおいカースよォ、お前まで負けちまったらダメだろォ!? あ゛ァ!?」
「いやぁすみませんねぇ、お嬢さんが思ったよりも強かったもので」
「じゃあしょうがねェわ」
「グェヘヘヘ、人は見かけによらないモンだな。あれは仕方ないぜ」
チンピラたちもすっかり反省会ムーブだし、これはもうお開きでいいだろう。
僕はそう思っていたのだが、急に振り向いたモヒカンがこちらにガンを飛ばしながら叫んだ。
「だがこのまま負けっぱなしで終われるわけねェよなァ!? もう1戦やろうぜェ、泣きの1回だァ!!」
「は? 僕たちも暇じゃないんだが? もう1回やる意味ある?」
そのチンピラの主張は、本当に意味不明であった。普通に勝っただけだというのに、なぜ結果にケチをつけられないといけないのか。
こいつらは見た目によらず紳士な奴らだと思っていたが、やはり所詮はチンピラということか。話にならないな。
そう見限って無視しようとした僕だったが、不意にモヒカンことゲドーが下品な笑い声を上げた。
「ククク……ギャァッハッハッハァ!! 残念だったなァ、俺たちが相手側に何のメリットも無しに再戦を要求するとでも思ったかァ!?」
「なっ!? ……んん?」
そのセリフのまるで罠にかかった相手を嘲笑うかのような空気に呑まれ、僕は一瞬ハメられたのかと思ったものの。
よくよく最後まで聞いてみれば、なんというか言葉の雰囲気とはかなり違った。これもしかして普通の交渉では?
「まず第1に、元々この勝負で賭けてた場所の権利はもう必要ねェ! ガキどもにストレート負けして、ハイそうですかと引き下がれるかってメンツの問題だからなァ。この際もう3戦目が出来りゃァそれでいい……が、それだけじゃあデメリットが無いってだけだからなァ。それに加えてこっち側だけ、俺が持ってる激レア武器を賭けさせて貰うぜェ! なのでどうかもう1戦お願いしまァす!!」
いや必死かよ。最後の言葉が切実すぎるわ。
ただまぁそれは置いといて、条件だけ聞けば悪くはない。激レア武器というからにはそれなりのものだろうし、何かを賭けるのがあっちだけというのも安心できる。負けるつもりは無いが。
「おぉーあんちゃん聞いた!? 激レア武器だって!」
「ほーん、ええんやない? 負けても損は無いんやったら受け得やし」
「よしアン、絶対に勝つのにゃ!」
「えぇ……? 僕もう完全に終了モードだったんだけど」
「がんばってねあんちゃん、応援してるよ!」
「任せてるぅちゃん、全力で頑張るよ」
「決まりだなァ! ギャハハハハッ!」
とはいえ正直僕は早くこの場から離れたかったのだが、姪は乗り気なようである。姪に期待されたからにはやるしかない。
なにしろここで勝てば、愛しの姪に褒められるチャンスなのだ。叔父として見逃すわけにはいかない、他の全てを差し置いてでも行くべきだろう。僕は覚悟を決めた。
「なんだなんだ?」
「もう1戦やるってよ」
「おっエキシビジョンか?」
「マジで? ってことはロリ巨乳狐娘ちゃんの戦いも見れんの!?」
「いいぞーやれやれー!」
「狐ちゃんの貴重な戦闘シーン助かる」
うん、まぁギャラリーもまさかのもう1戦のインパクトで話題が上書きされたっぽいし良しとするか。
それに決闘で自分が戦うともなれば、モブ観客の声なんて耳に入ってこないほど集中せざるを得ないしな。意識のほとんどは姪の声援を聞き取るのに使うわけだし、まぁ問題ないだろう。
「よーし、そんじゃァ決闘を申請するぜ」
「ああ」
そんなわけで、僕たちは野次馬から離れたところで向かい合った。
そしてゲドーがメニュー画面を操作すると、僕の方に確認画面が送られてきた。
「おっと、今回は特殊レギュレーションを設定してあるからなァ。その画面でも確認できるが、一応説明しとくぜェ」
「ん? どれどれ……」
危なっ、言われなかったら気にせずそのまま承認ボタン押すとこだったわ。確かにクッズもルールの確認は大切だって言ってたな。早速やらかすとこだった。
しかし特殊レギュレーションか。まず標準を知らないんだけど大丈夫かな? まぁ説明してくれるっていうし、よく分からなくても問題ないか。そう思いながら僕は、ゲドーの説明を聞くことにした。
「まず決闘フィールドの範囲は直径20メートル! 俺たちの戦闘スタイルでも狭くないよう、デフォルトよりも広めに確保だァ!!」
「たち……って、そっちはともかく僕のことまで知ってたりすんの?」
「その腰の短剣を見りゃあ分かるぜェ? 2本ってこたァ、二刀流の短剣使いだ。素早く動き回りながら≪アサシンスロー≫による投擲もあるだろうからなァ」
やべっ、見た目だけでそこまでバレてんの? カッコよさ重視でアイテム欄に仕舞わなかったのがアダになるとは。
まぁ腰に武器を携帯してるんだからそれを使うのは見れば分かるだろうけど、まさか戦法まで見抜かれてるなんて……僕ほかの武器のこととかほとんど知らないから見ても分からないんだけど、情報アドバンテージの差がありすぎない? そもそも相手は武器出してすらいないし。
「……なるほど。ちなみにそっちの武器は?」
というわけで少しでも情報の不利を埋めるため、僕はダメ元で質問してみた。
正直言ってこの試合開始直前のタイミングで相手の武器が分かったところで、だからどうしたって話ではあるのだが。でもまぁ気分的な問題でね? 始まる前から負けてる感じは出したくないじゃん。決して僕が負けず嫌いなだけというわけではないんだけど、なるべく対等な条件から始めたいと思うのは当たり前のことだろう。
「俺の武器が知りたいかァ? ククク……当然ッ! 『短剣』だァッ!!」
「なっ……短剣だって!?」
「ギャハハハッ! その通りィ! 俺たちチンピラの伝統ッ! 懐に隠し持ったナイフを取り出して、そして威圧するように舐めるッ! 危ないから良い子は真似しちゃダメだぜェ~!」
そんな何気ない僕の質問に対し、モヒカン頭のチンピラはまさかの短剣を取り出した。しかも舐めた。すっげぇ悪い顔で舐めた。
マジかよ、こいつキャラ作りのためにわざわざ短剣なんていう不人気武器を……!?
同じくなんとなくの趣味で短剣を使ってる僕が言えた立場ではないが、ナイフ舐めなんていうチンピラアピールをやるためだけに短剣を選ぶのは狂気の沙汰と言えるだろう。≪剛体≫でステータスを超強化できる僕にとってはそれほど大きな問題でもないのだが、この短剣という武器は攻撃力の低さが目立つ。素手よりマシといった程度である。未だに疾風のなんとかって人以外に短剣使いは見たこと無かったくらいだ。
そんな短剣を使うとは、まさにロールプレイガチ勢。覚悟が決まってやがる。
「そうか……だから短剣の戦い方も知ってたのか」
「まァ、俺は大体の武器種については戦法や特徴を調べてあるんだがな。なにしろ情報は武器になるからなァ~! しかも即席で野良のPTを組む時なんかにも、味方の武器について知ってれば連携もしやすくなるんだぜェー! 知らなかっただろ、ギャハハハハッ!!」
マジかよ、使わない武器のことまで調べてあるとか正気か? チンピラみたいな見た目のくせに勤勉すぎるだろ。
しかもバカにしたような笑い方をしながらとはいえ、その辺の目的とメリットについても丁寧にアドバイスしてくれるし。面倒だから僕は真似しないけど。
「っと、それはさておき特殊レギュレーションの話を続けるぜェ。今回はお互い短剣使いってことで、ちょうどいいからなァ。≪駆け斬り≫はクソスキルなんで、使用禁止だ」
「禁止? なんで≪駆け斬り≫が……?」
≪駆け斬り≫といえば、僕が最初に覚えた短剣スキルだ。通常攻撃と大差ないほどに威力が低いが、その代わりモーションがとにかく速いのが特徴で、ほとんど瞬間移動しながら斬りつけるようなスキルである。
それがどうして禁止されるのか。僕は意味が分からなかったが、ゲドーはそのことについても説明してくれた。
「短剣はモンスター相手だとリーチも威力も足りずにクソ弱ぇが、決闘なんかの対人戦だと真価を発揮するからなァ。特に≪駆け斬り≫は人間の反応速度じゃ防御も回避も間に合わねェのに、首にでも当てりゃァ確定クリティカル。それの打ち合いになんてなりゃァ、これ以上のクソゲーは無ェと思うぜェ?」
「あー……それはそうか」
言われてみれば、確かにその主張は一理あった。確かに折角のPvPなのに、特定のスキルを打ち合うだけになれば盛り上がりに欠けるというもの。
ましてや≪駆け斬り≫は目で追えないほどに速い。当然ながら武器同士の打ち合いなんて発生しないし、決まる時は一瞬なので観客にとっても見応えに欠けるだろう。僕にとっては勝手に集まった野次馬のことなんてどうでもいいが、この決闘は姪も見るのだ。だったらなるべく見て楽しめる内容にしたいところだ。
「わかった、じゃあそれで。他には?」
「以上だ。おっと、決闘中に使ったアイテムの消費はオフにしといたからなァ。ポーションの使用は決闘のデフォルト設定で不可だが、ナイフでも石でも思う存分に投げてくれていいぜェ? 仮に失くしたり消費したりしても、決闘終了時に全部戻ってくるはずだ」
「オッケー。承認ボタン押すわ」
ルールを把握した僕が承認ボタンを押すと、周囲に半透明なバリアが展開された。周囲を巻き込まないようにするための区切り、決闘フィールドである。
姪たちの時には参加者を中心に展開されたフィールドだったが、今回は直径20メートルと広めな事情からか、かなり中心の位置がズレているように見られた。おそらくなるべく邪魔にならないような位置を自動で選んだのだろう。
そのエリアには避けきれなかった建物や海も含まれているが、この辺の扱いはどうなんだろう。目の前の親切なチンピラに聞いてみるか……と、思っていたら先手を打って答えられた。
「あァ、建物はフィールド内にあっても侵入できねェから気を付けるんだな。エリア外扱いで、ドアや窓にもバリアが張られてるぜェ。それと堤防からハミ出した海の部分は、別に落ちてもリングアウトにはならねェから安心しな。つっても遠距離攻撃を持ってる相手との決闘中に海になんて落ちたら、一方的に狙い撃たれてハチの巣にされちまうのがオチだがなァ! ギャハハハハハッ!」
コイツついに聞かれる前に説明を……いや、今までも結構してたか。
でもまぁそういうことなら、実質場外のその辺には気を付けておこう。咄嗟に民家に逃げ込むとかは出来ないってことだしな。そんなことしないといけないほど追い詰められた状況なら、予想外のタイムロスは敗北に直結するだろうし。
「準備はいいかァ? 臨戦態勢で向かい合ったら始まるぜェ」
「よし。悪いけど僕、負けるわけにはいかないから」
「ギャハハッ、そっちは何も賭けてねェんだからそう緊張せずに肩の力抜いた方がいいぜェ!」
「ああ!? 負けたらるぅちゃんに褒めて貰えないだろうが!! そんなことも分かんないのかぁ!? おぉん!?」
「おっ……おぅ、そうか」
何故かゲドーは引き気味に動揺している様子であったが、僕が腰から2本の短剣を抜くとすぐさま表情を引き締めてナイフを舐めた。なにその無駄に切り替え早いプロ根性。
そこは向こうから決闘を仕掛けてくるだけあって、おそらくは戦闘前のマイクパフォーマンス的なものにも慣れてるのだろう。開戦前の余計な会話や感情は戦闘に持ち込まないらしい。折角ならそのまま動揺を引きずってくれれば楽だったのだが。
「ギャハハハハッ! 全身全霊でかかってきなァ!! 油断してたらあっという間に負けちまうぜェ?」
「余計な心配だな。歴戦ゲーマーの僕が対人戦で油断なんてするわけないだろ」
『3、2、1……ファイッ!!』
「あんちゃんがんばれー!」
「るぅちゃん見ててね! 僕がんばるからねー!」
「早速油断しまくってんじゃねェかァ!? せめて後ろ向くんじゃねェ!!」
「あんなんで大丈夫なのにゃ……?」
「まぁいつも通りなんやけど……心配やわ」
姪からの熱い声援を受けた僕は、思わず姪の方に振り向いて応えてしまったものの。そんな明らかな隙を見ても、相手のチンピラは仕掛けては来なかった。相変わらず見かけによらず紳士な奴だ。
こちらとしては集音精度の高い狐耳のお陰で背後の様子もある程度わかるし、チャンスとばかりに仕掛けてきたらカウンターで後ろ蹴りを喰らわせてやろうかと思ってたんだけどな。行動原理がチンピラじゃないせいで逆に微妙にやりづらいわ。
「思いっきり戦闘開始のタイミング逃したじゃねェかよォ! 仕切り直しだ、もう1回最初からだもう1回!」
「えー、これが泣きの1回って話だったじゃん」
「誰のせいだと思ってんだァ!? ノーカウントに決まってんだろォが! ほら、そのウィンドウに出てるリトライ承認ボタンっての押せばまた開始の合図してくれっから!」
まったく、もう1戦つきあってもらっておいて注文が多いモヒカンだな。まぁ僕は心が広いので許すが……正確に言えば、姪の前での僕は心が広いので許すが。これ僕1人だったら普通に断ってるからな、姪に感謝してほしいところである。
とにかくそんな多少グダグダな展開はあったものの、僕とゲドーの短剣使い同士による、幻の3回戦が幕を開けた。
いや、幕を開けてから1回閉じたわけだが……まぁすぐにまた再開するし、別に間違いでもないだろう。僕が姪に褒められるための、ついでに激レア武器とか名誉とかが賭かった戦いが、いま幕を開けたのだった!




