15. プライド
手早く床掃除を終えて、ブカブカのシャツを脱いで洗濯機に放り込む。洗濯物が増える一方だが若干濡れてしまったので仕方ない。
ちょうど裸になったので風呂場に移動し、今度は体の方を軽く水で流す。姪を待たせている手前、お湯になるまで待つという発想は無かった。
とはいえ今は夏だし、洗うのも下半身だけなのでそれほど問題は無い。乾かすのは時間がかかるので、誤って長い髪や尻尾に水がかからないように気を付けながら洗い流し、さっさとタオルで拭いて風呂場を後にする。
ちなみにその過程で童貞の僕には本来刺激の強すぎる若い少女の柔肌に何度も触れたが、姪のため一刻も早くゲームに復帰しようとしている僕にはこんなところで欲情している時間は無い。鋼の意志で耐えた。
「はぁ……それにしてもこれは、早めになんとかしないとなぁ」
慣れない体だとはいえキチンとトイレを使うことすら出来ない現状に思わず溜息が出る。いい年して日に二度のおもらしは正直精神的に来るものがあった。いや、一度でもキツイが。
ともあれこれ以上の被害を防ぐため、なんとかして対策を打つ必要がある。
ネトゲ廃人はゲームのために介護用オムツを装着するのが常識だというが、流石にそんな人間の尊厳を捨て去ったことはしたくない。本来の僕も介護用オムツを着けるような歳ではないし、今の体だってオムツなんてとっくの昔に卒業したような年齢のはずだ。
「いや待てよ……? 半分狐みたいなもんだしペットシートいけるか……?」
そんな時ふと名案が……名案? 名案でもないな……
とにかくペットシートという言葉が頭を過ったがただの気の迷いだったので一瞬で却下した。そもそもそんなものを敷いたところで何の解決にもならないのだ。やはり時間をかけて慣れていくしかないだろう。
使わないに越したことはないのだが、今回は一応保険としてベッド横にバケツを置いておく。使うつもりは無いが、万が一ということもあり得るので備えておくに越したことはない。使うつもりは無いが。
それから替えのシャツを頭からすっぽりと被り、ゲーム機を装着したら横向きの体勢でベッドに寝転がる。今までは普通に仰向けに寝てたのだが、この体になってからというもの胸や尻尾が邪魔で横向けにしか寝られなくなったのだ。
「寝る体勢も自由に選べないなんて、女の子って大変だよなぁ……」
今や他人事ではないのだが、思わず世の女性たちに同情してしまう。いや、女性ならみんな胸が邪魔で横向けにしか寝られないということはないだろうし、尻尾なんて僕ぐらいしか生えていないのだろうけど。
そんなことを考えながら徐々に意識が切り替わっていき、僕はゲームの世界へと再び降り立った。ログアウトした時と同じ路地裏にロリ巨乳狐娘が現れる。
「おかえりあんちゃん」
「あれ、るぅちゃん?」
しかしそこにいたのは、時間がかかるから先にクエストに行っていいと言っておいたはずの姪だった。キチンとチャットが送信できていなかったのだろうか。
「別に1人で先に行っても楽しくないしね。ネットで情報見ながら待ってたの」
「そうなんだ……ごめんね、待たせちゃって」
「全然いいよ、ちょうど良い感じの攻略情報も手に入ったし。あんちゃんこそ仕事の話って言ってたけど大丈夫だったの?」
「うんまぁ、思ったより早く終わったから。このあとも問題なくゲームできるよ」
「よかったぁ」
どうやら上手く誤魔化せていたようだ。嘘をつくのは心苦しいが、本当は何があったのかなんて決して気取られるわけにいかない。
「ちなみにトイレって言ってログアウトしてたけど。ちゃんと拭けた?」
「……拭けたよ」
ごめん嘘。床しか拭いてない。
あれ、でも待てよ……? 男の僕に拭いたかどうかなんて聞いてくるってことは……そうか! この姪さては、僕がしてたのが大きい方だったと思っているな!? それなら……いける! ごくごく自然に誤魔化せる! フハハハまさか姪も自分の叔父が30過ぎておもらしの後処理をしてただなんて思うまい! この勝負、僕の勝ちだッ!
「ふぅん……?」
しかし拭けたと答えたそのリアクションが少し不自然だったのか、一瞬何かを考えるような表情になった。マズいな、流石にバレたか?
「そっかそっか、拭けたんだー? 上手に拭けて偉いねー」
「ちょっ」
しかしそんな様子はすぐに消え去り、いつもの姪の笑顔に戻る。そしてまたしても頭を撫でてくる。気持ち耳の付け根らへんを中心に。これまさか耳に触りたいから何かと理由付けて撫でようとしてるだけでは?
その行為自体は僕としても満更でもないのだが……今回はちょっと勘弁してほしい。なにせ拭けてないのを拭けたと偽っているのである。そこを褒められるのはなんというか、男としての自尊心だとかプライドだとかその辺が苦しくなる。まぁこの件に関してはプライドなどもうあったものではないのだが。
「っ……そ、それぐらいで褒めなくていいから! ほら行くよっ!」
「あっ。あんちゃん待ってよー!」
だから僕は心苦しいが少し強引に振り解き、恐らく羞恥から赤くなっているであろう顔を見られないよう、姪に背を向けて走り出す。
そんな僕の背中を追いかける少女と共に、今度こそクエストの目的地へと向かったのであった。




