1. 約束の甘い手土産を
朝になって目を覚ますと、そこは自室のベッドで僕は狐だった。端から見ると完全に意味不明な文章だが、実際に今は狐の姿だったので間違いでもない。
枕にしていた大きな尻尾から頭を持ち上げて、くぁぁと大きなあくびを1つ。快適に眠ってすっきりと目覚めることが出来た僕は、満足気に≪獣化≫を解除した。
「うおぅ……そういえばこの格好だったか」
ロリ巨乳狐娘形態に戻ったところ、一瞬自分の姿を見下ろして素でビクッとしてしまった。別にロリ巨乳狐娘であることにはもう慣れつつあるので驚きはしないのだが、それが下着姿であったのなら話は別だ。
昨日の夜、この姿のまま狐になってたとか完全に忘れてたわ。というか狐になってる間、身に着けていた物はどこ行ってるのだろうか。ガチ狐状態だと動物らしく普通に全裸だったはずだが。
「っ……マジかよ」
そんなことを考えながらベッドから立ち上がった僕は、自分が寝ていた場所を見返して軽く絶句してしまった。その光景を見たことで、男として反射的にゾッとしてしまう。
というのもシーツに、毛が……抜け毛がすごく付いていたのだ。いや、あくまでも全身を覆う毛なので、頭髪じゃないことは分かってるから冷静に考えれば大したことは無いのだが……それでも朝に目が覚めて、シーツがこんなことになっていたら少しばかり心臓に悪いというものだ。あとそれと関係ないけど抜け毛の処理が地味にめんどくさそう。
「この辺は要改善だな」
そういうわけで粘着テープのコロコロでシーツについた抜け毛を掃除しつつ、次これをやる時はタオルでも引くべきだろうかと考える。なんだかんだ寝やすかったので、これ自体は割とアリなのだ。
「特に身体に異常も無いし、むしろ調子は良いぐらい……いや、一応確認しとくか」
とはいえこんなにも狐として長時間過ごしたことは無かったので、無事にちゃんと戻れたかどうかは少しばかり気になる。
こんなことなら≪獣化≫の仕様とか、念の為カナメに確認しておくべきだったか。若干そう後悔したものの、まぁよっぽどヤバいデメリットとかがあるなら向こうから勝手に言ってくれてただろうと信じてあまり気にしないことにした。軽く鏡で目視確認するぐらいはするが。
「おおっ!? これは……むしろメリット出てるのでは!?」
だが姿見の正面に立って自らの姿を見てみれば、そんな不安は一気に吹き飛んだ。そこに映っていたのが、昨夜と変わらぬロリ巨乳狐娘の姿であったからだ。
「すげぇ……そのままだ!」
僕は感動していた。なにせ鏡に映ったのが、寝る前に見たそのままなのだ。そう、髪までも。
「寝癖ついてないとか……神か? 髪だけに」
この状況の何がすごいって、この腰まで伸びる長い金髪に一切の寝癖がついていないことである。狐の姿で寝たために、こっちの身体には寝癖がつかなかったのかもしれない。
何気にこの髪、髪質こそ柔らかいが細い代わりに毛量が多いので寝癖を直すのは中々の重労働だったのだ。女の子の髪は長い方が僕は好きだが、それだけの理由で自分の髪を長いままにしておくのは正直ツライ部分があった。毎朝の身支度が大変な原因の一端だったのだ。
しかしこれなら……狐モードで寝れば髪に寝癖がつかない! 完璧だ。この手間の削減は何気に結構大きい。僕は今後、狐として眠ることを決意した。
「うわーこれは良いな、狐最高……ん?」
その新たな発見によりご機嫌になった僕は、無意識に尻尾を左右に振っていた。
それにより鏡にチラリと映ったのは、これまで身体の後ろに隠れていた狐の尻尾。その揺れ動く尻尾を視界に捉えた僕は、僅かに違和感を覚えた。
「あれ、今……あっ」
違和感の正体を確かめるべく、大きな尻尾を身体の前側に回してみれば。
この異常なまでに気持ちよかった安眠……その代償を、決して安くない対価を。知らない内に支払わされていたのだと、気付いてしまった。
思えばそう簡単に美味い話などあるはずがなかったのだ。僕は、昨日の夜までとは打って変わってしまった尻尾を見て衝撃を受けた。
「尻尾すげぇ凹んでる……!」
高級枕として一晩中使っていた、ふわふわもふもふの尻尾。
しかしそんな使い方をしたせいで、頭を載せていた場所には……思いっきり凹んだような寝癖が、しっかりとついていたのだった。
朝からシャワーを浴びた僕は、旅行用の小さなキャリーバックを引きながら街を歩いていた。髪に寝癖はつかなかったのに、むしろ身嗜みを整えるのに余計に時間がかかるとはこれ如何に。
とはいえやらないわけにもいかないので仕方ないだろう。こうして出掛けるのだから……と、いうわけではない。外に出るにしても、今のように尻尾は縦長の改造リュックに隠すだけだし尻尾の見た目など気にしない。
ではなぜ尻尾の毛並みを整えてきたのか。答えは簡単、姪に会うためである。
つまり僕は今日、久しぶりに実家へ帰ろうとしているのだ。今までは問題を先送りにしてきたが、そろそろ両親にも説明しなければならない頃合いだろう。息子がロリ巨乳狐娘になってしまったことについて。
そんなわけで事情が事情ゆえに落ち着くまで仕事は休むつもりで休暇を取ってあるし、ちょっと早めで長めの夏休みの帰省だ。といっても電車で20分の距離なのだが。
「それにしてもやっぱ目立つな……」
世間では学校も既に夏休み真っ只中なので、この暑い中でも街には浮かれた気分の子供もちらほらと出歩いている。が、その中でも僕は圧倒的な存在感を放っていた。
いくらサラさん特性の白無垢パーカーで狐耳を隠しているとはいえ、それでもケモ耳フードの金髪ロリ巨乳美少女。いくら夏休みだからってここまでハメを外してる学生などそうそういまい、案の定目立ちまくりである。
一応≪人化≫を使えば耳と尻尾を消すことが出来るのは発覚したが、それでもまだまだ検証不足だ。どの程度の時間持つのかが分からない内は、下手に人目に付く場所で使わない方がいい。
なにしろもし仮に往来のド真ん中で急に維持できなくなって、耳と尻尾がまろび出てしまったりすれば大惨事である。主に僕の羞恥心が。
「おし、着いた」
そんなわけで自宅から徒歩数分で到着したのは、おいしいと評判の駅前のケーキ屋さんである。車を持っていない僕はこのあと電車で実家へ向かうので、姪へのおみやげの為の寄り道としても立地的にもちょうどいいのだ。
姪にケーキを買って帰ると先日約束したのもあって、この手土産は絶対に欠かせなかった。約束してなくても買って行ってたと思うが。
「今日は……マシだな」
その店はおいしいと評判なだけあって、いつも長蛇の列……とまでは行かなくとも、そこそこ購入の順番待ちの列がある。今日は若干少ない方だが、それでも軽く10人以上は常に並んでいる。
尚、行列に並んでいるのはほとんどが若い女性や子連れである。僕はいつもここに男1人で突撃していたので心なしか周りの視線が気になったものだが、今の僕は小さな少女。つまりケーキ屋さんに並んでいても全く違和感など無いのだ。まさかこの身体がこんな場面で役に立つとは。金髪ロリ巨乳美少女というだけで常時周りの視線を集めてるので台無しだが。
そんなことをしみじみと考えながらスマホを弄っていると、そろそろ僕の番が近付いてきた。何を買うかを事前に決めるため、スマホをポケットに仕舞ってショーウィンドウへと目をやる。
ちなみにカナメにファインで送ってみたメッセージには未だ既読がついていなかったので、まだ寝ているようである。
「うーんどれにしよ……」
それはともかくレジの下のショーウィンドウに並んでいたのは、多種多様で様々なケーキであった。
その数多くのラインナップを見ていると自分が食べる分を選ぶだけでも悩ましいが、今重要なのは姪が食べたいものを当てることである。ぶっちゃけどれもおいしそうなので、僕の分はいくつか買った内の姪が選ばなかったやつでいい。
一応参考までに、前にケーキを買う約束で釣った時にはイチゴとチョコクリームのやつを希望されていた気がする。つまりイチゴが乗ったチョコレートショートケーキだ。
とはいえ姪の気分はうつろいゆくもの、馬鹿正直にあのとき言われた物を選ぶだけでは叔父として二流である。最近は暑いから……そうだな、フルーティーなフルーツが沢山乗ってるこれがいいだろう。チョコレートクリームも使ってるし、イチゴも混ざっているのでちょうどいい。
それとは別に、イチゴとチョコがトッピングされた普通のチョコレートショートケーキも選んでおく。これは基本的に僕の分のつもりだが、姪がこっちを食べたいと言った場合はその限りではない。
あとは……一応残りの家族の分も買っておくか。姪と僕の分だけだと、主に母から文句を言われてしまいそうだ。
まず母の分は、本人が好きな……チーズケーキかモンブランだな。姪はチーズケーキの方が好きなので、チーズケーキにしておこう。
次に父だが、本人の好みとしては甘さ控えめな抹茶ロールケーキである。が、これは姪が嫌いなので却下だ。プリンアラモードにしておこう。
あと姉の分は……要らないだろうな。でも万が一ということもあるし、予備で1個余分に買っておくか。たぶん姪の分の2個目になるから、姪の好きな中から選んでミルクレープにしよう。ついでに僕もミルクレープ食べたくなってきたな、僕の分も2個にするか。
よし、完璧。これで概ね姪の満足いくラインナップになったはずだ。僕にとっては姪が第一なので結局姪が好きなケーキを選んだだけとなったが、まぁそんなことは些細な問題だ。みんないい大人だし、姪はかわいいので誰も文句は言わないだろう。
「お次のお客様どうぞー」
と、決まったところでちょうど僕の番になった。レジ係の若い綺麗なお姉さんに呼ばれて、表には出さないが内心やや緊張しながら前に出る。
ちなみに言うまでもないが、童貞にとっては特に何も無いと分かっていても美人の店員さんを前にしてドキドキするのは日常である。
「こりぇ……これ、と。これとこれとこれ、あとこれ2個ください」
が、そんな緊張などものともせずに僕はスムーズに目的のケーキを伝えた。
最近の僕をそこらの童貞と同じにしてもらっては困る。なにせ今の僕は女体(ただし自分の身体)に触り放題のスーパー童貞なのだ。女性への耐性もじわじわと上がってきているはずだし、この程度の対応は造作もない。決して噛んでなどいない。
「1人でおつかい? えらいねー。マカロン1個オマケして入れとくね?」
「あっ……ありがとう、ございます」
そんな僕に対して店員のお姉さんは、笑顔で接客しながら上手に注文できたことを褒めてくれた。子供扱いされるだけならまだしも、それを理由にオマケまで貰うとなると……なんか金銭的なものも絡んでくるので、年齢詐称の詐欺とかに該当しないかちょっと怖いな。
いや、しかし今は年齢を証明する物を何も持ってないからバレようがないしセーフだろう。ていうか現状だと身分証明すら不可能だ、できるものならやってほしい。
それに恐らく無理に断ろうとして会話なんてしたら、中身が漏れ出てしまって挙動不審なロリ巨乳美少女という醜態を晒すことになるし。
このまま何も言わず貰っておくのが正解だろう。時には諦めも肝心である。
「あっ、箱の方これにお願いします」
「はいはーい」
ただし諦めつつも、キチンと持参した保冷バッグに入れてもらうことは忘れない。ここからでも実家まで電車と徒歩で合わせて30分近くかかるし、その間にケーキが傷んでしまっては姪が可哀そうだからだ。
まぁこれぐらいの時間なら保冷剤だけで大丈夫だとは思うが、一応夏場だし用心しておくに越したことは無い。自分用のケーキならまだしも、姪へのおみやげだからな。そこは叔父として一切の妥協を許さない。
「2860円になります」
「えーっと……1万円からで」
リュックの外ポケットから取り出した黒い革の長財布には、1000円札が無かったので万札で支払った。
だがしかし。なんだか店員のお姉さんは一瞬それを怪訝な表情で見て、僅かに間を置いてから納得したように受け取った。うん? お釣り用意するのそんなに嫌だったのか……?
「そっか、おつかいだもんね。お父さんとかに頼まれたのかな?」
「ん……? あっ!」
店員さんがそう言いながら見つめる先、そこに何があるかを理解して僕はようやく気付いた。金髪ロリ巨乳美少女たる自分が出した財布が、あまりにも見た目に不釣り合いな男物の無骨な財布であったことに。
やべぇよやべぇよ、普通に男だった頃のやつ使ってたけどこんな財布を女子小学生は使わないって。あ、でも別に女子小学生を装ってるわけではないんだけど……いやしかし今回は子供だからとオマケ貰ってるし、バレたらダメなやつか? とりあえず……誤魔化すか。
「そ、そうです」
「そっかそっかぁ。ケーキもだけど、お父さんのお財布も落とさないように気を付けてね?」
誤魔化しの極意、とりあえず肯定。今回のように相手が勝手に勘違いしている場合は、Yesと言っておけばその場だけは大体どうにかなるのだ。見た目は子供だが頭脳は立派な社会人である僕にとって、この程度の誤魔化しなど造作もない。
よかった、コージから教わった話術テクニックが役に立ったな。まぁ本当にその場しのぎでしかないから、むしろ使わないよう心掛けるべき悪い例として教わったやつなのだが。
「ありがとうございましたー」
「……ふぅ」
なにはともあれ、なんとか無事にケーキを購入することが出来た僕は店を出て一息ついた。なんか無駄に疲れた。
それにしても僕は、どうしてこうも子供扱いされてしまうのか。この大きな胸を見れば大人だと思われてもいいのではないかと思うのだが、それを差し置いて明確に子供と見なされる判断材料でもあるというのか。
まぁ身長と体格と顔つきのせいというか、胸以外のパーツを見れば全部子供判定が出ると思うが……流石にここまで子供扱いされると、自分が大人の男だということに自信が持てなくなりそうだ。ちょっと自己暗示でもかけておくか。
「僕は大人……僕は大人……あと男で……ついでにイケてるナイスガイ……!」
などと呟きながら、ケーキ屋さんのピカピカの窓ガラスに映った自分の姿を見る。どこからどう見ても金髪ロリ巨乳美少女だった。姪ほどではないがかわいい。胸はやたらと大きいが、それ以外から判断するに恐らく小学4年生ぐらいだろうか。
うん、自分でもこう思うぐらいだからもうダメみたいですね。
「ぐぬぬ……」
そんな風に外から窓を見つめていたら、不意にガラスの向こうの店員のお姉さんと目が合った。一瞬気のせいかとも思ったが、小さく手を振りながら優しく微笑んでくれたので間違いではないだろう。こんなん惚れてまうやろ……僕が男のままだったら危うく勘違いしてしまうところだったぞ。
だがしかし、あいにく今の僕はついさっき自分の姿が金髪ロリ巨乳美少女であることを確認した直後なのだ。童貞特有の「この店員さん俺のこと好きなんじゃね?」的な発想に惑わされてしまうことは無い。
なので僕は、大人の頭脳と社会経験を以ってして自らの置かれた状況を冷静に判断して。
……それが小さい女の子に対する態度だということは明らかだったので、乾いた笑いと共に手を振り返しておいたのだった。




