10. すやすや狐
無事に鉄を手に入れた僕たちは、あのあと街に戻って本来の目的である新装備を手に入れた。姪も新たな剣に満足してくれたのでなによりである。
そして今は解散して、ログアウトした自室の鏡の前。そこに僕は今現在、とある目的のために下着姿で立っていた。
流石に7日目ともなれば多少は見慣れないこともないが、相変わらず破壊力抜群のロリ巨乳狐娘体型である。いつかこの身体の存在感にも慣れる日が来るのだろうか。来ない気もする。
「……よし、やってみるか」
ちなみにどうしてこんなことをしているのかというと、遂に例の計画を実行に移す時が来たからである。ただ例の計画と言っても、決してやましいことをするわけではない。少なくとも今は。
とにかく練習はバッチリ、これならいけるはず。そう確信を持った僕は、覚悟を決めてスキルを――いや、妖術を発動した。
「≪人化≫! ……おっ、よしっ! できた!!」
かくして実験は大成功。狐の耳と尻尾が消えて、鏡に映ったロリ巨乳狐娘はただの金髪ロリ巨乳美少女になっていた。やったぜ。
それにしても無事に成功して本当に良かった。現実で肉体を変化させる系の能力なんかを使うのは、万が一の失敗が怖すぎるからな。その辺についてはゲーム内で練習した成果である。実は1人で暇だったので、密かに午前中に練習していたのだ。
「ふむふむなるほど……」
確かに上手くいったという手応えはあったが、それでも若干の不安は拭えなかったので一応身体を隅々まで確認する。大きな違いである耳と尻尾以外の部分については、見たところ全く変わっていないようだ。ここは問題ないだろう。
頭を触れば大きな狐耳は消えており、代わりにしっかりと黄金色の髪が生えていた。キチンと側頭部のヒト耳の方は残ってるし、音だって普通程度には聞こえるので機能面も大丈夫そうだ。
鏡に背を向けてお尻の方も見てみれば、尻尾があったはずの場所はまるで何も無かったかのように平凡な丸い小尻であった。ローライズの下着からお尻の割れ目の上の方がハミ出ていることを除けば、至って普通の後ろ姿だ。今までは尻尾があったのでこの辺は直視できなかったが、こうして見るとやっぱヤバいわこの下着。童貞の僕はそっと目を逸らした。
「まぁ……とりあえずこれでいいや」
まだまだ現実で使う場合の持続時間やMP的なやつの消費など、気になる点や検証しなければならない部分の問題などは盛り沢山である。が、あまり細かいことを気にしていても仕方ないので、一旦これで良しとした。
それにいくら狐部分を消したことでなんとか普通の人間の姿になったとはいえ、かつての元の姿に比べれば金髪ロリ巨乳の身体は問題だらけだ。ありていに言ってしまえば全然何も元には戻ってないし、これで万事解決となるはずもない。
ただまぁ何かの拍子に耳と尻尾を見られそうになった際、≪人化≫が間に合えば誤魔化せるというのは大きい。人間社会で生きるにあたって若干マシになったかな、程度だけど無いよりはマシである。
ただし日常生活で尻尾が邪魔なことは案外多いので、地味に役立ちそうな気はしないでもない。主に湯舟に浸かる時とか、トイレに座る時とか。
「で、戻る時は……≪獣化≫! おお、戻った」
そして案の定≪獣化≫を使うことで、人間モードから普段のロリ巨乳狐娘モードに戻ることができた。
正直元人間な僕にとって、どっちの状態になることを「戻った」と表現すればいいのかというのはある。ただまぁ不本意ながら、このロリ巨乳狐娘の姿の方が落ち着くというかしっくり来るというか……とにかく、どちらかと言えばこっちが自然体なのだという気はするのだ。尻尾が無いと重心も変わるし。
「あとは……よし、これも出来るな」
ついでに一応、無詠唱というか技名を口に出さずに≪人化≫と≪獣化≫を使えるかも試してみた。
さっきはイメージしやすいよう口に出したが、実際今はゲームではないのでシステムが音声認証でスキルを発動してくれるわけではない。全部自力でやってることなので、大切なのは妖力操作だけである。
「……それにしてもこれ面白いな」
そんな中、ふとあることに気付いた僕は≪人化≫と≪獣化≫を素早く無詠唱で何度か繰り返してみた。
するとそれを繰り返す度に狐耳と大きな尻尾が出たり入ったりというか、生えたり引っ込んだりというか。なんか一発ギャグとして使えそうだななどと考えながら、しばらく下着姿で鏡の前に立って遊んでいた。
「≪人化≫≪獣化≫≪人化≫≪獣化≫≪人化≫……≪獣化≫とみせかけて≪人化≫!」
挙句の果てには意味も無くフェイントを入れてみたりと、自分の身体を変化させているのだということさえ忘れて熱中していた。
だからなのだろうか。少しはしゃぎすぎて気が緩んだ時、その事件は起こった。
「≪獣化≫≪人化≫≪獣化≫≪人化≫、≪獣化≫キャンセル≪獣化≫……ッ!?」
それは≪獣化≫を途中で中断するとみせかけて、やっぱり≪獣化≫する高等テクニック……の、はずであった。
しかし結果は失敗。≪人化≫状態から≪獣化≫するのをキャンセルしたはずが出来ておらず、それでいて勢いそのまま≪獣化≫してしまったのだ。
するとどうなるか。1度≪獣化≫したことで既にロリ巨乳狐娘モードであったのに、更なる≪獣化≫を使えばどうなるか。ゲームの中では散々やっていたことではあるのだが、遂に現実でもそれをやってしまったのだ。
「コン……!」
目の前の鏡の中には、1匹の狐がいた。よく手入れされたフワフワの尻尾を持つ、大人と言うにはまだ小さいメスの狐だ。
その狐は困惑しているような、どうしようやっちまったというような表情をしている。なんでそこまで細かく狐の表情が分かるのかって? 今まさに鏡の前で僕がそう思ってるからだよ。
本来ならば、リアルでこの姿になるつもりはなかった。なにせ戻れるかどうかが分からないのである。
だってそうだろう、狐から人間に戻るのってすごい難しそうじゃん? ゲーム内でのシステムで勝手にやってくれるならまだしも、自力で出来るかどうかってなると自信ないじゃん? それならいっそ封印するのがベストな選択だろう。封印できてないが。
「コャァン……」
しかしどうしたものかと呟いて、僕は途方に暮れた。
いや、こうなったらやるしかないのだが。とはいえつい勢いでガチ狐モードになってしまったこととは裏腹に、ここから戻るのは中々難しそうだというのを試すまでも無く手応えとして感じる。何なんだよこの罠。
だがこのまま戻れないというのは非常にマズい。何がマズいかと言うと、この身体では頭が小さいのでゲーム機のサイズが合わないのだ。この体で使うならば特注サイズでメーカーに依頼するか、自力で改造しなければならないだろう。
つまり今のままだと姪とゲームで遊べないということ。仮想世界ですら姪に会えないとか、いよいよ世界の終わりである。あとついでにもう1つ問題があるとすれば、玄関のドアを開けらないので家から出られず餓死することぐらいか。
「コーン……」
待てよ、狐の前脚ってそういえば……うん、やっぱり肉球はあるな。これなら最悪、スマホでコージ辺りに救援要請のメッセージを送れば救助は期待できるか。であれば部屋から出られない問題は解決である。
そうすると車で実家に送ってもらうこともまぁ出来なくはないし……本当に最悪のケースになるが、もしこのまま戻れなかった場合は姪のペットになるしかないだろう。不本意ではあるが次善の策としては悪くない。
とはいえ僕としては、あくまでも人間として姪をかわいがりたいのである。撫でられるより撫でたいのだ。このまま戻らないつもりは無い。
なのでせめてロリ巨乳狐娘に戻れるようにと、僕は全身全霊で≪人化≫の妖術を組み上げた。
「コャァァァァァアア……! コォン!!」
そして気合いを溜めての掛け声……もとい鳴き声と共に、勢いよく全力で≪人化≫を発動した。
「お……おおっ!? よっしゃぁ! 戻ったぁ!!」
かくして結果は大成功。なんとか完全に獣になる前に戻ってこれたようだ。
意外とあっさり戻れて拍子抜けした部分も無くはないが、まぁ戻れないよりは良いだろう。よかったよかった。
「ふぅ……さて、と」
思わぬハプニングに見舞われこそしたものの、なんとか解決して落ち着いたところで僕は改めて今回の目的を果たすべくベッドに向かった。途中で≪人化≫を発動し、耳と尻尾は消しておく。ついにこの時が来たのだ。
相変わらず下着姿ではあるものの、パジャマを着直す時間さえ惜しいと感じるほどに待ちきれなかったので仕方ない。風呂のあとはゲームしかしてないから汗とかかいてないし、少しぐらい構わないだろう。
というわけで僕は、ベッドに上がるや否や――ここ数日我慢していたが故に、溜まりに溜まっていた欲望。それを一気に解放した。
「ヒャッホー仰向けだァー!」
僕は以前よりも大きく感じるマットレスに腰を下ろすと、そのままベッドに背中からゴロンと寝転がった。そう、これは仰向け。ここ最近は大きな狐の尻尾が邪魔で、取ることができなかった体勢である。
別段僕は仰向けでないと寝れないとかいうこともないのだが、いざ出来ないとなればやりたくなってしまうものだ。今まで当然のように出来ていたことが出来ないと、案外ストレスを感じるものである。
そんな微妙に溜まったフラストレーションを発散するかのように、僕は存分に背中でベッドを堪能していた。うんうん、やっぱり寝るときの体勢は自由でないと。
「しかしこれは……うーん」
だがしかし、そんな久しぶりに手に入れた自由とは裏腹に僕の心は晴れなかった。
確かに尻尾が無い今は仰向けに寝転がることが出来る。けれども、なんというか……寝苦しいのだ。まるで胸に重さ数キロの重りでも乗せられているかのような、そんな謎の息苦しさがあった。
「くっ……一体どうして」
……いや、分かってはいるのだ。分かってはいるけど……はぁ。
折角邪魔な尻尾を消す方法を習得したのに、それでも僕はまだ仰向けに寝ることすらできないというのか。ロリ巨乳狐娘は仰向けに寝ることに対して障害が多すぎる。
そんな現実を思い知らされた僕は、遠い目をしながら自身の胸部に乗っている2つの塊を眺めた。
「無駄にデカい邪魔な脂肪め……」
その日、僕は生まれて初めておっぱいを恨んだ。
まぁこの1週間で多少は煩わしく思うことなら結構あったのだが、それでも中身は男なのでおっぱいのことを嫌いになることなんてできなかった。ちょっと邪魔だけど、エロいしオッケーぐらいに思っていた。
だがモノには限度というものがあるだろう。これは看過できない。僕は怒りに任せて、諸悪の根源たる肉塊を乱暴に揉みしだいた。
「このっ……! お前のせいで! お前のせいで! こうしてやるっ!」
だがそんな八つ当たり行為は当然ながら何の解決にもならず、ただただ指が疲れるだけだった。もちろん怒りに身を任せた行動なので、微塵も気持ちよくなどなっていない。何も得ていない、無駄な行為だった。
僕は尻尾が無くとも結局横向きに寝転んで、深い溜め息をついた。うつ伏せにしても胸が邪魔で出来ないので、強制的に横向き一択である。見る分には良いけどやっぱり自分の身体に付いてるのは邪魔すぎるだろこれ。
「これじゃあ≪人化≫状態で快適に睡眠……とかは無理そうだなぁ」
まぁそもそも、こうしている間にも徐々に僕の中で何らかのエネルギーがじわじわと減っていってるのは感じるのだ。それほど多い消費では無いと思うが、どのみちずっと≪人化≫していることは無理なのだろう。やはり基本はロリ巨乳狐娘モードで過ごす必要がありそうである。
「仕方ない、元の姿に……待てよ?」
しかしそこで僕は閃いた。
胸が邪魔なら、胸が邪魔にならない身体になればいいのでは? と。
もっとも、今の僕ではよくある創作の中の狐のように自由自在に好きな姿に化けるようなことは出来ない。何なら今後も出来るようになるかどうかさえ不明だ。
だがしかし、既にあるではないか。胸を邪魔に感じない姿が。しかも最初は懸念こそあったが、既にこの姿に戻ってこれることも判明している。これは試してみるしかないだろう。
そう思った僕はガバッと起き上がって≪人化≫を解除し、早速やってみることにした。
「≪獣化≫!」
そして変身するのは、先ほど間違って使ったガチ狐モード。
僕は気付いたのだ、この身体ならば胸は大きくないと。人体に比べて関節周りの自由度は低いかもしれないが……まぁなんとかなるだろ!
かくして狐となった僕は、相対的に更に広くなったベッドにゴロンと寝転がった。
「コォン……! コャンコンコャン!」
あっこれ意外とよくない? 思いのほかいい感じだったので、僕はテンションが上がって思わず感動の言葉を口にしていた。
狐になって寝てみるとか半分ダメ元での試みであったが、横向きやうつ伏せになる分には予想外に快適だった。ぐでーっと前脚を前に出して意外とくつろげる。普通にアリでは?
少なくとも、胸を邪魔に思いながら過ごすよりは楽な気がする。仰向けに寝れないのは相変わらずだろうが、まぁそこは仕方ない。
いや、やってみたら意外と仰向けも……うぅーん、特別楽な体勢ってわけではないけど……出来なくはないな。ロリ巨乳狐娘モードだと背中に対して垂直方向に尻尾が生えてるから邪魔だけど、ガチ狐モードだと背中の延長線が尻尾のラインな感じだから邪魔にはならない。脚とかの骨格的に若干無理のある体勢ではあるけど、まぁ寝れなくはないって感じだろうか。例えるならソファの肘掛けに脚を投げ出して寝てるような感覚だ。
しかしそこはやっぱり寝るならうつ伏せだな、こっちの方が楽だし。
まぁ睡眠目的でなければ仰向けもアリなんだけど。体感でキングサイズの何倍かという巨大なベッドの上を、仰向けでゴロゴロするのは楽しいし気持ちいいし。
「コーン……コン!」
そんな風にベッドの上で狐としてはしゃぎ回っていた僕だが、そういえば狐って丸くなって眠るイメージだなと思い至った。
そんなわけでスマホを肉球で操作して「狐 寝る」で画像検索してみれば。うつ伏せで寝ていたり横向きの画像も出てきたが、尻尾も含めて丸まって寝ている画像が多かった。
なるほど、狐にとって寝る時の尻尾は掛け布団的な扱いなのか。そして場合によっては枕や抱き枕としても使える、万能寝具といったところだろうか。確かにこのモフモフは良い毛布になるだろう。ちょっと僕もやってみるか。
「コャァ……!?」
試しに枕として顔を乗せてみれば、なんという素晴らしい使い心地。まさに至高の枕と言っても過言ではなかった。僕が今まで使っていた枕は何だったのかというほどの格の違いである。
これは世の狐がこぞって枕にする気持ちも分かる。表面の毛による低反発と中心部の芯によるしっかりとした支え、その二重構造が極上の寝心地を実現しているのだろう。
まさかこれほどまでだったとは。今度姪にも体験させてあげよう、その時はロリ巨乳狐娘モードの大きい尻尾の方がいいかな。
「コァ……ン……」
――そんなことを考えながらも、新しい枕のあまりの気持ちよさに僕の意識は次第にまどろんでいく。
そして最初は≪人化≫を使って人の姿で快適に寝ようと目論んでいた僕なのに、最終的にはなぜか狐の姿で快適な眠りについたのであった。




