11. 譲れないモノ
それから、数分。
試着がワンボタンで終わるので着替えの手間が無いため、ゲーム内でのファッションショーは非常にテンポ良く進む。それがモデルである僕の精神的に良いのか悪いのかは別として。
「うーんやっぱりスカートもかわいい!」
「ハハハ……」
僕は死んだ目をしながら姪の着せ替え人形にされていた。着せ替え人形は5年前に結構お高いやつをプレゼントしたのだが、今やそんなものでは満足できなくなったというのか。
「でもやっぱり、それは脱がない感じ?」
「うん、いくらるぅちゃん相手でも男としてこれだけは譲れない」
それはスパッツ、下半身を守る最後の砦。ズボン類をファッションショー序盤に使い切ってしまって以降スカートを強制されることとなった僕にできる最後の抵抗だ。
このゲームはキャラクター作成時の現実での服装などに関わらず、誰もが初期装備を身に着けた状態でスタートする。当然下着も装着した状態でアバターが生成されるので、今も僕は下着を穿いているのだろう。
だがしかしそこはどんなにリアリティを重視していてもゲームなのだ。デリケートゾーンの痒み、下着の食い込み、チンポジなど「内面的で本人にしか影響が出ず、ただゲームへの集中力に支障が出るだけ」と判断された一部の感覚は仕様上遮断されたりぼかしたりされている。
なのでズボンを穿いている限りは下着に何を穿いているかの感覚などほとんど違和感ないので問題なかったのだが……スカートはダメだった。スカートになった瞬間、女性用下着を穿いている感覚がダイレクトに感じられてしまった。いや、そうでなければまたノーパンスカートの感触に晒されることになるので仕方ないのだが、どうやら外気に触れている衣服の部分は「外部に影響する」と判断されて感覚がクリアに伝わるようになっているらしい。
そうなれば男として女性用下着への違和感は捨て置けるものではなく、むしろそれを穿いているという事実への抵抗の方が大きい。つまるところとても気になるのだ。
そこで登場するのがスパッツである。まさに鉄壁の守護神。
男である僕としては、スカート穿いてる癖にスパッツでガードしてんじゃねーよという主張には大いに賛同したいところなのだが、そのスカートを穿くのが自分となれば話は別だ。この安心感のためならば、今まで志を共にしてきた仲間たちをも容赦なく裏切ろう。
「ま、あたしはスパッツさえ穿けばスカートでもいいっていうんならそれでいいんだけど」
「あ待ってそういう意味じゃない」
このままだと勘違いされてマズい方向に行きそうだったので誤解を解き、せめてスカートではなくキュロットにしてくれと懇願する。キュロットならばズボンとスカートの間というか、穿いてる側としては実質ズボンのようなものなのでそれほど気にならなかったのだ。鏡さえ見なければ。
「んーまぁあんちゃんは女の子初心者だし仕方ないか、じゃあ下はキュロットで」
姪の決定にほっと一安心する。店に1種類しか置いていなかった布製のキュロットは、ステータスを見れば防具としての性能は高いわけではない。だが僕にとってはとても防御力が高い高性能装備だ。それはステータスが設定されていない見た目だけの装備であるスパッツにも同じことが言える。
「色は? どうするの?」
「色? ああ、決めれるのかこれ」
無駄に高いカスタマイズ性に若干翻弄されつつ、スパッツは黒色にしてキュロットは黄色を選ぶ。なるべく尻尾に近い色にしておいた方が目立たないだろう。僕としては迷彩柄などが選べたらそれでも良かったのだが無かったので残念だ。
「さて次は上……黄色のキュロットと黒スパッツ、それに今のあんちゃんの体型に合う服は……」
そしてここまでの決定を踏まえて姪は再び服を選びに店内を徘徊し始めた。僕の方はその間に靴を選ぶ。かっこいいデザインのブーツがあったのでそれにした。
「あ、そういえば……」
僕はふと思い立ち、飾ってあった売り物の帽子を手に取った。帽子を被るとどうなるのだろうか。尻尾のように穴を開けるのか、それとも耳の形に変形するのか。後者なら面白いな、あるいは完全に体積を無視して帽子本来の形の中に隠せたら一番いいななどと思いながら試着ボタンを押してみた結果。
【帽子:装備不可】
「……」
短く鳴ったブザー音に自身の行動を無機質に否定され、思わず無言になる。
これは何気に厳しいハンデなのでは? 装備可能部位が1つ少ないだけでも、防具に能力が付くゲームではかなり不利だと思うのだがどうなのだろうか。少なくとも側に置いてある戦士用の鉄のヘルメットのような防御力が高いものを装備できないのは、前衛をやる場合かなりキツそうである。
「あんちゃん次はこれ……あっ帽子? そっか、耳なんて隠しちゃえばいいんだ! どの帽子にするの?」
「装備不可だった……」
「あっ……ふーん」
僕の死んだ表情を見て姪も心境を察する。
そしてそのまま手に持っていた服を僕に着せることなく見比べて、元の場所に戻しに行った。そっとしておいてくれたようだ。それは助かるのだが20歳年下の女の子に気遣われている事実が地味に心に突き刺さる。
そんな風に若干凹んでいると、少ししてから姪が再び服を持ってやってきた。
「あんちゃん! 良いの見つけたしこれなら絶対似合うよっ!」
姪が持ってきたのは、白のブラウスだった。
「それは……」
「ダメ?」
「いや、ダメなわけじゃないんだけど……ヤバい気がする」
「ヤバい?」
何を言ってるのかとばかりに、姪は手に持ったブラウスを見つめる。サイズは着てみるまで合わない大人用なのでピンと来ないかもしれないが、僕は男なのでこれを着たら男からどう見られるか大体予想がついてしまう。
「説明するより見せた方が早いか、1回やってみるよ。試着っと」
「……!?」
驚いた表情で固まる姪の横をすり抜け、店内に設置された姿見の前に移動する。
するとそこに映ったのは、ややタイトな白いブラウスの胸元のボタンが今にも弾け飛びそうなほど強調されたロリ巨乳狐娘の姿であった。
「ほら、ダメでしょ?」
「こっこれは……ダメダメ! エッチすぎ!」
だいたい分かってはいたが、凄いことになってしまったなとその光景を鏡越しに見つめる。これはエロい。僕の守備範囲がやや下方向に広いことを差し引いても、こんなの絶対二度見してしまう。いやガン見する。小柄な体格で幼さも残す顔立ちにあまりにも不釣り合いなその光景は、それほどまでに破壊力があった。
ちなみに自分の体ながらあまりに圧倒されて思わず無意識に手が伸びそうになっていたが、後ろから姪がジト目で睨んでいることに気付いたので試着をやめて元の服装に戻した。