8. 鉄の竜
あれからしばらく採掘と戦闘を繰り返し、僕たちは結構な量の鉱石を集めた。浅めのところを周回したのでほとんどが鉄を中心にランクの低い素材ではあるが、とりあえずこれだけあれば3人分の現行装備を新調できるぐらいの量ではある。
何気にサラさんの補助スキルである≪ブレッシング≫に、僅かではあるがドロップ率増加や採取効率上昇の効果がついていたのも大きいだろう。
「次は……こっちね」
そんな僕たちは、最後の締めとばかりに若干奥の方まで進んでいた。
正直僕にはもうどの方向が奥なのかも分からなくなったが、そこはサラさんが先導してくれているので問題ない。自信満々に進む彼女には謎の安心感がある。
「そういえばサラさんってこの辺の道とかのこと詳しいけど、前に来たことあるの?」
「いいえ、初めてよ。でもマップなら攻略wikiで読んだわ」
『エアプじゃないですか』
……今まで散々頼りにしておいて今更こう言うのも何だが、なんだか急に頼りなく見えてきた気がする。果たしてこのままついていっても大丈夫なのだろうか。
「安心してちょうだい、必要な情報はしっかりと頭に叩き込んであるわ」
ドヤ顔でそう言うサラさんだったが、まぁ確かに凄いとは思う。なにしろこの探索中、彼女は攻略サイトを一度も開いていないのだ。
それはつまり記憶の中のエアプ知識だけで、ここまで完璧に僕たちを導いてくれたということ。なんたる驚異的な記憶力。仮に僕や姪がこれを真似しようとしたなら、最初の曲がり道を通ったあとは勘頼りになっていたところである。
まぁどうせ攻略情報を参考にするのなら、見ながら進んだ方が確実なのではないかとも思うが。
「じゃあもしかして、今から行く場所がどんな所かも知ってるの?」
「ええ。と言っても最低限の情報に目を通しただけだから、あまり詳しいことは分からないけれど。確か広めの空間があって、良い感じの採掘ポイントがいくつかある場所らしいわ」
「へー」
そんな最低限には詳しいサラさんの説明によれば、僕たちがこれまで探索していたのは岩山エリアの第1層に相当する場所らしい。ピルクルの街にほど近いこの区域の特徴としては、まずは敵があまり強くないということ。第2層に足を踏み入れると一気に敵の強さが跳ね上がるらしい。
というか第何層とかいう呼び方はプレイヤーがつけたもので、出てくる敵によって大体の区域分けをしているのだとかなんとか。その辺の理由などは大して重要ではないからかサラさんもあまり把握していなかったが、概ねそんな感じでいくつかのレベル別に分けられているらしい。
そしてこの第1層、敵が弱いが故に採掘できる鉱石も鉄を中心に低ランクのものだという話だったが……まぁそこについては別にいいだろう。どうせ今必要なのは鉄だし、鉱石だけあっても上位の武器を作るには恐らく他の素材が足りない。
というわけで、今はこの第1層が身の丈に合ったレベルの敵と素材がある場所なのだとか。
「着いたわ。ここが目的地よ」
「ここ?」
そうやって話を聞きながら進み続けて辿り着いたのは、結構な広さのある開けた場所。僕たちが今通ってきた横穴の通路を入り口として、周囲を岩壁に囲まれた天然の大広間のような所だった。広さで言えば縦横で40~50メートルはあるだろうか。壁際には採掘ポイントもいくつか存在している。ある程度特徴も一致しているし、ここが例の目的地で間違いないだろう。
ついでに言うと一度も間違えることなく道案内をやり切ったらしいサラさんは得意気である。
「この場所に良い感じの、つまり大きめの採掘ポイントがあるという話よ」
「おぉー大きめの採掘ポイント! それってどれのことなの?」
「見れば分かるとwikiには書いてあったのだけど……おかしいわね」
『どうしたんですか?』
「……なんか思ってたのと違うわね」
『サラさん?』
おっと急に雲行きが怪しくなったな。
じゃあさっきの得意気な感じは何なんだよ、無意味に達成感出すのやめろ。
しかしこの場所も一応それらしい場所ではあるらしく、間違っていると断定もできないとのことだった。
そういうわけでサラさんはwikiを開いて確認しながら、姪は周りをキョロキョロと見渡しながら、僕はその姪のかわいい仕草を見守りながら。三者三様に周囲を調べる最中、少し中心付近に進んだ時のことだった。
急に地鳴りが響き、地震と共に何かが起こった。
「ひゃっ!? なに!?」
「この音は……ッ!? 大変よ、入口が!」
『なっ罠か!?』
後ろを見れば地面から大きな岩の壁が迫り上がっており、僕たちの入ってきた道を塞いでいた。他に逃げ場は無し。完全に閉じ込められた形になる。
更にダメ押しするように、部屋の中心部に現れる大きな魔方陣と召喚エフェクト。マズい、これは間違いなく部屋に閉じ込めてボスモンスターが出てくるタイプのトラップだ! こんな危険なところにいられるか僕は帰るぞ! 道が無いから帰れねぇ!
「ゴルルルル……」
「えっなにあれ!?」
『なんだこのデカいトカゲ!?』
「嘘でしょ!? あれはまさか……メタルメッキドラゴン!?」
『メタルメッキドラゴン!?』
そこに現れたのは、金属光沢のある鱗を身に纏った巨大なトカゲ。地球に存在する最大のトカゲと名高いコモドオオトカゲよりも更に数倍大きく、その全長は10メートルにも達するのではないだろうか。まぁ半分近くは尻尾だが。
ただそれでも巨大なことに変わりはなく、姪ぐらいの子供ならば易々と捕食できてしまいそうなほどである。ましてや今の狐形態の僕だと、おやつ感覚で軽く丸呑みにされてしまうことだろう。まるでサイズ感が違いすぎる。
「そんな、このボスは第1層には出てこないはず……あっ」
『どうしました?』
「……どうやら道を間違えていたようね。ここ、第2層みたいだわ」
『サラさん!?』
何をしれっととんでもない間違いしてんだこの人!?
だから僕はうろ覚えの記憶なんかを頼りにするより、確実に攻略を見ながら進むべきだって思っただけで別に言ってなかったわ!!
「ゴギャアアアアン!!」
『くっ……やるしかないか』
「ま、負けないんだからー!」
ちょっと怯みながらも立ち向かう姪がかわいいとか、どんな間違え方をすればいきなりワンランク上のボス部屋に迷い込むのかとか。言いたいことは色々あったが、今はとにかく目の前の敵と戦うしかないだろう。
咆哮を上げて威嚇する敵の頭上に表示された名前は『メタルメッキドラゴン(鉄)』。どうやらコイツは鉄製のようだが、それ以外の材質の亜種もいそうな感じの名前である。
というかメッキっていうけど、なにでメッキしてあるんだろう。見た目は鉄っぽい色ではあるけど……まさか鉄メッキなのか? まぁ普通は鉄にメッキを被せるものだけど、身体の表面を覆う鱗が鉄だからメッキ扱いなんだろうか。そう言われるとなんとなく納得できる気もする。
「ゴギャァアアアア!!」
「わわっ!?」
そんな分析の間にも、敵は待ってくれることなく勢いよく突進してきた。デカい図体の割に結構な速度であったため、姪は何とか避けたが中々危ないところだった。
一方でサラさんは既にさり気なく距離を取っていたので、姪を狙ったらしき突進では攻撃範囲外である。これが後衛の立ち回りというやつか。
「≪ブレッシング≫!」
『狐火・纏』
「よーし、いっくよー!」
こちらからも攻撃に出るため、僕とサラさんはすっかり定番となった姪への強化を行う。
正直言ってアタッカーが女子小学生の姪1人だけというのは大変心許ないが、無い物ねだりをしても仕方ない。僕が元の姿に戻って戦えば一応2人にはなるものの、姪の剣があの鉄の鱗に通用するとも思えない。
それなら大人しく≪狐火・纏≫を姪に掛け続けた方がいいだろう。今は≪獣化≫の回復速度倍増と姪の頭の上での休憩ボーナスが乗っているので無限に使い続けられるが、普段の姿で自分が戦いながら使うならば自然回復速度は4分の1。そうなると収支は逆転して≪狐火・纏≫の消費の方が多くなるので、結構あっさりMPが枯渇してしまうのだ。
「ていっ! やぁっ! ≪ソードスラッシュ≫!」
「ギャッ!?」
姪は手始めに、適当なところを何度か剣で斬りつけてから最後にスキルによる攻撃を放った。一見特に深い意味は何もないように見えるこの一連の攻撃だが、実は本当に深い意味は何もない。姪は基本的に考えて戦うタイプではないのである。
しかしそれを姪の頭の上から冷静に見ていた僕にとっては別である。いや、手に汗握る激しい戦闘の中で姪を見守っているこの状況は冷静であるとは言い難いが、実際に僕がやること自体は姪の剣の炎の制御ぐらいだ。実際に自分が戦うことに比べればいくらか余裕があると言えるだろう。
そういうわけで僕は、実は敵のHPバーを拡大表示してよく観察していたのだ。これによって分かったのは、≪ソードスラッシュ≫を使って与えたダメージが通常攻撃の1.5倍ほどになっていたということ。
普段は通常攻撃の約3倍ぐらいのダメージを叩き出すスキルなので、やはり鉄の鱗で物理ダメージの部分が軽減されているのだろう。剣が纏った炎による追加ダメージが大部分を占めているらしき現状からすれば、一撃のダメージを上げる≪ソードスラッシュ≫を使うのは明らかにコスパが悪い。
そうと分かれば僕の出番である。頭の上から有効な指示を出し、姪の司令塔となって手助けするのだ。
とりあえず≪ソードスラッシュ≫ではなく≪ブレイドダンス≫を使うように言えばいいだろう。連続攻撃ならばヒット数が多い分、炎のダメージもより多く通るし。
「瑠奈ちゃん、防御力が高いメタルメッキドラゴンには物理ダメージが通りにくいわ! 一撃の威力を上げる≪ソードスラッシュ≫よりも手数重視の≪ブレイドダンス≫を使って、炎のダメージで攻めるのよ!」
「りょーかい、ありがとサラさん!」
あっ……あっあっあっ、先に言われて……! しまった、今はサラさんも後衛として様子見してるじゃん! もっと適役な司令塔いるじゃん!
ましてや攻略wikiに目を通してきたサラさんである。恐らく敵の耐性なども把握していることだろう。
となれば僕が勝手な憶測を言っても邪魔なだけである。出番の無くなった僕は、おとなしく火属性エンチャント機能つきの帽子としての役割に戻った。
「ひっかき攻撃はバックステップで避けて、比較的安全な側面から攻撃するのよ!」
「おっけー! ≪ブレイドダンス≫!」
「その調子よ、尻尾には気を付けて! あと≪ホーリーアロー≫!」
「ゴギャァァアッ!?」
うん、完璧な指示出しだ。しかも隙を見て攻撃スキルで削りにも貢献している。
ドラゴンとは名ばかりのトカゲとはいえ、その巨体はトカゲという言葉に収まりきらないほどの脅威である。加えてここは第2層だという話だし、この敵は明らかに格上だ。本来は僕たちのレベルが2人や3人で倒せる敵ではないのだろう。
それをここまで良い調子で立ち回れているのは、サラさんの予習知識があってこそだ。僕ならゲーマーとして培ってきた経験と勘で正解に近い答えを出すことは出来るだろうが、それらが全て正解だとは限らない。
そんな不確かな予測に姪の命運を預かるには少しばかり心許ない、ならば答えを知っているサラさんを頼るべきだろう。この状況では初見プレイの醍醐味がどうこうなどと言っていられない。
「ゴギャッ……!」
「ダウンした!」
「口の中を狙うのよ、斬撃ダメージも通りやすいわ!」
「ん、わかった!」
……これ本当に、僕やること何もないな!
いや、サラさんの情報が確かなら口の中を攻撃する際には火属性は付けなくても良さそうだが……かといってそれを解除してどうしようという話である。
できれば僕も攻撃に回りたいところだが、いくら大きな口だとはいえ長剣を振り回す姪のすぐ隣で一緒になって殴れるほどの密集をするのは危ない。ましてや短剣を握るには≪人化≫する必要があるので、ここは我慢してMPを温存するべきだろう。
『がんばれー! るぅちゃんがんばれー!』
「ダウンが終わったら距離を……ちょっとアンちゃんうるさいわよ」
『あっはい』
せめて応援だけでもしておこうと声を張ったのだが、サラさんに怒られてしまった。マジトーンはやめてほしい、心に来るものがある。
そうして敵のHPにも僕の精神にも多少のダメージが入った矢先の話であった。
僕は姪がちゃんと戦えるか心配ではあったが、しかし心のどこかでウチの姪ならかわいいから大丈夫だと過信しすぎていたのかもしれない。攻略情報のアドバイスこそあれど、初見の相手にいつまでもノーミスで立ち回れるはずなど……なかったのだ。
「瑠奈ちゃんあぶないっ、尻尾が!」
「わっ避け……きゃっ!?」
『るぅちゃん!! ぶへっ!?』
勢いよく薙ぎ払われた尻尾、それを避けきれず姪の身体は勢いよく弾き飛ばされてしまったのだ。
同時にダルマ落としの要領で、頭上の僕だけはその場で空中に取り残されて地面に落下した。急に足場がなくなったからというのもあるが、攻撃を受けた姪のことが心配すぎて受け身を取り損ねてしまった。いや、僕のことなんかよりも早く姪の安否を確認しなければ。
『るぅちゃん、大丈夫!?』
「すぐに回復を……いけない、大ダメージを受けたせいで『気絶』状態だわ! アンちゃん、時間稼ぎをお願い!」
『っ……分かりました、るぅちゃんは任せます!』
姪は一撃でやられるようなことはなかったが、HPは既にデッドゾーンだった。ただの尻尾振りでこの威力、やはり油断できない格上だ。今は姪のことはヒーラーのサラさんに任せるしかない。
メタルメッキドラゴンは姪に追撃するためか、回復魔法を使い始めたサラさんにターゲットを変更したのか。いずれにせよ2人の方へと歩き始めた。
だがそうはさせない。通すわけにはいかないのだ。僕は最愛の姪を守るため、歩みを進める巨大な竜の前に立ち塞がった。
『おい待てトカゲ野郎。お前よくも僕のるぅちゃんをやってくれたな』
「ゴギャ?」
鉄の鱗を身に纏い、1歩進むごとにズシンズシンと地響きを鳴らす重量感ある10メートル級の巨大なトカゲ。
対してこちらはもっふもふの毛で身を包んだ、女子小学生の頭に乗るほど軽い数十センチの小さな狐。
さりとて視線がぶつかれば、剥き出しの敵意に反応したのかあちらも僕を敵だと認識したようである。お互い唸り声を出し、目の前の敵を威嚇する。
『かかってこいよ、僕がちょっと遊んでやる』
「ゴギャァァアアアアン!!」
その挑発が通じたのかどうかは定かではないが、敵は咆哮を上げながらこちらを睨み付けてきた。僕が4本脚で素早く地を駆けて横に移動すれば、それに合わせて方向転換してくる。
よし、まずは姪から注意を逸らせた。これで思う存分――ぶちのめせる!
『≪狐火・纏≫ッ!!』
僕は前脚の先から橙色の炎を噴出させ、燃え盛る炎とゆらめく陽炎を全身に纏う。
炎の狐と化した僕は、その瞬間に本能でこれが正しいのだと理解した。なんかしっくりくるのだ。
今までは姪の剣にばかり炎を灯していたが、狐の身体は自らの妖力で作り出した炎によく馴染む。熱で毛皮の中の空気が膨張したのか、もふもふ具合も上がった気さえする。負ける気がしない。
『ウチの姪に手ェ出したこと後悔させてやる!』
かくして、僕の姪を守るための時間稼ぎ――もとい、狐と竜の一騎討ちが幕を開けたのであった。