7. いざ採掘
採掘道具の調達を終えた僕たちは、そろそろ夕飯の時間だったので一旦ログアウトした。
そして今は再集合したところだ。クエストも受注したので抜かりはない。さぁ鉱石を集めに行くぞ、と僕たち3人はヤル気充分に出発した。
「よーし! 鉱石集めの冒険、しゅっぱーつ!」
「うふふ。どんな冒険になるのかしら、楽しみね」
『待ってなんでサラさん居るの?』
どうしてこの人は、さも当然のように混ざっているのか。いやそれは別にいいんだけど、なぜ彼女が僕を抱いているのか。僕の正しいポジションは姪の腕の中なんだが。いや、本来は隣だが。
「ピルケルに行くって聞いちゃったんだもの。つい私も来ちゃった」
『来ちゃったって……まぁいいですけど。ただし僕を抱いていいのはるぅちゃんだけです、降ろしてください』
「あら、残念ね。折角だからもっと可愛がりたかったのだけど」
そう言うとサラさんは、僕を地面に降ろしてくれた。解放されて自由になったことでトテトテと4本の脚で早歩きして、僕的ベスト定位置である姪の隣に移動する。そしてそのまま並んで歩こうと思っていたら、姪に持ち上げられて抱きかかえられた。うん、まぁこうなるわな。
ていうか急展開すぎて困惑していたのであまり気が回らなかったが、元男の僕が女性であるサラさんの胸に抱かれるのはあまり良くないのではないだろうか。
姪はまだ子供でぺったんこだから大丈夫なのだが、僕が今は女の子……もとい、メスの狐だとはいえサラさんは少し無防備すぎるのではないか。まさかもう既に僕が男だったと忘れたわけじゃないだろうな。
「……というか、一応確認なのだけど。アンちゃん……でいいのよね?」
『あっはい。そういえばこの状態を見せるのは初めてですね』
「どう? 狐になったあんちゃんもかわいいでしょ?」
「私としてはどちらかと言えば普段の方が好みだけれど……これはこれでなかなか悪くないわね」
サラさんはそう言いながら、姪の隣から手を伸ばして僕の毛並みを確かめるように軽く撫でた。中に30歳童貞が入っている僕としてはやはりこんな風に女性に撫でられることに思うところがないわけではないのだが、最近では割と諦めの境地である。狐モードならば尚更その辺は仕方ない。
それにしてもサラさんは状況的にこの狐が僕だと察していたようだけど、流石に確証は持てなかったようである。そりゃそうだわ、普通のプレイヤーは狐になんかならないし。
「ちなみに私は今とてもワクワクしているわ」
『どうしたんですか急に』
「だって私が2人と一緒にPTを組むのって、何気に久しぶりなんだもの」
『あー……そういえば確かに』
「あたしとサラさん、あんまりログイン時間合わなかったもんね」
言われてみれば、確かにサラさんと一緒に戦うのは初日以来であった。なにしろ平日は仕事に行くサラさんは夜にしか来れず、逆に小学生である姪は夜にはあまり来れないのだ。今日みたいにたまになら許可が出るみたいだが。
一応2人とも休日ならば昼間に来れるので一緒に出来なくもないのだが、そこは僕の変装グッズ作りや買い物に付き合ってもらったりでサラさんにはゲームをする暇が無かったのだ。つまり半分ぐらいは僕のせいだったりする。いやホント申し訳ない。
「じゃああたしたちが前より強くなったこと、見せたげるね!」
「あらあら、それは楽しみだわ。私もいくつかスキルが増えたから、サポートは任せてね」
だが姪はそんな一緒に遊べなかった時間すら前向きに捉えていた。なにしろ長らく共に戦っていなかったのならば、それは成長を見せるチャンスなのだ。
何気ない言葉にそんな深い意味があるのかどうかは分からないが、姪の最高の笑顔と共にそう言われればもう満足するしかない。いいところを見せようと張り切る様子の姪のかわいい姿につられ、僕も思わず気合いが漲る。
そんな時ちょうど、僕の狐耳がこちらに近付いてくる足音を捉えた。場所は……向こうの横穴の奥辺りか。まだ遠いな、索敵練習中の姪が気付くまでにはもう少し時間がかかるだろう。
ならばそれまでに僕だけでも、万全の態勢で待ち構えさせてもらうとしよう。普段ならば武器をいつでも抜けるよう柄を握っておいたりするところだが、現在の僕は姪に抱きかかえられた狐。なので自分に出来ることをやるべく、上を向いて姪のケモ耳の辺りを観察しておく。
「あ、敵! いくよあんちゃん!」
『よっしゃぁ!』
しばらくすると、距離が近付いてきたことで姪が敵を察知した。やはり音を拾って反射的にピクッとケモ耳を動かす姪は最高にかわいいな。事前に耳に注視していた甲斐があった、予想通りである。
そんなこんなで僕は更に追加でテンションが上がり、こちらは姪共々やる気満々である。そんなところに襲ってくるだなんて飛んで火にいる夏の虫もいいところだ、どんな敵が来ようと瞬殺してくれる。
「ウッホ!!」
「ゴリゴーリ!」
「あの敵は確か……『鋼毛ゴリラ』だったかしら」
『向こうは2体か、場合によっては僕も……いや待って片方の鳴き声おかしくない?』
「いっくよー! まとめてあたしがやっつけるんだから!」
2体同時に現れた鋼毛ゴリラ、多少ツッコミどころはあったものの今はそれどころではない。やる気がありすぎて剣を抜きながら駆け出した姪の方が心配だ、早く僕のスキルで強化しなければ。斬撃武器では鋼毛ゴリラに有効なダメージが通りにくいのは分かり切っていることなのだ。
一応敵の数がこちらの前衛よりも多いので、僕がいつものロリ巨乳狐娘に戻って戦うことでヘイトを分散しようかとの考えも一瞬頭を過ぎったのだが。しかしこの姿から人型に戻るためには≪人化≫を使う必要があり、そのスキルの消費MPは結構重かったりする。
それがどういうことかと言えば、残りMPが大きく減るので≪剛体≫の効果が下がってしまうというわけで……そうなれば決め手に欠ける前衛が2人出来上がってしまうだけになる。後衛にサラさんが控えていると言っても彼女はあくまでヒーラーなのだ、援護攻撃に期待することは出来ないだろう。
という感じの理由で、僕は姪を強化することが最適解だと判断した。数の不利は厳しいかもしれないが、そこは姪の頑張りを信じるしかない。せめて出来る限りの強化はしようと、普段よりも力を込めてスキルを発動した。
『≪狐火・纏≫ッ!』
「いくよっ! ≪ブレイドダンス≫!」
「サポートするわ! ≪ブレッシング≫!」
そこにサラさんの補助魔法も加わり、メインアタッカー姪が完成する。
かける際に聖属性の光のエフェクトが発生するバフは、まるで姪の神々しさをも引き上げているかのようである。僅かに光を纏っただけでこれほどの神々しさ、やはりこの子は女神か天使なのでは?
「それぇぇぇっ!」
「ウホ……!」
姪はまず手始めに近い方のゴリラを連続で斬りつけた。悪くない手だ、とりあえず早期に攻撃したことでヘイトを稼げている。これならコイツは前衛で引き付けておくことができるだろう。
が、逆に言えば攻撃を当てたのはその1体だけだということでもある。もう片方の鋼毛ゴリラは姪ではなく、その横を通り抜けてサラさんの方へと走り出した。
『させるか! ≪狐火≫っ!』
「ゴリッ!?」
だが僕がそれを許すはずもない。僕は姪の頭の上にしがみつきつつ、尻尾で照準を合わせて炎を発射した。姪の剣の炎を維持するのはそれなりに集中力を要するが、慣れてきた今なら2つの炎を同時に扱うこともなんとかなるのだ。
ただ流石にこれで倒しきれるわけではないのでHPを半分残してこちらに向かってくるが、後衛が襲われるよりはこっちに集中する方がマシだ。
とはいえ姪も複数を同時に相手にするのは厳しいので、とりあえず1体だけでも仕留めるべく次を撃つ。
『≪狐火≫!』
「ゴリィ!?」
そして2体目がこちらに攻撃を始めるより先に、爆炎で呑み込んでトドメを刺した。MPを使いすぎたが問題ない、≪獣化≫状態なら次の戦いまでには回復するはずだ。
この戦いの間はもう姪の剣の炎を維持することで精一杯だが、サラさんの支援もあるし1対1なら大丈夫だろう。
「やっ、とぉっ!」
「ウッ、ホォッ!」
そう思って油断した僕は既に姪の剣戟を観戦していたのだが、不意に狐耳が音を捉えた。それは地面を踏みしめるような音。まさかと思って振り返れば、そこにはさっき倒したはずの鋼毛ゴリラが拳を振り上げている姿。
バカな、僕はさっき確かにトドメを……しまったミリ残しだ! HPがギリギリ残ってる! くそっやらかした。姪は目の前の敵に集中していて気付いていない、かくなる上は僕が身を挺してでも――
「≪ホーリーアロー≫!」
「ゴリィィッ!?」
「危ないところだったわね」
『あっ、サラさんナイス!』
だがそんな心配は杞憂に終わった。そう、今の僕たちには後ろでカバーしてくれる仲間がいるのだ。
サラさんの放った光の矢は鋼毛ゴリラの残ったHPを削り切り、今度こそ討伐エフェクトの光に変えた。これで安心して姪の戦いに集中できる。
「ウホォ!!」
「あいたっ!?」
『ああああああああああっ!? るぅちゃん!? 大丈夫!?』
「ああっ瑠奈ちゃんがダメージを! 今治すわ、≪ヒール≫!」
『ナイスゥ!!』
「サラさんありがと!」
姪が攻撃を受けてしまった時にも、回復役がいると安心感が違う。
しかも事前にかけられた補助魔法のお陰でダメージも少ないのだ。これなら戦闘の安定度が段違いになるだろう。
「これ、でっ、トドメっ! てやぁっ!」
「ウッ……ホ」
そんな余裕を持ちながら、姪は炎の剣による連撃で敵のHPバーを削り切った。それにより鋼毛ゴリラはガクリと膝をついて力尽き、討伐エフェクトの光の粒子となって消えて行った。僕の自慢の姪の勝利である。
「よしっ勝利ー!」
『おつかれさま、るぅちゃん』
炎を解除した剣を鞘に納めた姪は、頭の上から僕を降ろして再び胸に抱きしめた。テンションが上がりすぎて抱きしめる腕にも力が篭りすぎているが、まぁダメージを受けるほどではないので問題ない。実際にペットを抱くには強すぎるが、狐になっても耐久のステータスは元の姿から変わらないし。
「それにしても……すごい戦い方だったわね」
そして戦闘が終わったことで一息ついて、サラさんからの感想をいただいた。
そうだろう、すごいだろう。なにしろウチの姪は強くてかわいいし、剣の扱いも上達してきてなかなか見事なものだからな。正直この辺は叔父としての贔屓目抜きにしても結構センスがある方だと思う。
「えへへー。いいでしょ? 戦ってる時はあんちゃん頭に乗ってるんだぁ」
「その部分もすごくかわいかったけど、それ以上にスキルで驚いたわね。あの炎の剣、≪エンチャント・ファイア≫のようなスキルかしら? 剣は瑠奈ちゃんが振ってたけど、あれってアンちゃんが発動してるスキルなのよね?」
『そうですね。≪狐火・纏≫は≪狐火≫の応用で作った、僕かるぅちゃんのどちらかに火属性を付与するスキルです』
「効果対象がピンポイントすぎないかしら」
改めてその効果を口にすると至極もっともなツッコミで返されたが、実際そうなのだから仕方ない。僕が作ったスキルなら勝手にそういう機能にもなるだろう。
というか別に、対象にできないわけではないのだ。まぁ≪狐火≫の原則として自分と姪に効かないからこうやって使えるだけなので、他の誰かに使ったとしたら多分そのまま焼け死ぬけど。
「あの技いいでしょ? カッコいいし!」
「うふふ、それもそうね」
それはそれとしてこの通り、このスキルは炎のエフェクトがカッコいいと姪にも好評なのである。大事な姪を喜ばせることができたとあれば、細かいことなどどうでもよくなるというものだ。
あと何気に僕にとっても、男心をくすぐるカッコよさは割と重要な要素である。ましてや姪はカッコいい姿もかわいいので、なおさら僕がこだわるべきポイントの1つである。
そんな話をしながら少し進むと、不意にサラさんが立ち止まった。一体どうしたのかと姪が首をかしげると(この動作とてもかわいい)、サラさんは壁の方を指差してその理由を教えてくれた。
「ここの壁から飛び出てる、少し色味の違う岩があるでしょう?」
「あ、もしかして!」
「ええ。採掘ポイントよ」
そこにあったのは、若干鉄っぽい色の岩であった。不自然に1つだけ壁際に置いてあるような直径数十cm程度のそれは、言われてみれば確かにあからさまなオブジェクトといった感じである。色からしても恐らくこれこそが鉄鉱石なのだろう。
「よーしさっそく採掘してみるね!」
待ってましたとばかりに姪は僕をサラさんに預け、アイテム欄からつるはしを取り出した。剣とは形も何もかもが違うが、一応振り回すものという点では同じようなものである。お試し採掘の時と同様、結構スムーズにつるはしを振って採掘を始めた。
「つるはしを振る瑠奈ちゃんもかわいいわね……」
『激しく同意します。ただ僕も採掘はするので、降ろしてもらっていいですか?』
「つるはしを振り回すわけだから、2人同時は危ないわよ?」
『それは……まぁそうなんですけど』
「それに瑠奈ちゃんから手渡されたのだから、しっかり預かっておくべきじゃないかしら?」
『ぐぬぬぬ……で、でも諸事情あって降ろしてほしいというかなんというか……その、この位置で抱かれると当たってるというか』
「大丈夫、女同士だし私は気にしないわ。どうしても悪いと思ってるなら代わりにモフらせなさい」
『もうモフってますよね?』
僕は姪の採掘を見守りながらもなんとか脱出を試みたが、ついぞサラさんの拘束から逃れることはできなかった。
そういえばこの人、初日も大量のファラビットに埋もれて幸せそうにしてたし何気に動物好きなのか。だからといって僕まで動物カテゴリに入れるのはどうかと思うが……いやこの姿だと、どうかと思えないわ。どう見ても完全に動物だわ僕。
身体に押し当てられるささやかな膨らみをなるべく感じてしまわぬためにも、下手に動くわけにはいかず。緊張しながらも借りてきた狐のように大人しく待っていると、やがて姪の採掘が終わった。
採掘ポイントはPTなどに関係なく個人でそれぞれに個別の回数が割り振られているとのことなので、ここで交代である。
「何個か採れたよ! 次、あんちゃんかサラさんどっちがする?」
「私はパスよ。魔法職だから筋力が足りなくてね、つるはしが上手く使えないのよ」
「あ、そうなんだ?」
その話を聞いて僕は採取に職業格差があるというのは如何なものかと思ったが、意外とそうでもないらしい。
なんでもここの敵は物理より魔法の方が効くので、採掘が出来る物理職だけでPTを固めるよりは魔法職と一緒に回る方が格段に効率が出るらしい。そして魔法職は採掘が苦手なので、代わりに物理職に掘って貰ってあとで分配する。そんなMMOならではの流れが、βテスト時代から既に固まりつつあるらしい。というのはwikiを読んだサラさんからの情報である。
『じゃあ次は僕が採掘するね。サラさん、そういうわけなので降ろしてください』
「構わないわ。瑠奈ちゃん、また採掘する時はアンちゃん貸してね」
「ん、いいよー」
ようやく僕を地面に降ろす傍ら、なにやら不穏な約束が取り付けられているような気もしたが時既に遅し。姪が許可を出してしまった以上は僕にはどうしようもないので、この話は聞かなかったことにして採掘を開始した。
「えっ、なにこれかわいい……」
「でしょ!? あんちゃんね、採掘する姿もすっごくかわいいんだよ!」
かわいいという言葉を使われるのには正直言ってまだ抵抗があるけど、姪が嬉しそうならまぁ……いいか。
そう諦めながら、妖力で強化した前脚の爪でカリカリと採掘ポイントを引っ掻いて掘る。うんまぁぶっちゃけ、これはかわいいと言われても仕方ないとは思うわ。
「んー、やっぱ飼いたいなぁ」
「とても分かるわ。こんなペットがいたら毎日が幸せでしょうね」
「だよね!」
いや、飼われないが。僕にそんな趣味はあまり無いんだが。あ、でも普通に僕のことじゃなくて一般的な狐を飼いたいって話だったりは……しない? そうですよね、ハイ。
しかしながら他人のそんな欲求などどうすることもできないので、本日何度目かも分からない諦めの境地に達しながら僕は無心で手を動かしたのであった。




