10. 防具屋さん
そしてやってきたのはとある防具屋。商店街に向かって路地裏を歩いていたところ偶然見つけた、地味で寂れた店である。
目立たない立地も色々と都合がいいのだが、それ以上に女性用防具を中心に取り扱っている店だったのがちょうどよかった。このゲームでは変にリアリティを意識しているのか、男性用防具と女性用防具は主に別の店で売っていることが多いらしいのだ。
「いらっしゃい」
入り口のドアに付けられたベルをカランコロンと鳴らしながら店内に入る。するとカウンターに立っていた茶髪ポニーテールでダウナー系の店員NPCお姉さんに挨拶された。それ以外の人物、つまり他の客はいないようだったのでちょうどよかった。
尚、これはあとで知ったことなのだが、このゲームは店舗に入る時はPT単位で専用の個別の空間に転送されるらしい。だからプレイヤーたちはどんなにその店が人気で混みあっていても、貸し切りの店内でゆっくり買い物ができるのだとか。
「おぉ……なんていうか、女の子の服ばっかりだ」
「何言ってるのあんちゃん、当たり前でしょ?」
金属を使ったいかにも防具というものから普段着チックなものまで、店内にはマネキンやハンガーを使って至るところに防具が展示されていた。そのどれもが当然だが女性用装備である。
「にしても……店の外観の時点ではあんまり期待してなかったけど、案外いいかも」
姪の評価はこのように辛口だが、実際この店、女物の服を扱う店としては外観が地味すぎたのだ。最低限の小さな看板こそあるがショーウィンドウなども無い。
それに正直僕も、最初の街だということもあって品揃えなど5種類もあれば良い方だろうと思っていたのだが、落ち着いた雰囲気の店内には各部位30種類ほどの防具が陳列されている。店売りの低レベル用装備ということで尖ったデザインは少なく無難なものばかりだが、むしろ僕にはありがたかった。
「よーし、あんちゃんに似合う服探すぞー!」
「ハハハ、まぁ期待してるよ」
楽しそうにはしゃぎながら店内を見て回る姪を微笑ましく見守りながら、僕は僕で防具を物色する。さっきリアルで服を見繕っていたばかりだが、まさかこんなすぐに同じようなことをするハメになるとは思いもしなかった。
「お、あったあった」
まず僕が目を付けたのは男女共用装備コーナーである。目立たない隅の方に追いやられているが、僕の目は誤魔化せない。というより無意識に女物の服を目が避けてしまうので、自然とこのコーナーに視線が行き着いた。
「さてまずは実験。果たして他のズボンは穿けるのか」
そこで最初に試みたのはズボンの試着。これは結構大切な検証だった。なにせリアルでは穿けなかったが、ここはゲームの中である。どんなサイズのアバターのプレイヤーも同じ防具を装備できる、つまり体に合わせて防具のサイズが自動で変更されるのだ。
それならば尻尾があってもズボンを穿くことができるのではないか。それが僕の立てた仮説だった。
ちなみに初期防具も男女共用装備のズボンであるが、恐らく尻尾を通す穴が開いている。公共の場では替えの装備なしにズボンは脱げないのでこの装備を外した際にどうなっているのかは分からなかったが、この仮説が正しければ尻尾のある状態で装備すれば穴が開き、脱げば穴が元通りに塞がるはずである。
「えーと店用の専用メニューから『試着』っと……おおっ!」
僕が早速ズボンを試着してみると、尻尾が邪魔になることもなく腰まで穿くことが出来た。肝心の尻尾は尻から揺れている辺り、キチンと自動で穴が開いているのだろう。
「えっ……あんちゃん大丈夫? それって売り物に穴開けちゃったんじゃ……」
「あっ」
僕の額を冷や汗が流れる。確かにマズい、何の根拠も無しに試着してみたが尻尾を通したあとの装備がどうなるかは分からないのだ。適当に選んだ防具が強制買取となれば、序盤の所持金も少ない今にはなかなかキツイ。
恐る恐る試着中の装備を外してみると――よかった、穴は塞がっていた。どうやら尻尾を通すための穴を開けるのもアバターの体型に合わせることの範疇であるらしい。
「ほっ……よかった」
「もう、気を付けてよね」
「反省してます」
「よろしい。……でも、試着しても大丈夫って分かったんなら――」
その瞬間、僕はなんとなく嫌な予感がした。
姪が何か良からぬことを閃いたのではないかと勘が告げているのだ。その続きを言わせてはならない、ロクなことにはならないと。
だが、だからといって姪には絶対服従のイエスマンである僕にはどうすることもできず。姪は言葉を続けて、そしてある種の死刑宣告を言い渡す。
「――試着しまくれるね! かわいいあんちゃんのファッションショー始まりだよ!」
そんな楽しみそうにしている姪を止めることも出来ず、僕は全てを諦めた。