拒否権はないんだが?
深夜12時。旅館の廊下を歩く。本来は就寝時間だが、どうにも落ち着かん。
それにこの時間に出ると、少しワクワクするものがある。背徳感か。
今歩いている廊下には外を遮る壁はなく、立派な木々や盆栽が目に映る。こういうのを見るのもたまにはいいかもな。前までは画面しか見ていなかった。ロジカルファンタジーが全て。僕にはそれしかなかった。だけど、今は違う。仲間がいてするべきこともある。今と昔ではだいぶ映るものが変わったものだ。
生きている。
ふと頭にそんな言葉が浮かぶ。
これまで多くの副業をこなしてきた。それをこなしてきたからこそ、今僕は生きている。だが、おそらくこれからも副業はくるだろう。
じゃあ僕はなんのために生きている?
「僕は何のために……」
「君はなんのために生きているか? んー、実に深いね!」
瞬間、目の前の3メートル先には10代ぐらいの男が立っていた。
黒色のマントのような服装で、真ん中には紋章が描かれている。服装の中には黒色とは真逆の緑と黄のボーダー柄の服を着ている。
「なっ……!?」
「消えたシャルロットのため? 副業においてのお金稼ぎ?それとも、ただの偽善者……? なーんてね!」
男は挑発的な態度で体を揺らしながら喋る。
こいつ、副業のことについて知ってるってことは!?
「お前、投資議会かっ……!?」
睨みながら問いかける。
「あれ? 前に会わなかった? もしかして忘れちゃった? 投資業界トップ5の軌賀だよ!」
男はどこか楽しそうに語っている。前に? そういえば、どこかで聞いたような気もする。こいつの声。テンションの高さ。でも、顔や姿は見たことがない。どこだ?どこで見たんだ?
頭の中に眠る記憶を辿り、探り出す。
「やっほー!隆くん!会うのははじめましてかな?僕の名前は軌賀。投資業界トップ5だよ」
窓の声から10代ぐらいの男の気楽な聞こえる。
外に立てる場所はない。
じゃあどうして外から声が聞こえる?
それもすぐ近くだ。
その瞬間、頭の中に過去の記憶が瞬時にフラッシュバックされる。そうか、あいつか。確かあいつはあの時、窓に浮遊していた。だから姿が見えなかった。
でも、今でははっきりわかる。あの時の男の正体がこいつということが。
「思い出した!あの時の……」
「そそ、あの時の人さ。ということで……僕と少し、遊ばない?」
そういうと男は左手で服の中から妙な形をした銃のようなものを取り出し、それをこちら側に向ける。
それに対して僕はゆっくりと両手をあげる。
「拒否権は?」
「ないね。それに、ただとは言わないよ。今回の投資システムや投資議会についても教えられるだけなら教えてあげる」
ここで足掻いても仕方がないか。
「いいだろう」
「お!物わかりが早くて助かるよ。じゃあ、ポケットに入っているスマホを3メートル以上先に捨ててくれる?」
「スマホ? どうしてそれを――」
次の瞬間、バンッ!とものすごい銃声が約10センチ先の足元に向けて打たれた。銃口から出てきたものは、スペードの5のイラストが描かれたトランプだったが、かなり早い。あんなのが当たれば、軽く切断はするだろう。
「いいから従って。次は外さないよ」
こいつ、わざとはずしやがったな。脅しのつもりか?
僕は両手を下ろし、ポケットからスマホを取り出して床に沿って3メートル先目掛けてスライドさせる。
そして、再び男の方を向く。
「よし、じゃあ、始めようか」
軌賀と名乗る男は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「ディメンションワールド」
パチンと音を鳴らすと、軌賀の手から紫色の亜空間のようなものが現れ、それが徐々に広がる。
しばらくするとあたり一面、亜空間に染まっていた。
そして、さらに軌賀は指を鳴らすと椅子が2台。その間に机が1台。さらにその上には3枚のトランプが置かれた。
「まあまあ、そんなに硬くならないでよ。座って座って」
男は笑顔で椅子へと案内する。それに従い座ると、反対側の椅子に軌賀も腰掛けた。
「それで、何をするんだ?」
すると軌賀は机に並べられた3枚のトランプを裏側でこちらに向けて、トランプで口元を隠してニヤリとまた笑う。
「今からやるのは2分1ババ抜き」
「2分の1……ババ抜き……?」
こうして僕はこの男に脅され、ゲームを開始することとなった。今の僕では従うしかなかった。
これがデスマッチとも知らずに――




