方向よし!角度よし!なんだが?
どうやら、伊集院が助けてくれたみたいだ。
「安心しろ。峰打ちで気絶しているだけだ。べ、別にお前のためなんじゃないんだからな」
僕は最後の力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がる。
「助かったよ、伊集院。ありがとう」
感謝の礼を言う勢いで伊集院に抱きつこうとする。両手を大きく広げ、それを伊集院に抱きつくように。
「お、おい、俺たちはまだそう言う関係じゃないだろ!」
伊集院の手に持つ竹刀は僕の頭を抑え、それ以上伊集院へと近づこうとさせない。
「あのな、物事には順序があるんだ。過程なければ結果なんて出せないんだ」
僕が動こうとすると竹刀で頭を押さえつける。
こいつ、意地でも抱かせない気か!
「だからこそ、俺は結果だけでなく過程も好きだ。って、お、おい東條!今過程ではなく、家庭を想像しただろ!全く……お前ってやつは……!お前ってやつは――」
「いたたたた……」
すると、倒れていた上条が起き上がり、僕を見る。今だ!
「そおおおおこおおおおだあああああ!!」
勢いよく上条に飛びついた。方角よし!角度よし!あとは、上条に触れれば!
「そうはさせん!!」
「あう〜……」
上条は伊集院の持つ竹刀に肩を勢いよく打たれ、倒れた。
「東條に触れるものは何人たりとも許さん!ま、まあ、俺に触れられても困るがな……」
もうダメだ……このまま伊集院以外の奴に抱きつけば、それを阻止される。かといって伊集院に抱きつこうとすれば竹刀で近づくことができない。
絶望する中、時計を見る。あと約30秒。こんなのどうしろと……
コンコンッ。
外から音が聞こえる。その音が僕の目を覚まさせてくれた。鬼が出るか仏が出るか!今はこれにかけるしかない!
「おい待て東條!」
僕は廊下へと繋がり、音のなる扉のドアノブを捻って引いた。
仏だ!!
僕はそいつの手を引き、部屋に入れて思いっきり抱きしめた。
携帯からは副業達成を知らせる音が聞こえる。
「お、俺は……東條を……」
それと同時に、伊集院はチョコレートの作用が切れたのか、その場で倒れはじめた。あと30秒遅ければ僕は死んでいただろう。危なかった。
5分以内にこの部屋にいる誰か1人を自分から抱く。この文にはちょっとしたトリックがある。この部屋にいるという対象は、この部屋に踏み込んでいる者を対象とする。事実、部屋に踏み込んでいる人ならば誰でもいいというわけだ。
「あ、あの…… 隆……さん……?」
「……って、もどき!?」
一瞬もどきということを判断して抱きしめたが、そんなことはすぐに忘れ、ずっと抱きしめていた。
「わ、悪い!すぐに離れるから!」
「は、離れなくても……!大丈夫……です……もう少しこのままいたいです……」
そのまま僕は無言でずっともどきを抱きしめていた。その間にお互いの鼓動は大きく聞こえ、肌が一部だが重なり合う。
いや、何この時間!?なんでこんなことになってるの!?もどきはなんか顔を赤くしてるし!?ていうか僕、なんか離れづらいし!?
「えっと……な、なんのようだ?」
「別にこれといって用はないんですけど、なんか隆さんと部屋が違うからやっぱり寂しくて来ちゃいました……」
もどきはらしくないような感じで僕の胸に顔を押し付けて話し出す。
たしかにいつも同じ部屋で寝ていたもんな。って、いや子供じゃないんだから。
「はぁ……待っとけ」
「あっ……」
僕はもどきを離し、部屋に戻る。その間、なぜか僕も顔が赤かった。べ、別にそんなんじゃない。ただ、その……あああああ!!
「ほら。手を出せ」
リュックに付いていたストラップを外し、もどきの手に置く。それは、ロジカルファンタジーのロゴがついたストラップだった。
「これを僕だと思え。明日には返せよ」
「は、はい……!」
もどきは元気よく返事をしたら部屋を思いっきり開け、思いっきり閉めてドア越しでも音が聞こえるくらい走って出て行った。
でもなんなんだこの破裂しそうなくらいの鼓動の音は!僕は心臓を抑えるが、ものすごい音が鳴り続ける。
治れ!治れ!
治らん!
「はぁ……外の空気吸いに行くか」
もどきが出て行ってから1分間、僕はずっと扉の前で立ち尽くし、しばらくして外へ出ることにした。
この気持ちはなんだろう。僕にはわからない。
だが、一つわかるのが今までに経験したことがないくらいの衝撃が走ったことだった。




