それはとても綺麗だったんだが?
「お兄ちゃん、やっぱり遅いね」
「30分以上待ってても来ないなんて……やっぱり、隆さんに何かあったのかもしれません!ちょっと見てきま――」
階段を登り、屋上の扉までたどり着いた。
エレベーターを使っていたら、今頃警備員に捕まっていただろう。
中からは3人の声が聞こえる。
僕は勢いよく扉を開けた。
「その必要はない。僕ならここにいる……うぅっ……」
立っていることもやっとだったのか、僕はその場で倒れた。
コンクリートの床にぶつかったため、地味に痛い。
「隆さん!!そんなにボロボロで何があったんですか!?」
もどきは僕の方へと駆け寄ってくる。
黒崎と美沙もこちらを見つめている。
心配させるわけにもいかない。
ここは、適当にごまかしておくか。
「ちょっとランニングしただけだ……気に……するな……」
あれから40分ほどずっと警備員から逃げていたなんて言えないな。
流石に殴るわけにもいかなかったし。
とにかく、警備員は巻いた。
とはいえ、久々に走ると心臓への負担が大きいな。
「それより……流星は見れたか……?」
「それが……まだなの……」
黒崎は悲しそうな表情をしていた。
「なんだと!?」
僕は急いで立ち上がり、黒崎たちのいる方向へ歩いていく。
そして、恐る恐るスマホの時刻を確認した。
「今の時間は――21時42分じゃないか!!21時に流れるんじゃなかったのか!?」
「ネットではそう言われてたけど……やっぱり、嘘だったのかな……」
「それは――」
ネットでどの情報を見たかはわからないが、否定はできなかった。
ネットはテレビでやるニュースとかに比べて信憑性がなさすぎる。
だけど、そんなことを黒崎に言ったら?
――そう考えると僕の口からは、それ以上の言葉は出なかった。
「ねえ。今、なんか流れなかった?」
「……っ!?」
美沙の一言で僕らは表情を変え、空の方を向く。
だが、そこには何もなかった。
「何もないじゃないか。美沙、お前嘘ついたんじゃないだろうな?」
それなりにきつく言う。
これで嘘だったら許せない。
僕だって真剣に闘った。
黒崎も今、真剣に闘ってるんだ。
「いやいやいや!なんで嘘つく必要があるの!お兄ちゃん、私のこの曇り一つないこの瞳を見なさい!ほら!!ほら!!ほら!!」
美沙はだんだん顔を近づけてくる。
僕はその目をじっと見てしまう。
ここまで言うんだったら嘘じゃないのか。
「わかった!わかったから!」
「あ……あ……あ……」
黒崎は何かを言っていた。
黒崎は空の方向を向いていた。
「どうした?黒さ――っ……!?」
「流星だ……!流星が見える……!!」
空には一面、流れるかのように落ちていく星々……流星群が無数にあった。
手繰られるように彼方をなぞったそれは一つじゃない。
数えることを忘れてしまいそうな星の群れ。
流星群が深い夜闇を切り裂いていく。
降っていく方向は同じだが、その方向に綺麗に真っ直ぐ落ちていくのがわかる。
「わあ……!!」
「すごい……!!」
「これが……流星群……」
この場にいる4人は空を見上げていた。
ただひたすらに空を見上げる。
あの流星の1つ1つはどこへ向かうのか。
流星たちが流れ着いた先には何があるのだろうか。
僕はそんなことを考えていた。
多分、こいつらも同じ気持ちだろう。
「流星ってさ、どこで流れてると思う?」
黒崎は空を見上げながら右手を伸ばす。
届かない距離。
だけど、黒崎は星を手で掴んでいた。
「宇宙じゃないのか?」
「うん。ここからだと具体的には高度100キロメートルあたりかな。地球から月までの距離は約38万キロメートルあるって考えればそう遠くない。もしかしたら、本当に届いちゃったりして」
僕と黒崎は空を見上げながら会話する。
高度100キロメートルか。
結構近いんだな。
もっと遠いところにあるかと思ってた。
「詳しいんだな。そういえば、どうして流星群が見たいって言ったんだ?」
今までこいつは流星群が見たいとは言っていたが、理由までは聞いていなかった。
僕はそれが知りたかった。
「私、物心ついたときには天体観測が趣味だった。天体望遠鏡をお父さんに買ってもらってから毎日かかさず空を見上げていた」
毎日か。
僕の習慣はロジカルファンタジーをすること。
だけど、そんなこととは比べものに黒崎は長いこと天体観測をし続け、星を愛していた。
そんな黒崎の願いは流星群を見ること。
その願いが今、叶ったんだ。
「黒崎はやっぱすげえよ!!僕にはとてもできないことだ!!」
僕のその言葉は本心だった。
心の底からの感動。
いや、それだけの言葉で片付けるのも惜しいぐらいに尊敬に近い感情を黒崎に抱いていた。
「えへへっ!ありがとっ!」
黒崎は笑顔でこちらを見る。
僕も黒崎と目を合わせる。
空は暗い。
だけど、黒崎の笑顔は流星に負けないぐらい輝いていた。
黒崎は空を見上げる。
その目は1つ1つ流れていく流星を目で追っていくように見えた。
僕も黒崎に合わせて空を見上げる。
「それでね!それでね!三大流星群っていうのがあってね、しぶんぎ座流星群、ペルセウス座流星群、ふたご座流星群の3つを合わせて三大流星群!」
だけど、徐々に黒崎の言葉に悲しさが混ざっていくように感じる。
黒崎にとって流星群のことを話していることは楽しい。
流星群を今見ていることだってきっと心が踊っているはず。
だけど、黒崎は先を見てしまった。
「それとね……!地球に1日に降り注ぐ流れ星の数は、なんと2兆個もあるんだよ……!だから今、私たちが見ている流星群は……流星群……は……」
その先の言葉は詰まり始めた。
空を見るのをやめ、黒崎の方を向く。
黒崎の瞳を見るとそこには流星のように流れ落ちるものがあった。
「黒崎……」
「死にたく……ない……」
「え?」
黒崎は再び、こちらを見つめた。
「私……死にたくない……!!」
僕はどこかで気づいていた。
黒崎が死にたくないことを。
前に黒崎は死ぬのは怖くないと言った。
だけど、あれは強がっていただけ。
本当は誰よりも死ぬのが怖かったんだ。
「黒崎……」
「私はもっとお兄さんやシャルロットさん、美沙さんたちといたい……!!もっとたくさんお喋りしたい……!!もっとたくさん遊びたい……!!もっと……もっと……!!ううっ……!!」
手や腕で目を擦りながら涙を拭う。
そんな黒崎の肩に僕は手を置いた。
「今だけでもいいから素直になれ。お前はもう一人じゃない。僕らがいるんだから」
「くうっ……くっくっ……うっうっ……ううっ……ああっ……!あああああっ……!!あああああああっ……!!」
黒崎は空を見上げながら涙を流した。
僕には黒崎の気持ちがよくわかる。
副業ばかりやっているせいで、毎日が死と隣り合わせ。
でも、僕は自分自身の未来を自分の行動一つで変えられる。
なのに、なぜ黒崎は変えられないんだ。
こんなの残酷だ。
気がつくと僕の手には涙がこぼれ落ちていた。
肌をつたって何かが流れ落ちる感覚。
僕の顔は今、どうなっているんだろうか。
「黒崎さん……!!うっ……!!」
「なんで……なんでひまりちゃんが……!!せっかく仲良くなれたのに……!!うううっ……!!」
もどきはその場で目を瞑って泣き、美沙は車椅子に乗っている美沙の膝の上で泣いた。
それから僕らは夜空の下でずっと泣いていた。
全員が泣き止むころには流星群の流れは止まっていた。
僕に他に何かできないことはないだろうか。
この子は本当に流星群を見ただけで満足したのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「私ね、私がもし死んだら誰かが幸せになれると思うの」
「え?」
泣き止んだ黒崎は笑顔でそう言った。
こいつは何を言っているんだ?
「馬鹿なことを言うな!!そんな奴がいたら僕がぶん殴ってやる!!」
そんな人の死を嘲笑うやつなんかいたら僕が許さない。
「違うの!そういう意味じゃなくってね……みんなにとって失われた大事なものが取り戻せる……そんな気がするの」
失われた大切なもの?
本当に何を言っているのかがわからない。
けど、何か重要なことをこいつは言っている気がする。
僕は重い口を開いた。
「それってどういう――」
「お兄さん!!」
「な、なんだ?」
僕の声にかぶさるように大きな声で名前を呼ぶ。
僕はびっくりして情けない声が聞き返してしまう。
「最後に一つだけ、お願い事を聞いてくれますか?」
黒崎は若干目を逸らしていた。
願いなら叶えてやる。
そう誓ったんだ。
「なんだ、言ってみろ」
「私を……だ、抱きしめてください……!!」
黒崎は突然僕と目を合わせる。
その目は何かを訴えているようで、頬を赤く染めていた。
抱きしめる?
「そんなんでいいのか?」
そんなことなら簡単だ。
もっと、他のことかと思っていた。
「それがいいんだよっ!!」
それがいい……か……
僕は黒崎の後ろに回り、首に両腕をかけた。
そして、体を近づける。
こんなにも黒崎のそばにきたのは初めてだった。
「これでいいか?」
若干、照れながら言った。
「うん。お兄さん、ありがとう」
彼女は一言そう言った。
ずっと抱きしめていたい。
そんな気持ちにもなった。
――ありがとうは僕のセリフだよ、黒崎。
それから1週間後、黒崎は病室で息を引き取った。
黒崎の両親は息を引き取る2日前に外国から帰国。
無事に黒崎と話せたらしい。
僕はそのあと、黒崎に流星群を見せるという副業を達成した報酬の100万円を受け取り、もどきに投資をした。
すると不思議なことに学校の北館で起きた全焼が何もなかったかのように戻っていった。
これが黒崎の言っていた失われた大切なもの……か……




