脱出なんだが?
保健室には九人全員が揃っていた。七不思議怪異はもういない。それでも、気は張り詰めている。それはなぜか。上条が今、瀕死の状態にあるから。
「あれ……」
隆は目を覚まし、体を起こす。何かおかしい。痛みはまだ少しあるが、それは走って少しオーバーに転んだ程度の痛み。あの骨の折れた感覚もなければ、肩に撃ち込まれた弾丸の後すらない。
隆も加賀と同じ考え。
これは夢? でも、多少なりとも痛みはあるわけだし、周りには見覚えのあるやつらがちゃんと人がいる。僕を含めて七人も――
あれ? 七人? 美沙と上条がいない?
「起きたわね。屋上で倒れかけてたから私が運んであげたのよ。別にお礼はいらないから」
可憐は奥の椅子に座っていたが、僕の姿に気がつき歩いてくる。ああ、そういえば屋上であいつを倒した後、気を失って……そこからの記憶はないが、可憐が運んでくれたのか。
「可憐が運んでくれたのか。ありがとな」
「お、お礼はいらないって言ってるでしょ」
「なあ、美沙と上条はどこだ? あいつらだけいないようだが」
その瞬間、可憐の顔は暗い表情へと変わる。他の六人もそう。全員顔が暗い。なんなんだ、こりゃ。
すると、可憐が人差し指を立てて横のカーテンを指さす。その指は確かに横を指しているが、曲がっていた。
「ここにいるのか? やっぱり、上条が一番重症だったし……あれ?」
何かおかしい。僕は周りの六人を見る。僕だけではない。全員……なんでなんだ……じゃあ、何で上条は……
「なあ。僕らってあの銅像にめちゃくちゃやられただろ。なのに何でみんな怪我が治ってるんだよ。おい、お前ら? 何で誰も答えないんだよ……」
誰も答えない。目を合わせない。こういう時、怪我が治ってるなら喜ぶべきじゃないのか? 疲れてる? そういうわけでもない。なんだ? 何かがおかしい。その何かもわからない。
その時、シャルロットが上の方向を指さした。僕の上。何かあるのか?
「? ――っ……!?」
その瞬間、僕はとてつもない寒気が全身を駆け抜けていく。丸い機械。これは前に見たことがある。上条が使っていたもの。それが赤く点滅して浮いている。
嫌な予感がした。
僕は起き上がり隣のカーテンをガバッと開けた。
「なんだよ……なんで上条だけ治ってないんだよ……おい、どうなってるんだよ、これ……!!」
隣には上条の隣の小さい椅子に座る美沙。そして、その上条は血塗れ。美沙は顔を俯かせて黙っている。
そりゃ、あんな攻撃受ければこうなるのもわかる。
じゃあ、なんで上条以外全員無事なんだよ……!
おかしいだろ!
その時、後ろから足音が聞こえてその人物は僕に声をかけた。
「上条さんが全員を治したんです。自分の命と引き換えに」
「自分の命と……引き換え……?」
俯きながら声をこもらせ、もどきは言う。自分の命と引き換え? なんだよ、それ……
「上条さんの持つ機械で全員分の傷を治したんです。でも、あの機械は一人分の瀕死くらいしか治すエネルギーがないと言っていました。それを……上条さんは……私たち全員に……」
上条の持つ機械。あれはいろんな役割を持つ。その中の一つで治療のソフトもある。しかしそれは、一人分の瀕死を治す程度の力。次使用するには充電がいる。
上条が戦闘時に一度自分に使えるためのものくらい。その一人分の瀕死を分配させ、傷を負っている一人一人に使った。それも、傷口が残ることなく回復させるほどにまで。
それを最後、隆に使い切り、充電は尽きた。
「おい、なんだよそれ! 上条が一番重症じゃないか! なんであいつ、自分に使わなかったんだよ!」
「こうなったのは全部自分のせいだ……僕がみんなを巻き込んでしまったから……そんなようなこと言ってた……」
枯れるような声で昇龍は言う。なんだよ……そりゃ……
時は遡り、隆が戦闘していた頃。美沙と可憐は敵は隆に任せて、二人で全員を南玄関から一番近い教室である保健室に運んだ。その時から上条の出血は酷かった。
その間、可憐は隆のいる場所へ向かい、気絶していただけで手の軽症を負ったシャルロットや天空城を美沙は至急治療。その時に上条はかろうじて目を覚まし、機械を操作して次々と怪我人を完治させていった。
最初の頃は美沙たちもすごいと驚いていたが、それは制限のあるものだと説明された。それでも、頭部に傷を負った昇龍や全身傷だらけの赤城を完治。
もちろん、全員は少しでもいいから上条自身に使うように口を揃えて言った。だが上条はそれを拒否。
そして加賀を治したのがあのタイミング。その頃には機械が回復できるのも残りわずか。
それでも後一人、傷を負っている隆の元へ向かおうとして言った。そんな時、隆を抱えて走る可憐を目撃。
機械に指示を出して隆の治療を始めた。
完治はできないものの、隆の骨は治り、怪我も軽症で済んだ。しかし、充電はそこで尽きた。
これだけの人数は人一人の瀕死状態を治したに値する。
上条は自分には一度も使っていない。もし上条が最初から全部自分に使っていれば、他の人たちは跡が残るくらい傷を負っていたが、上条自身は瀕死から救われた。
そうでなくとも、背骨が折れて激しい痛みのする隆。使わずとも死にはしない。その時に残りを多少なりとも自分に使っていれば出血は多少なりとも抑えられたかもしれない。
なのにそれをしなかった。
自分よりもみんなを救いたかったから。
「私も手は尽くした。けど……私の腕じゃもう限界……せめて、手術できるくらいの医者がいれば……」
泣きながら言う美沙。美沙の医療スキルは本当にすごいもの。だが、前身あざだらけ血まみれの上条はいくらすごい美沙とはいえ、治せるものではない。
今すぐにでも手術が必要なレベル。あの銅像の攻撃は凄まじかった。
にも関わらず、上条にだけはさらに容赦なかった。
ものすごい高速で何発も殴って戦闘不能にさせた。
上条にあれだけの攻撃を仕掛けたのはやはり投資業界の連中。それを思い、拳を握りしめる隆。
そして言った、その言葉を。
「全員でここを脱出するぞ! 今すぐにだ! 上条は僕が背負って病院に運ぶ! ここはなぜか圏外で救急車も呼ばない!」
ここからの脱出は全員が最初に思っていたこと。でも、今は上条の怪我の方でみんな頭がいっぱいだった。
「脱出できないからここにいるんでしょ。最後の勾玉がないじゃない」
「それなら大丈夫だ! 僕が持っている! 美沙! 上条を運ぶのを手伝ってくれ!」
「う、うん……!」
隆は血まみれの上条を背負おうとベッドから下ろす。一番近くの美沙に手伝って自分の背中に乗せる。全員で保健室を抜けて廊下を走り南玄関へとたどり着く。
隆はポケットから勾玉を取り出す。それを残りの穴に挿入した。
『ガチャッ!!』
と強い音が鳴り、扉の開く音が聞こえる。脱出できたことを喜んでいる場合ではない。一刻も早く上条を病院へ運ばなければならない。
両手で上条を支えているため、体当たりで南玄関の扉を開く。全員は扉を潜った。
しかし、まだ何か引っかかる。空を見るとまだ深夜のような夜。今の時間はわからないが、音楽室を出た頃には六時くらいだった。それなら今は数時間経過しているはず。
「外へは出られないぞ。外は我々が張った強力な結界で内部外部ともに侵入を封じ、現世との世界を切断させておる」
声がする。老いぼれた男性の声。その声の方向は上から。上を見ると、髭を生やしたお爺さんが浮遊している。
ゆっくりとそいつが降りてきた。
その人物はなんとも言えない憐れんだ目で隆を見た。