本当の自分になるんだが?
午前五時半を回って数分。一同の疲労はかなりのもの。その頃にはもう、誰も喋らなくなっていた。それもそうだ。寝たはずなのに起こされたうえ、全員が動いている。
その頃にはもう、音楽室は美沙以外全員寝ていた。
それでも美沙は寝るわけにはいかない。このピアノを治さなければこの不気味な七不思議の住み着く学校からは抜け出せない。
全ては美沙にかかっている。
「いって……んっ……」
そんな時、何十分も気絶していた隆が目を覚ます。どうやらまだ、可憐の拳の痛みが走るようだ。周りを見れば美沙以外全員寝ている。寝息を立てていることから、それはすぐに寝ているということがわかった。
隆は円になって寝ている外をそっと歩き、起こさないように美沙のところへ行く。
「どうだ? もう終わりそうか?」
「あ、起きたんだ。もうあと少し」
そう言ってガチャガチャとピアノを修理し続けている。機材を器用に使い、それはまさにプロの所業。美沙もまた、他の寝ている人のことを気遣い、音を静かに修理しつつ、スピーディーに治している。
手が痺れようが、指が攣ろうが、必死に作業をする。
ここを解決できるのは自分しかいないのだから……!
そして――
『ソー』
「治った……やったーーー! 治ったよ、お兄ちゃんっ……!!」
ソの音を鳴らし、確認をする。治ったのだ。美沙は喜びのあまり、大きな声を出して喜びを表現する。
「すごいぞ、美沙っ……!! 治してくれてありがとうっ……!!」
「えっへへ〜!! 撫でて〜!!」
隆も喜び、美沙の頭を頭をわしゃわしゃと撫でる。美沙の満面の笑み。隆も微笑む。お互い、よほど嬉しかったのだろう。
『ソー ソー ソー』
誰も触れてはいないのにその音が勝手に音を鳴らす。ピアノ自身が鳴らしている。それを数回繰り返している。ピアノ自身もちゃんと治っているか確認しているのだろう。二人はピアノに注目する。
「ムム……ムムムムムッ……!! ンームムッ……!!」
しばらくの沈黙。そして――
『ドーーーンッ!!』
「エクセレーーーーーーーントッ!! パーフェクトッ!! 治りましたあああああッ!!」
「なんだ……」
「うるせえなあ……」
大きな音とピアノの大声で寝ていた全員が起きる。本当にうるさい。でも、ピアノ自身もよほど治って嬉しかったのだ。全員が音の鳴るピアノを見る。
ピアノは鍵盤蓋をパカパカと激しく開いたり閉じたりしていた。
「美沙さん、本当にありがとうデース! これにて七不思議怪異ピアノ、解決とさせていただきマース!」
ピアノはだんだんと歪んでいく。消え去っていく。それをこの場の全員は見届けた。
「ワタークシ個人のお礼として、いい情報を与えちゃいマース!」
「いい情報?」
「この学校には今、人間が九人いマース! そして今いない九人目こそ、我々七不思議怪異にとっては招かねざる参加者なのデース!」
「九人目? おい! それってどういう――」
「ワタークシからのヒントは以上デース! それではみなさん、残る七不思議怪異はあと一つ! 脱出目指して頑張ってくだサーイ!!」
そう言ってピアノは消えていった。ピアノの代わりにそこには一つの黒色の勾玉が置かれていた。それを美沙は拾い、何かに使うやつだと思いつつ、ポケットにしまう。
ピアノの最後の言葉は全員がよくわかっていなかった。しばらく全員が黙り込む。ピアノは最後に重要なことをいくつか言っている。それを此処で解決しようとしていた。
「あいつ、九人目って言ったよな。今この場には八人いる。ということはこの学校にはまだあと一人いるってことか」
この場には今、八人いる。九人となればあと一人足りない。ということは、まだこの学校にいるということとなる。
(ここにいるのは全員僕の知り合い。ということは最後の一人も?)
そうなのだ。この場にいる人は全員隆とはなんらかの面識がある。そうなれば必然的にその九人目も隆の知り合いである可能性が高い。それが誰なのかまでを予想するのは難しいが。
「それだけではない。残る七不思議怪異はあと一つとも言っていた。ということは六つ目も解決しているということになる」
それは先程、隆以外の全員が話し合っていた話題。残りが二つということ。しかし、ピアノの話が本当ならば残りは一つということになる。なおかつ、それはこの場の誰でもない、九人目の人物が解決したということにも捉えられる。
ピアノな言葉だけで此処まで考えることができる。ピアノのヒントは有力な情報だった。
「ところで、招かねざる参加者って?」
「なんだろうな。私たちには関係なさそうな気もするが」
「何はともあれ、これで五つ目……いや、六つ目は解決した。どうする、可憐?」
隆は可憐に判断を任せることにした。先程の機材調達と探索の時も可憐は的確な判断で任せてくれた。だから選択としては可憐の方がより最善を尽くせるだろう。
「そうね。天空城さんが言っていた南玄関が気になるわ。残り一つを探す前にみんなでそこに行きましょう」
確かにそうだ。南玄関の様子を見たのはこの中では天空城しかいない。それが北玄関とは明らかに違うものともなれば尚更。残り一つを探す前にそれを見るというのは極めて賢明な判断とも言える。
一同はぞろぞろと階段を降りる。すると、最後尾の可憐が前にいる昇龍を呼び止める。
「あの、昇龍さん……」
「ん、どうした?」
振り返る。可憐の顔は少しもじもじしていた。少しらしくない。そんな可憐を不思議そうに見る昇龍。昇龍の話し方は至って優しいものだった。
「この前はごめんなさい。あなたに酷いことを言ってしまって。あそこでああやって言わないと上のものがうるさくてね、丸く収まらなかったの」
「……」
「それに、あなたの家族や仲間を撃ったわ。謝って許してもらえることじゃないかもしれないけど」
可憐は謝罪した。結婚式の時、戦車で壁をぶち破り、昇龍に心ない言葉を言った挙句、家族や仲間を撃った。あれは全て政府の命令。それでも可憐の心には罪悪感があった。それはこのことに限ったことではない。これまで日本をより良くするため、そうやって何度も心ないことを言わされてきた。
正義なのに悪人になったような気分がしていつも気持ちが悪かった。言った後にいつも残る罪悪感。それを殺して生きている。
本当なら言った人物全員に謝りたいところだが、それは叶わぬ願い。でも、今目の前にいる人物は謝れる人物。
「いいって、そんなこと。上がうるさいんだろ。だったらそれを仕方なく言ってるあんたを責める義理はあーしにはねえよ」
「え、でも私、あなたを傷つけて――」
「それに、父さんやあいつらはあーしから言わせてみれば確かに本当の家族。でも、父さんもあいつらも全員撃たれて当然のことしてる。それで正義のヒーローのあんたにあーしが怒るのは、あーしが悪いだろ。ま、もちろんあーしは犯罪に触れたことなんて一度もないがなっ!! あっはははははははっ!!」
「……」
昇龍はお腹を抱えて笑う。可憐は黙り込み、驚いていた。てっきり昇龍のことを短期で少し乱暴な人だと決めつけていた。でも、こんなにも人のしたことを的確に許してくれる素敵な人だなんて思わなかった。
そして、三階折り返し階段のところで昇龍は止まり、後ろを振り返った。
「辛かったろ。ありがとな、言ってくれて。泣きたいときは泣きな。それが無理ならあーしの前だけは本当の自分になっていいんだ。なっ」
「……っ!?」
昇龍は優しく可憐を腕の中で包み込んだ。それはもう、母の温もりに等しい暖かさ。最初は可憐も驚いたが、次第に目からぼろぼろと涙が出てくる。可愛らしい顔は涙で崩れ、小さく鼻を啜る。
初めて自分の辛さをわかってくれた。それがとても嬉しくて、今までの辛さから解放されて、とにかく泣いた。
「どうした? 大丈夫か?」
昇龍の前にいる隆を降りた隆が声をかける。隆は十四段も下にいる。隆にはただ、昇龍が可憐に手を回しているように見えた。
「おう、大丈夫だ。可憐ちゃんブラが外れちまったみてえで、それを直すのが大変でさあ。悪いけど先行っててくんない?」
「馬鹿、お前!! 男の僕にそういうことを言うな! じゃあ下で待ってるからな」
そう言って隆は皆に続き、下へ降りて行った。もちろん、可憐はパジャマなのでブラなどしていない。隆をあえて遠ざけるためについた嘘。
他の女子が見ていたら別の理由を考えて言っていたが、男の隆にはこれがちょうどいい。
可憐もこれが普段の加賀とかなら容赦なく怒っていたが、怒らない。
「よしよし、可憐はよく頑張った頑張った」
「う、うううううっ……!!」
誰もいなくなった二人だけの場所で可憐の背中を摩り、慰める。でも、昇龍がこう言う気持ちになれたのも、先程の探索で赤城がいろいろ教えてくれたから。それまでは可憐なことを恨んでいた。
でも、そんな可憐は今、普通の女の子。いつもの人類最強の少女ではなく、普通の可愛い女の子。
友達のようにわかってくれる昇龍に抱きつき、ひたすら泣いていた女の子がそこにいた。
「……」
その二人の微笑ましい光景を見つめる、人ならざるものの目。二人はそれに気がつかない。どこで見られているのか、誰が見ているのかすらわからない視線。人ならざるものは最後の仕上げへと駒を動かすのだった。
★東條隆 南館一階 玄関前
★江南美沙 南館一階 玄関前
★紫可憐 南館一階 玄関前
★東條シャルロット 南館一階 玄関前
★加賀 南館一階 玄関前
★昇龍妃 南館一階 玄関前
★赤城 南館一階 玄関前
★天空城空 南館一階 玄関前
??? 不明
七不思議怪異六つ解決(残り一つ)