心は満たされないんだが?
北館 四階廊下
昇龍と赤城は北館四階を調べていた。南館はほとんど隆と可憐が調べていたため、北館を調べることにした。もしかするとこちらに七不思議怪異がいるかもしれない。そこでお互い、気持ちを保つために会話をしていた。
「ねえ、赤城ちゃん。あの紫可憐ってぶっちゃけどんなやつなの?」
「可憐は……ぶっちゃければ人類最強の女です」
「人類最強?」
昇龍は可憐のことを聞いていた。赤城とは同じ管理局とはいえ、可憐だけはどうしても許せなかった。父親や仲間を射撃した。そんな奴をどう許せというのか。でも、まずは相手のことを知らなければいけない。そのためには可憐の直近の存在の一人である赤城から情報を聞いてみることにした。
「以前、海外の某国で戦艦がテロリストに占拠されるという事態がありました。戦艦はその国の軍人にとって防衛任務には必要な存在。そんな時、可憐は日本から飛んで、その国の軍人を誰一人頼らず、一人で戦艦に乗り込んでテロリストを一人残らず殲滅しました。殲滅後は気がついたら陸の見えない海の上。可憐は戦艦を五時間操縦して帰ってきました。化け物でしょう」
「赤城ちゃん、流石に冗談だよね?」
「私、冗談はあまり言わない主義です」
赤城の言い方は至って冷静。昇龍は顔が歪み、空いた口が塞がらなかった。日本から飛んだ? 一人でテロリスト殲滅? おまけに戦艦を五時間操縦? 訳のわからない言葉が並んでいた。何より可憐はまだ未成年。そんな歳で武装した何人ものテロリストを殲滅したのは人間の域を明らかに超えていた。
「でも人類最強っていうのはそういう意味だけではありません。あの人、本当は人類最強に可愛い女の子なんです」
(赤城ちゃんってこんなことを言う子なんだ……)
「恋をしたいお年頃だろうし、おしゃれとかもしたいのだと思います。けど、強さに縛られててそれができていない。私もたまに思います。人を守ってばかりで自分の心はそれで満たされるのかと」
十九歳で銃を撃ち、ナイフで切り裂き、手と足で相手を叩きのめす。悪人を倒す正義の鏡とはいえ、若さを無駄にしている。可憐より若い赤城が言うのだ。趣味という趣味もなく、化粧や出掛けたりもしない。恋ということも知らない。強さだけを貫いき、強さで自らを満たす少女。
それが赤城には何より悲しかった。
「そういう人なんだ。なんか、切ないな」
「切ないです。何か、可憐を変えるいいきっかけでもあればいいのですが」
その言葉でどこか可憐への見方が変わっていった。正義と強さだけで人生を満たしているなんて、若さを全力で楽しむ昇龍にとっては苦しいものだった。
何より、昇龍組は極道。それを取り締まろうとしている可憐は正しいことをしている。仲間を撃ったのも麻酔弾。殺しているわけではない。だから見方をもう少し変えるべきだと感じていた。
「赤城ちゃんはコスプレで自分の心満たしてるっていうのにね!」
「ええ、ほんと。私のコスプレを可憐も私を見習って欲――な、なんでもないですっ! 今のは忘れてください!」
赤城はコスプレの話をされると顔を赤らめながら目を強く瞑り、両手を前に出して手を振った。やはり、まだ昇龍の前でも少し恥ずかしいようだった。
「あははははっ!! そんな隠さなくても!!」
「わ、私のコスプレは隠れてやるコスプレなんです! だから隠すのも当然――ああっ! 今のも忘れて……!!」
隠そうとしたがさらに自らの情報を漏らしてしまう。赤城の喋り方はいつも丁寧だが、好きなことになると早口になったり、敬語が外れたり、仕草がついたりするときが最高に可愛い。赤城もまた、年頃の女の子なのだ。
そんな赤城のことが可愛くて仕方がないと思い、ずっと笑っている昇龍だった。
「……っ!?」
その時だった。赤城は鋭い眼光で瞬時に後ろを振り向く。
「どうしたの?」
「今、何か動きました。一瞬ですが、誰かに見られていた」
赤城の視線は西渡り廊下は続く死角となる壁を見ていた。あそこから何か視線を感じたようだった。赤城は一人全力で走り、その場所へ行く。
「ちょっと赤城ちゃん……!」
その距離は十メートルほどあるが、赤城の足ではすぐだった。赤城は急ブレーキがかかったかのようにピタリと止まり、渡り廊下を見る。
昇龍も駆け足で追いつき、赤城の見ている渡り廊下を見た。
「なんもいないよ。気のせいじゃないの?」
「いえ、たしかに視線と気配を感じました。そしてそれは人ならざるもの……」
それは人の視線ではなかった。何かおぞましいものがこちらを見ていた。それは楽しく話していた二人を見た後、渡り廊下へと消えていった。赤城の能力でそれを感じ、高速でそこへ行った。しかし、そこには誰もいなかった。これが全て赤城の勘違いなら話は通る。
でも、もし勘違いではないとしたら……
北館一階 技術室
隆、可憐、美沙の三人は技術室にたどり着く。
「ここが……技術室……」
その言葉の後、隆は扉に手をかけ開けた。その扉は特に施錠されているわけもなく、簡単に開く。
北館玄関、体育館への通路、トイレの個室。まだ確認はしていないが本当の出口である南館玄関。これら以外は施錠されていない。
今は夜な上、夏休み。教師達が鍵をかけ忘れたなんてことはありえない。だとするとやはり、なんらかの方法で施錠されていない可能性があった。
技術室に入るとヒノキのいい香りが教室中に香る。技術室は他の部屋とは違い、木材を多く使用している。
技術室は本来、技術の授業で使われる。ちなみに、技術の先生はお爺さんで厳しい人が多いと言われているそうだ。
「多分、ここら辺に機材がある。お兄ちゃんと可憐さんは誰か来ないかそこの扉の前で見張ってて」
美沙は技術室の奥の部屋、技術準備室へと向かっていき、扉を閉めた。扉を閉めたのは、万が一怪しい人物が入ってこないようにするため。その扉を守るように隆と可憐は見張った。
しばらくすると隆の腕にまた、自分の腕を絡めた。美沙の前だから強がってはいたが、やはり怖いのだろう。さらに押し当てられるパジャマ越しのたわわな胸。
隆はまた始まったかと思い、ため息をついた。
「何よ」
「別に」
本当は言いたい。「胸当たってるぞ」と。その方が隆のためでもある。しかし、ここまできて言ってしまえばボコボコに殴られるだろう。だから言うことができずにいた。
そのため、隆には意識しないようにすることしかできなかった。
「ねえ……」
「なんだよ」
「十九歳で彼氏が今までできたことない女っておかしいかな?」
それは唐突な質問だった。今のやりとりは美沙には聞こえない。もしかすると、美沙に聞こえない今だから言えることなのかもしれない。
だから隆は答える。
「おかしくないだろ。彼氏彼女、恋することがこの世の全てではない。恋するために全人類生きてるわけじゃないんだしさ」
「ふ、ふ〜ん。そー、なんだ……」
その言葉だけでどこか安心した。言われてみればたしかにそう。みんながみんな、誰かと結ばれるために生きているわけではない。それが人生のゴールでもスタートでもない。あくまで通過してもしなくてもどちらでもいい通過地点のようなもの。
ある意味ではゲームでの中間地点にあるフラグのよう。取らなくたって、ゴールには辿り着けるのだから。
「でも、恋をするっていうのもいいと思うぞ。その人のために精一杯頑張り、ときめき、それが実れば結ばれる。そうやって若い日の思い出を作るっていうのも悪くないとは思わないか」
「そう考えると恋っていいものよね。というか、何であなたにそんなことが言えるのよ」
「だって……拙者にはいるでござるからな……!! 愛すべき存在が……!!」
「ええ!? あ、あなた、やっぱり彼女いるの!?」
「当たり前でござろう! 拙者のソウルマイハニー、いとしのいとしのシャルロットたんが……! ムッヒヒヒヒヒヒヒッ……!!」
久しぶりに聴いたこの口調。ござる。シャルロットたん。ムヒヒッ!!。この三つが揃えば、キモさマックス。そしていつにも増して、キモオタっぷりを出し切る。でも可憐は口調に対しては特に気にしてはいなかった。
「シャルロットたんって……あなた、まさか妹との禁断の恋を……!?」
「ちっがあああああああうっ!! 拙者の言うシャルロットたんはロジカルファンタジーに存在するシャルロットたん! あんなパチモンに恋なんて、拙者のシャルロットたんへの愛が完全に尽きようとも存在しない世界線だと言えるでござる! まあ拙者の愛はシャルロットたんの愛の魔法によって尽きない、エンチャント付きのエターナルラバーということは確定済みでござるがな! ムッヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
最後の二言前はなぜかイケボだった。
「なんだ、二次元ね。二次元っていうことは彼女いないんじゃない。よかったわね、私と仲間よ」
結論、隆に彼女はいない。というか、可憐と同じで今までにいたことがない。隆はこれからも作る気はないだろう。だって隆は本気で彼女がいると自分に酔いしれ、錯覚している人なのだから。そしてその愛は一筋。リアルの恋は浮気。そしてリアルだとしても心は全てシャルロットに捧げているため、浮気はしない。それが恋するオタクの末路なのだ。
「いや、だから拙者の彼女であり妻であり嫁であり相棒でありパートナーはシャルロットたん――」
「はいはい。今度ぜひ紹介してちょうだいね」
「ぬわあああああああっ!!」
それは隆にとって、急所となる言葉だった。紹介できるならとっくにしているのだから。
弱点を突かれ、悲鳴を上げて白目を剥いた。情けない。情けなさすぎる。
●東條隆 一階 技術室
●江南美沙 一階 技術室(準備室)
●紫可憐 一階 技術室
▲東條シャルロット 北館二階 廊下
▲加賀 北館二階 廊下
■昇龍妃 北館四階 廊下
■赤城 北館四階 廊下
天空城空 不明
??? 不明
七不思議怪異四つ解決(残り三つ)