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はじめての感情なんだが?

 南館三階 三年C組


 三人は椅子に座り、美沙に状況を伝えた。この場所にまだ数人参加者がいること。そして、七不思議怪異という不気味な人ならざるものがいること。美沙は(うなず)いて聞いていたが、可憐の紹介になると一気に表情が変わって聞いていた。


「なるほど、公務員ね。この学校の警備のためにここに来たけど、可憐さんも閉じ込められてしまったと」


「そうなんだ。だからそれだけなんだよ」


 それだけ言うと誤解が解けたようで美沙は納得した。可憐は公務員。現に管理局は裏の公務員のようなものだから間違いではない。そして、自分たちと同じように閉じ込められた。美沙に対してはこれが一番丸く収まるだろう。


「なるほどなるほど。でも、なんか怪しいんだよねえ。まずその服! 寝巻きで警備なんかする!? 普通!? あと、何でそんなお兄ちゃんにしがみついてるのよ!? なんか隠してるでしょ!」


「あ、えっと……寝巻きが私たちの会社の夜勤の制服で……その……この人にしがみついているのは、この人が怖いって言うから仕方なく……」


「お兄ちゃん?」


 必死に言い訳を考えて言ったが、それは逆に隆を追い詰めることになってしまう。美沙はジト目で隆を睨む。実際逆。隆が怖がっているのではなく、可憐が怖がっている。それを可憐は隆が怖がるから仕方なくくっついてあげていると言っている。

 それをなぜか美沙は信じてしまう。しかし、隆も馬鹿ではない。


(ここで否定すれば、僕は助かる。だが、美沙の矛先は可憐に向くだろう。ならば――!!)


「そうなんだよねえ〜。可憐が近くにいないと僕不安で不安で――」


「お兄ちゃんは何でそんなにだらしがないの!? ていうか、お兄ちゃんも本当は気づいてるんでしょ!! それをあえて言ってないんじゃないの!? ねえ!? どうなの!? どうなの!?」


「落ち着け、美沙……!!」


 ガシっ! と隆の寝巻きの襟を思いっきり握りしめ、隆を前後に何度も揺らす美沙。美沙に言われるがまま、ブンブンと揺らされる。


「お兄ちゃんがそんな人だとは思わなかった!! 不潔!! 不健全!! 最低!! いっぺん地獄にでも行ってきたらどうなの!! 大体お兄ちゃんはいつも――」


 頭がぼーっとしてきて、だんだん気持ちが悪くなる。隆の目も次第に白目を剥いていく。そんな二人のやりとりを可憐は見ていた。

 可憐な頬は少し赤くなる。可憐は自分を庇ってくれていることに気がついたのだ。そんな時、誰にも抱いたことのない感情に気がつく。


(何だろう、この気持ち……)


 自分でもよくわからなかった。隆を見ていると、自然とそばにいたくなる。そう思えるようになってしまった。それはただ今の状況が怖いだけだからなのかもよくわからなかった。



「きゃあああああああっ!!」


 そんな時、下の階から少女の悲鳴が館内に響き渡った。


「……っ!? もどきっ!?」


 隆は気がついた。その声はシャルロットの声だと。そう思い、席を立ち。扉へと手を伸ばそうとする。


「待って……!! 行かないで……!!」


 可憐は隆の腕を左手で握りしめ、出て行こうとする隆を止めた。今動けばまたはぐれてしまう。何より、またあの人体模型のような奴が現れれば無事では済まないかもしれない。それが怖かった。

 隆の心はどちらを優先すればいいのかわからなかった。ここにいる美沙と可憐。そして、下にいるシャルロット。どちらも大切な存在だから選べるわけがなく、その手に従いその場でしばらく留まる。


「ごめん……下には大切な人がいるんだ……」


 隆は二人よりもシャルロットを選ぶことにした。もちろん、どちらも大切で選べられるわけもない。しかし、今ここには美沙と可憐がいる。二人がいるからもしもの時は可憐が何とかしてくれるだろうと思った。

 しかし、隆の心は沈みかけていた。その沈みは次第に表情にも現れてくる。

 その言葉を聞いて可憐も(うつむ)いた。自分よりもそちらを選んだ。それがどこか苦しい気持ちになる。心が痛む。こんな気持ちは初めてだった。


 隆は走り出した。その反動で可憐も手を離す。可憐の表情は沈む一方だった。


 バチンっ! その時。教室から大きな音が響き渡った。隆の顔には赤色の手形がつき、あまりの衝撃にその場から動けなかった。


「馬鹿じゃないの!! あなたのそばにいたいっていう女の子を置いてくつもりなの!? 昔のお兄ちゃんならそんなことしなかった!!」


「美沙……」


 美沙は隆の頬を平手打ちした。こんなことは初めてだった。でも美沙もわかっている。今までの予想からして、可憐はこの場が怖くて隆から離れずにいたことを。この状況で可憐は隆の足にはついて行くことはできない。だから隆は可憐を美沙と一緒に置いて行くことにした。

 でも、可憐のそばにいたいのは美沙ではなく隆。それを美沙はわかっていた。そんな気持ちにも気がついていない隆にも怒っていた。


「可憐さんはお兄ちゃんと一緒にいたいの!! そんなこともわからないの!? だからお願い。可憐さんのそばから離れないであげて」


「そう……だったのか……気づいてやらなくてごめん。だとしても、下にはあいつがいる。どうすればいいんだよ……」


 この場には隆、可憐、美沙がいる。誰かが行かなければいけないということは分かっていた。全員で行っても、可憐の足では追いつけない。美沙も一人では行けないと隆は思っていた。


「私がいるでしょ。私が行くわ」


 美沙は扉へと歩いていく。でも隆は知っている。美沙がこういうのには弱いということ。だからさっき、可憐だけではなく、美沙を置いていくことを躊躇(ためら)ったのだ。


「でも、お前――」


「こんな時くらい、私を頼ってよね。可憐さん、お兄ちゃんをよろしくね」


 一度振り返り、それだけ言い残すと扉を開けて下へ降りていった。最後の言葉は美沙なりの気遣い。可憐は隆を守っているのだと美沙に伝えた。しかし美沙もまた、それに気がついてあえてそう言った。そしてその優しさもまた、可憐には気がついていた。

 美沙のことを可憐は少し誤解していた。けど、本当に優しくて自分よりも勇気のある少女だと認識を改めたのであった。


 可憐は美沙のいなくなった教室の椅子に黙って座り込む。それを見て隆も座る。少し気まずい雰囲気が(ただよ)った。


「本当にごめんな、気がついてやらなくて」


「私の方こそごめんなさい。管理局局長のくせに人一人助けに行くことができない。本当に情けない。自分に腹が立つわ」


 可憐もまた、悔やんでいた。あの時勇気さえあれば、シャルロットを助けに行くことができたのかもしれないと。しかし、その勇気がなく、勇気のある隆すらもこの場で引き留めた。自分に対して嫌気がさしていた。


「そんなことはないぞ。誰だって怖いものはある。お化けが怖いなんて、女の子――リ、リアル女っぽくって可愛らしいじゃないか」


「か、可愛いっ!? あ、ありがと……」


 一瞬驚いて(うつむ)いた顔を隆に向けるが、また俯き、顔を真っ赤にして何故か礼を言う。可愛いと言われて嬉しくなるのは、年頃の女の子そのものだった。


「でも、私は管理局局長。怖いものなんて一つもあっちゃいけないのよ。そんなものがあるから誰も救えない」


 その言葉はどこか冷めていた。可憐は政府公認の局長。市民を守るべき存在。だからこそ、恐怖心を捨てなければ行けない。だからこうしてここにいる。その感情を抱くたびに自分がひ弱だと感じる。


「じゃあ、僕の怖いものを教えてやる。僕はこの社会が怖い。社会の視線もそうだし、こんな自分が将来社会に出てやっていけるのかとか思うと、心配になるんだよ」


「社会が怖いって……あなた今年で十七歳でしょ。そんなことその歳で真剣に考えていたら将来本当にやって行けないわよ」


 隆と可憐では可憐の方が人生の先輩。だからそれなりにアドバイスはできていると思っている。可憐は社会どころか、政府とも関わりのある存在。だからこの社会がどれだけ大変なものかもわかっていた。


「かもな。でも、それは僕が一人でいる時の話。他の誰かといればそんな気持ちはなくなる。というか、そのコンプレックスが許せるようになるんだよね。一人じゃないって思えるっていうかさ」


 隆はこの数ヶ月で変わっていた。人との関わりを大切にする存在に。そしてそれに気づき始めていた。社会では一人では生きては行けない。でも、一人じゃなけらばどんな苦難も乗り越えられる。

 実際、これまでだってたくさんの人に助けられてきた。


「だから、別に怖いものの一つや二つあってもいいんだよ。人間そんなもんさ。それが無理だと思えてしまうなら、せめて信頼できる人の前ではその怖さがないって思うといい。だって、困った時にはそいつが助けてくれるんだから恐怖心なんてあってないようなものだろ」


「ふふっ。あなたの言う通りだわ。あなたって結構まともなこと言える人なのね」


「そんなことはないよ。僕は推しを推してて恥ずかしくない人間になりたくないって思っているだけさ」


(それはシャルロットたん。今はいなくとも、僕を見守っていてくれる感じがする。それはいなくなったあの時から。だから僕は、いつも僕を見守っていてくれるあの子を好きでいて恥じない存在になりたいんだ)


 隆のそばにはたしかにシャルロットはいる。それは隆の妄想や幻想ではない。実際にいつも隣にいて、家で一緒に過ごし生活している。隆はそのことに気付いてこそいないが、近くにいるということは感じている。

 だから、隆は前を向いて歩いていけるのだ。


 そして可憐もまた、今一番信頼して頼れるのは隆だと感じていた。隆が例えた人物は人それぞれ違うだろう。それが可憐にとっては隆なのだ。

 引きこもりだろうが、現実に興味がなかろうが関係ない。こういう極限状態で頼りになる人こそが、真の人間としての力を発揮できる。


「ん?」


 その時、隆のスマホが鳴る。慌ててポケットから取り出し、中身を確認。何事かと可憐も隆を見るが、関係がないと思い、すぐに目を逸らした。


(芳月学園の七不思議 心の写みの鏡:達成)


(今度は鏡か。これで四つ目。誰かがまた解決してくれたのだろう。残り三つ。この調子でいけばそんな大変でもなさそうだな)


 時系列的にはこの時に昇龍が南館二階女子トイレのあの鏡を割ったことになる。この時、美沙はどこから音が鳴っているのかわからず、三階から下を(くま)なく探していた。

⚫︎東條隆 南館三階 三年C組

⚫︎紫可憐 南館三階 三年C組

▲東條シャルロット 南館二階 女子トイレ

▲昇龍妃 南館二階 女子トイレ

▲赤城 南館二階 女子トイレ

▲加賀 南館二階 女子トイレ

江南美沙 南館三階 東側廊下


天空城空 不明


七不思議怪異四つ解決(残り三つ)

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