意識しちゃいけないんだが?
全速力で走る隆。人体模型もそれに気がつく。口の黒色の渦を出したまま、顔だけをギギっと音を鳴らして隆の方を向いた。返り討ちにする気だろう。でも隆が引くことはない。
「何よあんた、あたしとやろうっての!! 上等じゃねえか、このクソボケがあああああああっ!!」
人体模型は声を低くしてあげながら口を大きく広げ、さらに黒色の渦を見せる。あれを受けたらもしかしたら異界に飛ばされるかもしれないし、闇の炎で焼き尽くされるかもしれない。それでも隆は引かない。
奇跡を信じているのだから。
「……あああっ!! いってええええっ!! クソっ!! こんな時に股間の痛みが……!!」
人体模型は両手を股間に押さえる。顔も自分の股間を見ているため、黒色の渦は隆を見ていなかった。
この時何が起きたのか。それは実に簡単なこと。先程の昇龍の股間への攻撃はここにくるまで治ったと思っていた。だから途中までは左手を手で押さえていた。
しかし、痛みが完全にひき、治ったと思って左手も股間から外した。しかし、その油断が命取りとなる。
まだ痛みは続いていたのだ。それも攻撃を受けた時のような突然なる激痛。
その痛みに耐えきれず、膝だけを床について股間に両手を抑えたのだ。
これで脚が使えたのなら、先程の昇龍との戦闘のように脚を使って返り討ちにできた。しかし膝をついている以上、人体模型とはいえ、それは不可能となる。
「くらえええええええっ……!!」
隆は右腕で人体模型の胴体を掬い上げるように持ち上げた。隆はあの時、可憐を見捨ててなんかいなかった。思考を集中させるために目を瞑り、神経を研ぎ澄ませていた。それで思いついたのがこの案。だが、奴の手が塞がることはいい意味で誤算だった。
「ええっ……」
そのまま二人はコンクリートの床を転がり、そのまま止まった。状況は隆が下。隆が腕を押さえている人体模型は上におり、上向きに向いている。
可憐は自分が助かったことよりも、自分を助けてくれた隆に驚きを隠せずにいた。
「離せ、クソ野郎っ!! てめえみてえな野郎の身体はいらねえんだよっ!!」
「紫!! 今だっ!! こいつをその銃で撃てっ!! 僕のことは気にするな!!」
隆は人体模型の首を右腕で締め付ける。可憐は頷き、落とした銃を取りに行く。その間も人体模型は暴れだすが、隆は全力で体を押さえつけ、ぶつぶつと暴言を吐いている。もうオネエというより、反抗期の男子中学生のような口調になっていた。
可憐が銃を取り、隆と人体模型の上に立つ。銃口は人体模型の心臓に定められていた。可憐は一度、人体模型を攻撃している。最初は顔に当たったが、ノーダメージのようだった。だからこそ、動いている心臓が弱点だと思った。今の可憐にブレはない。可憐も今はやるべきことをちゃんとわかっているのだから。
「や、やめろ……!! 心臓を狙うのだけはやめろおおおおおおおっ……!!」
バンっ!! と発泡の音が聞こえた。人体模型の心臓は弾け飛び、黒色の液体が漏れ出す。
「オオオオオオオッ……!!」
雄叫びを上げたあと、みるみるうちに人体模型は歪み、消えていった。さらに心臓からは黄色の勾玉が落ちる。
それを隆の体から転がり落ちていった。
それと同時にスマホからメッセージが届く。
隆は抑え込むのに疲れ、大きく溜息をついて起き上がる。すると、可憐は銃を落として目から大量の涙を流して鼻を啜り始めた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
心配をしたが、可憐はそれに応えない。そのかわり、どんどん涙が溢れて鼻を啜る回数を増やしていく。
「おい、お前、本当に大丈夫――」
「うえええええええんっ!! 怖かったよおおおおおおおっ!!」
可憐は思いっきり隆に抱きしめる。高級な香水のような匂いと、柔らかい体が押し当てられた感触によって隆は一瞬ドキッとしてしまう。
「お、おい……! お前、本当に大丈夫かよ……! とりあえず……その……離れていいか……」
「嫌だ!! 離れないでえええ!! 私、怖かったのおおおおおおお!!」
離れようとする隆にさらに強く可憐は抱きしめた。いつものクールビューティーな可憐はどこへやら。可憐の立派な胸が隆の身体に当たる。隆もいくら現実の女性に興味がないとはいえ、体は正直なため、離れたがるのも無理はない。
とはいえ、目の前で女の子が泣いている。そう考えた隆は紳士的に腕を可憐な身体に回し、トントンと軽く叩いてあげたのだった。
その後、数分間可憐は隆に抱きついたあと、泣き止み、そっと離れて壁にもたれた。隆もそれに習い、もたれる。その間にメッセージの内容を確認した。
(芳月学園の七不思議 真夜中に彷徨う人体模型:達成)
(やはりそうだ。七不思議を解決するごとに達成されていく。僕らは今、人体模型を倒した。その直後にメッセージが届いた。ということは、さっきのトイレの花子さんは誰かが解決したということなのか)
彼の手には人体模型を倒したときに手に入った黄色の勾玉があった。しばらく見ていたが、特に何かが起きるというわけでもないため、ポケットに仕舞い込んだ。
「落ち着いたか?」
「うん」
こうして見ると不思議な光景だ。何度も戦ってきた二人が隣に座って、泣いていた可憐を隆が慰めているのだから。しかし、隆はまだ可憐なことを信じてはいなかった。可憐とは今までのあの戦いがある。そして狙う理由も不明。今回のことが管理局が関係していないにしろ、警戒するのはもっともだ。
「じゃあ、僕は行くわ」
「待って!! 行かないで!! 私も連れてって! な、なんでもするから……!」
立ち上がる隆の脚に必死にしがみつき、顔を腰にくっつけて言う。
「お前らが僕を誘拐していないことはわかった。だが、そのどさくさに紛れて僕をその銃で撃ち殺すことだってするかもしれない。というかその銃、本当に麻酔弾じゃないのかよ」
隆は可憐の持つ銃を指さす。少し辛辣に聞こえるかもしれないが、隆の言うことは筋は通っている。隙を見て撃たれる可能性だってないとは言い切れない。それならば残酷ではあるが、ここに置いていくのが自分のためになるだろう。
銃も人体模型に撃つように言ったのはそれが麻酔弾だったため。人体模型だけならまだしも、後ろには隆もいた。隆はその銃が麻酔弾だと思い、万が一当たっても問題ないと思っていた。
だがそれは違った。
「しない……しないから……!! それならこの銃あなたに渡す……!! だから私も連れてって……!!」
「僕に銃なんて持たせるな! 物騒すぎるわ!」
上目遣いで隆の目を見る。右手で銃を渡すが、隆はそれを触れることすらしなかった。可憐は管理局という立場上、政府から銃を持つことは許されている。しかし、素人の隆が持てばそれは銃刀法違反。何より、素人が扱うには簡単ではないブツだ。
「それに、銃がなくても体術で僕を殴り殺す可能性だって……」
「な、なら……! わ、私の両手を縛って……!! なんなら両脚も縛っていいわよ……!! 体だってギチギチに縛られる覚悟くらいある……!!視界で仲間とコンタクトするって言うなら目隠しもするわ……!! 大声を出さないように口にボールだって――」
「わかったわかった! わかったからそれ以上言うな!!」
隆も年頃の男子。可憐はキョトンとした顔で意識していないみたいだが、男として言わせてはいけない言葉だと思い、それ以上言わせるのを止めた。
「じゃ、じゃあ……連れてってくれる?」
「変な真似しないならな」
そう言うと可憐は立ち上がり、隆の右腕にしがみついた。その腕は可憐の立派な胸に当たる。隆はそれを意識しないようになんとか頑張っている。
「何の真似だ」
「ど、どうせ、あ、あなた、さっきみたいなやつと、ま、また会ったら怖くて動かなくなるだろうから、あ、あなたが不安にならないようにわ、わ、私がついていてあげるわ……私、結構強いのよ……」
「どっちがだよ」
可憐はおどおどしながら隆の腕をさらに強く引き寄せる。強がる分、さらに恐怖心を感じて離れたくないという一心なんだろう。隆は唇を噛み締めて感触を堪えていた。なお、本人は意識していない。
二人は南館へと入っていった。
⚫︎東條隆 南館二階 廊下
⚫︎紫可憐 南館二階 廊下
昇龍妃 四階 東渡り廊下
▲赤城 北館四階 廊下
▲加賀 北館四階 廊下
天空城空 不明
七不思議怪異二つ解決(残り五つ)