後ろにいるんだが?
二階 西渡り廊下
隆はニ階に登り、声のした方を目指す。声のしたのは南館三階女子トイレ。しかし、南館ということはわかるが、どこから声がしたのかが分かってはいなかった。
そのため、南館に行くための二階の渡り廊下を通っていた。すると、目の前に人がいた。その人も隆と同じで南館に行こうとしている。美しい紫色の長い髪にスタイルのいい体。
最初は普通に声をかけようと思った。同じ境遇の人が目の前にいるのだからそれが自然。しかし、見覚えがあると分かった途端に声をかけるのを躊躇った。ゆっくりとその人物と距離を近づける。しかし、その人物は足音に気がつくことはなく、左右を目と顔でうろうろしながらハンドガンを持ってのしのしと亀のようなスピードで歩いている。
「おい。何してんだよ」
明らかに不自然だと思い、声をかけずにはいられなかった。
するとその声に気がつき、勢いよくこちらを振り向く。
「手をあげなさい!! さもなければ撃つわよ!!」
隆は何も言わず、渋い顔で両手を上げた。隆に恐怖心はなかった。その理由はのちにわかる。
「って、東條隆!? やはり、あなたが私たちを誘拐したのねっ!?」
可憐は銃を向け、隆の額に狙いを定める。しかし、らしくもなくその手は震え、狙いが定まらない。可憐は今まで赤城と加賀に出会っている。人間はその二人しか出会っていない。だからこれは、隆の復讐だと思い込んでいた。
「落ち着け。僕に誘拐なんかして何の徳がある? それを言ったら僕だって誘拐された身だ」
「嘘おっしゃい!! あなたは我々管理局があなたのことをターゲットにしているから、その復讐で私たち三人を拐った! さっきの人体模型が動いていたのも、あの中はあなたなんでしょ!?」
「人体模型? お前、疲れているんじゃない――」
そう言った途端、隆は可憐に近づくが、可憐は引き金に触れた。
「動かないで!! それ以上動いたら本当に撃つわよ!!」
「はあ……撃ちたきゃ撃てよ。どうぞ、撃ち込んでもらって。どうせその中に入っているのは麻酔弾だろ」
そう、隆は前回の昇龍との結婚式でのこいつらの発砲は全て麻酔弾だったということは十兵衛からの証言で知っている。現に撃たれたやつらは全員眠っていた。もしかすると、最初に出会ったときのガトリングガンの時も実は全て麻酔弾だったとではと感じていた。
だから今回も麻酔弾だと思い、最初から用心することはなかった。
「何を言っているの。この中に入っているのは本物の弾丸よ! 私のこの引き金であなたの額を撃ち抜くことなんて簡単よ!」
「はいはい……いや待てよ。誘拐……? 誘拐してるのはお前らの方だろ!!」
「はああああ!!??」
隆もまた、自分が誘拐されていると思っていた。投資業界がしているとさっきまで思ったいたはずが、銃を向けてた可憐と出会った途端に思考がぐちゃぐちゃになり、誘拐したのが「可憐たち」という思考にすり替わっていた。
「ここには赤城と加賀もいるんだろ! お前らが揃いも揃って僕をここに誘拐して袋叩きにしようって魂胆だろ! そんなにも僕が憎いかよ……!!」
「何を言ってるの!? 誘拐してるのはあなたの方でしょ!!」
「芝居はもういい! 僕を今すぐ家に返せ!!」
二人は疑心暗鬼になり、お互いが誘拐犯だと思っている。隆はまだ七不思議怪異に遭遇していないため、可憐を疑う余地がある。対して可憐は七不思議怪異の人体模型に遭遇しているが、あれは隆の変装だと思っている。人体模型の速度は速かったが、覚醒した隆ならあの速度を出すのも可能だろう。
「そっちこそ! 目的は何!? ま、まさか……私の身体!? この変態っ!! 最っ低っ!!」
可憐は銃を下ろし、涙を浮かべながら顔を赤くして胸を両手で隠す。たしかに、可憐はスタイルも良く、かなりの美人。そして彼女もまた、乙女なのだ。
「お前の身体なんざ興味ねえよ!! 僕が興味があるとしたらシャルロットたんの身体にしか興味はねえ!!」
「わからないわよ!! 前に取り締まった誘拐犯は現実と二次元の区別がつかなくなって少女を誘拐したということもあった!! サブカル系好きが好きな人でも二次元との区別がつく人はもちろんいる!! けど、あなたならそれをやりかねない!!」
その言葉で隆のラインを超えた。隆の顔は鬼のような顔になり、体からなぞの湯気のような熱気が湧き上がる。
「僕を馬鹿にするのは勝手だ。だがな、僕のシャルロットたんに対する愛を馬鹿にするのは万死に値するぞ、このリアル女があああああああ!!」
「い、いや……こ、こないで……ご、ごめんなさい……わ、私が悪かったわ……な、何でもする……!! 何でもするから赤城と加賀だけには手を出さないで……!!」
思わず銃を落とし、後ろに後ずさる。隆は怒り狂い、ゆっくりと歩き出す。可憐は女として大事なものを奪われる恐怖で本心を全て口にしていた。
もちろん隆にはそんな興味も妥協もないが。
その時だった。可憐の後ろから爆速で走ってくる何かが隆には見えた。
人体模型だと初めは思った隆だが、人体模型が走るわけもないと思ってしばらく見ていたが、やはり人体模型だった。
「おい……! 後ろ! 後ろからなんか来てるぞ……!」
「あああ、そういうプレイね……振り向いた瞬間に私の身体を後ろから触るっていうプレイよね……あは……あはははは……」
「違う! なんかこっちに来てるんだって!! 逃げろっ!!」
隆の目にはみえている。走ってくる人体模型の姿が。しかし、隆も隆でパニックになっており、思ったことが口に出ない。
可憐に避難するよう言ったあと、自分も後ろを見ずに走って後退る。
それに気がつかず、気が動転してよくわからないことばかり口にする可憐。
「ああ……わ、わかったわ……放置プレイってわけね……あなた、いい趣味してるじゃない……」
人体模型はさらに距離を詰め、もうその距離は可憐の間後ろ。可憐はまだそれに気が付いていない。だが隆には見えている。だからこそ、必死に声をあげた。
「逃げろおおおおおおおっ……!!」
「……っ!?」
その言葉で我に帰り、可憐へ後ろを振り向く。そのすぐ目の前には息を荒げた人体模型の顔があった。
「つっかま〜えたっ!!」
人体模型は両腕で可憐な身体を捉え、可憐とともに渡り廊下を転げる。コンクリートの床から激しく打ち付ける音が聞こえ、何度も回転する。
しばらくすると回転は止まる。可憐が下になり、人体模型が上となる状態。
「やっぱり、あたしのこの身はあなたを求めてるわ! あなた、ほんといい体してるわねえ〜!」
「紫!!」
隆は初めて可憐な名前を呼んだ。その声に可憐は隆の方を向き、少し笑顔になる。隆は可憐を助けたいと思った。だが、隆は可憐のように武器はない。可憐の落とした銃は可憐と人体模型の奥にあって届かない。
「あなたの身体、近くで見るとより一層その魅力が伝わってくるわ……引き締まったウエスト……汚れなき白き肌……そして今にも壊れそうなその可愛らしい顔……んん〜! 堪らないわ〜!!」
人体模型は可憐な顔の横を両手で抑え、顔を動かして可憐の体を舐め回すように見つめる。これが極悪犯罪者なら可憐は対抗できた。しかし、相手は人間ではない怪異。可憐が唯一怖いもの。それがお化け。その恐怖で可憐は動かずいた。
可憐は最後の力を振り絞り、隆のいる方向を向き、右手を広げた。
「た、助け……て……――っ!!」
隆はずっと目を瞑っている。それを見て可憐は見捨てられたと思い、目を丸くする。
でも可憐も当然のことだと思っていた。あれだけの仕打ちを隆にしてきた。だから隆が助けるはずもない。何より、仲間でもない可憐を助けたところでメリットなどない。だから見捨てれて当然なのだ。
たとえ、彼女が隆をある理由で求めているとしても、隆はそれを知らないのだから。
「うっふふふふふふふっ!! そろそろいただいちゃうわね!! それじゃあ……いっただっきまあああああああすっ!!」
「いや……いやあああああああっ!!」
人体模型の顔は可憐の真正面。人体模型は大きく口を開けて吸収の準備を始めた。口の中は黒色の渦のようなものが見える。それが口から放出され、どんどん大きくなり、可憐の体を乗っ取ろうとしていた。
可憐は目を瞑り、覚悟を決めた。
――その時だった。
可憐の右方向から走ってくる音が聞こえた。隆だった。隆は今は覚醒状態ではない。だからこのスピードは一般の高校生以下のスピード。だからあのハイスペック人体模型には気がつかれるだろう。
それが無駄だということは隆が一番分かっていた。
それと同時に、奇跡も信じていた。
⚫︎東條隆 二階 西渡り廊下
⚫︎紫可憐 二階 西渡り廊下
昇龍妃 四階 東渡り廊下
▲赤城 南館四階 廊下
▲加賀 南館四階 廊下
天空城空 不明
七不思議怪異一つ解決(残り六つ)